“小爆発の連鎖”が導いたコミュニティ醸成と売上目標180%
世の中にまだない「ねむり」の価値を広げるためには?
オムロン ヘルスケア株式会社(以下、オムロン)は2011年10月15日、眠りの状態をモニタリングする睡眠計の発表と同時に、みんなで“ねむりの秘密”をひもとく情報サイト「ねむりラボ」をオープン。これは、製品を売るためのサイトではなく、「ねむり」をテーマに一緒に考え、一緒に議論し、みんなで共有できる「よいねむり」の形を見つけていくための場。
敢えて今すぐ答えの出ないことに着手するためには、会社として決断はもちろん、勢いも必要だったはず。リーンスタートアップ手法を取り入れたスピード重視のプロジェクトを、オムロン ヘルスケアの加藤宏行氏と富田陽一氏、「ねむりラボ」のサイト構築から運用、イベント開催までを幅広く支援するロフトワークのクリエイティブディレクター井上果林、高橋慶子の対談で振り返ります。
井上(ロフトワーク) 当社とのプロジェクト以前から、「ねむりラボ」の原型はあったのですよね?
加藤(オムロン) 企画自体が始まったのは2010年でした。当初は、眠れない人をどうやって眠らせるかという視点でサービスを考えていたわけですが、さすがにそれは実現できないだろうと、ゼロベースで考え直すことになりました。「睡眠計が出ました」では売れないし、「眠りを測りたい人がいる」と考えるのはメーカーとしての“逃げ”。当社にとってもまったく新しいジャンルであり、世の中にない価値を広げるためには、「睡眠計が必要だ」という空気感をいかに創り出すかが一番のお題でした。そこでロフトワークに相談したのです。
高橋(ロフトワーク) 従来なら、製品を出して大々的にキャンペーンを打っていたんですよね。
富田(オムロン) そうなんです。従来のやり方は、製品自体の提供価値が認知されていないと成立しません。そもそも睡眠を測るとはどういうことかを突き詰めると、その先に生活者ベネフィットがあってこその睡眠なわけです。そこに立ち返ることができたことが大きい。しかも、何が個人にとってのベネフィットになるのかは、実際にやってみないとわかりません。ですから、価値を見つけ出す活動をいかに前倒しできるかが重要でした。
小さく生んで育てていくリーンスタートアップ手法の実践へ
井上 最終的に、発売の半年前に発表して、じっくり空気を醸成していくアプローチを選択されたわけですが、会社としても大きな決断だったのでは?
富田 投資しても回収の目途がないから、普通はノーでしょう。世の中に「ねむり」を測るという領域が確立されておらず、ベネフィットもニーズも見えない中で、従来のやり方は通用しない。そのことを経営層が理解し、共有できたことが成功への第一歩だったかもしれません。それもこれも、ロフトワークの「まずは小さくてもいいから始めてみよう!」という発想に共感してのことです。
高橋 小さく生んで育てていくというリーンスタートアップ手法の実践ですね。当社がプロジェクトに入った時に決まっていたのは、サイトの名称と公開日のみ。そこから約1ヵ月半での立ち上げですから、ものすごいスピードでしたよね。
加藤 発売が遠い先であったので、ある程度自由にさせてもらえたのもポイントです。また、プロジェクトメンバー間で目指す方向にズレがなく、議論が前向きに進んでいったこと、実作業はWebに精通している人間がロフトワークと直接やり取りしたことも良かったのでしょう。それでも、今思えばよく立ち上がりましたよね。
井上 確認を依頼した翌日には回答が来る。このスピード感のおかげで、我々も素早く動くことが出来ました。
本当にやりたいことは製品がなくても出来る、それが“ことづくり”
高橋 オープニングコンテンツでは、無印良品と共同で実施したアンケートの結果をもとに、まずは眠りをひも解くことから始めましたが、次に続くコンテンツで少し慌ててしまいましたね。
富田 本当にそうでしたね。アンケートで見えてきたファクトを切り口に「ねむりラボ」で情報発信していこうという構図は出来たものの、製品開発のスケジュール変更で、様々な眠りにまつわる事象をデータ検証する”眠りをひもとく”フェーズに入れない、さぁどうしよう?・・・と。製品が使えないからレビューもできないし、普通に考えればやっても意味がない。でもそこで、ねむりラボ本来の目的に立ち返って考えると、本当にやりたいことは製品がなくても出来るよね?というブレークスルーがあったんです。
その良い例が、化粧品メーカーとタイアップして体内時計と美肌の関係を検証したコンテンツ。何も製品を説明する必要はない。要は、お肌のキレイな人の睡眠ってどうなのか、そこを知りたくなるような動機付けがされればいいわけです。いわゆる“ことづくり”です。
井上 「ねむりラボ」を、敢えてコーポレートサイトの外に出したのも正解だったのではないでしょうか。
加藤 そうですね。コーポレートサイトの配下に置いた瞬間、化粧品メーカーとのコラボレーションなんて無理。ビジネスフィールドが違い過ぎます。出島的に設けたサイトだからこそ、眠りを盛り上げてくれるパートナーならどこでもウェルカムですと言えるし、弊社のブランドを棄損することなくいろんな挑戦が出来ています。
富田 もうひとつ、当社が眠りを語っても「血圧計メーカーが何言ってるの?」となるだけ。たとえば、化粧品メーカーが「肌をキレイに保つために眠りは大切」と言うことによって、「よいねむり」と「美肌の維持」とが掛け合わされ、初めて「眠りを測る」というニーズを刺激できます。こうしたターゲットに向けたメッセージの浸透度を考えると、ねむりラボのWebサイトのたち位置は絶妙だと思います。
ユーザエンゲージメントだけでなく、チームビルディングにもFacebookをフル活用
高橋 当社も関わっている「ねむりラボ」の運営には、メンバー間でのFacebookを活用したコミュニケーションが大いに貢献していると思いますが、いかがですか?
