
都市の人々を、生きたアイヌ文化との邂逅へ導く
短編映画『urar suye』・『cupki mawe』
Outline
民族の誇りと世界観を伝える物語から
観光客との関係づくりを始める
釧路市と阿寒湖アイヌコタン*は、映像による新たな観光プロモーション施策として、映画監督・十川雅司氏を迎えた短編映画を制作。国内外に向けて阿寒湖の「生きたアイヌ文化」を伝える2本の短編映画を、阿寒湖アイヌコタンの公式YouTubeチャンネルにて公開しました。
*「コタン」は、アイヌ語で「集落」の意。

本プロジェクトが目指したのは、現代の都市生活者に向けて、阿寒湖に息づくアイヌ民族の文化や自然と共生するあり方をオーセンティックな映像体験として届けることです。自然や身の回りのものに「カムイ(神)」が宿るとされる世界観を通して、感性的な豊かさの大切さを実感しながら、ありのままの自分を生きることに希望を見出す。こうした物語を通して、広く同地の魅力を伝えるためにプロジェクトを推進しました。
完成した映画は累計16万回再生を超え(2025年6月時点)、多くの反響を呼んでいます。ロフトワークは、本プロジェクトにおいてプロデュースから映画制作、プロモーションを一貫して伴走しました。
Challenge
都市生活者の課題意識に焦点を当て
より善く生きるヒントをアイヌ文化に問う
本プロジェクトは短期的な観光誘客のためのプロモーションのみを目指すのではなく、長期的な視点からアイヌ文化に深く共感し、継続的に地域と関わる人々との「関係人口」創出に繋げることをゴールに設定しました。
アイヌ民族の自然との向き合い方や人生観の中に、都市において孤独感や閉塞感を抱えている人々が生きる力を回復するためのヒントがあるのではないか。この問い立てを起点に、阿寒湖アイヌコタンの地からポジティブなメッセージを表現する手段として短編映画の制作を決定。主人公の視点を通して、アイヌ民族の人々との交流や豊かな自然環境を追体験することで、見る人のアイヌ文化への関心を高め、現地を訪れるモチベーションを醸成することを目指しています。

今回、「生きたアイヌ文化」の表現を目指す上で、まずプロジェクトチームのメンバー一人ひとりが阿寒湖アイヌコタンで暮らしてきた人々と実直に向き合う必要がありました。
そこで監督には、社会的なテーマを真摯に扱う作品を手がけてきた、十川雅司氏を起用。多くの人々との対話を重ねながら物語を構築していく十川監督の制作スタイルは、映画を完成させる上で欠かせないアプローチだったのです。また、映像表現の美しさに定評があったことも、同氏に監督を依頼した理由のひとつでした。
プロジェクトチームは限られた期間の中で、十川監督とともに10名を超える住民の方々へのインタビューを行いながらシナリオハンティングを実施。また十川監督は、その土地から生まれた語りをその土地の人の声で演じてもらうことにこだわり、インタビューを行った住民の中からキャスティングを実施し、演技の経験がない人々を演出。これが、劇中で描かれるアイヌ民族の世界観に確からしさを与えています。
Output
物語は夏編と冬編、2つの映画によって構成。主人公が阿寒湖アイヌコタンに住む人々との関わりを通して、アイヌ文化に触れ、その世界観の一端を感じることで、より自分らしく生きるための道筋を見つける姿を描いています。
短編映画・夏編『urar suye(ウララ スエ)〜霧のうた』

ストーリー
東京で音楽活動をしているユカリ(主演・xiangyu)は、自分のアーティストとしての将来性を信じきれず、思い悩んでいた。そんな中、ユカリは大学の同級生であるダンサーのサヤに誘われ、釧路にある阿寒湖アイヌコタンを訪れることに。
アイヌコタンは〈創り手の街〉とも呼ばれており、暮らしの中に伝統的に受け継がれた木彫りや刺繍、歌や踊りが息づいている。さらに、アイヌ民族の世界観では、山や川、動物、樹木といった自然物や、火や雷などの自然現象、道具などに「カムイ」が宿ると信じられていた。ユカリはアイヌコタンを巡りながら、人々の日々の営みとカムイの存在を全身で感じることで、自分自身と世界とのつながりを捉えなおしていく。
シーン





