変革が「めぶく。」ビジョンと、共創が生まれる仕組みをつくるには?
「変革のデザイン2024」イベントレポート(前編)
2024年6月6日に第2回目の開催を迎えた、ロフトワーク・SHIBUYA QWS共催のイベント「変革のデザイン」。本年度は「企業・組織が自らを変革し、ゲームチェンジャーになる」をテーマに、丸一日をかけて4つのトークセッションと2つのワークショップを実施しました。
このテーマを掲げた目的は、企業や自治体、教育機関など、あらゆる組織で「組織や社会の現状を変えたい」と志す人に、課題解決への第一歩を踏み出すヒントが得られるイベントにするため。「変革のデザイン2024」では、さまざまな領域に所属する方々が、いかに変革の主体となり、多様なステークホルダーと力を合わせ、問題が生み出されているシステムそのものを変えていけるか、いわば「ゲームチェンジャー」となるための視点と手法を獲得できるセッションを設けています。
イベント当日は、社会課題の解決におけるビジョンの役割や、共創が生まれる仕組みづくり、アカデミックな視点からの解決のアプローチ、世代を超えたコラボレーションの創出など、ゲストスピーカーの事例を通して、変革のためのさまざまな視点が共有されました。
本記事では、イベントレポートの前編として、イベント前半のトークセッションの様子と、イベントの企画者であるロフトワーク Culture Executive 岩沢 エリによる両セッションの振り返りをお届けします。
企画:岩沢 エリ(株式会社ロフトワーク)
執筆・編集:堀合 俊博
編集:後閑 裕太朗(株式会社ロフトワーク)
前橋市民の参画と連携を生んだ、まちづくりのビジョンと官民連携
イベント冒頭を飾る「KEYNOTE」では、「社会を動かすビジョンと実践。ジンズが挑戦する、前橋市の地方創生との企業文化改革」と題し、株式会社ジンズホールディングス代表取締役CEOの田中仁さんと、株式会社ロフトワークの岩沢エリが登壇しました。
アイウエアブランド「JINS」を展開する田中さんは、2013年から前橋のまちの活性化のためにさまざまな取り組みを実施してきました。当初は個人財団の活動としてスタートしたまちづくりは続々と賛同者を増やし、建築家やデザイナーとの共創による「白井屋ホテル」「まえばしガレリア」といった施設のオープンや、地元企業や市民の方々が参画する新しい組織・団体の設立につながっています。
トークではおもに、前橋市の課題解決に田中さんのビジネスの知見がどのように活かされているのかを切り口に、多くの賛同者を巻き込んだ共創におけるビジョンの必要性や、企業が社会課題の解決に取り組むためのヒントについて語り合いました。
田中さんが前橋のまちづくりに本格的に取り組みはじめたのは、のちに「白井屋ホテル」として生まれ変わる「白井屋旅館」の購入がきっかけだったといいます。300年以上の歴史に幕を下ろし、マンションデベロッパーに売却されようとしていた旅館の再生を決意した田中さんは、前橋のまちに賑わいを取り戻すため、まちづくりの活動の指針となるビジョンの策定をドイツのコンサルティング企業に市と共に依頼。そこに前橋出身のコピーライター・糸井重里さんが独自の解釈を加えたのが、2016年に発表された前橋ビジョン「めぶく。」でした。
岩沢からは、「民間主導ではじまったビジョン策定が、その後官民共同のプロジェクトにつながっていったのが印象的です。そこまでビジョンをつくることを重視した背景には、どんな考えがあったのでしょうか?」と質問。ビジョンを重視する経営を実践してきた田中さんは、起業家としての経験がまちづくりに活かされた経緯について解説します。
「ジンズの事業はビジョンの策定をきっかけに成長していったので、まちづくりの活動を軌道に乗せるためにも、市民の方々と共有できるビジョンが必要だと考えました。『めぶく。』が生まれたことで、それまで点在していたまちづくりの活動が一つの方向に集約されていき、当初僕らの活動に対して否定的だった方とも建設的な議論ができるようになりました」
