三井不動産株式会社 PROJECT

オープンイノベーションを実現する場作り。
答えのないコンセプトを形に

2005年に千葉県柏の葉地域の街づくりに着手して8年。完成までの道のりは、決して平たんではありませんでした。手元には、「オープンイノベーションの実現」というゴールを示すコンパスだけ。地図はありません。正解もない中で、コンセプトをどのようにしてカタチにしていったのか。「KOIL」プロジェクトメンバーの三井不動産株式会社の松井健氏、弘瀬愛加氏と、ロフトワークの諏訪光洋、松井創、高井勇輝の5人が、関わったすべての人たちを代表し、柏の葉の未来を変える壮大なチャレンジを振り返りました。

ただのベッドタウンにしたくない。オープンイノベーションをキーワードに街づくりがスタート

新たなイノベーション創造拠点として期待される日本最大級のコワーキングスペース「KOIL(柏の葉オープンイノベーションラボ)」が、2014年4月、千葉県柏の葉に誕生。KOILは、起業家から生活者まで、職種や立場を超えた多様な人々の知識、技術、アイデアを組み合わせることで、革新的な新事業や製品・サービスを創造するための場です。

松井(ロフトワーク):この街に新しいビルやオフィスを作るのではなく、産官学が連携して街づくりに取り組むことになった背景を教えてください。

松井(三井不動産):柏の葉は何もないまっさらな場所からスタートしました。当社所有のゴルフ場を閉鎖したあと、2005年8月につくばエクスプレスが開通。街づくりをスタートしたのはその頃です。「ただのベッドタウンにはしたくない」という思いから、千葉県や柏市など行政の担当者、この地にキャンパスを構える東大や千葉大などの大学関係者とディスカッションしたところ、彼らも同じ思いであることがわかりました。みなで意気投合し、新しい街づくりへの取り組みが本格化したというわけです。

三井不動産株式会社 ベンチャー共創事業室長 松井 健氏

ロフトワーク 松井:オープンイノベーションというキーワードはどこから出てきたのでしょうか。

三井不動産 松井:2005年春に東大総長に就任(2009年3月退任)された小宮山宏氏から、「日本は課題先進国だが、その課題を世界に先んじて解決すれば課題解決先進国になる」というお話を伺ったのを機に、「課題先進国から課題解決先進国へ」が関係者の合言葉になり、この街をさまざまな課題を解決するための街にしようという意識が高まっていきました。幸い柏の葉の沿線には多くの研究所や大企業があるので、具体的な課題を解決していくにあたり、そういう方々と一緒にオープンイノベーションが起きるような街を作ろうと考えたのです。

Web制作への協力の打診を受けながら、空間とサービスとWebを三位一体で提案

ロフトワーク 松井:壮大なプロジェクトを一緒に動かすパートナーとして、ロフトワークを選んだ経緯と理由をお聞かせください。

三井不動産 松井:2012年春に、MITメディアラボ所長の伊藤穰一氏を訪ねたのがきっかけです。2009年に創業支援組織「TXアントレプレナーパートナーズ(略称TEP)」が出来て、技術を産業にしていく、イノベーションを生み出すためのヒントをいただくのが目的でした。イノベーションを生み出すこと、そしてこのプロジェクトに助けになると紹介いただいたのが、ロフトワークそして代表の林千晶さんでした。実際に林さんにお会いして、ひと目惚れです。世界を知っているし、未来を見ている。とても新鮮な印象を受けました。

弘瀬(三井不動産):ただ、林さんと初めてお会いしたときはKOILの具体的な話まではしていません。柏の葉の取り組みをご説明し、アジア・アントレプレナーシップ・アワードというビジネスコンテストの第1回を柏の葉でやるので、ぜひ来てほしいと依頼しました。

アジアアントレプレナーシップアワード2013でのアンカンファレンス

三井不動産 松井:ロフトワークはITに強いと認識していたので、その後当社から協力を打診し、そのカウンターオファーとしていただいたのが、空間も含め体験全体をプロデュースするという提案でした。正確には、インキュベーションオフィスを作りたいという我々の構想に対し、議論を重ねながらアイデアを熟成させていく期間があり、正式にご提案いただいたときには、システムやサービスまでを含めた空間設計のご提案になっていたという感じです。もちろん、最終的にロフトワークを選んだのは、さまざまな企業とお話する中で、一番魅力的な提案だったからです。

