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小川 敦子 2023.12.09

文化と経済の好循環を創出する京都市都市戦略Round Table1
「都市と、創造性の循環」 京都の文化と経済の好循環とは何か?

2025年に策定される「京都市グランドビジョン」の策定に向け、京都市の未来にとって有益な価値を生み出すための新たな価値観の創造を提唱するべく、内外のさまざまなステークホルダーとの議論『ラウンドテーブル』を2023年10月より開催しています。
正式名称:令和5年度カルチャープレナーの創造活動促進事業〜カルチャープレナー等の交流・コミュニティ創出、副題《文化と経済の好循環を創出する京都市都市戦略》を京都市より、株式会社ロフトワークが正式受託し、全体のプロジェクトデザインと進行を現在担当しています。

2023年10月13日に実施した、Round Table1「都市と、創造性の循環」京都の文化と経済の好循環とは何か?にて、住友商事グローバルリサーチ(株)代表取締役社長/住友商事(株)常務執行役員兼任 住田孝之氏シブサワ・アンド・カンパニー(株)代表取締役 / コモンズ投信(株) 取締役会長 渋澤健氏、京都大学 人と社会の未来研究院 教授 広井良典氏をゲストに迎えて行ったディスカッション・レポートをお届けします。

Project Visionについて

本プロジェクトは、京都市グラウンドビジョン策定(2025年策定予定)に向けて、持続可能性の高い概念・プロセスを構築するための一環として実施しています。ラウンドテーブル・リサーチの実施を通して、有識者、学生、行政、教育、企業、情報機関、実践者など創造的な人々が集まり、文化と経済の好循環を創出するための道筋と指標を設計し、実践への道へと数年かけて実現させ、成功へと導いていく起点を生み出すことを最大のミッションとしています。

京都の価値である人的資本、文化資本、自然資本、社会資本、経済資本をクロスオーバーさせながら、社会の課題を解決し、また同時に、地域と人、人と人、自然と人、文化と人、様々な繋がりを接続、醸成させながら、「社会的富」という新たな豊さを創造する人財(カルチャープレナー)、及び、その仕組みを再定義・再構築することをビジョンとして描き出します。

編集・執筆:小川 敦子(ロフトワーク)
写真: 鈴木孝尚(16 Design Institute)

Speaker

住田 孝之

住田 孝之

住友商事グローバルリサーチ株式会社
代表取締役社長 / 住友商事株式会社,常務執行役員兼任

渋澤 健

渋澤 健

シブサワ・アンド・カンパニー株式会社
代表取締役 / コモンズ投信株式会社,取締役会長 株式会社& Capital 代表取締役CEO

広井 良典

広井 良典

京都大学
人と社会の未来研究院 教授

小川 敦子

株式会社ロフトワーク
アートディレクター

Profile

「文化と経済の好循環」をどう捉えるか?

住友商事グローバルリサーチ 代表取締役社長 住田孝之(以下、住田) 今日のテーマを考えると、“京都の文化”とは、そもそもなんだろうと。京都というのは、いろんな側面があって、それぞれ文化なのではないかと思うんですね。その根っこは、決して一つではない。それぞれ研ぎ澄まされていて、洗練された根っこがあって。さらに、根っこが多様に集積していることが京都の特徴なのではないかと思っています。

京都大学 教授 広井良典 (以下、広井) 基本的な視点として、京都だけを切り離して考えるのか? そうではなく、京都を日本全体、各地の文化を繋ぐプラットフォーム、ネットワークの拠点として捉えるのか?が重要なポイントだと私は捉えています。
“京都”というと、やや孤高を保つ他とは違う“京都”というイメージがありますが、同時に色々な地域を繋ぎ世界へと発信するネットワークの拠点として開かれた部分をもっと考えていくと新たな素晴らしい展開があるのではないでしょうか。