まちづくりに賛同する地元の企業やクリニックなどが参画する「太陽の会」は、ビジョンの策定をきっかけに生まれた団体のひとつです(2024年8月に一般社団法人化)。2020年には官民連携による公道の舗装を実現し、国土交通省が開催する「先進的まちづくり大賞」を受賞しました。さらに最近ではNPOや市民団体といった「民民」の連携も生まれており、まちづくりに限らない、あらゆる社会課題の解決に取り組む活動がはじまっています。
近年、社会課題の解決に挑戦する起業家の存在に注目が集まる一方で、投資対効果や経済性の観点から、なかなか本格的な活動に踏み出せない企業が多いのも事実です。「社会貢献だけではなく、前橋のまちづくりにビジネスとしての価値を見出せた理由はなんだったのでしょうか?」と岩沢が尋ねると、「最初から事業性を考えていたら、挑戦できないんです」と田中さんは回答。50年、100年続いていくまちづくりのために、東京とは異なる考え方の投資の必要性について語りました。
「焚き火をする時と同じで、地域の『人』に火をつけるには、最初の種火がとても重要です。私財を投じて白井屋旅館を購入したことで熱意が伝わり、まちの再生を願う市民の心に火をつけることができました。地方が生き残っていくためには、利益ではなく価値の最大化を図ることが必要で、そのためには長期的な視点で投資をしていくことが不可欠です」
2021年からはジンズホールディングス内に「地域共生事業部」を新設し、事業活動においても前橋の活性化に取り組みはじめた田中さん。社会課題の解決と事業活動の両立を目指す、CSV経営の実現を目指していくジンズの今後への期待と展望を語り、トークを締めくくりました。
KEYNOTE SESSIONを振り返って
変革をデザインするために、欠かせないのがビジョン。ビジョンには、ひとりひとりの解釈の余白をもち、想像力をくすぐるような「懐の深さ」が大切です。ビジョンは、目指すべき目標ではなく、今より楽しくなるかもしれないという期待とワクワクを刺激する「活動誘発装置」なのです。だから、いいビジョンを建てるとどんどん仲間が増える。
そして、ビジョンとセットなのが「活動を促す体制」です。前橋では、地元有志が集まって設立した「太陽の会」や事業者が、「めぶく。」を起点にまちが変わるための活動を率先して実践しました。これが、さらなる「民民連携」や若者の移住増加につながっていったのではないでしょうか。「やってみたい」と人が集まっても、従来通りのお作法を押し付けては、未来の芽を摘んでしまうだけ。まちづくりにおいて重要なのは、実際にプレーヤーが集まり活動が生まれること。そのための装置と体制づくりへの投資をいかに長期目線で実行できるかが鍵ではないでしょうか。(岩沢)
新たな視点や課題を浮き彫りにする、領域を横断した共創の仕組みづくり
2本目のトークセッション「FUTURE TALK」では、一般社団法人渋谷未来デザイン理事・事務局長の長田新子さんと、JR東日本 WaaS共創コンソーシアム事務局長を務める入江洋さんが登壇。ロフトワークの藤原里美がモデレーターを務め、「社会的インパクト創出と事業成長を両立する、共創をデザインするには」と題したトークがおこなわれました。
複雑化していく社会において、単独の企業・組織が事業の創出や社会課題の解決に取り組むハードルはますます高くなっています。そうした状況のなか、企業同士のオープンイノベーションや、外部パートナー(クリエイター、研究者、スタートアップなど)とのプロジェクトが生まれるきっかけとなる「共創空間」が求められるようになっており、ロフトワークにおいてもさまざまな共創プロジェクトの企画・運営の支援事例が増えてきています。
本トークでは、渋谷未来デザインとWaaS共創コンソーシアムの活動を例に、領域横断的なプロジェクトの実践がもたらす組織変革の可能性について語り合いました。
渋谷区が主体となり、2018年に設立された渋谷未来デザインは、産官学民連携によるオープンイノベーションを推進する組織として、これまでにさまざまな共創型プロジェクトを生み出してきました。2024年6月現在、130社以上の企業や団体が参画し、新しいカルチャーやソーシャルイノベーションの創出を目指す12種類のプログラムが常時運営されています。