短編映画・冬編『cupki mawe(チュプキ マウェ)〜光のうた』

ストーリー
昨年の夏に阿寒湖を訪れたとき、大自然と共に生きるアイヌコタンの人々と交流しアイヌ民族の世界観と生きかたを肌で感じながら、自分の中で何かが変わっていくのを感じたユカリ。友人・サヤに「いつか辿り着くよ」と背中を押され、力を抜いて自然の流れに身を任せられるようになった。
それから半年が経ち、ユカリは阿寒湖をゴールとした日本一周の旅をしていたが、次第に「本当に“どこか“にたどり着けるのだろうか?」という不安を抱くようになっていった。そして何かを確かめるように、旅の終着地でもある冬の阿寒湖アイヌコタンを再び訪れた。
シーン





映画ポスター


Interview
地域に内在する語りと風景で物語を編む
十川雅司監督の「民藝映画」
十川監督の映画のつくり方は、地域に滞在し、多くの人に話を聞き、場所を巡りながら物語を「積み木のように」構成していく独特なスタイルです。阿寒湖アイヌコタンを舞台とした2つの映画『urar suye〜霧のうた』『cupki mawe〜光のうた』が、どのような過程で生まれたのかを十川監督に伺いました。

土地から生まれた言葉を、土地の人の声で演じる
十川監督がシナリオ・ハンティングとロケーション・ハンティングのために初めて阿寒湖アイヌコタンを訪れたのは、2024年8月24日。わずか5日間の滞在で住民へのインタビューを実施し、「この人に出演してほしい」と思う相手をキャスティングしていきました。ほとんどの人が演技未経験な中で映画の演出を手がけたのは、十川監督自身にとっても初めての挑戦だったといいます。
みなさん、初めは映画になんて出たくないっておっしゃるので、そこは頼み込んで。実際に出てもらったら楽しく演じてもらえたようです。結果として、素でもない、芝居らしいわけでもない絶妙な空気感がとても良かった。(十川監督)


撮影当日、台詞や動きなどのプランが丸ごと変わってしまうこともありましたが、そうした予定不調和をも楽しみながら、映画制作は進んでいきました。
元々、即興劇が好きだったというのもあって。役者さんに演じてもらう時も相手と向き合い、どれだけ本音を引き出せるか勝負するのが僕の演出方法です。意図して作られた芝居よりも、その場で自然とぽろっと出てきたものをカメラで掬えたらいいなと思いました。(十川監督)
物語が生まれる場所を探す
映画をつくる上で、ロケ地の選択は非常に重要です。「人は、自分が生きている場所に自ずと影響されていく」と考える十川監督は、登場人物たちの間に特別な交流が生まれ、その土地にしかない言葉が表れるのに相応しい、かつ東京では出会えないような景色を探していました。
例えば、夏編で探していたのは「ちょっと怖いと感じる場所」。ロケハンで阿寒湖畔の森に入った瞬間、恐怖を感じたことが発見だったといいます。
クマが出るんじゃないか、迷子になったら死ぬんじゃないか。そんな感覚が、物語をつくるヒントになりました。東京は必要なものはなんでもあるし、人といつでも繋がれて便利だけれど、自然と繋がっている感覚を持ちづらい。僕は、北海道で自然と向き合った時に感じた「怖さ」が、主人公にとって「生きる」ということを浮き彫りにしてくれる気がしたんです。(十川監督)
そこで夏編では、阿寒湖の森の「怖さ」に触れられるよう、映画を観る人に対して自然と繋がるような映像体験を目指しました。

アイヌ民族の視点から、自然と人との関わりを捉え直す
冬編の制作で、十川監督は真冬の阿寒湖アイヌコタンに10日間滞在して、シナリオ・ハンティングとロケーション・ハンティングを実施しました。
映画の後編にあたる冬編は、生き方に迷う主人公がこれからどこに向かうかを問い直す物語。ありきたりな「正しそうな答え」ではない結末を求め、阿寒湖を歩き住民にインタビューしながら、自身で作ったプロットをすべて書き直すこともありました。そんな中で物語のヒントとなったのは、アイヌ民族の「川」の捉え方でした。
冬編にある川のシーンでは、主人公が視点を切り替えるきっかけを描いています。私たちにとって川は海に流れるのが当たり前ですが、アイヌ民族にとっては逆。川は海から山に向かって流れていると言うんです。その話を紐解くと、川は海から山へシャケを届けてくれるという意味合いがありました。(十川監督)