シブサワ・アンド・カンパニー 代表取締役 渋澤健(以下、渋澤) さすが京都だなと思いました。文化を軸に議論をするのは他の地域ではあまりない。京都らしい着眼点だと思う。文化と経済の掛け合わせについて共通点は何かを考えたときに、文化には価値があって、経済もある意味価値を創造する。文化も経済も「価値」が中心になっている。文化というのも当然自然発生するものではなく、人の営みでできるものであって、経済も同様に人の営みでできるものです。文化と経済は一見かけ離れたものに見えると思うのですが、価値、人の営みというところで実は共通点があると思いますね。

 

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「文化と経済の好循環を創出する京都市都市戦略の軸足となる、コンセプトとは何か?」について、リサーチによる情報の集約と分析から、ここでは2つの仮説をロフトワークより提示。

【仮説1】価値から価値観へ。想像から創造性へ。

仮説1

Value(価値)から、Values(価値観)へ。
Creation(創造)から、Creativity(創造性)へ。

物理的な価値=Valueから
背景にあるスピリットであり継承すべき価値観=Valuesへと
インパクトが移行する時代において
社会的富という “豊かさ” こそが
この都市が求め続けるValuesであることを改めて提唱したい。

京都は、決して閉鎖的な都市ではない。
年齢、性別、国籍に関係なく
誰しもに創造するチャンスがある、インクルーシブな社会であり
都市として、それを受け止める土壌と美意識という想像力がある。
一人ひとりに個性豊かな創造性があること
また、互いの創造性を認め合って来たからこそ
“都”としてのValuesを揺るぎないものとして
これまでも、これからも、革新し、継承し続ける。

インパクトという概念は、今後、どのように変化していくのか?

小川 この仮説としても記載した「Value(価値)から、Values(価値観)へ。」は、渋澤さんがご自身のblogに何年も前に書かれていらしゃったことなのですが、この言葉を読んだときに改めてハッとさせられました。私自身は東京出身なのですが、現在は京都で仕事をしています。拠点を変えたことで最も変化したのは、目に見えているアウトプットそのものよりも、その背景にあるクリエイティビティに意識がいくようになったんですね。さらに、最近の傾向として、目に見えるものから背景にあるスピリットへと価値の重きが変わりつつあると感じています。

そこで、今後、インパクトという指標の変化を私たちはどのように捉えていくべきなのか?ぜひ、先生方ご教示いただけますか。また、世界では、どのような動きへと変化を遂げつつあるのでしょうか?私たちがプロジェクト設計の工程で行った仮説形成において、社会的富という“豊かさ”であり歴史という長い時間軸の中で形成された独自の価値観=Valuesにこそ、京都の都市としての圧倒的な価値があるのではないか? このように定義づけを行っています。この辺りについても、ぜひ忌憚ないご意見を伺えますでしょうか。

住田 インパクトという概念をヨーロッパの人が好きなわけですけど、そこで言っているのは企業の活動も含めて、社会、環境へのインパクトを重視すべきだと、ヨーロッパ主導で変わってきているわけです。ヨーロッパはすごいなと、多くの日本の人は思うかもしれない。でも、本当のところをいえばそれほど綺麗なことではなく、金儲けの次のネタとして考えている人もいる。一方で、純粋に人権、自然、環境について捉えている人もいる。この辺りをうまいこと妥協しながらインパクトという概念を打ち立ててきた。

そんなことは、日本人にとっては全然当たり前のことで、商売をする人たちも、近江商人がそうであったように最初から三方よしだった。自分さえ良ければ自分が儲かれば続くとは誰も思っていない。世間もよくないと相手もよくないと続かない。「持続する」ということに重きを置いてきたと思うんですね。今更インパクトと言わなくても、既にインパクト的な概念はおそらくあったと思いますし、自然との共生は誰にも言われなくてもやっていた。

