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小原 和也(弁慶), 長島 絵未 2025.04.04

アカデミアと共にあらたな領域を探求し、社会に問いかけるプロジェクトの可能性 
南澤孝太先生 インタビュー前編

2016年、当時はまだ結びついていなかった、触覚研究と、デザインやビジネスの可能性をを開拓するプロジェクトとして実施された「HAPTIC DESIGN PROJRCT(ハプティック・デザイン・プロジェクト)」。ロフトワークのMTRL事業部が企画・運営として関わった同プロジェクトでは、ミートアップやアワードなどの機会を通じてさまざまなクリエイターや研究者とのつながりが生まれ、今もなお発展を続けているハプティック・デザインの領域を世界中に広めるきっかけのひとつとなりました。

同プロジェクトのオーガナイザーである、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科(以下、KMD)の南澤 孝太先生は、研究者として常に産業や社会との接点をもちながら、自身の研究領域を社会の中に広めていく活動を実践しています。ロフトワークも、現在にいたるまでさまざまなプロジェクトに伴走してきました。本記事では、あらためて南澤先生の活動についてのインタビューをお届けします。その前編となる本記事では、研究者としての始まりから、「触覚(ハプティクス)」の領域を社会に問うきっかけとなったアワードの開催経緯についてお話しいただきました。聞き手はMTRL事業責任者の小原 和也(弁慶)とバイスMTRLマネージャーの長島 絵未です。

話した人

円形のテーブルを囲んで談笑する3人の人物。左から南澤孝太教授、長島絵未、小原和也(弁慶)が並ぶ。背景には書籍が並ぶ本棚や、センサー付きのジャケットのようなプロトタイプが飾られている。明るい自然光が差し込む開放的な室内空間。

左から
慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科(KMD) 教授 南澤 孝太 さん
株式会社ロフトワーク バイスMTRLマネージャー 長島 絵未
株式会社ロフトワーク MTRL事業責任者 小原 和也(弁慶)

新たな活動フェーズとしての企業との共創

小原 南澤先生とは現在にいたるまでさまざまなプロジェクトでご一緒してきましたが、我々との最初の出会いは2016年にまで遡ります。当時はまだ、MTRLというチームが立ち上がったばかりの頃で、渋谷のFabCafe Tokyoを拠点に、さまざまな方とのつながりが生まれるコミュニティを創出するための企画を実践していました。

その中で、ちょうど南澤先生をはじめとする「テクタイル*」のみなさんが執筆された『触楽入門 はじめて世界に触れるときのように(朝日出版社)』が刊行されたばかりのタイミングでもあったことや、もともと僕自身もアカデミアにリスペクトや興味があったため、南澤先生にFabCafe Tokyoでの触覚のワークショップの実施を依頼させていただき、同時に出版記念トークも企画させてもらいました。

テクタイル*……先端技術による「触感」を通じた価値づくりを目指し、2007年より展覧会という形式でアート・デザイン・科学・工学といった多様な分野の人々との議論や創作をおこなう活動をスタート。展覧会という形式で、アート・デザイン・科学・工学といった多様な分野の人々との議論や創作をおこなう場を提供。2011年から2012年の間は、山口芸術情報センターとの共同研究開発プロジェクトとして、ワークショップやシンポジウム、プロトタイピングツールの開発、出版、研究会などのさまざまな活動が行われた

発言中に思考を巡らせるような表情を見せる南澤孝太教授。スーツを着用し、室内の明るい自然光のもとでインタビューに応じている様子。背景には本棚と窓からの光が差し込んでいる。
南澤 孝太 慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科(KMD) 教授

南澤 そうでしたね。そのイベントから約半年後に「HAPTIC DESIGN AWARD」が始まっているので、いま思い返すとすごいスピード感でしたね(笑)。僕としても、触覚の分野をどのように社会に広めていくべきか考えていた頃で、イベントをきっかけにMTRLの活動を知り、僕らの活動をおもしろがってくれるんじゃないかなという期待があったんです。ちょうど大きな予算を申請していたタイミングでもあったので、無事に取得が決まったことで、こちらからお声がけさせていただきました。いま思えば、それぞれタイミングがよかったんでしょうね。

僕らがテクタイルの活動の過程でテクタイルツールキットをつくったのが2010年12月で、その後の数年間はひたすらツールキットを使った触覚のワークショップをやっていたんですが、手弁当での活動に限界を感じていました。毎月のように美術館や博物館、学校でワークショップを実施し、日本科学未来館で大きな展示会をさせていただいたり、ハッカソンを開催したりしていたので、おそらく累計で数十万人の方にツールキットを体験してもらうところまで実現できていたんですが、次につながるような突破口が必要だったんです。MTRLのみなさんと出会ったことで、活動が新しいフェーズに入りそうな予感があったのを覚えています。

南澤孝太教授が開発した「テクタイルツールキット」の全体構成。白い筐体のメイン装置と複数のセンサー・アクチュエーターが接続されている。
南澤先生が開発した、触覚を音声データに変換し、記録・編集・再生ができる「テクタイルツールキット」。糸電話のようにコップからコップへと触覚が移動していき、触覚体験を簡単に共有することができる。

会社経営のノウハウを研究活動に持ち込む

——南澤先生は、論文や著作の執筆だけではなく、社会や産業との接点をもちながら研究活動を実施されていますが、そういった意識を持つようになったきっかけはありますか?

