海を「知る」から「ともに生きる」へ
UNESCOとFabCafe Bangkokがつくる海洋教育
FabCafeは、世界中に広がるクリエイティブコミュニティです。現在は国内6拠点、海外7拠点の全13拠点で、地域のクリエイターやアーティスト、研究者、企業などとともに、食、アート、バイオ、AI、教育まで、領域を横断した実践が生まれています。ロフトワークにとってFabCafeは、こうした出会いや実験を育む大切な場のひとつです。各地で生まれているプロジェクトや対話をお届けします。
今回は、FabCafe BangkokがUNESCOとともに取り組む海洋教育プロジェクト「Sustaining Our Oceans(SOO)」を取り上げます。
2025年7月28日にロフトワーク主催で「豊かさと向き合う場所をどうつくる?」というテーマでイベントを開催しました。[イベントレポート] ここでは、海洋環境をめぐって企業、国際機関、行政、クリエイティブの現場がどのように交差しているのかを紹介しました。本記事では、そのなかでもFabCafe Bangkokが関わる海洋教育プロジェクト「SOO」に焦点をあて、どのような学びの設計が行われているのか、その中身をもう少し詳しくたどります。
海の環境問題は、いまや世界共通の課題です。気候変動、資源の過剰利用、人間活動による生態系への影響。そうした複雑な問題に向き合うには、若い世代が地域の海を理解し、自分たちの暮らしとのつながりのなかで考えていくことが欠かせません。SOOは、海洋ごみや生物多様性への理解を深める学びの機会を通して、学生や教師が海洋保全に必要な知識やスキルを育み、将来の担い手として育っていくことを目指したプロジェクトです。
東南アジアと日本の若い世代に向けた海洋教育プロジェクト
SOOは、UNESCOと、ユニクロを展開するファーストリテイリングとの連携によって進められている海洋教育プロジェクトです。東南アジアと日本の若い世代が、海を守る担い手として育っていくことをめざし、フィールドワークや体験型ツールを組み合わせた学習機会を設計しています。
このプロジェクトでFabCafe Bangkokが担っているのは、単なる制作や運営ではありません。現地の学校や地域の文脈を踏まえながら、どのような順番で学びを設計すれば、子どもたちが海を知識としてだけでなく、自分たちの未来に関わるものとして捉えられるのか。その体験全体を組み立てる役割を果たしています。
海洋教育プロジェクト「SOO」の体験映像。AR/VRを活用した「Diving Library」では、海の生態系を体感しながら学ぶことができます。
FabCafe Bangkokは、学びの体験をどう設計しているのか
FabCafe Bangkokは、世界各地のFabCafeと同様に、アイデアをかたちにする「メイカースピリット」を育みながら、異なる分野を横断したコラボレーションを促すことをミッションにしています。活動領域も、各国大使館との国際プロジェクト、行政主導のプログラム、企業のイノベーション支援、スタートアップ支援まで幅広く、テクノロジー、デザイン、サステナビリティの交点で実践を重ねています。
SOOの開発にあたってFabCafe Bangkokは、タイの学校現場でリサーチを実施しました。そこで見えてきたのは、生徒たちの海洋リテラシーの不足だけではなく、先生たちが「どうすればもっと魅力的に伝えられるか」を模索していたこと、そして生徒たち自身も「海に関わる知識を将来どんな仕事や暮らしに生かせるのか」「日常の中で海とどう共生できるのか」といった問いを持っていたことでした。つまり必要だったのは、知識を一方的に教える教材ではなく、海との関係を自分ごととして捉え直せる学びの仕組みだったのです。
そこでFabCafe Bangkokは、UNESCOや生徒・教師と協働しながら、タイの地域文脈に根ざした3つの学習モジュールを設計しました。その軸になっているのが、「Know(知る)」「Empathize(自分ごととして捉える)」「Coexist(ともに生きる)」という3段階のステップです。海をまず知り、次にその課題を自分に引き寄せて考え、最後にどう共に生きるかを探る。この流れによって、海を遠い存在ではなく、友人のような身近な存在として理解していく構成になっています。
1. Know|海の多様性に没入する「Andaman Sea Diving Library」
最初のモジュール「Get to Know」では、ARとVRを活用したインタラクティブな学習ツール「Andaman Sea Diving Library」が使われます。参加者は、マングローブ林、サンゴ礁、深海といった相互につながる海の生態系を探索しながら、生物多様性が海の健康にとってなぜ重要なのかを体感的に学んでいきます。
たとえば、マングローブ林を再生して固有の生態系が戻る環境をつくったり、サンゴ礁に生息する生き物を観察したりしながら、海の豊かさと脆さの両方を知っていく。登場する生物は100種類以上のデジタルカードとして収集でき、遊びながら学ぶ動機づけにもなっています。没入感のある体験によって、教科書の中ではつかみにくい海のつながりを、自分の身体感覚に近いかたちで理解できる点が、このモジュールの大きな特徴です。

