未来の予感を発見する。
マテリアルを「ウェルビーイング」の視点で見つめ直し、価値を探るアワード
受賞マテリアル
Outline
情報化・デジタルサービス全盛、そして新たにAI時代が訪れようとしている現代でも、私たちの生活にモノは欠かせません。家具、車、ファッション、デバイス……。これらのモノにはマテリアル(素材)が使われています。
2019年に発生し世界を席巻した新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、我々の暮らしと生活様式を大きく変えました。その中で、経済的なゆたかさとは異なる価値観として、健康と幸福を見つめ直し、心豊かにより良く生きる「Well-Being(ウェルビーイング)」が注目を集めています。
ウェルビーイングとは、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも満たされている状態。ウェルビーイングというソフトへの影響は、ものづくりとその構成要素であるマテリアルというハードからも見直す必要があるのではないでしょうか。
そこで、ロフトワークが運営する素材・材料開発と技術研究領域のイノベーションに特化したクリエイティブユニット「MTRL(マテリアル)」と、人々のアイデアとクリエイティビティをプロジェクトとつなぐプラットフォーム「AWRD(アワード)」、そして世界中に拠点を持つクリエイティブコミュニティFabCafe Globalは、マテリアルを起点にウェルビーイングについて考察するアワード「Material Driven Innovation Award 2022(以下、MDIA2022)」を開催しました。本記事では、MDIA2022を通じて、マテリアルの可能性に挑んだ取り組みについて紹介します。
Challenge
オープンイノベーションの手法としての「アワード」から、 素材の新しい可能性を探る
アワードを主催したMTRLと運営を担ったAWRDは、ロフトワークが提供する2つのサービスです。
MTRLは、「素材」をテーマにした、クリエイターとメーカーのためのイノベーションプラットフォームです。企業や研究機関、地方自治体などのユニークな素材を扱う方々と協業し、素材の新用途開発や、製品開発、新市場に向けたブランディングなどをサポートしています。
AWRDは、それぞれの人が持つクリエイティビティやアイデアと、世界中のプロジェクトをつなぐプラットフォームです。プロダクトデザイン、テクノロジーやアート、社会課題解決のアイデアまで、幅広いジャンルのプロジェクトを通じて、多様な才能が活躍する場を提供しています。
MDIA2022では、AWRDとFabCafe Globalが得意とする、世界にまたがるクリエイティブな企業や人材のネットワークに呼びかけて、先端的なデザインや活動を集めるアプローチを活かしながら、これまで気づかなかったウェルビーイングとマテリアルの新たな価値、関係性の発見、可能性を探りました。
人の暮らしをウェルビーイングにするマテリアルを世界中から募集
「MDIA 2022」では「人の暮らしをWell-Being(ウェルビーイング)にするマテリアル」をテーマに人や地球環境の幸福に貢献する、革新的なマテリアル(素材)を募集。約1ヶ月半の応募期間で、ウェルビーイングを実現するサービスや製品、アート作品など多様なアイデアやサービスなど、102点のプロジェクトが世界中から集まりました。
海外と国内、国境を超えた審査員陣との審査プロセス
審査員には、各分野の第一線で活躍する方々を招聘しました。
段階的な審査プロセス設計により、グローバルなオンライン審査を実施
スペイン、中国、日本にいる審査員の時差や言語にあわせて、グローバルと日本で審査会を二段階で実施しました。はじめにグローバル側で審査会を実施、AWRDのグローバルディレクターが審査会をファシリテートし、フレデリック氏、デイヴィッド氏のディスカッションや審査コメントを受け取りました。その後、日本側の審査会を別途開催。海外側の審査員からの評価とディスカッション内容を日本側の審査員へインプットしたうえで、最終的な各プライズを決定しました。各審査員の拠点は国内外問わずそれぞれ離れていましたが、オンラインを前提とした段階的な審査プロセス設計により、言語や時差の壁を乗り越えながらスムーズに審査を実行しながら、「マテリアルの新しい可能性」という意欲的なテーマについて、多様な審査員陣によるディスカッションと意見交換を促すことができました。
Output
何ができるか、問題を解決できるか、共感できるか。多様な視点で選出された受賞マテリアル
審査員による厳正なる審査のもと、大賞1点、ファイナリスト3点、奨励賞1点、渡邊淳司賞、堀内康広賞、井高久美子賞、小原和也(弁慶)賞の合計9点が選出されました。その中から、大賞1点、ファイナリスト3点をご紹介します。
大賞
100%土に還る、野菜や果物から作られた「Food Paper」:株式会社五十嵐製紙
概要:Food Paper は、フードロスとして捨てられてしまう野菜や果物を紙に生まれ変わらせるためのプロジェクト。1919年に創業した越前和紙の老舗工房「五十嵐製紙」の技術を用い、フードロスの廃棄を減らしながら、日本の紙漉き文化を次世代につなげていくこと。適量の生産と消費、そして廃棄物を出来るだけ出さない循環型社会の実現を目指して活動している。
ファイナリスト
Co-Obradoiro Galego: Individual in collaboration with Galician basket weavers.
