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小檜山 諒 2021.08.13

逆説の育休

クリエイティブディレクターの小檜山です。ぼくにとってはじめての子どもが今年の1月に生まれ、ロフトワーク男性社員で最長の3ヶ月の育休を取得しました。振り返ってみて思うのは、育休には多くの逆説があったということです。
「知っている」と「やってみた」には大きな差があります。僕が実際に感じた、そして伝えたい「逆説の育休」を紹介していきたいと思います。

小檜山 諒

Author小檜山 諒(クリエイティブディレクター)

非営利団体にてソフトウェア販売事業を担当し販売データの分析を通して事業実績に貢献する。地方の現実を知るため、沖縄に移住するタイミングでライフスタイルホテルの立ち上げからPR、一貫したブランディングを行う。その後、国際感覚を身につけるべく、フリーライターとして欧州で活動。多くの起業家、デザイナー、アーティストに単独取材を行ううち、「正しい答えよりも、正しい問いが必要」と感じ、常に問いを設計し実証を重ねることでサービスの質を高めるUXリサーチの分野へ。自動運転から音声UIまで幅広く手がける。2018年ロフトワーク入社。冬でも毎週末海に出かけるサーファー。

育休取得までやることは社内調整じゃない

育休取得をいつ、だれに、どのように伝えるか。これが一番悩ましい部分だと思う。まず直属の上司の機嫌を伺い、仕事の繁忙期を避けて、関係する部署のメンバーにもそれとなく雰囲気を出しておいて……なんて僕はしなかった。

「子ども(娘)が生まれるんで育休、3ヶ月取ろうと思っていて、業務の引き継ぎどうしましょうかね?」

普通にさらっと言った、さも当たり前であるかのように。

この当たり前であるかのように言うのが大事。もし僕が申し訳無さそうに社内調整をしていたら、他の男性社員はどう思うだろうか?「やっぱり育休取るの、大変そうだな。やっぱり迷惑なのかな?」と思うに違いない。

取得する人間がさも当たり前のように取ることが、その会社の育休文化を作る。

そもそも育児休業は、育児・介護休業法に基づいており、基本的に要件を満たした労働者からの育児休業の申し出を事業主は断ることはできない(労使協定などの例外あり)。

つまり、要件を満たした労働者であれば育休は権利である、としっかり思い込むことが大事。

休業しているので会社から給与は支払われない。そのため国から出る給付金がある。支給までに時間がかかるが、給与の実質7割程度をカバーしてくれるし、両親が育休をとった場合は最大で1年2ヶ月まで育休を延長できる。育休を取得する社員を増やすべく国もさまざまな支援策を展開してしている。

世界トップクラスとまではいかないが、日本の育休制度はなかなかに整備されている。

育休はまったくラクじゃない

引き継ぎが終わり、いざ育休が始まった僕にはある計画があった。積読になっている本やオンラインコース、英語学習などインプット期間にしようと企んでいた。何人かの同僚には冗談で「攻める育休にするわ」とかなんとか言ってた。

育休3日目にして「無理だ」と悟った。まず娘は朝5時には泣いて起きる。たいていはオムツかミルク、時々抱っこしてほしい、もしくはただ泣きたいから。

なんとか泣き止んでいる間に哺乳瓶を洗い、洗濯機を回す、掃除機をかけるなどの家事をなるべくこなす。朝ごはんは食べるというよりも流し込む概念に変容した。

1時間も娘が静かに遊んでいることなんてのは稀だ。おもちゃに飽きた、うつ伏せから戻れなくて泣く。オシッコした、ミルクを戻した、眠いなどなど。

乳幼児突然死症候群(SIDS)という寝ている間になくなってしまう原因不明の症候群もあって、夜もちょこちょこ様子を見ることになる。

育休に入る前にInstagramやブログなどで育児の大変さを知っていたつもりだった。が、知っているのと実際にやるのはまったく違う。

一番しんどいのは、毎日同じことの繰り返し(ロフトワークの仕事ではルーティーンは少なく、僕は非常に苦手なタイプ)で、終わりがないことだ。

もう1回言うけど、終わりがないのだ。どんな仕事でもいつか終わる。ミーティングが1時間であればだいたい終わるし、業務がたくさんで残業したとしても、いつか終わる。

ゴールが必ずあるのが仕事だ。でも、育児にはない。嫌な仕事なら転職とか退職すればいい。でも育児にはそういう逃げ場はない。臆せず言うが、仕事は育児に比べたら完全にイージーゲームだ。

