FINDING
小原 和也(弁慶), 長島 絵未 2025.04.04

未来の「普通」をつくるために。アカデミアと企業との共創に必要な「複雑性」とは? 
南澤孝太先生 インタビュー後編

「触れるデザイン」というあらたな領域を開拓するプロジェクトとして実施された「HAPTIC DESIGN(ハプティック・デザイン)」。同プロジェクトのオーガナイザーであり、これまでに数々のプロジェクトにおいて、ロフトワークと協業してきた、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科(以下、KMD)の南澤 孝太先生に、あらためてご自身の活動についてうかがうインタビューを実施しました。

ロフトワークのMTRL事業部との出会いから、「ハプティック・デザイナー」という新しい肩書きが生まれるきっかけをつくった「HAPTIC DESIGN AWARD」について振り返った前編に続き、後編では、現在南澤先生が取り組んでいるムーンショット型研究開発事業や、アカデミアと企業が共創に取り組むことの可能性についてお話しいただきました。聞き手はMTRL事業責任者の小原 和也とバイスMTRLマネージャーの長島 絵未です。

アカデミズムの世界にも反響が生まれた共創プロジェクト

——アワードを経た反響は、その後の活動にどのようにつながったのでしょうか?

インタビュー中にテーブルの前で話す南澤孝太先生。背景には本棚とブラインド越しの窓が見える

南澤 2019年に、「World Haptics Conference」という触覚の分野でもっとも大きな学会が東京で開催されることになり、学会の中に新しくハプティック・デザイン部門をつくり、僕らの活動だけでなく欧米からも触覚のデザインに関する活動や作品を集めることができました。HAPTIC DESIGN AWARDと並行してロフトワークとの触覚に関するプロジェクトがいくつか立ち上がっていましたし、大学側でもいくつも産学連携の触覚デザインプロジェクトが始まっていたので、もう一度アカデミックの世界で僕らの活動を紹介する機会になりましたね。同時期に欧米でも触覚のデザインに向けた取り組みが始まりつつあり、世界中のハプティック・デザインが一同に会する場をつくることができました。

体感ツールキット「HAPTICS OF WONDER 12触αGEL見本帖」

12種類の触感を体感できるツールキット「12触 αGEL見本帖」。カラフルなチャート上にゲル素材が並び、質感や触り心地の違いを視覚的・触覚的に伝えるデザイン。右下には個別に収納されたゲル素材も見える。
Haptic Designをきっかけに生まれたプロジェクトのひとつ。非常に柔らかいゲル状素材「αGEL」を展開する株式会社タイカとともに、機能的価値だけではない感性価値を伝えるツールとして制作。色鉛筆に12色の彩りがあるように、ゲル素材の「12触」のグラデーションを実感できるキットを開発しました。南澤先生には、触感の指標を探るワークショップを実施いただきました。

——アカデミズムの世界からはどのような反響がありましたか?

南澤 同じような課題意識を持っていた同世代の研究者からの共感の声が多かったですね。触覚は学問分野としての歴史こそ浅いものの、すでにどのように社会の中で活用していくのかというフェーズに入ってきていたので、僕らと似た課題意識を持った同世代の研究者が、いろんな場所で活動を始めていました。そういった方々に企業との共創の実績を見せることができたのはとても大きかったですし、次年度以降にもつなげていこうと考えていたんですが……ちょうどコロナ禍がやってきてしまって。

 ——ああ、その時期でしたか。

南澤 はい。そこですべてがリセットされてしまった感じでしたね。なにしろ、「触れてはいけない世界」になってしまったので。ワークショップやミートアップ、ハッカソンなど、ほとんどのプロジェクトが流れ、学会自体もオンライン化してしまい、あの時期のダメージは大きかったです。

2050年の人類の暮らしを構想する「ムーンショット型研究開発事業」

——その後、2020年に南澤先生の研究計画がムーンショット型研究開発事業*に採択されたのにはどのような経緯があったのでしょうか?