概要:Co-Obradoiro Galegoは、スペインのガリシア地方で発生したパンデミックの際に、より地域に密着したアプローチを求められて生まれたプロジェクトです。魚介類の殻類に含まれるバイオポリマーであるキトサンから、柔軟で生分解性のあるバイオマテリアルを開発。この生分解性素材を使って、水産物とバスケット産業を再び結びつけ、ガリシアの貴重な籠細工技術の永続性について考えています。また、例えガリシアの籠細工職人やガリシア文化やが消えてしまっても、このマテリアルを通してガリシア経済を再活性化させられると考えています。
ファイナリスト
TRF+H - Well-beingを叶える 3D プリント素材:ファブラボ品川 / ユニチカ株式会社
概要:『TRF+H』は、ヘアドライヤーなどで加温することで簡易に加工し、個別の身体曲面に適合した製作ができる3Dプリント素材です。従来、身体に合わせるためには3Dスキャンを活用し、立体的にモデリング・造形する試みが一般的でした。しかし『TRF+H』は、平面で3Dプリントし、簡単に後加工で身体に合わせることができます。それにより、プリント時間の短縮、サポート材など不必要な素材の削減、肌に接触する面の滑らかさを実現するとともに、幅広い「生活者」が内部構造も調整しながら道具をつくることを可能にします。
ファイナリスト
ZEROカーボNソイル:グリーン&ウォーター株式会社 環境開発事業部
概要:ゼロカーボンの実現を目指すCO2を吸着固定する低炭素型土系舗装材。これまでの一般的な土系舗装材では実現できなかったセメント不使用、CO2を吸着固定しながら高強度、高耐久を発揮する製品として誕生。天然由来の素材からできており、使用後は土に還すことが可能です。
MDIA2022 関連イベント
日本の各拠点都市、東京・京都・名古屋で受賞マテリアルの巡回展を開催
2022年の6月から8月にかけて、受賞マテリアルの展示とともに、ウェルビーイングにまつわる様々な疑問に対して、素材を起点にして考えるための展示・ワークショップイベントのレポートを開催しました。
ワークショップでは、審査員の渡邊 淳司さんらが開発したツール「わたしたちのウェルビーイングカード」を用いて、27の選択肢から自身のウェルビーイングを構成する要因3つを選ぶワークショップを行いました。受賞素材を題材に、どのような観点において「人の暮らしをWell-Beingにするマテリアル」であるかを個人・グループで考えることで、素材を起点に生み出されるウェルビーイングの”WHEN””WHO””WHOM”の多様さを感じ、理解に繋がりました。
FabCafeグローバルのバルセロナの拠点との連携
世界人口推計「World Population Review」によると、ヨーロッパの国々は毎年、「生活の質」のランキングで常に上位を占めています。今回、ヨーロッパの国々の生活者視点から生まれる、新しいものづくりや素材へのアプローチがアワードに反映されるように、FabCafe GlobalのメンバーであるFabCafe Barcelonaを、MDIA2022の公式グローバルオーガナイザーとして迎えました。ヨーロッパ各地で魅力的な素材を手がける企業やデザイナーに働きかけ、応募を促すことで、MDIA2022がフォローする新しい素材の可能性を広げました。
FabCafe BarcelonaのDavidが地元の素材イノベーター達を集めて開催したミートアップ記事はこちら
【イベントレポート】Material Driven Innovation Award 2022関連イベント「Material Meetup Barcelona」をバルセロナで開催しました。
Voice
新たな発見の装置に。アワードを通して得られたものとは
受賞作品を通してウェルビーイングに寄与する素材は多岐にわたることがわかり、私たちにもさまざまな気づきを与えてくれるアワードとなりました。アワードを通して得られたマテリアルの真価とはなにか。ここでは、プロジェクトに参加された審査員の声をお届けします。
プロダクトやサービスはウェルビーイングのメディアとなる
アワードのお話をいただいたとき、正直に言って、素材とウェルビーイングの間には結構距離がある印象を持ちました。でも、実際に審査でいろいろな分野の作品を見ていく中で、アワードのテーマについて考えることは、3次元のパズルを解くことに似ていると思い始めたんですね。
一次元目は、素材の機能。
それで何ができるかということ。例えば、土に還る素材や、野菜から紙が作れる、成形した後に変形できるといった、さまざまな機能があるということ。
