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寺田 麻里子, 望月 定徳, 二本栁 友彦, 日髙 拓海, 岩崎 諒子 2025.04.02

ローカルビジネスをめぐる考察
経済性と社会的インパクトの両立はどうすれば実現できるのか

企業が社会課題を解決しながら、地域とともに成長するには?

日本では現在、少子高齢化に伴う地域の人手不足が深刻化しています。これまで担ってきた役割や機能をどうつくり変えれば持続可能なものになるのか。自治体や公共機関は、民間企業と力を合わせながら方法を模索する必要性が高まっています。

そうした状況の中で、岡山県真庭市は地域の外にいる創造的な人材と地域産業との共創関係を広げながら、自律共生的な経済圏をつくることを目指し、さまざまな取り組みを実践しています。2021年からロフトワークと共に取り組んでいるプロジェクト「Cultivate the future maniwa(以下、カルマニ)」もそのひとつ。真庭市内の企業と地域外の企業をマッチングし、サステナブルな未来につながる新規事業の創出を目指しています。

カルマニの参加チームによる打ち合わせ風景。ミーティングルームではなく、緑の多い屋外でリラックスした雰囲気で語りあっている。
真庭市ないからプログラムに参加した、美作ビアワークス。自社で育成しているホップで、この場所でしか製造できないクラフトビールを作っている。今回は、デザイナーの平野達郎さんと共に野草を使ったお酒「グルート」の開発に取り組んだ。
里山でのワンシーン。意欲と行動力を持った企業同士がチームを組み共通の目標を持ってビジネス創出に取り組む。その舞台としての里山は、人々の創造性を引き出す魅力を秘めている。

2024年度は4つのチームが参加。里山を舞台に、事業をかたちにするための試行錯誤が5ヶ月にわたって繰り広げられました。

そして2024年度のカルマニ参加事業者の成果発表の場として開催されたイベント「つむぐ:里山からはじまる未来のきっかけ 真庭発・人と自然をゆたかにするイノベーション」では、各チームのプレゼンテーションに対する講評が行われたほか、「価値創造力 × 社会的インパクト × 事業性」をテーマにしたトークセッションが実施されました。

ゲストスピーカーとして登壇したのは、株式会社スマイルズ 代表取締役社長の野崎亙氏、一般財団法人 社会変革推進財団 インパクト・エコノミー・ラボ インパクト・カタリストの古市泰文氏、経済産業省 中小企業庁 経営支援部 創業・新事業促進室長の掛川昌子氏。

地域課題を解決しながら企業が持続的に成長するためには、何が必要なのか。その問いに対し、多角的な視点から意見が交わされました。本記事では、トークセッションでの対話を紹介します。

イベントの様子。登壇した4名と、本イベントの企画とモデレーターを務めたロフトワーク クリエイティブディレクター寺田麻理子が並んで座っている。

話した人

古市さんのポートレート。黒縁の眼鏡をかけた、丸顔の男性。

古市 奏文(ふるいち・かなふみ)
一般財団法人社会変革推進財団(SIIF), 
インパクト・エコノミー・ラボ インパクト・カタリスト

野崎さんのポートレート。キャップを被ったカジュアルな服装の男性。

野崎 亙(のざき・わたる)
株式会社スマイルズ, 
代表取締役社長

掛川さんのポートレート。眼鏡をかけたショートヘアーの女性。

掛川 昌子(かけがわ・まさこ
経済産業省中小企業庁 経営支援部 , 
創業・新事業促進室長

平沢さんのポートレート。眼鏡をかけたツーブロックヘアーの男性。

平澤 洋輔(ひらさわ・ようすけ)
真庭市役所産業観光部
産業政策課 係長

 

どんなに社会的意義が高い事業でも、はじまりは個人の熱量が大切

最初のテーマは「社会的インパクトのある事業を生み出す方法」について。経済的な成長を目指すだけでなく、社会的・環境的な変化を生み出す事業をつくるためにはどうしたらいいか。数々の地方事業に携わってきた野崎氏は「大義名分より、個人の熱量が重要」と話します。

野崎 デジタルファブリケーション技術を活用した建築テック系企業の社長から、面白い話を聞きました。ある地域の若者が、その企業の製品を活用して何かしたいと考え、地元の林業関係者や中学校の先生に「何かやらせてほしい」と直談判したそうです。すると、次第に協力者が増え、みるみるうちに具体化していった、と。

