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横山 暁子 2022.01.26

事業創出の大敵は社内にあり?
立教大学 田中聡氏に学ぶ、事業を“創る人”が育つ組織

これまで安泰とされてきた企業でも変革が求められ、各社では新事業開発への取り組みが急務になっています。しかし、既存事業において優秀な社員も、未経験の新規事業ではこれまでの枠組みを抜け出せないこともしばしば。率先して社会課題の解決をリードし、イノベーション創出に貢献できる人材はごく一部に限られます。では、人材をどのように育成していけばいいいのでしょう。

そのヒントを探るため、今回は立教大学経営学部助教授の田中聡さんにお話を伺います。人材開発・組織開発の研究者として、様々な企業とのコラボレーションを行い、日々企業の方と一緒に頭を悩ませながら議論されている田中さん。データに基づいたアカデミックな知見と現場の声の両面から、新規事業にまつわる「あるある」や、意外な事実、そしてその裏側にあるロジックと壁を乗り越えるキーについてお話しいただきました。

立教大学 経営学部 助教 田中 聡氏

1983年、山口県生まれ。東京大学大学院学際情報学府博士課程 修了。博士(学際情報学)。株式会社インテリジェンスHITO総合研究所(現・株式会社パーソル総合研究所)の立ち上げに参画し、同社リサーチ室長・主任研究員・フェローなどを務め、2018年より現職。専門は、人材開発・チーム開発。働く人とチームの学習・成長について研究している。主な著書に『「事業を創る人」の大研究』(共著、クロスメディア・パブリッシング)、『チームワーキング』(共著、日本能率協会マネジメントセンター)、『経営人材育成論』(単著、東京大学出版社会)など

執筆: 新原 なりか
企画・編集: 横山 暁子(loftwork.com編集部)

新規事業の3つの誤解

今日は「新規事業を担う人材が育つ『学びと組織』」というタイトルでお話しします。事業開発と組織・人材開発は密接に関わるテーマなので、2つに分けず、セットでお話ししていきたいと思います。まず、「そもそも新規事業って何?」という定義から入っていきましょう。一般的にはこう言われることが多いのではないでしょうか。「あるイノベーターによって、ゼロから革新的なアイデアが生み出されること」。実はこの定義には3つの誤解が含まれています。

まず1つ目は「あるイノベーターによって」。企業の規模が大きくなればなるほど、新規事業開発は組織的なプロセスになります。新規事業開発は、ある1人の孤高の天才によるサクセスストーリーではないということです。

次に、2つ目は「ゼロから革新的な」。よく「ゼロイチ」なんて言い方がされますが、これも大きな誤解です。企業の中で立ち上げる新規事業というのは、スタートアップ起業とは違って、そこに必ず既存事業があります。そこで培ってきたノウハウや資源をいかに活用するか。既存の知と既存の知を掛け合わせることを考えるのが大事です。

最後の3つ目は、「アイデアが生み出されること」。アイデアを生み出すことは新規事業開発のゴールではありません。事業である以上は、マーケットに投下して経済成果を生み出さなければならない。よくあるのが、社内で新規事業起案コンテストをやって、アイデアの革新性を評価するというケース。そこで終わってしまっては意味がないということです。誤解されやすいこの3点を、前提としてまず共有しておきます。

組織的なプロセスである新規事業開発には「創る人」「支える人」「育てる組織」という3つの主体があります。今日は、「創る人」=新規事業担当者と、「支える人」=直属の上司や経営層、人事、アクセラレータープログラムの運営者など、この2つの観点でお話したいと思います。

事業を「創る人」の敵は身内にあり

事業を創る人にとって、本当に必要な能力とはなんなのでしょうか。この野村総研の研究によると、経営層が新規事業担当者にとって大事だと思っている能力と、実際に新規事業を手がけて成果を上げている人たちが大事だと思っている能力は、少し違うということがわかっています。

ここで注目したいのは、実際の担当者は「観察力」や「他者活用力」を重視しているということです。それはなぜなのか、次の調査を見るとわかってきます。

新規事業をやる上での一番の苦労は、実は一般的に言われるような「アイデアをゼロから生み出すこと」ではなく、「既存事業から必要な支援・協力を得ること」なんですね。要するに、新規事業の敵は身内にあるということです。別の調査からは、新規事業担当者の4人に1人が「社内で批判にさらされ、お金の無駄遣いだと思われていた経験」を持っているということもわかっています。だからこそ、周りの人たちを観察しながらその人たちに味方になってもらうために、「観察力」や「他者活用力」が大事だと担当者は言うのです。

そういうわけで、たいがいの新規事業担当者の方は、着任して1年くらい経つと「この会社終ってるわ……」というようなことを言うんですね。ただ、社内の抵抗勢力の中にもいろいろな派閥があります。嘆く前に、それぞれがなぜ反対・批判をしてきているのか、反対する側の意見に耳を傾け、理解することが大事です。

新規事業で業績を上げるのは成長思考の人

どんな人が新規事業で成果を上げられるのか、もう少し掘り下げてみましょう。何をモチベーションの源泉として仕事をするかということで、人は大きく2つのタイプに分けられます。業績目標に燃える「業績志向」の人と、目標に到達するためのプロセスを通じて自分が成長することに喜びを感じる「成長志向」の人。これまでの研究で、業績志向の人は既存事業では業績に対してプラスの影響を与えることがわかっています。ただ、新規事業においては、業績に影響を与える要因として強いのは、成長志向の方だということがわかったんです。業績に対してモチベートされている人が業績に対してあまり影響を与えていなくて、むしろ業績よりも自分が変化できること、成長できることが大事だと思っている人の方が結果的に新規事業で業績をあげている。これ、ちょっと違和感があるように感じませんか?