自然資本、ネイチャーポジティブだとよく言われるんですが、やっと気づいた、世界が追いついてきたと。日本の文化の源泉である京都の人たちも、もちろん考えてこられたと思う。大変だ、こんなに変わってしまったと思う必要はなくて、世界も追いついてきたと。ですが、世界は追いついてくると、ものすごいスピードで追い抜いていってしまうかもしれないので、そうゆっくりとはやっていられないですね。

渋澤 Impact Investment(インパクト投資)という言葉を一番初めに使ったのは、アメリカのロッカーフェラー財団と言われています。彼らは、金儲けよりも課題解決のために立ち上がった、また、それを意図とするスタートアップに対して新しいお金を流すこととして、Impact Investmentという言葉を2007〜2008年ごろに使い始めました。そこからの変化、変遷があります。
岸田総理の『新しい資本主義』の実現会議の中で、私自身が「インパクト」という言葉を連発したら、そこで色々なところに掲載されることになり、この1年ぐらいインパクトブームになってしまったのですが(笑)。インパクトという言葉そのものが、かっこいい言葉なので。「インパクトやっています」とアピールすることが、実際には、“ウォッシング” −やってるふり、お化粧しているということに結構なりがちなんですね。

シブサワ・アンド・カンパニー株式会社 代表取締役 / コモンズ投信株式会社 取締役会長 渋澤健さん

渋澤 では、インパクトとは一体何かという話をします。

投資でいうと、リスク=不確実性、リターン=収益性で考えます。価値があるものに対して投資、つまり、お金が流れる。ところが、価値って複雑じゃないですか。複雑なものを一枚の紙に、リスク、リターンと落とせて二次元的に表現できるので、非常に簡素化できた価値判断なのです。一枚の紙で見れる“Common language”−『共通言語』 になるのがいわゆる投資の世界です。

それに対して、インパクトという概念はリスク、リターンを排除しているわけではなく、3次元の軸を立てましょうということですね。二次元から三次元に変化しているので複雑になります。3次元の軸として、環境、課題解決の軸を立てましょうと。そんなの必要ないという人もいるのですが、本来、私たちは三次元の世界で暮らしているので実は当たり前のことでもあるわけです。

ここでいう “軸” というのは、つまり、測定していますか?ということなんですね。

例えば、三方よしそのものは素晴らしい概念だと思うのですが、 共通言語として測定できていますか?と。売り手良しは測定できますね。では、買い手の満足度をどのように測定するのか?世間よしを測定できるのか?世界に出せる概念なのか?
一方で、文化とは三次元で体感するものなので、三次元的に価値を考える必要性がありますよね。経済の文脈では需要と供給によって価格が決まる。これは二次元的な評価です。文化においては、三次元、つまり「意味」とでもいう軸があり、需要があるということになる。

小川 今回は、意味軸となるインパクトの新たな評価軸を考えていけると良いかもしれませんね。

渋澤 そもそも、文化は空間であり三次元なのです。一枚の紙だけで見て明らかになることはないですよね。

文化とウェルビーイングの結びつき。 京都の「幸福度」という新たな価値観とは?

小川 「幸福」「社会的富」という価値観について、今後どのように私たちは捉え直していくと良いでしょうか。

広井 幸福、ウェルビーイングが最近しきりに議論されるようになったわけですが、時代認識として、明らかに時代の潮目が変わりつつあると思うんですね。これまでは、GDPを大きくすればハッピーになれるという、いわゆる昭和的な世界だった。これからは、GDPだけでなく、社会、環境ひいてはウェルビーイングを含む多元的な軸で考えていくと。一方で、サステナビリティ、持続可能性という観点もあります。持続可能性とウェルビーイングが、これからの時代の車の両輪だと私は捉えていて、特に、サステナビリティが大事だと思ってます。GDPをただ増やせばいいというのは、環境の有限性にぶつかることは明らかです。

