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加藤 大雅, 小川 敦子 2021.08.10

経営と美意識—組織変革の「北極星」を探る、対話の進めかた
[Creative Black Box]

あなたの会社にとっての「美意識」とは何か?

クリエイティブプロジェクトにおいて「表側からは見えない、クリエイティブな仕事」を紐解く、ディレクター対談シリーズ「Creative Black Box」。今回から、ナビゲーターをクリエイティブディレクターの加藤大雅が担当し、「デザインと経営」にまつわるプロジェクトデザインの視点を掘り下げます。

今回掘り下げるキーワードは、「経営と美意識」。ロフトワーク京都ブランチで活躍するアートディレクター 小川敦子と共に、「経営における、美意識の掴み方・扱い方」に関する考え・アプローチについて語ります。

2018年、経済産業省 特許庁が「デザイン経営」宣言を発表。以降、私たちロフトワークも、経営にデザインを取り入れるための考え方や手法、プロジェクト事例について紹介する機会が増えてきました。

そんな中、なぜ今「経営と美意識」について語るのか。それは、デザイン経営を語る上で重要なキーワードであるにもかかわらず、汎用的なアプローチとしての言語化が難しいために、あまり語ってこなかったという経緯があります。

「美意識」の意味は、「美に対する感覚や判断力」あるいは「何をもって美しいかをきめる基準や考え」など。これを経営に当てはめた場合、美意識は企業が掲げるべき理念や行動規範として捉えられます。

自社にとっての美意識とは何か? これは、デザイン経営を実践する上で「本質的な問い」と言えるのではないでしょうか。 それぞれ違うプロジェクトで企業のデザイン経営導入に携わってきた小川と加藤が、互いの考えを交わします。

企画・編集:加藤 大雅、岩崎 諒子(株式会社ロフトワーク)
執筆:佐々木 まゆ
写真:古徳 信一
イラスト:野中 聡紀

加藤 大雅(以下、加藤) /写真右。 ロフトワークのクリエイティブディレクター。本対談のナビゲーター。経営者と長期的に関わりながら、デザイン経営を企業内外に浸透させていくプロジェクトづくりを行っている。 Profile

小川 敦子(以下、小川) /写真右。 ロフトワークのアートディレクター。京都ブランチにて主にブランディングを担当。これまでの様々なキャリアを活かし、デザインだけでなく経営も考慮したプロジェクトを手掛けている。 Profile

停滞した組織風土を変えるために、共通言語を編み直す

加藤 今日は、お互いが取り組んできたブランディングプロジェクトを振り返りながら、経営における「美意識」についてお話します。

取材に向けて、小川さんが今まで携わってきたプロジェクトの資料を拝見しました。僕がやってきた仕事とアプローチは違えど、お互いに「デザイン経営」という大きなテーマに向き合っているなと、改めて感じました。

小川 私自身、日々「美意識が経営とどうつながっていくのか、いかに活きてくるのか」を考えながら、プロジェクトと向き合っています。なので、今日の加藤くんとの対談を楽しみにしていました。

加藤 小川さんは、2021年1月から継続して、大阪にあるゴムの精密部品製造メーカーの錦城護謨株式会社のブランディングプロジェクトを担当してますよね。

小川 はい。錦城護謨はもともと、京都ブランチのチームが支援した大阪府八尾市のものづくり産業ブランディング事業『YAOYA PROJECT』の取り組みに参加していた企業です。

「YAOYA PROJECT」について

大阪府八尾市を「製造業の街」としてリブランディングしていくために、各企業が培ってきた技術力を活かしたオリジナル商品をつくり、「製品開発力・営業力・ブランド力」を高めることで、世界の様々な市場への展開をめざすプロジェクト。

錦城護謨は、デザイン会社「シーラカンス食堂」をパートナーに「シリコーンロックグラス」を開発。クラウドファンディングも行い、あっという間に目標金額達成して話題になりました。

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加藤 錦城護謨のリブランディングは、どんな経緯でスタートしたのでしょうか。

小川 シリコーンロックグラスのブランドサイト制作について相談をいただいたことがきっかけです。でも、ヒアリングをしていくなかで「組織のあり方こそが課題なのだ」と分かったんです。

錦城護謨は、従業員300人程度の中堅規模の組織です。新しい事業戦略を打ち立てても、社員から賛同を得づらかったり、全社的な取り組みに対してなかなか意思統一を図れなかったり、という状況でした。