一方、入江さんが事務局長を務めるJR東日本のWaaS共創コンソーシアムは、前身となる「モビリティ変革コンソーシアム」での5年間の活動を経て、2023年4月に設立されました。前身のコンソーシアムでは6件の実装事例が生まれており、活動の継続を望む会員の声によって、あらたなコンソーシアムとして生まれ変わった経緯があります。
WaaSとは、「Well-being as a Service」の略。現在約120社の企業・大学・自治体が参画し、Well-Beingな社会の実現に向けた移動×空間価値の向上を目指すオープンイノベーションの場として、さまざまなプロジェクトや実証実験をおこなっています。
お二人の活動紹介を受けて藤原は、「共創を通じて、新しい視点を獲得するにはどうすれば良いか、事例や体験談はありますか?」問いかけました。長田さんは具体的な事例としてアサヒビール株式会社との共創によって生まれた「SHIBUYA SMART DRINKING PROJECT」について紹介。渋谷区の課題である、路上飲酒によるマナーの悪化やトラブルの防止を目指す同プロジェクトでは、多様性のある渋谷のまちに「飲まない人」の居場所をつくる、新しいカルチャーの在り方が提案されています。
「これまでターゲットとして捉えていなかったお酒を飲まない人・飲めない人にインタビューを実施したことで、プロジェクトを通じた視点の変化が生まれていきました。企業から見た、自社の製品を購入する『消費者』だけではなく、渋谷区の『生活者』にまでマーケットを拡大することで、これまでにはない新しい発想のサービスを創出することができたと思います」
続いて藤原は「共創の座組みやチームづくりを通して視点の転換を生むために、工夫されていることはありますか?」と入江さんに質問。歴史の長い企業ほど必要になる、「外圧」に触れるための仕組みについて語りました。
「WaaS共創コンソーシアムでは、『ステアリングコミッティ』と呼ばれるさまざまな専門性を持つ外部の有識者の方々に、コンソーシアムの方針やテーマについて、率直な意見を言ってもらう場を年に3回設けています。私たちが取り組んでいるテーマが世の中の関心や課題意識と合っているか、多様性のある組織がつくれているかなどを指摘してもらうんです。社内外の認識にギャップが生じないようにするためには、本部長や副社長といった役員もこうした場に巻き込みながら、客観的な視点に触れる仕組みが必要です」
さらにトーク終盤で入江さんは、WaaSコンソーシアムを運営する上で意識しているという社会学の概念「ウィークタイズ(弱いつながり)」について触れました。新しいアイデアや発想は、心地よい関係性が築かれた親しい間柄ではなく、知人の知人、友人の友人といった少し離れた関係性からもたらされるというこの考え方は、共創を通じたオープンイノベーション創出のためのヒントになり得ます。
FUTURE SESSIONを振り返って
「共創って、どうやったら実現できるんでしょうか?」。ロフトワークがご相談を受けるなかで、そんな質問を受ける機会が多いです。企業や行政の視点でみると、鍵となるのは「組織の論理」から良い形で脱し、本当に作りたい景色を一緒に夢見ることにあると言えます。これがないと、仲間が集まらず共創も動き出しません。
一方で、既存の組織は“従来のやり方”を最適に運用するための仕組みが整えられています。その中で、ボトムアップで既存の論理から抜け出すにはたいへんな労力がかかります。だからこそ、組織の論理の「外側」である第三組織に所属してみることや、まずは外部との実践を積み重ねていく、というのも選択肢の一つなのかもしれません。渋谷未来デザインやWaaS共創コンソーシアムの実践は、こうした共創のリアリティも踏まえた知見を伝えてくれていると感じました。(岩沢)
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