では、人々は何に充足するのか。ここで文化が出てくる。ウェルビーイングと文化を結びつけて考える視点は、これまであまり出てこなかったように思います。やはり、成熟した社会において、人間における幸福とは文化ということが大きい。私自身は、色々な自治体が幸福度指標を作成することについて、これまでも、やってきているのですが、幸福度については定量化が難しい。ですが、文化の場合、もっとそのようなことがあるかもしれません。

文化をウェルビーイングと結びつけることを京都がやるのであれば、ものすごく意義があるのではないか。京都ならではの評価軸として文化とウェルビーイングというのは良いかもしれませんね。ただ、なんでも数値化すればいいという話ではなく、「測りすぎ―なぜパフォーマンス評価は失敗するのか? 」(Jerry Z. Muller, みすず書房  ,2019年発行)という本でも言われているように、なんでも数値化、メジャーすればいいというわけではなく。ここは、非常に悩ましいことですね。

一方で、例えば、自然資本の重要性を伝えるために、それらを数値化、指標化することは、非常にチャレンジングではありますが、京都で展開していくことにとても意義があるかなと思います。

仮説2:未来への投資こそが文化と経済の好循環を生み出す。

仮説2

Creating Shared Sustainable Values
百年先、千年先へと継承する、未来への投資こそが
文化と経済の好循環を生み出す。

この都市のValuesの根底にあるもの。
それは、永く継承されるべき価値を生み出すというスピリットがあることだ。
持続可能であるということは
目に見える物理的なValueだけを創造することだけを意味するのではない。
美、人間性、多様性という、永遠の創造性を
未来への投資として、次世代へと継承することによって
文化と経済の好循環が生まれてきた。
人々の日々の営みという文化であり、多様な創造性によって
“都” が出来上がってきたという経緯がある。
経済的な豊かさを実現するためだけではなく
大切な営みの連続性、持続可能性こそが
京都の「社会的富」を構築し続けてきた。

課題の列挙だけではなく、文化というポジティブな観点を サステナビリティに取り入れて、京都から発信する。

小川 広井先生から事前にいただいた示唆として。世界に開かれた文化の拠点として、京都からシナジーを生み出していくことが重要であり、さらに、環境、文化、サステナビリティという3つの項目を政策に入れていくことの必要性について仰っていただきました。今後、サステナビリティの観点をどのように都市の創造性を生み出す「シナジーの源泉」としていくことが望ましいと思われますか?

広井 基本的な認識として、SDGsの項目の中に「文化」がない。17の項目がありますが、文化がないんですね。専門家によれば、SDGsとは、貧困、格差、環境汚染など、課題、問題を列挙しているのだと。これに対して文化というのはそれ自体ポジティブなものなので、文化は入っていないということらしいのです。ですが、やはり、SDGS的な社会を実現して行こうとする場合にはモチベーションとして文化というのは重要です。サステナビリティと文化は繋がると思うんですね。

私自身、鎮守の森コミニティプロジェクトという取り組みを10年以上続けています。サステナビリティの源泉は、日本にあるという話が住田さんからも先ほどありましたが、思えば「八百万の神」とはバイオダイバーシティ=生物多様性そのものでもあるんですね。鎮守の森コミュニティプロジェクトでは、鎮守の森と自然エネルギーや健康と結びつけた取り組みをやっているのですが、例えば、秩父神社の夜祭がユネスコの世界無形文化遺産に登録された秩父で小水力発電を導入するプロジェクトを進めました。そこでは武甲山という山が御神体で、つまり神様として信仰されています。山とか風とか、巨岩、樹が神様であるという自然観です。

文化とサステナビリティを結びつけて考えることは、日本が世界に発信する「ポストSDGs」にもなると思いますし、さらに、率先して京都から発信していくことには非常に意義がある。ガーデンシティ、それから最近ではデジタル田園都市と呼ばれるものがありますが、京都が素晴らしいのは、都市がある意味で生態都市、エコロジカルシティであるという点です。つまり鴨川とか、京都三山といった周囲の自然も含めて都市景観になっていること。これは世界でも大変珍しい。