*ムーンショット型研究開発事業……内閣府が主催する、日本発の大胆な発想に基づく挑戦的な研究開発を推進する大型研究プログラム

腕を組みながら話す南澤孝太先生。背景には本が並んだ棚と明るい窓があり、リラックスした雰囲気の中で語る様子が伝わる。

南澤 ちょうど多くのプロジェクトが流れてしまったことで、議論をして企画書をまとめる時間ができたのが大きかったと思います。政府でムーンショットが立ち上がった時期と、コロナ禍で世の中のあらゆる活動がオンラインになったタイミングも偶然重なっていて、同世代の研究者と、今後どうしようかと(オンラインで)話す機会も増えていました。

企画を出そうと思ったのは、それまでの僕の活動について知っていた方に声をかけられたことがきっかけでした。基本的にこういった大きな予算をかけたプロジェクトはよりシニアの研究者が取り組むものなので、僕らにはまだ早いと最初は思っていたんですね。ただ、計画の立案に携わっていた方から、「ムーンショットが構想する2050年に、現役で活動している世代に参加してほしい」という思いを聞き、企画書をまとめてみることにしたんです。

2050年の暮らしを構想するにあたり、その時人類はどんな転換期を迎えているのか、SF小説のストーリーのように書いていきました。コロナ禍を経た人類はどのような方向に進んでいき、どんなライフスタイルや働き方に変化していくのかを妄想した上で、実際の研究活動として落とし込んでいったんです。

僕らの普段の研究活動では、なるべく高い解像度で5年後を予想しながら、それを実現するためのステップを踏んでいくように進めていきます。しかし、ムーンショットの場合、30年後について考えなくてはなりません。そのため、これまで以上に長いタイムスパンでの構想が必要でした。

ただ、ハプティック・デザインなどの活動を通して、社会の中に変化の兆しがあることは感じていました。それもヒントにしつつ、コロナ禍を経た人々の感情や心理状態、価値観が、2030年ぐらいにはどのように変化しているかを予想しました。

さらに、その先の2040年くらい、AIやデジタル空間が十分に発展した未来には、人々は「自分たちは何のために生きているのか」という疑いを持つようになるのではないかと考えたんです。その時、人間が人間らしく生きるためには、現在の僕らにとってのメガネやスマートフォンのように、自分自身の能力を高めたりお互いに感覚を伝え合ったりすることができる技術や、バーチャルな世界とリアルの世界を自由に行き来するためのテクノロジーが、人間にとって必要不可欠になっているんじゃないかなと。

例えば、自分自身の経験や感覚を、デジタルを介して誰にでもシェアできたり、誰かが記録した経験を後から追体験できたりする世界。あるいは、自分のバーチャルな身体やロボットの身体がさまざまな場所に存在し、テレポーテーションするように空間と身体の制約を超えて活動できる世界。そうした社会が、2050年に到来するとして、そこから逆算し、いつまでにどのような社会実装に取り組む必要があるのかを構想し、ストーリーとしてまとめていきました。

未来の「普通」をつくるために、複雑性をデザインしていく

南澤孝太先生(左)と、ロフトワークMTRLの小原和也(右)、長島絵未(中央)が、書棚のある明るいスペースで円卓を囲んで対話している様子。

——多くのテクノロジーが効率化とともに発展している一方で、南澤先生が取り組まれている触覚を伝えるテクノロジーは、効率化のなかで失われてしまっている「人間らしさ」を取り戻すためのものであるように感じます。

南澤 そうですね。僕らがなぜ触覚の研究をしているかというと、「おそらく人間が人間である実感を持つために、触覚が必要だ」と思っているからなんです。効率化の視点で言えば、触覚がない方が手っ取り早かったり、コストが下がったりするかもしれません。しかし、身体の介在なしに経験として積み重ねていけるほど、人類は進化してないんじゃないかなと。

たとえば、現在の情報社会では、テキストや音声、映像を介して情報が広がり、一方でものすごいスピードでSNSでの炎上や分断が起きています。その中で、身体感覚からかけ離れてしまっている“コミュニケーション”を人間が再び取り戻すためには、触覚が必要なんじゃないかなと思うんです。効率が悪いとしても、「自分自身が痛みを感じ、他者にも痛みが伝わる」ような触覚が必要で、だからこそ丁寧にコミュニケーションをしようという意識が生まれる。これからの時代、触覚にはそういった役割が求められていくんじゃないかと思います。

——ロフトワークとして、南澤先生のようなアカデミアとの共創をどのように捉えていますか?