二次元目が社会課題。
その素材や取り組みが、社会のどんな問題を解決しうるのかということ。
三次元目が、物語やストーリーに対して共感できるか。
第三者がその素材や使われ方に関する物語を聞いたときに、ウェルビーイングの物語として納得感があるか、必要としている人に届いていると感じられるか、ということです。
この、「機能」「社会課題」「共感」という三次元が、今回のアワードで作品を見ていく視点としてあったのかなと、僕は思いました。
今回、MDIAに関わったことで、あるマテリアルやサービスを目にしたときに、誰がそのサービスを受けて、その人がどんなウェルビーイングを感じるのか、ウェルビーイングのステークホルダーと要因を想像するのが習慣になりました。素材だけだと目の前にある「モノ」にすぎないけれど、それが誰かに届いたその先に、ウェルビーイングが生まれるし、プロダクトやサービスはウェルビーイングのメディアなのだというのが、僕にとっての気づきでした。
ものづくりを「わたしたち」のウェルビーイングにいかに繋げていけるかという点で、すごく刺激的でした。
私たちにとってのウェルビーイングではなく、地球・社会・素材からウェルビーイングを考える
アワードという名前を聞くと、コンペティション(=競う)、審査(=評価する)というイメージを想起される方も多いかと思います。しかし、これからの社会においては、なにかを競うような場ではなく、価値観の多様さを認め合い、未来の予感がする場所に多くの人が集い、小さな共感をきっかけにして、人々の認識や行動を変えていくことが大事なのだと実感することができました。
審査員長を務めていただいた渡邊淳司さんは、ウェルビーイングを捉えるスケールを「I/We/Society/Universe」というレイヤーで捉えていらっしゃいます。私にとっての「良い状態」を考えることだけではない、SocietyやUniverseのスケールでもウェルビーイングを捉えること、つまり、私たちの暮らしの周りに存在するモノからウェルビーイングを考えることも、これからの社会や未来のありかたを考える上ではとても重要であることに気づくことができました。
MTRLとAWRDで生み出す新たな価値
「MDIA 2022」は、マテリアルやそれを支える技術、応募者、その価値を見つける審査員というさまざまな出会いの重なりが相乗効果となり、モノへの新たな価値や期待が膨らみました。
MTRLとAWRDという2つのサービスを通して生まれた本プロジェクトは、モノの重要性と必要性を改めて感じさせてくれました。これからも、さまざまなテーマや課題に対し、使い方、伝え方、使われ方などのプロセスも含めて、新たな価値を提案していきます。
Platform
AWRDは、複雑化する社会課題をオープンに多様な視点で解決するプラットフォームであり、ソリューションです
ロフトワークが運営するエントリー型のオープンなプラットフォーム、AWRD。
パンデミックやテクノロジーの進化、多様化する価値観、サステナブルな社会への移行など──常に変化する社会において、私たちは多くの課題に直面しています。AWRDはこれらの課題解決に向けて、アワードやハッカソンなどの手法を通じて世界中のクリエイターネットワークとのコラボレーション・協働を支援し、価値創出を促進します。
マテリアルの新たな意味をともに探したい
従来の製造業では、思いがけない発明、高度な機能の開拓こそがイノベーションを創出するとされてきました。
しかし現在、高度な機能の開拓、さらには改良・改善への再投資だけでは、イノベーションを実現することは困難です。ものづくりでは、モノのイノベーションではなく、“意味”のイノベーションが、企業価値の源泉になりつつあるのです。
私たちMTRLは、これからの事業開発において、デザインが強力なツールになると考えています。デザインは意匠のことだけを指すのではなく、意味のイノベーションを実現する思考の道具です。デザイナーは「なぜ開発するのか」「それは私たちの生活に意味があるものなのか」を問う実践をしてきた、いわば「意味づくり」のプロフェッショナルだからです。
私たちはそうしたデザイナーが活用してきた思考の道具を、ものづくりの「現場」へ配りたいのです。
MTRLは、マテリアルこそが製品に意味を与え、イノベーションを生み出すことを疑わないすべての人の「MATERIAL DRIVEN INNOVATION」の創発を支援します。
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