南澤 もともと研究活動と並行して、学生時代にいわゆる学生ベンチャーを経験したんですよね。当時は学生起業ブームで、勢いのあるWebベンチャーが注目されていた時代でした。僕も学部4年の時に先輩の会社にジョインして、そのあと修士課程の間はその会社を引き継ぐ形でCEOとして経営をしながら、ECサイトや旅館の予約システムをつくったりしていたんです。

長島 知らなかったです…!

円形テーブルを囲み、資料を見ながら議論する取材参加者3人の様子。南澤氏がスケッチブックを指差しながら説明し、他の2人が笑顔で耳を傾けている。背景には本棚やプロトタイプのジャケットが見えるクリエイティブな空間。
本インタビューの実施にあわせて、南澤先生の活動歴をたどる年表を作成。インタビューの後編にてご覧いただけます。

南澤 そうなんですよ(笑)。その頃から研究だけに関心があるわけではなく、プロダクトやサービスを世に出すことにも興味があり、修士を卒業後はそのままベンチャーを続けるか、研究室に入るか、あるいは企業に就職するかを考えていたんです。

なお、当時の研究の世界は、今と比べるとピュアにものづくりをするのが主流で、僕らがベンチャーでやっていたような、チームをつくったり、ゴールを設定して進行管理をしたりするような文化はありませんでした。ですから、それまでの会社経営のノウハウを研究活動に持ち込めば、むしろベンチャーよりもおもしろいことができるんじゃないかなと考えたことが、博士課程に進学した理由でした。

同時に、他の進路と比べると、研究室は最も主体性を持って活動できる場所なんじゃないかと考えたんですね。会社に入るとどうしても最初の10年ぐらいは自分の名前を出して活躍することはできませんが、研究者なら博士号を取って助教になる頃から自分自身の責任で活動することができます。大学という大きな組織の中にいながら裁量がある、フリーランスとはまた違うユニークな立場なんじゃないかなと。

——先ほどHAPTIC DESIGN AWARD(ハプティック・デザイン・アワード)のプロジェクトをロフトワークに依頼する際に予算を取得されたというお話しがありましたが、研究活動ではなく、企業との協業活動に使用されることを決断されたのにはどのような背景があったのでしょうか?

南澤 当時、東大からKMDに所属することになり、科研費という、いわゆる研究活動のための予算を申請しようとしていたところ、「そんなの取ってどうするの?」と他の先生に言われたんですよ(笑)。東大では科研費をとって活動を続けることが常識だったんですが、「企業と一緒に研究して、産業の中に入っていかないとしょうがないよ」と言われ、学生ベンチャーをやっていた自身の経験からも、納得したことが理由として大きかったと思います。

また、ロフトワークとのつながりができる少し前の2014年から、触覚に関するハッカソン=「ショッカソン」というイベントを始めていました。そこから新しいプロジェクトが生まれたり、知り合いが増えていったりと、それなりに手応えを感じてはいたんですが、さきほどお話ししたワークショップと同じように、なかなか次につながるきっかけが足りないと感じていたんですね。

「ショッカソン」には、いわゆる最先端のガジェット好きというか、企業に所属しながら、土日も好きな開発をしているような方々が集まっていて、触覚をビジネスにつなげるムーブメントが生まれそうな予感はありました。一方で、参加者の方々から、「実際にプロダクトやサービスとして始めるためには、どれくらいのリソースやスキルセットが必要で、どう会社を説得すればいいのかがわからない」という声が届き始めてもいたんです。いま思うと、そこで生まれたものを価値につなげていくためにはデザインの視点が必要で、ユーザーに価値を提供するプロダクトやサービス、あるいは事業を創出するためにはなにが必要なのか、当時の僕らは言語化しきれていなかったんだと思います。

「ハプティック・デザイン」に挑む人々を可視化したアワード

指先で粘土のような素材に触れている様子の上に、黄色い波形と「HAPTIC DESIGN」の文字が重なるビジュアル。触覚のデザインを象徴するグラフィック。
見る・聴くデザインから、“触れるデザイン” へ —「HAPTIC DESIGN」