ロフトワーク プロデューサー 松井 創

ロフトワーク 松井:ロフトワークではOpenCUというクリエイティブと学びのコミュニティを2009年につくり現在は7,000人の学びネットワークになっています。2012年にはものづくりカフェであるFabCafeをオープンし台北,バルセロナに拡大している中でものづくりのコミュニティも急速に成長しています。FabCafeで感じたのが”場”があることでコミュニティがさらに活性化することです。”場”と”サービス”が連動し、そのツールとしてWebやスマートフォンがある。コミュニティをつくるにはWebだけでは不十分で体験全体をデザインする必要があり、空間とサービスとWeb、トータルにプロデュースするほうがもっといい成果を生み出せると考えたのです。

諏訪(ロフトワーク):空間とイノべーションの関係、あるいは空間とWebなどのデジタルが生むサービスの融合、これらに注目が集まっているのは世界的にも最近のトレンドです。正解を記したドキュメントや論文も不足しています。人と人がどのように関わるとイノベーションにどう作用するのか、新しいアイデアや人との関係性を生み出すにはどんな空間がよいのかといったアプローチは建築からのアプローチだけではなくよりサービスデザインの視点、イノベーションを生むデザイン思考(Design Thinking)の観点がよりよい体験を生むはずです。イノベーションを生むファンクションとして空間を考える。そこで生み出される対話、自然と生まれるべきワークショップやプレゼンテーション、インフォーマルなコミュニケーションがどうやって生まれるのかを考えることに企業のイノベーションパートナーであり体験をデザインするロフトワークとして取り組みたいと考えました。

イノベーションを起こす空間とは?さまざまな対話を通じて、空間設計に求められる要件を整理

ロフトワーク 松井:都内で開かれたイベントの中で、柏の葉に求められるイノベーションスペースをテーマに、2回ほどワークショップを実施する機会もありましたね。

弘瀬:どうしたら柏の葉に来てもらえるのか、どんな街だったら働きたいと思えるのか、それこそ柏の葉を知らない人たちから、ハードウェア的な制約に捉われずに自由にアイデアを出していただき、当社もまっさらな状態から考えることができました。こういうところから斬新さや可能性の広がりが生まれるんだなと、とても新鮮でしたし、そこで出た意見をコンセプトに落とし込み、その後カタチにしていくロフトワークのスピードとパワーには圧倒されました。

ロフトワーク 松井:ありがとうございます。時間をかけて積み重ねてきた関係者との対話やワークショップの議論から見えてきたのは、イノベーションを起こす空間に求められる5つのキーワード「Serendipity」「Diversity」「Flexible」「Prototyping」「Open」です。さらにここから、空間設計で満たすべき11の要素を導き出していきました。狙いは、人々が有機的に交わり、オープンな発想を生み、アイデアを素早くカタチに変えることができる場です。

5つのキーワードと導き出された11の要素

三井不動産 松井:設計においては、地元の人との関わりも重視しました。地元の人がいる、地元の人たちの顔が見えるのが郊外のいいところ。都心ではなく郊外にある意味、郊外であるからこそのメリットをロフトワークと一緒に考えました。

諏訪:イノベーションセンターは日本でもほとんど事例がありません。今回のプロジェクト自体で「イノベーションを生む」体験をメンバーで共有するプロジェクトでした。大阪・京都と参考となる空間を三井不動産のメンバー、建築家も含め一緒に感じる合宿がその後プロジェクトでのクオリティに繋がっています。

プロジェクトメンバーで大阪に。イノベーションスペースなどを見学

5つのキーワードは関係者全員が方向性を見失わないようにするプロジェクトの”指針”です。空間がつくられていく中で、アグレッシブにオープンな空間やサービスを提案したつもりが、逆に「もっとオープンに!」と何度も発破をかけられました(笑)。メンバーでの方向性にブレが生まれなかったことがKOILの最終的なクオリティに繋がっていると思います。