なぜそうなるのかを少し紐解いてみます。まず、両者の目標に対する捉え方の背後に、知能に対する捉え方の違いがあります。業績志向の人は、人の持っている能力はある程度の年齢で天井を迎えてそれ以上は伸びなくなるという固定的な知能感を持っています。一方、成長志向の人は、年齢に関係なくいつまでもトレーニング次第で能力は伸び続けるという拡張的知能感を持っている。この違いは、好んで行おうとする仕事の違いに表れてきます。業績志向の人は、自分の能力の高さを示すことができる仕事、つまりすでに成功体験を持っている仕事を選びがちです。対して成長志向の人は、できるだけ未知の新しい仕事を選ぼうとします。その方が、その仕事を通じてどんな自分になれるのかワクワクするというんですね。

これは決してどっちが良い・悪いという話ではありません。ただ、失敗の捉え方に関して両者で違いが出てくるんです。業績志向の人は、先ほど言ったように固定的知能感を持っていますから、仕事がうまくいかなくなると「自分の能力はここが限界だったんだ」と捉えて、一気にしょげてしまいます。反対に、成長志向の人は、「こういうやり方ではうまくいかないんだな、じゃあ新しいアプローチでもう一回やり直してみよう」と、トライアンドエラーができる。新規事業というのは失敗の連続ですから、そういう状況においては手数をたくさん打ってトライアンドエラーを繰り返せる人の方が成功に近づきます。そのため、成長志向の方が業績にプラスの影響を与えやすいのだと解釈できます。

周囲のサポートなくして、事業は育たない

ここまで事業を創る人の話をしてきましたが、創る人がいかに先ほどの要件を揃えていたとしても、支える人がいなければ必ず潰れてしまいます。最初に言ったように新規事業開発は組織的なプロセスですから、創る人だけでは前に進めることはできません。

以下のグラフはアメリカで行われた研究で、アイデアの革新性とそれを実行しようと思うかどうかの関連を示しています。横軸が「アイデアの革新性」、縦軸が「それを実行しようと思うかどうかの度合い」だと思ってください。4本の線のうち、3本は右肩下がりです。つまり、アイデアが革新的であればあるほど、人はそれを実行しようと思わないということです。ただ、1本だけわずかに右肩上がりの線があります。これ、何で場合分けしているかというと、「担当者本人のネットワーキングスキル」と「周囲のサポート」なんです。この両方が十分にある場合だけ、革新的なアイデアは実行に移されるということです。

しかし、実際には新規事業担当者はこの図のような状況に置かれています。経営層はこれから異動する担当者に対して、新規事業は会社をこれから救っていく救世主なんだという意味づけをして、キラキラしたイメージを持たせようとします。最初からネガティブな印象を持たれると、誰も新規事業をやらなくなってしまうからです。しかし実際には新規事業村は「ど低地」にあって、既存事業では当たり前のようにあった支援もなくなるわけです。既存事業の人たちからは「お手並み拝見だね」と上から見下ろされ、経営層もなんだかんだ言って構ってくれない。担当者は最初のイメージとのギャップに苦しみ、「死の谷」で孤独を抱えることになります。支える側の人たちには、まずこの担当者の孤独を理解してあげてほしいと思います。

では、誰からのどんな支援が有効なのでしょうか。調査の結果わかったのは、経営層と社外の新規事業担当者がキーマンだということです。両者からの支援で有効なものは少し種類が違うこともわかりました。経営層からは、内省的支援を行うことが効果的です。事業がうまく前に進まない時、自分自身のどこに問題があるのか深く振り返る、内省をする機会が担当者には必要になってきます。その時に経営層からメンタリングを受けることが、新規事業をドライブさせるために重要なんです。一方、社外の新規事業担当者から得るべきなのは、業務的な支援です。実際にどうやって事業計画を立てていけばいいのか、どんなマーケットで勝負すればいいのか、そういったことに関しては外部の新規事業担当者からいろいろなナレッジを受け取ることが大事です。

社外の新規事業担当者とつながる機会はとても重要です。自社とは異なる領域のナレッジを獲得することや、有識者の声を借りて社内政治に活かすといったことももちろん大事です。しかし、今日ここで強調したいのは、そういった事業のパフォーマンスに直接プラスに影響するような効果だけではなく、外の人たちと交流することは創る人個人に与える効果も非常に大きいんだということです。さっき言ったように、新規事業担当者はだいたい社内で孤独です。そんな時に、外の人と関わっていろいろな話を聞くと、自分の置かれている境遇を相対化できる。それが自組織に対するエンゲージメントの促進につながります。また、自分の市場価値を認識して自己効力感が高まるといった効果もあります。自社内に閉じこもらずに外に出て、自分を俯瞰的に見るということが重要なんです。なので、支える人は新規事業担当者が外に出ていくことを積極的に奨励してあげてください。会社の文化として、担当者の越境学習の機会を増やしていただきたいと思います。

立教大学 経営学部 助教 田中聡さん

さらに詳しく知りたい方はこちら

今回のお話は、田中さんの著書「『事業を創る人』の大研究」でより詳しく読むことができます。ぜひこちらも参考にしてみてください。

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