小原 実際に「HAPTIC DESIGN AWARD」を実施できたことの成果として感じているのは、世界中で同じような志を持って活動しているクリエイターがいるんだということを、アワードという形式で可視化できたことだと思います。世界中から作品が集まり、ハプティック・デザインという言葉や考え方を、グローバルに共有することができました。もちろん、そこからプロダクトやサービスにつながるきっかけや、企業との共創も生まれていきましたが、それだけに限らない、ハプティック・デザインという領域の多様な景色をつくることができ、僕らロフトワークとしてもアワードの力を発揮できた機会だったと思っています。

「HAPTIC DESIGN AWARD」のロゴを中央に配したビジュアル。左側には指先で粘土のような素材に触れる様子が大きく映し出され、右側には過去の受賞作品やアイデアスケッチ、プロダクト写真などがコラージュのように並べられている。黄色い波形が全体を横断し、触覚表現の広がりを象徴している。
JST ACCEL「身体性メディア」プロジェクト主催のもと、触覚のデザインに基づいた新たな体験(モノ/サービス)のアイデア、作品を表彰した「HAPTIC DESIGN AWARD」

南澤 そうですね。ハッカソンやワークショップでは、実際につくってみること自体に楽しさはあるんですが、そこで止まってしまうことがほとんどです。アワードを通して、これだけの人がハプティック・デザインに興味を持っているんだということがわかりましたし、新しいチャンスが立ち上がりつつあるという機運を醸成することできたと思います。それが企業にとっての経営判断につながるかもしれないですし、これから取り組んでいこうとする人が困った時に相談できるようなコミュニティをつくることができたことも、大きな成果だったと思います。

同時に、アワードをきっかけに応募くださった方たちのことを「ハプティック・デザイナー」と呼べるようになったことの意義も大きかったんじゃないかと思います。肩書きが生まれればそこに仕事が来るようになり、ノウハウが蓄積されていきます。アワードに参加された方が企業の中でハプティック・デザイナーとして活躍している例もあるので、そういった方々が実績を積める状態をつくることができたのが大きかったですね。

インタビュー中に笑顔で話すロフトワークの長島絵未と、その隣で穏やかに耳を傾ける小原和也(弁慶)。明るい室内の棚には書籍や小物が並び、和やかな対話の様子が伝わる写真。

「まだ名前のない分野」の価値を社会へとひらく

長島 HAPTIC DESIGN AWARDの開催時、運営窓口としてアワードへの参加をお声がけする担当をしていたんですが、ご自身でハプティック・デザインだと自覚せずに活動されている方がたくさんいたことが印象的でした。実際に、受賞者のなかにロフトワークからのお声がけで参加された方もいらっしゃったんですが、受賞時のコメントで「自分の活動がハプティック・デザインという領域だったということに気づくことができたのがうれしかった」と書かれていて、アワードをきっかけに新しい領域をつくることができたのではないかと感じたのを覚えています。

南澤 本人にとっては別の視点で取り組んでいた活動が、僕らからするとハプティック・デザインだと思えるものが世の中にたくさんあったということですよね。ロフトワークで実施したミートアップの際に、「∞(ムゲン)プチプチ」をつくっているおもちゃデザイナーの高橋晋平さんと対談させていただく機会がありましたが、「僕がつくっていたのは触覚だったんですね」とお話しされていたのが印象的でした。ご本人としては、「癖になる感覚」をつくっていると考えていたそうなんですが、触覚という言葉でその仕事を意識されていなかったと。アワードをきっかけにハプティック・デザインという言葉が共有されていったので、いま振り返ってみてもうまくいきましたよね。

ハプティック・デザインの受賞作品を4分割で構成したコラージュ画像。左上は人工指を装着した手のプロトタイプ、右上は木製テーブルを操作する人物、左下は暗闇の中に浮かぶ糸状の立体構造、右下は手のひらに収まるブラシ型の触覚デバイス。いずれも触覚体験を重視した作品表現。
HAPTIC DESIGN AWARD 2017受賞作品。左上は「The Third Thumb」(Dani Clode)がHAPTIC DESIGN GRAND PRIZEを受賞。左下はJUDGE’S SELECTEDの「as·phyx·i·a」(Maria Takeuchi & Frederico Phillips)、右上は「いしのこえ」(MATHRAX)、右下は「福筆」(南木隆助)。

小原 アワードに応募いただいたファッションデザイナーやプロダクトデザイナー、建築家の方々も、無意識に触覚をデザインのひとつの要素として取り入れていたと思いますし、アワードという形式でハプティック・デザインの領域を社会に問いかけたことが、まだ名前のない分野のものづくりの価値を伝えることにつながったのではないかと思います。

MTRLとしても、まだ社会のなかでどのような意味を持つのかわからない先端研究や要素研究が持つ可能性を、アカデミアの方々と一緒に探求していくことの意義を感じることができた機会だったと思います。アワードやミートアップを通して活動の輪を広げていくことはロフトワークだからこそできることだと思うので、今後も引き続き強く推し進めていきたいですね。

執筆:堀合 俊博
撮影:川島 彩水
編集:AWRD編集部

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