人生100年時代で「老い」はどう変わるか?
デザインリサーチで見えてきた、新しい高齢者像と未来のビジネス
漫画『火の鳥』で描かれているように、永遠の命や長寿は人類の積年の夢。しかしいま現実の世界では「人生100年時代」が謳われ、議論されているのは「僅かな年金生活」「定年後のライフスタイル」……。技術革新や食生活の変化で健康寿命が伸びるなか、高齢者をサポートする仕組みやサービスが追いついていないのが現状です。歳を重ねることは夢見ていたことのはずなのに、これではなんだかもったいない。
ロフトワークは昨年「高齢化にまつわる基礎調査」を実施し、東京・吉野・成都(中国)の3都市でリサーチした内容を約180ページにまとめた報告書を公開しました。
人は必ず「高齢者」になります。でも、「老いる」とはどういうことかを私たちはよく知らない。どんなリサーチをして、どんなことを発見したのか? プロジェクトメンバーの神野真実に聞きました。
「Transformation – 高齢化にまつわる基礎調査報告書」概要・PDFダウンロードページはこちら
「調査」を超えて、新たな視点を生み、議論を巻き起こす
── 約3ヶ月間国内外を飛び回ったプロジェクト、お疲れさまでした。「高齢化にまつわる基礎調査プロジェクト」では、何を行ったのでしょう?
神野:ひとことでいうと、「高齢化が進むなかで、“老いる”とはどういうことかを、多面的に理解するための調査」です。たとえば年齢にまつわる認識にはどんなものがあるのか? それに紐づく慣習や制度、サービスは? といったことを調べ、解釈し、概念を再定義したり暗黙知だったことに名前をつけたりフレームワーク化することで、これから生まれそうなビジネスの方向性を提示しました。
── なるほど。具体的に、調査で見つけたことを教えてください!
神野:「高齢者」のライフステージの分類はこれまで概ね「壮年期」「老年期」の2分類でした(下図参照)。
幼少期は細かく分類されているのに対して、50歳以降はざっくりとしていますよね。でもこの時期には、たとえば親の介護が始まったり、仕事を引退したり、同世代の死と向き合うなどまだまだ様々な出来事があります。
リサーチを通して、彼らの精神面・肉体面・経済面の変化や、周りの人との関係性が見えてきました。ここから高齢者の理解を深められるという仮説のもと、50歳以上を4分類に再定義しました。
もとの分類がされた20世紀半ばに先進国の平均寿命が70代だったことを考えると、確かに2分類でよかったかもしれません。でもいま日本の平均寿命は男女ともに80歳を超え、女性は約87歳*。それだけ長い時間をたった2つのステージで語ることができるでしょうか。今回私たちは、50歳以上のライフステージを「New Responsibility(50 – 64歳)」「Transformation(65 – 75歳)」「Coping(76 – 80歳)」「Death」の4つに再定義。解像度を上げ、より深く高齢者を理解することを目指しました。
ほかにも、引退・退職へどう移り変わっていくのかを職種ごとに可視化したモデルや、人が生まれてから死ぬまでに、親子間の与える・受け取るという関係はどう変化するかを表した互恵関係のモデルなど。高齢者が直面している課題を8つのフレームワークで可視化しました。
新たな仕組みやサービスを生むヒント・リアルな視点
── 高齢者をサポートする新しい仕組みや、サービスづくりのイメージがわきやすそうですね。
神野:「高齢者像とそれにもとづく機会領域」は、まさに議論のきっかけや土台になれたらと思っています。 高齢化が進み、移動にコミュニティバスが、連絡手段にはLINEがあるように、現代だからこその高齢者を取り巻く状況ってありますよね。こうした「今」の高齢者の姿をインタビューから導き出し、5つのアーキタイプ(顧客像)で提示しました。
また、その高齢者像をもとに、ビジネスの機会領域を9つ提示。機会領域(Opportunity Areas)とは、新しい仕組みやサービスを考える時に「こんなシチュエーションに対して、こんな声があります」といったヒントを集めたものです。実際の発言から、身体・精神的な衰えや、健康・経済的な課題を抽出し、解決の視点を提示しました。
── 特におすすめの見どころはどこでしょう?
