
未来の「普通」をつくるために。アカデミアと企業との共創に必要な「複雑性」とは?
南澤孝太先生 インタビュー後編
「触れるデザイン」というあらたな領域を開拓するプロジェクトとして実施された「HAPTIC DESIGN(ハプティック・デザイン)」。同プロジェクトのオーガナイザーであり、これまでに数々のプロジェクトにおいて、ロフトワークと協業してきた、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科(以下、KMD)の南澤 孝太先生に、あらためてご自身の活動についてうかがうインタビューを実施しました。
ロフトワークのMTRL事業部との出会いから、「ハプティック・デザイナー」という新しい肩書きが生まれるきっかけをつくった「HAPTIC DESIGN AWARD」について振り返った前編に続き、後編では、現在南澤先生が取り組んでいるムーンショット型研究開発事業や、アカデミアと企業が共創に取り組むことの可能性についてお話しいただきました。聞き手はMTRL事業責任者の小原 和也とバイスMTRLマネージャーの長島 絵未です。
インタビューの前編はこちら
アカデミズムの世界にも反響が生まれた共創プロジェクト
——アワードを経た反響は、その後の活動にどのようにつながったのでしょうか?

南澤 2019年に、「World Haptics Conference」という触覚の分野でもっとも大きな学会が東京で開催されることになり、学会の中に新しくハプティック・デザイン部門をつくり、僕らの活動だけでなく欧米からも触覚のデザインに関する活動や作品を集めることができました。HAPTIC DESIGN AWARDと並行してロフトワークとの触覚に関するプロジェクトがいくつか立ち上がっていましたし、大学側でもいくつも産学連携の触覚デザインプロジェクトが始まっていたので、もう一度アカデミックの世界で僕らの活動を紹介する機会になりましたね。同時期に欧米でも触覚のデザインに向けた取り組みが始まりつつあり、世界中のハプティック・デザインが一同に会する場をつくることができました。
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——アカデミズムの世界からはどのような反響がありましたか?
南澤 同じような課題意識を持っていた同世代の研究者からの共感の声が多かったですね。触覚は学問分野としての歴史こそ浅いものの、すでにどのように社会の中で活用していくのかというフェーズに入ってきていたので、僕らと似た課題意識を持った同世代の研究者が、いろんな場所で活動を始めていました。そういった方々に企業との共創の実績を見せることができたのはとても大きかったですし、次年度以降にもつなげていこうと考えていたんですが……ちょうどコロナ禍がやってきてしまって。
——ああ、その時期でしたか。
南澤 はい。そこですべてがリセットされてしまった感じでしたね。なにしろ、「触れてはいけない世界」になってしまったので。ワークショップやミートアップ、ハッカソンなど、ほとんどのプロジェクトが流れ、学会自体もオンライン化してしまい、あの時期のダメージは大きかったです。
2050年の人類の暮らしを構想する「ムーンショット型研究開発事業」
——その後、2020年に南澤先生の研究計画がムーンショット型研究開発事業*に採択されたのにはどのような経緯があったのでしょうか?
*ムーンショット型研究開発事業……内閣府が主催する、日本発の大胆な発想に基づく挑戦的な研究開発を推進する大型研究プログラム

南澤 ちょうど多くのプロジェクトが流れてしまったことで、議論をして企画書をまとめる時間ができたのが大きかったと思います。政府でムーンショットが立ち上がった時期と、コロナ禍で世の中のあらゆる活動がオンラインになったタイミングも偶然重なっていて、同世代の研究者と、今後どうしようかと(オンラインで)話す機会も増えていました。
企画を出そうと思ったのは、それまでの僕の活動について知っていた方に声をかけられたことがきっかけでした。基本的にこういった大きな予算をかけたプロジェクトはよりシニアの研究者が取り組むものなので、僕らにはまだ早いと最初は思っていたんですね。ただ、計画の立案に携わっていた方から、「ムーンショットが構想する2050年に、現役で活動している世代に参加してほしい」という思いを聞き、企画書をまとめてみることにしたんです。
2050年の暮らしを構想するにあたり、その時人類はどんな転換期を迎えているのか、SF小説のストーリーのように書いていきました。コロナ禍を経た人類はどのような方向に進んでいき、どんなライフスタイルや働き方に変化していくのかを妄想した上で、実際の研究活動として落とし込んでいったんです。
僕らの普段の研究活動では、なるべく高い解像度で5年後を予想しながら、それを実現するためのステップを踏んでいくように進めていきます。しかし、ムーンショットの場合、30年後について考えなくてはなりません。そのため、これまで以上に長いタイムスパンでの構想が必要でした。
ただ、ハプティック・デザインなどの活動を通して、社会の中に変化の兆しがあることは感じていました。それもヒントにしつつ、コロナ禍を経た人々の感情や心理状態、価値観が、2030年ぐらいにはどのように変化しているかを予想しました。
さらに、その先の2040年くらい、AIやデジタル空間が十分に発展した未来には、人々は「自分たちは何のために生きているのか」という疑いを持つようになるのではないかと考えたんです。その時、人間が人間らしく生きるためには、現在の僕らにとってのメガネやスマートフォンのように、自分自身の能力を高めたりお互いに感覚を伝え合ったりすることができる技術や、バーチャルな世界とリアルの世界を自由に行き来するためのテクノロジーが、人間にとって必要不可欠になっているんじゃないかなと。
例えば、自分自身の経験や感覚を、デジタルを介して誰にでもシェアできたり、誰かが記録した経験を後から追体験できたりする世界。あるいは、自分のバーチャルな身体やロボットの身体がさまざまな場所に存在し、テレポーテーションするように空間と身体の制約を超えて活動できる世界。そうした社会が、2050年に到来するとして、そこから逆算し、いつまでにどのような社会実装に取り組む必要があるのかを構想し、ストーリーとしてまとめていきました。
未来の「普通」をつくるために、複雑性をデザインしていく