私たちも気をつけなければいけないのですが、事業開発のゴールを地域課題の解決とすると「こういう社会的意義があるからやりたい」といった大義名分をどうしても掲げがちですよね。でも、地元の人たちからすると、そんなことは言われなくても分かっているし、それだけではなかなか動かないというケースも少なくありません。むしろ、個人の「自分がやりたいんだ!」という純粋な熱意のほうが人の心を動かす可能性があるわけです。

野崎さんが話している様子
株式会社スマイルズ 野崎亙さん(写真左から2番目)

一方で、社会的インパクトがあるかどうかは、本人が決めるものではなく、最終的に外の人が決めること。少なくとも一人が「これが欲しい」と思えば、二人目が現れる可能性はあります。「もし誰も欲しがらないのであれば、それはそもそもニーズがないものかもしれません。でも、だからこそ、まずは自分自身が『これを信じている』『これが好きだ』『これがやりたい』と思うことが重要なんです」と野崎氏は力説。

この言葉に、カルマニの発起人である平澤氏も同意したうえで、異なる立場にいる人たちが一丸となるために必要だと感じていることを、これまでの経験を踏まえて説明します。

平澤 カルマニでも、担当者の熱量が鍵になっています。また、マッチングでチームを組んだ二社同士が同じ目標を目指せるかどうかも重要です。都市と地方の関係だと、どちらかに頼りすぎたり、任せっきりになったりすることも少なくありません。でも、お互いが取り組んでいることや実現したい世界観に対して「それ、面白いね!」と深く共感できるチームは、アイデアがプロダクトやビジネスに結びつくことが多いと感じます。

平澤さんが話している様子
真庭市役所 平澤洋輔さん

企業と顧客の関係は、もっと柔軟であるべき

では、事業を支援し、社会的インパクトを評価する側の人たちはどのようなことを考えているのでしょうか。

地域特有の課題解決を目指す場合、事業の性質や規模によっては収益化に時間を要することも少なくありません。短期的なリターンが見込みづらいことから資金調達の選択肢が限られ、事業の継続や拡大に支障をきたすことも。そうした課題がある中で、持続可能な仕組みを整えていくためにはどうすればいいか。古市氏は、現在の資本主義の枠組みにとらわれない発想が重要だと指摘します。

古市 企業と顧客の関係は、「サービスを提供する側」と「お金を払う側」という固定的な構図に陥りがちです。そうした硬直した関係性を見直し、より柔軟で持続可能なビジネスモデルへと転換することもインパクト投資の役割の一つだと考えています。たとえば、顧客を「買い手」として捉えるのではなく、「社会をより良くしていくための共同参画者」と位置づけたら、新しいビジネスの形が生まれるかもしれません。

古市さんが話している様子
SIIF インパクト・エコノミー・ラボ インパクト・カタリスト 古市奏文さん

具体例として、古市氏は「ON THE TRIP」という美術館や観光地の音声ガイドを制作するベンチャー企業の取り組みを挙げます。

古市 通常であれば、音声ガイドを制作し、納品数に応じて対価として利益を得るのが一般的ですよね。でも、ON THE TRIPは違います。彼らは音声ガイドを無償で制作し、利用者が増えて観光地の売上が伸びた段階で、その売上の一部を成果報酬型で受け取る仕組みをとっています。*

さらに興味深いことに、彼らはいわゆる営業活動をほとんどしていないと言います。では、どうやって関係を築いているのかというと、一緒にお風呂に入って、サウナで汗を流す。こうした交流を通じて信頼関係を築き、プロジェクトの構想を固めていく。お風呂からあがる頃には「じゃあ、早速プロトタイプをつくろう」という流れになることも多いそうです。

古市氏が指摘するように、事業を持続可能にするためには、単なる受発注の枠を超えた関係構築が求められます。特にローカルビジネスは資源も限られるので、長期的に支え合うネットワークが不可欠です。掛川氏は中小企業庁の立場から、その重要性を説きます。

掛川 地域で何かを成し遂げたいと考えている人は各地に存在します。目指したい社会のビジョンもある。でも、ビジネスとして持続的に回していくのが難しいことが多いんですね。新しい価値や技術を活かしながら、従来のビジネスになかった価値を生み出していくためには、カルマニが都市部の企業とつながっているように、異なるスキルを持つ人々と連携することが重要です。外部の知見をうまく活用することで、地域の強みを活かしながら持続可能な事業を構築できる可能性が高まると思います。

(*参考:SIIF note記事『“無類の旅好き“が生んだ、地方創生のブースター。 「トラベルオーディオガイド」が塗り替える旅行体験』)

