
なぜ、発散だけではいいアイデアに出会えないのか?
機会発見の本質に触れるワークショップ「SDS」
ロフトワークの伊藤 望です。僕は普段、新規事業開発やデザインリサーチを手がけるVUユニットのリーダーを務めています。この記事では、2019年の立ち上げから現在にいたるまで、僕が担当しているイベント「サービス・デザイン・スクランブル」について紹介していきます。
サービス・デザイン・スクラブルでは、「テーマオーナー」と呼ばれる企業が抱える課題を起点に、「他社のサービスを勝手に考える新サービス発想ワークショップ」を実施しています。ロフトワークのメンバーがファシリテーションを務め、製品・サービスのアイデアを参加者の方々との共創を通じて生み出していくプロセスを体験できる場として、これまでに約400名以上の方々にご参加いただきました。
これまでに13回にわたって開催してきたサービスデザインスクランブル(Service Design Scramble)、通称「SDS」。SHIBUYA QWSやロフトワークの渋谷オフィスで開催しており、毎回多様な立場の参加者に高い熱量を持って参加いただいています。
なかでも、サービス・デザイン・スクランブルのワークショップの大きな特徴は、日々僕らがさまざまなプロジェクトに取り組む上で大事にしている価値観が凝縮されているところにあります。
それでは、多くの方に好評をいただいている「共創プロセスの体験」とはどのようなものなのか。その具体的な特徴を、ワークショップデザインの視点から紐解いていきます。
製品・サービスのアイデアが生まれる共創の場
ロフトワークのプロジェクトの多くは、ざっくりと「探索」と「実装」の2つのフェーズに分かれて進行していきます。それぞれのフェーズで、多様な領域で活躍するクリエイターや有識者とのネットワークを活かした共創に取り組んでいます。
「探索」フェーズでは、クライアントの課題解決のヒントを見つけるきっかけをつくり、機会の発見につながる製品やサービスのアイデアを検討していきます。そして「実装」フェーズでは、発見した機会を具体化するため、最適なスキルを持つクリエイターをアサインし、プロジェクトマネジメントやディレクションを通じてアウトプットまでのプロセスを伴走しています。

サービス・デザイン・スクランブルは、そんなロフトワークの「探索」フェーズの入口を体験できるイベントです。多様な業種や職種の参加者とともに考え、手を動かし、新しい視点を獲得する、「共創」のプロセスを体験できる場を提供しています。
なぜ、探索がうまくいかないのか?
近年、ビジネスシーンにおいて共創の概念が広がり、組織外のワークショップへの参加や、自社内に共創スペースを設立する企業が増えています。一方で、自社で共創活動に取り組んでみたものの、イノベーションにつながるようなアイデアの創出や機会の発見にいたらないことに、悩みを抱えている企業も少なくありません。
ロフトワークの「探索」フェーズでは、クリエイターや有識者といった外部との接点を設け、多様な価値観に触れる「発散」のプロセスを重視しています。その後、具体的な製品やサービスのアイデアとして絞り込んでいく「収束」を経て機会の発見につなげていきますが、その過程を実りのあるものにするためには、最初の「発散」の幅を広げるための工夫が必要です。
ロフトワークが伴走する企業のなかにも、「探索活動で新たな気づきが得られない」という課題感を抱いているケースは少なからずあります。そういった企業へのヒアリングを通して感じているのは、業界内の常識や慣習が、無意識のうちに視野を固定してしまっているのではないか、ということです。
同時に、普段からセミナーやワークショップに積極的に参加し、熱心に勉強されている方ほど、探索の途中で出会ったさまざまな価値観や考え方を「すでに知っているもの」と捉えがちです。その結果、思うように「発散」の幅を広げることができなくなってしまっているのではないかとも感じています。

機会の発見につながるビジネスのアイデアは、一見するとなんてことない、ともすると見過ごしてしまうようなものであることも多いです。「発散」のプロセスでは、ユニークでオリジナリティのある価値観に出会うことよりも、幅広い考え方に触れる中で、自らそのなかに潜む新しさや可能性を見出してしていくことが重要です。そして、「発散」の過程で得られた出会いを自分なりに再構築し、「収束」のプロセスを通して独自のアイデアに結実させていく。それが、結果的に機会の発見につながるのではないかと考えています。
無意識に見落としがちな価値を拾うには、思い込みを外す必要がある
このように、「発散と収束」のプロセスを充実させるには、ふだん無意識に見逃している価値に目を向けていくことが重要です。この課題意識は、僕自身の長年の関心とも深く結びついています。
僕は学生時代から「人がアイデアを思いつくまでのプロセス」にとても関心がありました。デザイナーや建築家、コピーライター、CMプランナーなど、アイデアを生み出す仕事で活躍している人のなかには、きっと構造的化されたプロセスやフレームワークがあるに違いないと、これまでにさまざまな本を読み、個人的なリサーチと実践を重ねてきました。
ロフトワークに入社してからは、デザイン思考やSFプロトタイピング、デザイン・ドリヴン・イノベーションなど、イノベーションの創出や機会発見のためのさまざまな手法を実践しています。サービス・デザイン・スクランブルの立ち上げにあたっては、これらの経験や知識を活かしながら、一日限りの「探索の入口」の体験に適したワークショップデザインに取り組みました。