そこで、私たちからインナーブランディングの提案をしたんです。停滞化した企業風土や意識の乖離という、企業変革の妨げになっている根本的な課題を解決しましょう、と。

加藤 外側に発信するWebサイトを制作するのではなく、社内に向けて企業理念や価値観を共有する方針に舵を切ったんですね。

小川 はい。その後、錦城護謨の太田社長にさらに詳しくヒアリングして、第1フェーズとしてCI(コーポレートアイデンティティ)の要となるMI(マインドアイデンティティ)を見つけ出しましょう、となりました。ここでいうMIとは「その会社の本来の姿や、もともと持っていた価値観」のことです。

加藤 組織文化を醸成していく上で、自分たちが持つべき価値観やあるべき姿を言語化し、組織の中に改めて浸透させるプロセスはとても重要ですよね。

小川 そうですね。ポイントは経営者やマネジメント層に理解を促すだけでなく、全社にビジョンを伝播させるための仕組みをつくること。そのために、社内の誰もが分かる共通言語によって、言葉を編み直す必要があります。経営者の主観的な経験やメッセージだけでは、社員全員に理解してもらうのは難しいですから。

シンプルだけど、その会社のビジョンが伝わってくる言葉。社員の方たちが誇りを持てるような価値観を表す言葉を探っていきました。

錦城護謨 ブランディングプロジェクトについて

大阪府八尾市を代表するメーカー錦城護謨。「新しいことを初めても社員がついてこない」という、企業風土の停滞が課題でした。会社を率いる太田社長は組織にメスを入れる決心をし、改革プロジェクトを発足。組織の課題をあぶり出し、マネジメント体制を変えた結果、どんな変化が起きたのでしょうか。

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一人ひとりの本音から、組織の「らしさ」を探る

加藤 錦城護謨のMIを言語化するために、具体的にどんなことをしたんですか?

小川 社員の方々にインタビューしたり、あとは工場にも足を運びました。インタビューでは、マネジメント層を中心とした14名の社員の方々に「自分と会社」、「自分と仕事」、「錦城とは何か」を語ってもらいました。

加藤 インタビューするとき、どんなことを意識しましたか?

小川 相手の「本音」を聞くことです。インタビューをした社員の方たちに、「個人的に答えていいんですか。それとも、錦城の一員として答えたほうがいいですか」って聞かれることが多くて。私からは「思ったことそのまま言ってください」とお伝えしていました。

加藤 組織人としてではなく、個人として思ったことを教えてくださいと。

小川 そもそも、MIはその会社が持つ本来の姿や価値観なんです。社員一人ひとりが取り繕ったり、建前の言葉で話したりすると、企業の「らしさ」がどんどん消えてしまうんですよね。

インタビュイーの方には事前に質問集をお渡ししていたんですが、本番ではあえてそこに書いてないことを質問します。そうすると、相手の本音、別の言い方をすると、内面から湧き出てくる「生きている言葉」を引き出せるんです。

加藤 なるほど。そうした社員の皆さんの「生きている言葉」を引き出した上で、錦城護謨に脈々と受け継がれているMIを見出したんですね。

そうして編み出したステートメントが、「創発」ですよね。

小川 はい。まだ暫定的なステートメントとして、ですが。

加藤 はじめから「『創発』でいきましょう!」と提案したんですか。

小川 それが、違うんです。私が初めに提案したのは「共創」というステートメントでした。「コミュニケーションを大切にする文化を育んでいきましょう」と。でも、錦城護謨のマネジメントの皆さんに「これじゃないよね」って言われてしまったんですね。

加藤 違うぞ、と。真っ直ぐに意見をぶつけてくれたんですね。

小川 そうなんです。そこでもう一度、社員の皆さんとの会話や、人となりと向き合い直しました。そして改めて気づいたのが、錦城護謨の「跳ぶ力」でした。

加藤 「跳ぶ力」ですか。

小川 みなさん、スペシャリストで個性が強いんですよね。プロジェクト期間中、遠慮せずに、正直に意見をぶつけあう場面がよくあって。でも、決して悪いようにはならない。

色々な立場の人たちから様々な意見が出て、ぶつかる。その「相互作用」で、想像もできなかったことが決まって、動いていく。自然に、一人ひとりが力を最大限に発揮できるようになっているんです。

加藤 「共創」から想起される温和なコミュニケーションに収まりきらない、強い熱量を感じますね。

小川 それでステートメントを再考しなおして、それぞれの社員の能力や発想を組み合わせて創造していけるように、「創発」に変えました。

お互いが思っていることを根気よく伝え合えるのは、信頼関係があるからこそだと思うんです。お互いを信じているからこそ、相互作用しあえて、予測できない新しいアイディアが立ち現れてくる。

錦城護謨の皆さんは私に対してもいつも正直な言葉で、忌憚のない意見を聞かせてくださるんです。厳しい意見もあったので、正直最初はびっくりしました。

でも、素直でストレートなボールを真剣に打ち返しつづけてるうちに、錦城護謨の皆さんと同じくらいの熱量で組織に向き合えている自分がいて。もともとスコープに入っていなかった経営戦略分析まで、自分の仕事を広げられたんです。