神野:冒頭p.2-4の「Executive SummaryⅠ-Ⅲ」をさらっと読むだけでも、調査の全体像が見えるようにしています。老いることや生きることへの自分の価値観との違いに触れてハッとする、なんてことも体験できるかもしれません。
“相手の靴を履き”、文脈をまるごと理解する
── 「友達と一緒に老人ホームに行きたい」「転んだことを子ども達に言ったら怒られちゃう」など、解釈のヒントになりそうな発言が散りばめられていますね。一体どんな調査でこういった声を引き出したんですか?
神野:東京、吉野、中国中部の成都で、合計170名の高齢者にデザインリサーチの手法で観察やインタビューを行いました。デザインリサーチとは簡単にいうと、デザインの過程にエスノグラフィーリサーチ*の手法をとりいれたもので、調査対象を生活の文脈から包括的に理解するための調査です。
*エスノグラフィーリサーチ……元来社会学などで行われる調査・記録手法
たとえば今回の調査では、大きなテーマに対して、フォーカスすべき領域を見つけようとしました。 そのために、高齢者の生活圏内に入り込んで、彼らが普段どんな振る舞いやコミュニケーションをしているのかを観察したり、当人やその周りの人へ聞き取りをしました。集めた情報は毎日メンバーで持ち寄り共有して、その情報の背景にある意味を探り、エッセンスを抽出し、解釈を深めながら仮説や課題を探る……という具合です。(より詳しい解説はこちら)
── 「フォーカスすべき領域」とは、ディスカッションの議題となる問いを立てる、みたいなイメージ?
神野:そうですね。「高齢社会」という1つのテーマでも、向き合う角度はたくさんあります。高齢者の家族、介護者、地域住民。彼らを取り巻く環境や関係性。誰にとっての、どんな状況における「高齢社会」に視点を置くかで議論はずいぶん変わります。
なので、その発端を提示するつもりで、対象者を取り巻くあらゆる状況を観察したり聞き取りを行いました。
── なるほど。「向き合う角度」はどう定めていったんですか?
神野:とにかく「なぜ」を追い続けます。対象者自身も答えを持っていないことが多いので、そのプロセスは一緒に答えを見つけていくような感覚です。
感覚を研ぎ澄まして、できる限り「相手の立場に立って同じものを見る(put yourself in someone’s shoes)」ことを心がけます。大切なのは調査の数より「深さ」。量をとることで質を担保するやり方もありますが、「より深く切り込むことで明確な芯をついた結果を導き出せる」というリサーチマネージャーのヤン・チップチェイス(Studio D)の言葉は、調査での体験からも納得するものでした。
── こうして高齢者のリアリティが浮かび上がっていったんですね。最後に、調査プロジェクトを経て見えてきた展望を教えてください。
神野:近年センシングの技術が発達して、GPSやセンサーで高齢者の安否や居場所を見守るサービスがありますよね。もちろんそれで助かった命や安心は確実にあると思います。でも今回の調査で、植木の水やりで近所の方に自分が元気でいることを知らせているんだ、という話を聞きました。
極端な言い方になりますけど、人の生き死にってセンサーだけじゃ測れない。技術ありきで考えていたら辿り着けないところってあると思うんです。「水やりの習慣」のような彼らの日常に寄り添って初めて見えてくる景色から、より核心に迫ったアプローチが生まれてくるのではないか、と。デザインリサーチでこのテーマに取り組んだ意義って、こういうところにある気がします。
今回は基礎調査でしたが、これをきっかけに議論が生まれ、より課題に特化した調査を進めていけたら嬉しいです。
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