おそらく、今までの人生で一番ストレスが掛かった時期だと思う。そして一番うれしさや楽しさがあった時期だ。

数日から1週間でみるみる成長する娘。自分の手を認識する、声が出せるようになる、あやすと笑う、寝返りができるようになる、カラダもあっという間に大きく重くなって、遊べるおもちゃも増える。

毎日が戦争状態だけど、平日に近くの公園に行って家族でぼーっとなにもしなかったり、散歩すると近所のおばあちゃんに話しかけられたり、空いている観光地でベビーカー押しながらコーヒー飲んだり。普段できないこと、今しかできないことをたくさんできた。

両家の両親とっても初孫の娘。TV電話の回数も増えたし、僕の祖母(79)はiPadで写真共有アプリで娘の写真を見るのが日課になり、コメントをする能力を身に付けた。ボケ防止にもなっている。と思う。


※祖母とiPadの奮闘記はこちら
【UXの失敗記録】なぜ、ばあちゃんはiPadを使わないのか?

育休は時間の浪費じゃない

出産した女性はホルモンの大きな変化がある。このせいで「旦那が嫌いになった」とか「体調が優れない」とかある。「妻が豹変した」と夫が言うのはたいていホルモンのせいだ。もしくはあなたの普段の行いが悪いかのどちらかだ。

「出産からしばらくの間、奥さんを支えてあげられるかは後々の夫婦関係に大きく影響するよ」。と子持ち先輩女性社員の方々に訓示を頂いた。

最初は「いや、そんなことないっしょ」と内心思っていたが、少し冷静に考えてみると確かにそうかも知れないと今振り返ると思う。

僕ら夫婦は出産に合わせて都内から引っ越した。住み慣れた土地を離れ、生活環境も変わり、妻のカラダはしんどい時期。それに加えて初めての子育て。

3ヶ月しか育休を取っていないけれども、それなりにサポートはできたと思う。

子どもはいつか巣立っていく(そうしてほしい)が、僕と妻はどちらかが死ぬまで一緒だ。

この育休は、僕たちの夫婦関係にとって長期投資だったと思う。しんどい時期になんとか一緒にがんばれたし、加えて将来の話をする時間もあった。普段の生活ではなかなか時間が取れない、話し出すきっかけが無い話題も話せるのは良かったと思う。

 

育休はキャリアにとってマイナスじゃない

「環世界」という言葉がある。ドイツの生物学者ユクスキュルが提唱した概念で、分かりやすく言えば「どんな生物も周りの環境の一部の情報を受け取って、世界の断片だけで生きていており、世界の全体像は誰も分からない」ことを言う。

そして、誰しもその環世界が世界のすべてだと思いこんでいる。

育児が始まる前は子ども用品店なんていかなかったし、教育系のサービスにも関心がなかった。でもベビーカーや子どもグッズを買えば安全性と機能性を備えた優れたプロダクトデザインに触れるし、保育園に行けば子どもの成長に必要なカラダの動きや遊び、栄養などを教えてもらえる。

ベビーカーで移動しているときのエレベーターのありがたみ、バスや電車で席を譲ってくれる人は神様に見えた。

子どもの誕生という大きなライフイベントを通して、僕の環世界は広がった。それは世の中に対する視点が増えた、視座が上がっただけでなく仕事への向き合い方も変わったと思う。

男性にとって「仕事ができない」ことは暗に社会的な死を意識させる。男だったら誰しも窓際族はごめんだからね。できれば「仕事ができる」ほうでいたい。

実は、あるプロジェクトの振り返りでメンバーからのフィードバックをもらった。

それは短いもので「正しさよりも、優しさ」だった。当時は意味が分からなかったけど、今思えば非常に的確だったと思う。

仕事を通して自分のスキルを高めたり、売上を作ったり、たまに昇進したり? とかは大切だと思う。そうしてやがて「仕事ができるヤツ」になるのは素晴らしいことだ。

ただ、今は「仕事ができるヤツ」よりも「人としていいヤツ」を目指したいと思うようになった。

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対話を重ねる、外の世界に触れる。
空間に魂を吹き込む、オフィスリニューアルの軌跡