3ヶ月という短い期間だったんですけど、私自身も錦城護謨内部の相互作用によって、新しい動きを起こせました。

加藤 まさに、このプロジェクトのプロセス自体が「創発」。錦城護謨さんと小川さんがお互いに影響を与えあったからこそ、生まれたステートメントだったんですね。

企業も人も、美意識が「生き方」に通じている

加藤 ブランディングは、新しいコトを作り出すというよりも、その会社がもともと素質として持っていた文化をより伝わりやすい形で表出させていく仕事なんじゃないかと思うんです。

僕がブランディングを担当した大分県の印刷会社 高山活版社は、創業110年の歴史ある会社で。歴史を遡ると、創業者の方は文化人だったようで。工場の2階にサロンを作って、色んな人との交流の場を作っていて。その文化が、今の高山活版社にも形を変えて受け継がれているんです。

例えば、廃業する会社から活版印刷機や活字を譲り受け、「高山活版室」というスペースを工場内に設けて、人々が印刷という文化に触れる機会をつくっていたり。

企業の文化には、普段意識されていないけれど確実に受け継がれている「美意識」があるんじゃないかと思ったんです。

小川 そうですね。企業ごとに必ず「美意識」はあると思います。

高山活版社 ブランディングプロジェクトについて

大分県大分市にある株式会社高山活版社は、未来に向けて事業を持続的なものにするためにロフトワークとともにデザイン経営を導入。「ビジョン更新」「組織の変革のデザイン」に取り組みました。さらに、これまでの事業構造を再編し20年後を見据えた事業ロードマップを策定しました。

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加藤 僕が高山活版社さんのプロジェクトで抽出したコンセプトは、「情報から情緒へ」でした。インターネット全盛の時代における情報伝達手段として、印刷・印刷物はその価値を見直すべきタイミングを迎えている。だからこそ、「情緒」を伝えていくものを作っていきましょうと提案しました。

高山活版社の歴史を再び見つめなおし、ただモノや機能を売るだけではない印刷会社を目指していきたい。もともと文明の利器として発明された印刷が、文化としてこれからも続いていくことに貢献していけたらと思ったんです。

小川 印刷会社として情報を伝えるだけでない、想いや交流を深める「文化」があったことを、加藤くんたちが見つけ出したんだね。

加藤 ブランディングは、その会社の美意識を汲み取り、言語化を進める仕事だと思うんです。この仕事は、ディレクターである僕たち自身の美意識も相関してくるのではないかなと。

企業にとって第三者である僕たちが介在することで、お互いの美意識が混ざり合い、今まで光が当たらなかった組織の価値を発掘できる。プロジェクトの中で、そういう流れが生まれるといいですよね。

小川 私自身、「美意識」はそれぞれの心の内側にあるもので、人生と深く結びついているものだと思っています。

相手がなにを見て美しいと感じ、悲しいと思うのかは、最終的にその人の価値観や生き方に繋がっていく。だから、私は何よりも人の内面に興味があるんです。こうした意味での「美意識」について、京都に移住してから特に意識するようになりました。

加藤 そうなんですね。何かきっかけがあったんですか。

小川 京都に来て、禅の思想に触れたことが大きいと思います。

禅では人の心を月に例えます。「看脚下(かんきゃっか)」という言葉があるんですが、今の言葉でいうと「足元を見つめる」。自分の内側にある月を深く見つめることによって、真理を得ていくという意味です。

南禅寺の金地院が好きで何度も訪れているんですが、ここの庭は禅の思想に基づいて造られているんです。空に浮かんでいる月を見ながら、自分自身の内側にある月を見るという贅沢な空間で。

南禅寺 金地院の庭(撮影:加藤 大雅)

小川 外側に目を向けて「美しい」と思うよりも、自分自身の内側を覗き、「どう生きていきたいか」を見つめることが大事。金地院の庭を見るたびに、そのことを考えます。

それだけに、錦城護謨さんとのプロジェクトではすごく刺激を受けましたね。一人ひとりの人生や仕事についての正直な考えを伺えて。「生きること」と「仕事」に対する、実直な姿勢を見させていただけました。

加藤 ディレクターとしての僕たちもクライアントの「美意識」に影響を受けて、相乗効果が高まる。受注・発注の関係ではなくなる瞬間がありますよね。プロジェクトの一員として課題に向き合っているからこそ、お互いにとって学びのあるプロジェクトになる。

クライアントと一つのチームになってプロジェクトを推進できたときは、ディレクター冥利に尽きますね。

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