先に触れたように、探索のプロセスで必要なのは発散の幅を広げることであり、常識や慣習にとらわれたままでは、機会の発見につながるアイデアの創出にはいたりません。だからこそ、サービス・デザイン・スクランブルでは、そういった常識や慣習を形成している「思い込み」「あたりまえ」の枠を外し、新しい視野を獲得するワークショップを実践しています。
サービス・デザイン・スクランブルの特徴とは?
ここからは、本ワークショップの特徴を、3つのポイントに分けて紹介していきます。
事業領域にとらわれないテーマの設定
サービス・デザイン・スクランブルでは、「テーマオーナー制」を採用しています。テーマオーナーを希望する企業を申込時点で募集し、彼らにグループワークにおけるテーマを提示してもらう仕組みです。
希望される方には、参加申込時に関心あるテーマやワークショップで取り組みたいことを提出いただきます。その際、ロフトワークからテーマに関する深掘りや調整を行うことで、より質の高い体験につながるようなテーマ設定を目指しています。
たとえば、お菓子メーカーの担当者が「新しいお菓子の味」をテーマに掲げた場合、お菓子の味の種類やバリエーションの幅を広げることに議論が終始してしまい、新しい価値観や考え方との出会いにはつながりません。そこで、「お菓子を使って提供できる新しい体験」のように、やや抽象度を上げたテーマに変更することで、さまざまな角度からの議論が可能となり、発散の幅を広げることができます。


テーマを考えるとき、つい「今まさに取り組んでいるテーマ」や自身の事業領域のみに目を向けがちです。しかし、テーマが具体的過ぎると、発散の幅が限定され、機会発見につながる議論が生まれません。サービス・デザイン・スクランブルでは、普段の活動領域を超えたテーマを設定することで、参加者との対話を通じた“視野の広がり”を体験することを重視しています。

視野を広げる「発散」のステップ
サービス・デザイン・スクランブルのワークショップのプロセスは、以下の4つのステップで構成されています。
- 「定説を書き出す」
- 「定説をずらし、問いをつくる」
- 「新たな視点から、製品・サービスのアイデアを考える」
- 「製品・サービスを具体化する」
最初のステップ「定説を書き出す」は、テーマに関連する世の中の「定説」を洗い出すことで、テーマオーナーや参加者のなかにある「思い込み」や「あたりまえ」の存在を可視化していきます。そして次のステップ「定説をずらし、問いをつくる」では、あえて逆説をぶつけたり、突飛に思えるような角度からの問いを投げかけたりすることで、前のステップで浮かび上がってきた「思い込み」の枠を外していきます。

「発散」に取り組むこの前半のステップでは、自分自身が何を「あたりまえ」や常識だと思っているかを自覚することに注力します。「常識」とは、そこに違和感を抱かない、疑問をもたないからこそ、常識だと認識されています。つまり、「自覚」するのがとても難しい。テーマオーナーをはじめ、参加者は、他者との対話やファシリテーターからの働きかけを通じて、テーマオーナーが持ち込んだお題が抱える「常識」を可視化し、その輪郭に気付くことができます。この視野が広がるプロセスが、常識を超える、アイデアを発見する土台となるのです。

ビジネスの可能性を見出していく「収束」のステップ
続く3つ目のステップ「新たな視点から、製品・サービスのアイデアを考える」からは、いよいよ「収束」のプロセスです。それまでの議論で生まれたさまざまな視点を整理・再構成しながら、グループごとにひとつの製品・サービスのアイデアに絞り込んでいきます。

そして最後のステップ「製品・サービスを具体化する」では、グループごとに生まれたアイデアをビジュアライズし、参加者全員に向けて発表します。絵を描くのが得意ではない参加者の方もいるので、ロフトワークがアサインしたイラストレーターにビジュアライズをお願いすることや、最近ではChatGPTやMid-journeyといった生成AIを使うこともあります。

これらの「収束」のステップを経て生み出されたアイデアは、かならずしも斬新で目新しいものである必要はありません。先述したように、機会発見につながるビジネスアイデアのヒントは、一見するとなんでもない、ありふれたもののなかに潜んでいることも多いです。
サービス・デザイン・スクランブルのワークショップは、イノベーションや機会発見を成功に導くためのプログラムというより、参加者の方々の新しい視野の獲得をサポートし、他者との対話を通して出会う価値観や考え方に可能性を見出す場として位置付けています。つまり、「探索の入口」において必要な気づきとマインドセットを獲得してもらうことこそが目的なのです。
すべての参加者の創造性を解放する場として
2019年の初開催から回を重ねてきたサービス・デザイン・スクランブルは、気づけばロフトワークのイベントの中でももっとも息の長いシリーズとなりました。今後は、特定のテーマや業種ごとに分けて実施するなど、異なる形態での開催も検討していますが、引き続き参加者の方々が新しい視野を獲得できるイベントとして継続していきたいと考えています。

我々ロフトワークは、創造性とはかならずしもクリエイターだけが持つ特別な才能ではなく、すべての人の中にあるものだと考え、「We Believe in Creativity within all. = すべての人にうちにある創造性を信じる」ことを活動の出発点にしてきました。同時に僕たちは、「Unlock Potential」という考え方を大切にしており、サービス・デザイン・スクランブルのワークショップを実施する上でも、参加者の方々のなかにある常識の枠を「Unlock」することで、いかに創造性を解放できるかを考えながらファシリテーションを実践しています。


この記事では、僕らが実践しているフレームワークを使って「探索」のフェーズについて解説してきましたが、機会の発見につながるビジネスアイデアの創出は、一朝一夕にはいかないものです。僕自身、いかに発散の幅を広げることができるか、日々試行錯誤しながらさまざまなクライアントの探索を伴走しています。
先述したように、サービス・デザイン・スクランブルはロフトワークのプロジェクトの“入口”を体験いただくイベントです。より多くの方々の創造性を解放する場となることを目指し、今後も定期的に開催していきます。もしロフトワークの活動に少しでも興味があるな、という方がいれば、ぜひワークに参加してみてください。みなさんと会場でお会いできるのを楽しみにしています!
執筆:伊藤 望
編集:堀合 俊博
企画・サポート:岩沢 エリ, 後閑裕太朗
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