一方で、都市デザインという意味では、京都には色々と課題があるなと。車と自転車と歩行者が入り乱れていて、安心して歩けません。それから個々の寺社や周囲の観光スポットといった、いわば「点」としては整備されていて美しいが、そうした場所以外の街を「面」として見ると、他の地方都市とあまり変わらないですよね。「面」あるいは都市のコミュニティ空間として美しいかという点において改善の余地があるのではないかと思います。

京都大学 人と社会の未来研究院 教授 広井良典さん

サステナビリティのためには、常に新たな創造性が必要である

渋澤 サステナビリティ=持続可能性という言葉がありますが、意識しなければならないことは現状維持と持続可能性は全く違うということです。現状維持とは変わりたくない、そのままでいいんだということであり、おそらく、それはサステナブルではない。なぜなら、時代環境、自然環境、事業環境など環境は常に変化するものであり、私が思うに、サステナビリティのためには常に新しいクリエイションが必要。クリエイション、クリエイティビティが必要なんですよね。

地方創生には、よそ者、若者、ばか者という言葉がありますが、Agitation(撹拌、かき回す)が必要。Agitationに対し地域側が排除してしまう動きをすると、現状維持にしかならず変化がおこらない。Agitationが入ることにより、人々の暮らし、営みと化学反応がおこり、新しい価値が生まれてくる。地域創生のヒントがそこにある。京都は、ある意味よくやっていると思います。学生さんもたくさんいる、よそ者もたくさんくる。そして、ばか者もいる(笑)。

サステナビリティとクリエイティヴィティは非常にマッチングしていると思います。一方で、これまでのように作っては捨てるということにより、GDPを高めるということは意味がない。GDPで経済力を測るということ自体も間違っている。人口減少は起こることなので。人口減少という単に“数が減る”こととして捉えるのは、おそらく、これまでと同じモデルで考えているだけですね。時代環境に合わせて新しい価値や価値観を創るほうが良いと思います。人口が減っても文化を通じて新たな価値、価値観を作る。それが出来れば、京都モデルではなく、ジャパンモデルになる可能性は大いにあるのではないでしょうか。

サステナビリティの本質は多様性の維持。 多様な創造性が価値の源泉にある。

住田 先ほどの広井さんのお話にあったSDGSに文化がないということですが、まさに、その通りだなと。他国では、あまり文化とサステナブルが結びついていないのです。進化しながらもサステナブルであるところが、まさに日本の特徴であると。

サステナビリティ=持続可能性と訳されますが、本質は圧倒的に「多様性」です。多様性が維持されなかったら、サステナビリティは生まれない。だから、色々なプロフェッショナル、極めた人、極めた価値のある人が京都にはぽこぽこいる。隣の会社と協力はしないことがあっても非常に互いをリスペクトしている。あいつは凄いけど同じことはしないぞと。多様であることを認めている社会なんですね。よそ者を排除する人もいるかもしれないけれど、こいつは凄いなというよそ者はアクセプトする。

全体的なレベルが非常に高いのが京都で、全体的なレベルが高い中での多様性があると、もしも、そこにシナジーが生まれたら、それは、ものすごい創造性に繋がる。まさにサステナビリティの根源たる多様性がある京都。京都の方々は、もしかしたら、そう思っていないかもしれないけど、将来ますます繁栄していく源泉になりうるんじゃないかと。

人が減っても困ることはなくて、すごいやつがいるんだったら、自ずとその価値観に共感する人が世界中から人が集まってくる。それは自ずと経済になる。「なんとなく京都がいいよね」と集まるオーバーツーリズムの方がだめなのではないでしょうか。世界中から本物を目指してくる。それが、京都なのだと思います。

時代に適応する「新しい何か」を起こす人
価値観を打ち破って、結合して、新たな価値を創り出すこと
それが、京都におけるカルチャープレナーに求められる資質

カルチャープレナーの定義について

文化的観点からのアプローチにより社会課題解決を行う起業家・人財を、一般的にカルチャープレナー(文化起業家)と称しているが、本事業では、カルチャープレナーを以下のように仮説として定義づけを行った。