目に見えない価値を可視化するインパクト評価の意義

会場の様子。たくさんの観客たちが、登壇者の話に熱心に耳を傾けている。

一方で、地域で企てていることの魅力や熱量を都市部の企業に理解してもらうためには、越えなければいけないハードルも。ある地域での経験が都市部にいる個々の意識を変えることはあっても、組織全体に共有される前に埋もれてしまうことは少なくありません。個人の熱意を組織全体へ浸透させるには、別の工夫が必要というわけです。

続いての問い「経済性以外の価値をどのように担保すればいいのか」に対して、古市氏は実際に現場へ足を運んでもらうことが何よりも大きな変化を生むと強調します。

古市 正直なところ、私自身もまだアイデアを模索しているところですが、「体験」が鍵になると考えています。私たちの組織でも、理事たちを現地へ連れて行き、魅力を体験してもらったうえで出資を検討するようにしています。

それが難しい場合でも、地域で生まれた商品を社内に持ち込み、実際に手に取ってもらうことで熱量を伝えられると思います。身近な体験を通じて地域を知ってもらうことが、次のアクションにつながるのではないでしょうか。

野崎 結局のところ、情緒的な信頼の積み重ねが必要なんですよね。たとえば、社長の出身地だったことが投資の決め手になった、という話は珍しくありません。逆に言えば、それだけ非言語的な情報が意思決定に影響を与えているということでもあります。

このように古市氏、野崎氏が非言語的なアプローチの重要性について説く中で、掛川氏は言語化も必要であると強調します。

掛川 地域の魅力や価値は感覚的に伝わる部分も多いですが、外部の人々と協働していくためには明確な言葉で整理することも欠かせません。

たとえば、住民にとって当たり前になっている地域の自然資本も、ロジックモデルを活用して体系的に整理しながら議論してみると、「自分たちの地域には、こういう特長もあるんだ」という思わぬ発見があります。私自身、以前はこうした手法が本当に有効なのか半信半疑だったのですが、繰り返し実行する中で効果を実感するようになりました。

掛川さんが話している様子
経済産業省中小企業庁 掛川昌子さん

古市氏によれば、インパクト投資も同様に、これまで気づけなかった自分たちの強みやチャンスを気づかせてくれる側面があるといいます。インパクト評価を行うことで、経済性以外の価値が明確になるだけでなく、「これは新しいビジネスになり得るのでは?」という発見につながる可能性があるのだとか。

古市 私が所属するSIIF(一般財団法人 社会変革推進財団)では、複数のベンチャー企業と連携しながら、文化や自然などの資本を活用して通常よりも短期間で大きな波及効果を生み出す方法を模索しています。今後、インパクト投資の本質がより明確になれば、新たな展開も見えてくるはずです。

野崎 実際、そうした視点で動いたほうが可能性が広がりそうですよね。2003年に徳島県上勝町が「ゼロ・ウェイストタウン」を掲げ、町内の焼却・埋立ゴミをゼロにする方針を打ち出した際、多くの企業が視察に訪れました。彼らはビジネス目的で町を訪れていましたが、「人が移動して地域を訪れる」という点では観光客と変わりません。

関係人口が増えれば、地域に落ちるお金も増える。そう考えると、観光だけでなく、ビジネス目的で訪れる人の流れも、十分に地域の経済活性化につながるわけです。だからこそ、インパクト評価の枠組みを広げることで、地域との関わりを促進しやすくなるのではないかと思います。

モデレーターの寺田が話している様子。4者それぞれの立場からの話をまとめている。
イベントの企画・モデレーターを務めた、ロフトワーク クリエイティブディレクター寺田麻里子

カルマニの活動においても、都市部の人々が真庭市に訪れるきっかけづくりや、関係人口を増やす施策が行われてきましたが、これまでの取り組みを通じて平澤氏はどのような気づきがあったのでしょうか。

平澤 カルマニを4年間続けてきて、定量的な評価の大切さを実感した一方で、それ以上に可視化されてこなかった内面的な価値がこれから大きな影響を持つのではないかと感じるようになりました。

たとえば、接点のなかった外部のビジネスパーソンやデザイナーたちが地域内の企業と関わることで、それまで見えてなかった地域の魅力が浮かび上がることがあります。それは野崎さんがおっしゃった「熱量」や「挑戦し続ける姿勢」といったものにつながり、最初は一人の取り組みだったものが二人、三人と広がっていく。こうした地域を取り巻く関係の変化は一見してわかりにくい部分ですが、地域に与える影響自体は決して小さくありません。