——多くのテクノロジーが効率化とともに発展している一方で、南澤先生が取り組まれている触覚を伝えるテクノロジーは、効率化のなかで失われてしまっている「人間らしさ」を取り戻すためのものであるように感じます。
南澤 そうですね。僕らがなぜ触覚の研究をしているかというと、「おそらく人間が人間である実感を持つために、触覚が必要だ」と思っているからなんです。効率化の視点で言えば、触覚がない方が手っ取り早かったり、コストが下がったりするかもしれません。しかし、身体の介在なしに経験として積み重ねていけるほど、人類は進化してないんじゃないかなと。
たとえば、現在の情報社会では、テキストや音声、映像を介して情報が広がり、一方でものすごいスピードでSNSでの炎上や分断が起きています。その中で、身体感覚からかけ離れてしまっている“コミュニケーション”を人間が再び取り戻すためには、触覚が必要なんじゃないかなと思うんです。効率が悪いとしても、「自分自身が痛みを感じ、他者にも痛みが伝わる」ような触覚が必要で、だからこそ丁寧にコミュニケーションをしようという意識が生まれる。これからの時代、触覚にはそういった役割が求められていくんじゃないかと思います。
——ロフトワークとして、南澤先生のようなアカデミアとの共創をどのように捉えていますか?

長島 ロフトワークの中でも、アカデミアのみなさんと共創する機会の多いMTRLとしては、その度に視野を広げるきっかけをいただいている感覚があります。私自身、まだまだこんなに挑戦できる世界があるんだなと、学びながら感じています。
それに、ロフトワークはクライアントの課題を直接解決するというよりも、解決のためのヒントを一緒に見つけていくというスタンスで活動している組織です。単になにかをつくって終わりにするのではなく、どのように広げていくのかを考えることを大事にしている。そのプロセスにおいて、研究者の方々と同じ共通認識を持ちながら取り組めていると感じています。
南澤 確かに、僕らにとってもそれはとても重要なスタンスだと思っています。インターネットやAIが普及し、知識を持つことの価値が変化するなかで、研究者や大学の役割も変わっていかなくてはならない。そして、そのためには大学を含めた社会のエコシステムについて、研究者が考える必要があるんじゃないかと。単に知識を生産する場としての大学ではなく、社会の中でどのような関係性を築いていくかが問われている中で、僕らの世代の研究者はそのためになにができるかを考え続けなくてはならないと思っています。
僕自身、ハプティック・デザインをきっかけに活動のスタイルを確立することができましたが、コロナ禍をきっかけにまた大きく変わらなくてはならなかった。このような変化の早い時代に、決まったかたちに縛られずに活動できるチームをロフトワークさんとつくることができているのは、とても意味のあることだと思っています。

小原 ロフトワークとしても、常に微調整を繰り返してきたからこそ、これまで活動をご一緒できたのではないかと思っています。アカデミアのみなさんとのプロジェクトに限らず、MTRLは、プロジェクトをご一緒しているみなさんのスペシャリティに対して、我々だからこそできることを組み合わせながら、複雑性を高めるようなイメージで活動しています。
だからこその大変さはあるんですが、課題解決のためのシンプルなソリューションを提供するのではなく、プロジェクトのなかに複雑性をもたらすことで、新しい価値が生まれるための対話を続けていくこと。それが、これからもロフトワークに求められることだと思うので、常に自分たちのあり方を探りながら活動をしていきたいと思っています。
南澤 僕らがやりたいことは、少し先の未来の「普通」をつくることなんじゃないかなと思います。未来の人からすると普通だと思えることが生まれるまでには、可能性を広げるための複雑性やカオスが必要で、最終的には何も疑問を持たれないほどシンプルなものに収斂していく。未来の普通が生まれるまでの複雑性を、どのようにロフトワークさんと一緒にデザインしていけるかを考えながら、今後も新しい取り組みを一緒にできればと思っています。