“京都の価値である人的資本、文化資本、自然資本、社会資本、経済資本をクロスオーバーさせながら、社会の課題を解決し、また同時に、地域と人、人と人、自然と人、文化と人、様々な繋がりを接続、醸成させながら、「社会的富」という新たな豊さを創造する人財(カルチャープレナー)、及び、その仕組みを再定義・再構築することをビジョンとして描き出す。”

小川 「社会の課題を解決する人」を個人、スタートアップ系起業家に限定して、カルチャープレナーとして位置付けることが本当に今後の京都にとって望ましいことなのか? また、持続可能性の高い仕組みとなるのか?それは、継承すべき価値観として京都に伝わっていくことになるのだろうか?一般論とは別にして、京都ではどうだろう?ということをまずは考えてみることが必要だと私自身は考えています。企業、教育機関、研究機関が保有するそれぞれの無形資産としての価値を環境価値、社会価値、文化価値などに結びつけて仕組化を図ることも重要なのではないかと。

この辺りを踏まえて、これからの京都に必要なカルチャープレナーとは?それは、果たして「人財」に委ねることなのか?それとも、仕組みを構築することなのか?ここでは議論を進めていきたいと思います。

住田 文化を創っているのは人。人が何を考えているのかが文化であり、それらの価値観が文化として表出してくる。京都の人と触れ合うと、いろんな価値を感じる人がいて、それぞれが極めている、そう思うんですよね。そういう人たちが形成している京都という都市。これは、ものすごく魅力的です。尖った人がものすごくいる。このような京都という価値であり文化に触れたかったり、一緒にビジネスをしたい人は多いと思うんですね。「本質を極める人に来て欲しい」というのは京都側の本音としてあるのではないでしょうか。ある種、一元さんお断りという、あるレベルに達していないと弾かれてしまうのでは?ということは、よそ者からすると、そのような雰囲気を感じることはあります。

広井 私は2016年に京都大学に移った年に、ちょうど「京都嫌い」という本が大ベストセラーになりました(笑)。でも、住んでみたらそういうこともなく。私自身はそんなに京都を閉鎖的な場所だと思ったことはないんですね。

一方で、文化というテーマで言いますと、伝統工芸やアートなど狭い意味で捉えるのではなく、狭い意味での物質的なものを超えたものとして文化を広く捉えるのがいいのではないかと思います。

大きくとらえると、文化と経済が分離していった時代から、今、もう一度文化と経済が再融合しようとしている。文化と経済というのも元々は一体のものでコミュニティの中で循環していたものです。お祭りという文化にしても衣食住という生活と共に循環していたものでした。ここから利潤の最大化を追求した形で経済がいったん離れていってしまった。改めて、文化と経済が再融合することが、これからの一つの手がかりになるのではないかと。

渋澤 私のいる投資の世界では、京都の経済的価値としては観光しかないのか?と言ったら、全然そんなことはないですね。世界を代表する会社さんが京都にはたくさんいらっしゃる。どちらかというと、とんがっている会社が多いイメージがあります。ある会社の経営トップと話した時に、東(ひがし)京都に、大阪の会社は本社を持っていってしまうと。経営者の方々が地元愛というプライドを持っているんですね。また、ある京都の会社はまだうちは100年なんですと。席順だと末席なんだと。

一方で、文化は人の営みという先ほどの住田さんのお話ですが、一人の人って、すごく短い、せいぜい100年なんですよね。文化は人だけにあるとなると、それは承継できなくて、それで終わってしまう。遺伝子として次の世代にバトンタッチがずっと出来ていたことが文化となっているのだと思うわけです。遺伝子で考えると、お父さんとお母さんの遺伝子から同じ遺伝子が続くのではなく融合していく。生物が進化して時代に適応して生き残っていくのと同じように、何百年続いている会社は、ずっと適応しながら時代に応えていっている。それは、どの時代においても適応してきたということだと思うわけです。