アイヌ民族の自然観が自分たちとは異なることに気づいた十川監督。彼らは川が海に向かって流れていくという見たままの現象ではなく、その結果として自分たちの身にもたらされるものや事象に目を向けているのです。
自然の循環に想いを馳せることで、自分たちがどのように自然と対峙するべきかを考える。アイヌ民族の価値観には、そういう発想があるんじゃないか。私たちはゴールに向かって一方向的に旅をしているように考えがちですが、アイヌ民族の考えでは出発点とゴールは円環として繋がっている。そういった視点から世界を捉え直すことで、主人公が今の苦しさから抜け出すヒントを見つけられる予感がしました。(十川監督)
地域との対話、協働から生まれた映画
十川監督と阿寒湖アイヌコタンの人々、プロジェクトチームとの協働を通して生まれた2つの映画は、YouTubeで公開後16万再生を超えて、今なお広がり続けています。さらに『urar suye〜霧のうた』は、日本国際観光映像祭2025において「旅ムービー部門最優秀賞」を受賞しました。

本作品について、十川監督は周囲から「これは本当に地方自治体が発信している映画なの?」と訊かれることがあったといいます。従来の行政主導の観光プロモーション映像とは異なるイメージの映画づくりができた背景には何があったのでしょうか? さまざまな要因がありますが、その中の一つには、十川監督をはじめプロジェクトチームの姿勢があったと言えそうです。
アイヌコタンが舞台であることに先入観を持つのではなく、そこに住んでいる人々の悩みごとや困りごと、それらを解決するための知恵や知識を探り、その中から私たちの生き方にもつながるような普遍的な面白さや美しさを表現したかった。
たくさんの住民の方々にお話を伺いましたが、どの方もみんな印象的で。中には、これまでの歴史や悔しかった出来事などの話もあり、美しい話だけではないと知りました。ただ、和人である自分が映画監督としてアイヌ民族の歴史について語るのは難しい。できることがあるとすれば、自分自身がアイヌコタンの方々と交流しながら得た宝物のような体験を、映画にすることじゃないかと思ったんです。(十川監督)

十川監督とプロジェクトチームがいち人間として地域に入り込み、人々の語りやそこにしかない風景を物語として映画に落とし込んだ本作。今も世界の人々に視聴され続けており、今後、阿寒湖アイヌコタンの人々とこの地を訪れる人々とが、お互いを理解するためのきっかけとなることが期待されます。
インタビューの最後、十川監督は以下のような言葉でプロジェクトを振り返りました。
僕という人間が受け皿になり、その土地にある人や風景、エピソードから映画をつくったことはすごく面白い経験で、自身の監督観が変わりました。最近は、こうした映画の作り方を「民藝映画」と呼んでいます。これが自分らしいやり方だと思うし、大切にしたい。
今回は本当に最高のチームで映画をつくれたと思います。個人的にはあまりスピリチュアルな事柄を信じていないんですが、それでも制作中は実際にカムイとしか呼べないような奇跡がたくさん起きていた。阿寒湖がそういう力を持つ場所なんだということを、僕自身も信じていたいです。
執筆・編集:岩崎 諒子/ロフトワーク ゆえんunit マーケティング・編集
編集:乾 隼人、後閑 裕太朗/Loftwork.com編集部
基本情報
- クライアント:釧路市、阿寒アイヌ工芸協同組合
- プロジェクト期間:2024年6月〜2025年2月
体制
- プロジェクトマネジメント:伊達 善行
- プロデュース:室 諭志、二本栁 友彦
- クリエイティブディレクション:平井 真奈、高橋 ナオヤ、許 孟慈、久保 治子(以上、株式会社ロフトワーク)
- 脚本・編集・監督:十川 雅司
- 出演:xiangyu、Koharu Hiyori、秋辺 デボ、床 みどり、山本 栄子、郷右近 富貴子、鰹屋 エリカ
- 撮影監督:西岡 空良
- 撮影助手:大西 恵太
- 録音・整音:久保 琢也
- 音楽:高橋 遼
- ヘアメイク:河本 花葉
- 制作応援:神出 空
- ポスターデザイン:ddd.pizza
- 協力:有限会社 阿寒ネイチャーセンター、株式会社阿寒湖バスセンター、阿寒観光汽船株式会社、阿寒湖アイヌシアターイコㇿ、株式会社プリズム、一般財団法人 前田一歩園財団、民芸喫茶 ポロンノ、ハポの店、阿寒摩周国立公園阿寒湖管理官事務所(環境省)、阿寒湖アイヌコタンの皆様
Member
Team
Next Contents