加藤 誰かが眠りについて思いついたこと、気づいたこと、見かけたことをメモ感覚でコメントし、「いいね!」が多いものが採用される仕組みが定着しています。単なる雑談で終わらず、リアルタイムで物事が決まっていくところがすごい。定期的な会議では、一つひとつの細かい気づきについて、いちいち議論し切れないですからね。
井上 1ヵ月に1回の編集会議では、情報はあっという間に古くて価値のないものになってしまう。その日あったニュースをリアルタイムにシェアし、その中から取捨選択するやり方は機動力が違います。一方で、消費者向けに展開しているFacebook公式ページの役割も重要。当初は中立的な情報を発信していく方針でしたが、記者発表後に製品情報を求める声が多数上がってきて、睡眠計のデータやねむり時間計のモニターレポートを記事化したりしました。
富田 Facebookはユーザーの反応を見るのに有効なツールです。「ねむりラボ」のアンテナ的な立ち位置でFacebook公式ページが存在し、眠りに関するあらゆるニュースを感度よく取り上げていく。その中で消費者に響くものがあれば、エスカレーションして「ねむりラボ」のページに反映していくという構造です。
発売前から売上目標180%を達成!パートナー企業とのエンゲージメントも実現
高橋 「ねむりラボ」をスタートして早半年以上が経ちますが、反響はいかがですか。
加藤 記者発表後はメディアにも取り上げられ、弊社営業の携帯電話が問い合わせで鳴りまくるほどでした。また、発売前から過去にない予約実績を記録。発売2週間後の販売目標達成率は180%と好調な滑り出しでした。売上構成比の1/4はECサイトからで、プロモーション効果もきちんと出ており、ECサイトでも店舗でも売上を獲得しようという目標も達成できています。
また、「ねむりラボ」をスタートして良かったのは、消費者だけでなく、パートナー企業をエンゲージできるサイトになっていること。今までのマーケティングのやり方がもう通用しないことはどの企業もわかっていますから、「ちょっと変なことをやっているぞ、一緒にやってみたいな」と思う人に来てもらえるようになる。いろんなところと連携し、いろんな掛け算で面白いことをやってみる。そうやってねむりがいろいろな提供価値を生み出す“小爆発の連鎖”を起こしていくといいなと思います。
井上 意識されている指標はありますか?
富田 もちろんPVなどの一般的な指標は意識しますが、数値的なものだけでは質は測れません。きちんと眠りに関心のある人たちが集まってきているという確かな実感があり、そこが重要だと考えています。質を重視していれば、自然に数字も付いてくるでしょう。
敢えて完璧を求めず、安定運用とイノベーションのバランスを大切に、わくわくする世界に挑戦
井上 「やってみたけどダメだった」で終わるかもしれない難しいチャレンジでしたね。
富田 そうですね。間違いなくロフトワークなくしては、この成功はなかったです!色々な事情でスケジュールの遅れが生じ、本来やりたかったことが出来なくなる局面もありましたが、ロフトワークがマイルストーンを細かく設定して常にリードしてくれました。また、内部だけで考える場合と、アイデアの量や広がりが格段に違います。ベースは楽しくなくちゃいけない。ここまで出来たのも、発言のしやすさと空気感を大切にしたフラットなチームづくりのおかげです。
加藤 企画段階で「答えを描き切る」ことをやらなかったのもポイントかもしれません。最初にゴールを描き切ろうとすると、今経験していることしか描けません。ロフトワークの「完璧を求めると、そこまでのものになっちゃうからやめましょう!」という助言の意味を、改めて噛みしめています。当社だけでは、壁にぶつかって1ヵ月かかっていたであろうことも、ロフトワークが複数のオプションを提示しつつ的確にガイドしてくれるので、スッと壁をよけながら進んでいる感じがしていました。
高橋 最後に今後のねむりラボプロジェクトの展望をお聞かせください。
加藤 どう広がるかは誰にも想像できませんが、大きなポテンシャルを持つカテゴリーであることは確かです。結果が出始めていることが次の打ち手につながり、眠りをさらに盛り上げていこうとどんどん車輪が大きくなっています。まだまだわくわくする世界が待っている予感がします。また、ここで経験しているプロセスは、単にプロモーション目的ではなく、今後のものづくりのやり方そのものじゃないかと話しているところです。引き続き答えを描き切ることはせずに、やったことのないことに積極的にチャレンジしていきますよ。
井上 私自身もわくわくしています。ロフトワークとしても「ねむりラボ」の次の山に向けて、新たな挑戦を一緒に楽しんでいきたいと思います。本日はありがとうございました。
※内容やお客様情報、担当ディレクター情報は本記事公開時点のものです。現在は異なる可能性があります。
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