また、起業家とは「起こす人」のことですよね。つまり、上から来たものを下に流すということはカルチャープレナーではない。「新しい何か」を「適応する何か」を「起こす」人のことですよね。

小川 京都の大手企業も、創業の背景としては、元々「起こす人」側としてベンチャーとしてスタートしている。

住田 すごく本質を追求している人が京都には一杯いる。その人の周りには、この人にと寄ってくる人がいる。寄ってきた人が共感して、その人の持っているものを引き継ごうとしながらも、外から来ていると、そこでまた新しい価値が生まれたりする。それが、カルチャープレナーと言っている「一つ」のパターンかもしれない。外からくる必要も必ずしもないので、京都の中で使われていないリソースがあれば、隣りの企業と一緒にやろうという人が出てきたら、それも新しいカルチャープレナーになるかもしれない。大学と企業があまり仲良くなかったけど一緒にやるなど、これまで仲良くしてこなかった人たちも存在していることを考えると、壁を打ち破って価値観を融合させることで新しい価値観を生み出すということの可能性がありますよね。

小川 新たな結合を生み出すことも含めて、カルチャープレナーの可能性は、決して一つではないということですね。

左から、ロフトワーク アートディレクター 小川 敦子、住友商事グローバルリサーチ株式会社 代表取締役社長/住友商事株式会社 常務執行役員兼任 住田孝之さん

若い世代の“志”に、投資をすること。 将来世代が今と同じ豊かさを享受できる、それがサステナビリティの原点。

広井 私は、若い世代への支援を強調したい。Z世代という言葉もありますが、学生など若い世代を見ていると私は希望を感じています。文化に限らず、環境や農業などいろんな分野で起業をしたり、全体として社会貢献意識が非常に高い。伝統に対する関心も非常に高い。残念ながら日本の若い世代は1千兆円を超える借金を先送りされていて、国際的に見ても、教育も含めて若い世代への支援が小さいと言わざるを得ない。若い世代の支援は日本社会の最大の課題です。

サステナビリティというコンセプトを最初に打ち出したのは1987年の国連ブルントラント委員会であり、そこでは「将来世代が今と同じ豊さを享受できる」ことが主眼とされていた。つまり、「将来世代のことを考えること」がサステナビリティの肝にあるわけです。だからこそ、私はこの取り組みで掲げられているカルチャープレナーに対して、とても可能性を感じています。

小川 将来世代への投資を幅広く考えること。それが、カルチャープレナーを仕組みとして継続させるためにも必要なことですね。

先生方、本日は大変ありがとうございました。

誉田屋源兵衛

今回、会場となったのは、江戸時代から創業約280年を誇る京都の老舗“帯匠”誉田屋源兵衛の社屋。京都の老舗の多くが軒を連ねる南北の通り・室町通に店舗を構える。

誉田屋源兵衛:https://kondayagenbei.jp/

登壇者プロフィール

住田 孝之

Speaker住田 孝之(代表取締役社長 / 住友商事株式会社,常務執行役員兼任)

1962年生まれ。1985年東京大学法学部卒業後、通商産業省(現経済産業省)入省。1993年米国ジョージタウン大学国際政治大学院卒業。経済産業省では、産業政策、FTA等の国際交渉、環境・エネルギー政策、イノベーション戦略などに従事。エコポイントやプレミアムフライデーを立案したほか大阪万博の「命輝く未来社会のデザイン」というテーマを策定。知財戦略推進事務局長としては、知的財産戦略ビジョンをまとめ「価値デザイン社会」を提言。2019年に住友商事(株)に入社し、2021年4月から現職。無形資産など非財務要素を活用した企業の価値創造に焦点をあて、2007年にグローバルなNPOであるWICI(世界知的資産・資本イニシアティブ)を立ち上げ、2022年6月まで会長を務める。