だからこそ、経済的な評価指標では表しにくい価値を可視化するインパクト評価は、非常に意義のある手法だと思います。

日本は今、価値あるものが山ほど眠るラッキー・ガラパゴス状態

続いて、より実践によせた視点で問いかけられたテーマが「行政として、民間として、どのようなアクションを起こしていくべきか」。これまで二つの問いについて意見を交わしてきましたが、それらを具現化するためには、どのような行動が必要なのでしょうか。行政と民間、それぞれの視点から話が繰り広げられました。

掛川 私たち行政がやるべきことの一つは、社会課題に挑戦する企業の存在を示し、同時にそのような挑戦を実現するための手段を分析し、広く発信すること。

次にインパクトの可視化です。「これは長期的にいい結果を生む」と感じていることを数値化し、より分かりやすくすることで、多くの人にその価値を伝えられるようになります。

現在は、地域の実証事業者と連携しながらインパクト評価の事例を整理しているところです。地域の中小企業や自治体でも活用できる形にする取り組みを進めています。

このインパクトの可視化について、視野を広げて「グローバルな視点を持つこと」が重要だと古市氏。日本人にとって価値を見出しにくいものも、海外から見ると大きな価値を持つ場合が多々あるそうです。

古市 実際、インパクト投資の分野でも日本の取り組みが「非常にユニークだ」と評価される機会が増えています。だからこそ、インパクト評価の一つの入り口として、「この価値を海外に持っていったらどうなるか?」と考えてみることが、具体的なアクションにつながるのではないかと思います。

会場の様子。登壇者を中心に、大勢の人が囲むように座っている。

この古市氏の意見に、野崎氏はスマイルズに在籍しているメキシコ人スタッフの話を例に出して、日本人が気づいていない価値について紹介します。

野崎 彼は日本のIP(知的財産)、ファッション、伝統工芸が大好きで移住してきたのですが、一番驚いたのは合理性がないものが残り続けていることだったとか。メキシコでは、伝統工芸がどんどん消えているらしく、日本の置かれている状況は彼にとって信じられないくらい素晴らしいことだったそうです。でも、日本人はその価値をあまり意識していないですよね。

日本は一時期、ネガティブな意味で「ガラパゴス化」と言われていましたよね。でも、海外では消えてしまったものが日本にまだ残っていると考えると、ものすごく価値があることなんじゃないかなって。日本の伝統的なものが海外で再評価されているのは、「残してくれてありがとう」という感覚。まさに「ラッキー・ガラパゴス状態」なんだと思います。

これまで何百年もの間受け継がれてきた地域の資源や文化を、今の時代に合わせて変えていくタイミングが来ているのではないかと野崎氏。特にローカルには、まだ活用されていない素材が多く眠っており、それらを掘り起こし、届け先を変えることで新たな価値を生み出せる可能性があると話します。

野崎 地域の活動がその土地で完結することも意義深いですが、より広い層を巻き込むためには新しい発想が必要です。たとえば、地域で生まれた価値を東京に持ち込む、あるいは東京を飛ばして海外に届ける。そういう視点の切り替えが、これからの時代には重要になっていくのだと思います。

野崎さんが話している様子

社会的インパクトが薄れたときこそ、新しい時代の幕開け

社会的インパクトのある事業を生み出す方法や、経済性を超えた価値や意味を見出す手法、そして具体的なアクションの起こし方と、ローカルビジネスを展開していくうえで大切な要素について考えてきた今回のトークセッション。最後に、これまでの議論を踏まえて平澤氏から総括が語られました。

平澤 先ほどの伝統工芸の話にも通じるのですが、大切なのは生み出されたインパクトがどのように社会に馴染み、日常に溶け込んでいくかだと感じています。そして、インパクトが薄れたときこそ、新しい時代が訪れるタイミングでもあります。だからこそ、「次のインパクトをどう生み出していくのか?」という視点も重要です。

昔から紡がれてきたものを現代の視点で見直す試みが日本全国に広がっていけば、より面白い社会が生まれるのではないでしょうか。 と、少しスケールが大きくなりすぎて、真庭市を飛び越えて「日本を語る人」みたいになってしまいました(笑)。

ただ、こうした動きが生まれる環境をつくれたら私としても嬉しいですし、そんな未来が実現したら素晴らしいなと思います。

執筆:村上 広大
企画:寺田 麻里子, 望月 定徳/ロフトワーク
写真, イベント風景:永田 綾
写真, カバービジュアル・プロジェクト記録:平野 達郎
編集:岩崎 諒子/ロフトワーク, ゆえん マーケティング・編集

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