ロフトワークMTRLの長島絵未が、本棚のあるスペースでインタビューに応じ、手振りを交えて話している様子。

長島 ロフトワークの中でも、アカデミアのみなさんと共創する機会の多いMTRLとしては、その度に視野を広げるきっかけをいただいている感覚があります。私自身、まだまだこんなに挑戦できる世界があるんだなと、学びながら感じています。

それに、ロフトワークはクライアントの課題を直接解決するというよりも、解決のためのヒントを一緒に見つけていくというスタンスで活動している組織です。単になにかをつくって終わりにするのではなく、どのように広げていくのかを考えることを大事にしている。そのプロセスにおいて、研究者の方々と同じ共通認識を持ちながら取り組めていると感じています。

南澤 確かに、僕らにとってもそれはとても重要なスタンスだと思っています。インターネットやAIが普及し、知識を持つことの価値が変化するなかで、研究者や大学の役割も変わっていかなくてはならない。そして、そのためには大学を含めた社会のエコシステムについて、研究者が考える必要があるんじゃないかと。単に知識を生産する場としての大学ではなく、社会の中でどのような関係性を築いていくかが問われている中で、僕らの世代の研究者はそのためになにができるかを考え続けなくてはならないと思っています。

僕自身、ハプティック・デザインをきっかけに活動のスタイルを確立することができましたが、コロナ禍をきっかけにまた大きく変わらなくてはならなかった。このような変化の早い時代に、決まったかたちに縛られずに活動できるチームをロフトワークさんとつくることができているのは、とても意味のあることだと思っています。

ロフトワークMTRLの小原和也が、植物や展示物に囲まれたスペースで笑顔を見せながらインタビューに応じている様子。

小原 ロフトワークとしても、常に微調整を繰り返してきたからこそ、これまで活動をご一緒できたのではないかと思っています。アカデミアのみなさんとのプロジェクトに限らず、MTRLは、プロジェクトをご一緒しているみなさんのスペシャリティに対して、我々だからこそできることを組み合わせながら、複雑性を高めるようなイメージで活動しています。

だからこその大変さはあるんですが、課題解決のためのシンプルなソリューションを提供するのではなく、プロジェクトのなかに複雑性をもたらすことで、新しい価値が生まれるための対話を続けていくこと。それが、これからもロフトワークに求められることだと思うので、常に自分たちのあり方を探りながら活動をしていきたいと思っています。

南澤 僕らがやりたいことは、少し先の未来の「普通」をつくることなんじゃないかなと思います。未来の人からすると普通だと思えることが生まれるまでには、可能性を広げるための複雑性やカオスが必要で、最終的には何も疑問を持たれないほどシンプルなものに収斂していく。未来の普通が生まれるまでの複雑性を、どのようにロフトワークさんと一緒にデザインしていけるかを考えながら、今後も新しい取り組みを一緒にできればと思っています。

笑顔を浮かべながら話す南澤孝太先生。手に軽く口元を添えたポーズで、背景には本棚と窓からの柔らかな光が差し込んでいる。

南澤 孝太先生 プロフィール

2005年に東京大学工学部計数工学科を卒業、2010年に同大学院情報理工学系研究科博士課程を修了し、博士(情報理工学)を取得。同年より慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科特任助教に着任。その後、特任講師・准教授を経て2019年より現職。「KMD Embodied Media Project」を主宰し、身体的経験を伝送・拡張・創造する「身体性メディア」の研究開発と社会実装や、「Haptic Design Project」を通じた触覚デザインの普及展開、身体の制約を超えた未来社会の実現を目指す「Project Cybernetic being」などの活動を推進している。

南澤 孝太先生の主な活動年表

2010年から2025年までの南澤孝太氏によるプロジェクト・活動の年表。HAPTIC DESIGNやムーンショット型研究開発、サイバネティック・ビーイングなど、触覚と身体性をテーマにした多様な取り組みが時系列で整理されている(詳細は下記リンクに記載)。

※紫…南澤先生が関わったプロジェクト、黄…ロフトワークと南澤先生が共創したプロジェクト

活動年表に関するリンク一覧

執筆:堀合俊博
撮影:川島彩水
編集:AWRD編集部

Keywords

Next Contents

日常の小さな悩みから、グローバルな社会課題まで。
問題解決のメソッドに触れる「システム思考ワークショップ」体験記