渋澤 健

Speaker渋澤 健(代表取締役 / コモンズ投信株式会社,取締役会長 株式会社& Capital 代表取締役CEO)

1961 年逗子市生まれ。父の転勤で渡米。1983 年テキサス大学化学工学部卒業。1987 年UCLA 大学にてMBA を取得。米系投資銀行で外債、国債、為替、株式およびデリバティブのマーケット業務に携わり、1996 年に米大手ヘッジファンドに入社。2001 年に独立し、シブサワ・アンド・カンパニー株式会社を創業、代表取締役に就任。2007 年にコモンズ株式会社を創設、2008 年にコモンズ投信株式会社へ改名し、取締役会長に就任。
2021 年にブランズウィック・グループのシニアアドバイザー、2022 年ISSB(国際サステナビリティ基準審議会)議長の特別顧問およIFVI(International Foundation for Valuing Impact)理事、2023 年に株式会社&Capital を創業、代表取締役CEO に就任。また最近では、Triple I for GH: Impact Investment Initiative for Global Health(グローバルヘルスのためのインパクト投資イニシアティブ)の共同議長に就任し、インドのベンチャーキャピタルChiratae Ventures アジア・アドバイザリーボードのメンバーにも就任。
経済同友会幹事およびグローバルサウス・アフリカ委員会委員長、岸田政権の「新しい資本主義実現会議」、金融庁、経済産業省等、政府系委員会の委員を務めており、UNDP(国連開発計画)SDG Impact Steering Group 委員、東京大学総長室アドバイザー、成蹊大学客員教授等。
著書に『渋沢栄一100 の訓言』(日経ビジネス人文庫)、『SDGs 投資~資産運用で社会貢献』(朝日新聞出版)、『渋沢栄一の折れない心をつくる33 の教え』(東京経済新報社)、『超約版 論語と算盤』(ウェッジ社)、『対訳 銀行員のための「論語と算盤」とSDGs』(きんざい)、他

広井 良典

Speaker広井 良典(人と社会の未来研究院 教授)

1961年岡山市生まれ。東京大学教養学部卒業、同大学院修士課程修了後、厚生省勤務、千葉大学法政経学部教授をへて2016年より現職。この間2001-02年MIT(マサチューセッツ工科大学)客員研究員。専攻は公共政策及び科学哲学。環境・福祉・経済が調和した「定常型社会=持続可能な福祉社会」を提唱している。『日本の社会保障』(岩波新書)でエコノミスト賞、『コミュニティを問いなおす』(ちくま新書)で大仏次郎論壇賞受賞。他に『ポスト資本主義』(岩波新書)、『人口減少社会のデザイン』(東洋経済新報社)など著書多数。内閣府・幸福度に関する研究会委員、国土交通省・国土審議会専門委員、環境省・次期生物多様性国家戦略研究会委員等を務める。

小川 敦子

Speaker小川 敦子(アートディレクター)

ロフトワーク京都 アートディレクター。1978年生まれ。百貨店勤務を経て、生活雑貨メーカーにて企画・広報業務に従事。総合不動産会社にて広報部門の立ち上げに参画。デザインと経営を結びつける総合ディレクションを行う。その後、フリーランスのアートディレクターとして、医療機関など様々な事業領域のブランディングディレクションを手掛ける。そこにしかない世界観をクライアントと共に創り出し、女性目線で調和させることをモットーにしている。2020年ロフトワーク入社。主に、SX(サステナビリティ・トランスフォーメーション)を軸としたコーポレートブランディングを得意領域とし、2021年より経産省中部経済産業局、大垣共立銀行が中心となりスタートした、東海圏における循環経済・循環社会を描く「東海サーキュラープロジェクト」のプロジェクトマネージャーを担当。

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The KYOTO Shinbun’s Reportage
京都新聞論説委員が見る京都ルポ「課題の価値」