南澤 孝太先生 プロフィール
2005年に東京大学工学部計数工学科を卒業、2010年に同大学院情報理工学系研究科博士課程を修了し、博士(情報理工学)を取得。同年より慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科特任助教に着任。その後、特任講師・准教授を経て2019年より現職。「KMD Embodied Media Project」を主宰し、身体的経験を伝送・拡張・創造する「身体性メディア」の研究開発と社会実装や、「Haptic Design Project」を通じた触覚デザインの普及展開、身体の制約を超えた未来社会の実現を目指す「Project Cybernetic being」などの活動を推進している。
南澤 孝太先生の主な活動年表

※紫…南澤先生が関わったプロジェクト、黄…ロフトワークと南澤先生が共創したプロジェクト
活動年表に関するリンク一覧
- 2010.12 TECHTILE toolkit
- 2011 YCAM InterLab Camp -TECHTILE-
※出典:Yamaguchi Center for Arts and Media [YCAM] -
2014 – JST ACCEL 身体性メディアプロジェクト「触原色に立脚した身体性メディア技術の基盤構築と応用展開」(研究代表者:舘暲 東京大学名誉教授)
- 2014 – 2018 触覚技術をテーマとするハッカソン、ショッカソン
- 2015.04 – KMD EMBODIED MEDIA PROJECT
- 2015 Synesthesia Suit (with Enhance & Rhizomatiks)
- 2015.6 超人スポーツ協会 発足
- 2014.10 超人スポーツプロジェクト
- 2015 第1回 超人スポーツハッカソン
- 2016 第2回 超人スポーツハッカソン / LW企画運営
- 2016 第3回 超人スポーツハッカソン
- 2015.10 第1回 超人スポーツEXPO
- 2016.01『触楽入門』刊行
- 2016 岩手発超人スポーツプロジェクト
- 2016 第1回 超人スポーツGAMES
- 2016.03 超人スポーツ×FabCafe 超人スポーツハッカソン
- 2016 – HAPTIC DESIGN PROJECT / LW企画運営
- 2016 HAPTIC DESIGN AWARD / LW企画運営
- 2017.06「超☆野球」開発プロジェクト (with 横浜ベイスターズ)
- 2017.09 超人スポーツ協会 × 超福祉展 ”超福祉スポーツ” 開発プロジェクト / LW企画運営
- 2017 HAPTIC DESIGN AWARD / LW企画運営
- 2017 – 2018 HAPTIC DESIGN Meetup / LW企画運営
- 2018.02「リサーチ・コンプレックス NTT R&D @ICC×HAPTIC DESIGN PROJECT『距離0から拓くデザインの未来─見る/聴くから”触れる”へ』」 / LW企画運営
- 2018.03 新感覚の触感おもちゃ「触感とんとん相撲」伊勢丹ココイクとHaptic Design Project共同開発
- 2018.01 B.LIVE (with B.League / 富士通 / YAMAHA)
- 2017 – 2019 Living Lab Shibuya / LW設計施工
- 2019 触覚公衆伝話 (with NTT)
- 2019 JST ACCEL EMBODIED MEDIA PROJECT FACTBOOK 2014-2019 / LW企画制作
- 2019.02 HAPTICS OF WONDER 12触αGEL見本帖 / LW企画制作
- 2019.07 IEEE World Haptics Conference 2019 Design Showcase / LW企画運営
- 2019.11- SHIBUYA QWS(渋谷キューズ)「QWSアカデミア」 / LW企画運営
- 2020.12 –JSTムーンショット型研究開発事業Project Cybernetic being
- 2021.06 – 分身ロボットカフェDAWN β(オリィ研究所)開業
- 関連記事「もう1つの身体」での活動を通じて制約から解放され生きられる社会へ
- 2021.07 – Project Cybernetic being Lab @竹芝 / LW設計施工
- 2022.08 デジタル身体性のある未来展 by デジタル身体性経済学の創成 / LW企画運営
- 2022.11 ⼯芸とハプティクス(触覚技術)の融合による 新しい価値伝達と社会⽣活の創造に向けた共創プロジェクトを発⾜ (with 工芸産地協会)
- 2023.01 触覚共有技術「FEEL TECH」を開発 (with NTTドコモ)
- 2023.05 サイバネティックアバターで働き方はどう変わる? Cybernetic Avatar Experiment in 分身ロボットカフェ DAWN ver.β
- 2024.11 – Brain Body Jockey Project at ALS啓発音楽フェス「MOVE FES. 2024」(with WITH ALS)
- 2024.07 – Cybernetic being Meetup / LW企画運営
- 2025.4 慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科(KMD)ウェブサイト リニューアル / LW企画制作
- 2025.07 – 09 大阪・関西万博ムーンショットパーク「Cybernetic being life in 2050」〜身体的共創が生み出す未来社会〜 / LW企画運営
執筆:堀合俊博
撮影:川島彩水
編集:AWRD編集部
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