2. Empathize|地域の課題を自分の言葉で考える「Ocean Challenge」
2つ目のモジュール「Ocean Challenge」では、プラスチックごみや乱獲、沿岸開発など、地域で起きている15の海洋環境課題をテーマに、調査、議論、提案づくりを行います。単に正解を学ぶのではなく、身の回りの暮らしと海とのつながりを発見し、自分たちなりの解決策を考えるためのステップです。

FabCafe Bangkokによると、当初、生徒たちが海洋環境問題として思い浮かべるのは、ごみ問題のような限られたテーマに偏る傾向がありました。そこでOcean Challengeでは、海の課題を「汚染と廃棄物」「気候変動と海の健康」「生息地の劣化」という3つのカテゴリーに整理。ARで表現された海のモデルから問題を見つけ出し、チームで議論し、アイデアを出し、限られた予算の中で何に投資するかを考える流れが設計されています。ゲームは、「課題の発見(Identification)」「アイデアの検討(Ideation)」「投資先の選択(Investment)」の3段階で進み、技術環境の限られたコミュニティでも使えるよう、カードゲームとしての物理版も用意されています。
ここで大切なのは、海の課題を知るだけで終わらせないことです。自分たちの地域にも似た問題があるのではないか、と問いを持ち、自分の暮らしとのつながりを意識しながら考える。そのプロセス自体が、海に対する共感や当事者意識を育てていきます。


3. Coexist|地域の営みから、海との共生を学ぶ「Field Lab Toolkit」
3つ目のモジュール「Coexist」では、教室を出て、地域の人びとの営みから海との共生を学びます。舞台となるのは、タイ南部ラノーン地域。ここでは、マングローブ再生活動を手がかりに、ソフトシェルクラブの養殖、伝統的なエビの発酵調味料カピづくり、地域の植物を活用したクラフトなど、自然環境と経済活動がどのように結びついているのかを観察していきます。
参加者はワークシートを使って地域の人たちに話を聞き、どんな資源を使い、どのように採取し、どのように生計と文化が支えられているのかを記録します。海の環境問題を抽象的なテーマとして学ぶのではなく、土地の暮らしの中で捉えることで、保全と生業が対立するものではなく、両立しうる関係として見えてくるのです。
SOOの特徴は、ARやVRといった技術を派手な演出として使っていないことにもあります。重要なのは、テクノロジーを通して学びの入口をひらき、その先に地域理解や対話、フィールドでの実感へと接続している点です。FabCafe Bangkokはこれまでも、複雑なテーマを学びへと翻訳する教育ツールやプログラムの開発を重ねてきました。SOOは、そうした取り組みが海洋教育の領域でかたちになったプロジェクトです。

海との関係を、学び直す
海を守ることは、自然を守ることだけではありません。そこに生きる人びとの仕事や文化、地域の未来との関係を学び直すことでもあります。SOOは、海洋教育を単なる知識伝達ではなく、地域に根ざした実践として再設計しようとする試みです。そしてFabCafe Bangkokは、その設計を、テクノロジー、デザイン、フィールドワークを横断しながら支えています。
FabCafe Globalの各拠点では、こうしたローカルな文脈に根ざした実践が、それぞれの地域で育まれています。海をどう知り、どう共に生きるか。FabCafe Bangkokの取り組みは、その問いを未来の世代に手渡していくための、ひとつのかたちなのかもしれません。

※本記事は、FabCafe Globalで2025年10月16日に公開された英語記事をもとに、日本語版として再編集・翻訳したものです。原文はFabCafe GlobalのWebサイトに掲載されています。
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