正解のないサービスをデザインすることの難しさと面白さ

ロフトワーク 松井:KOILで行った”デザイン”は空間だけではなくコミュニティ全体のデザインです。そのひとつが、KOILをで利用するためのメンバーシップのデザインです。ロフトワークでは月額の会員費の提案から会員管理システムの開発までも担当しました。

設計当初のWebとリアルを繋ぐコミュニケーションをデザインした概念図

高井(ロフトワーク):会員管理システムは、会員登録の受付から、会員情報の管理、会議室や設備の予約、利用料の算出と請求など、KOILを利用する上で必要な機能を網羅しています。最終的に実現に至っていない部分もありますが、Webとリアルの場を繋ぎ、継続的にコミュニケーションをしていくことで、成果に繋げることを考えました。

会員システム以外にも、Web、パンフレット、サービスなど、人々がオープンに交わる空間をトータルにデザインしていく上で、検討すべきことは山のようにありました。クリエイティブに関わった人数は、当社のディレクターだけで約10名、個人法人を含めて約30社に上ります。

ロフトワーク クリエイティブディレクター 高井 勇輝

当然ながら、情報共有やコントロールにはいつも以上に神経を使いましたが、プロジェクトは生き物です。関わっているクリエイターへの要求もどんどん変わっていきます。それでも、「これまでにない面白いものを作るんだ!」という共通の思いが関係者を動かし、受発注の関係を超えて、一緒に作る仲間=パートナーとして前向きに協力してくれました。

諏訪:一番苦労したのがサービスです。空間と違って決めごとは少ないのですが、どんな名称にするか、どうやって会員を集めるかなど、サービスのありようというのは正解が見えません。常に「これでいいのか?」と自問自答を繰り返していました。サービスをデザインすることの難しさを改めて痛感しました。

ロフトワーク 松井:KOILで開催されているイベントも、当社が企画したサービスのひとつです。イノベーションを誘発するセミナーや体験型ワークショップなど、多彩なプログラムをご用意しました。一番の狙いは、KOILに足を運ぶきっかけをつくることで、KOILを知ってもらい、会員になってもらうこと。現在シリーズ開催している公益財団法人日本デザイン振興会とのコラボレーションイベント「GOOD DESIGN BEST 100とその未来」は、その目玉です。イベントが最初のタッチポイントになるとともに、本物に触れる機会を提供することで、そこから次のイノベーションが生まれることが期待されます。

日本デザイン振興会とコラボレーションした、GOOD DESIGNイベントをシリーズで開催

 

数ヵ月で来場者は早くも数千人。社内からの反響も大きく、新しい働き方を考えるきっかけに

高井:オープン後の手応えはいかがですか?

三井不動産 松井:とにかく反響がすごいですね。来場者はすでに数千人。新聞、雑誌など、さまざまなメディアでも取り上げられています。KOILからどんな事業や産業が生まれてくるのか、これからが非常に楽しみです。

弘瀬:社内からの反響も大きいですよ。長いことオフィスを手がけてきた当社の人間から見ても、KOILはこれまでの三井不動産にないものなので、時間を見つけて自主的に見学に来る社員も多いようです。また、新しい働き方を考えるきっかけにもなっていて、自分専用の席があるこれまでのオフィススタイルをやめ、フロア全体をコワーキングスペースのようにするなど、自分たちでまずは体験しようという動きも広がりつつあります。

三井不動産 柏の葉街づくり推進部ベンチャー共創事業グループ 弘瀬 愛加氏

利用者についても、会員として利用されている方はもちろん、ビジターが一時利用できる施設もあるので、かなり増えてきた印象です。会議室などは、4F、5Fに入居する企業の方々も利用されていますし、交流会なども開催されています。

高井:KOILのような“場”をさらに展開される計画はありますか?

三井不動産 松井:苦しかったことも振り返れば楽しい想い出ですが、高井さんもこの2年間は相当大変だったと思います。アイデアが山ほど出てくる一方で、限られた予算もある。その中でまだ見ぬ空間をどうマネジメントしていくか、多くの関係者をどうマネジメントしていくか。さらに、扉はこれでいいのか、ガラスはどうするかなど、それこそ椅子1個から繰り返していくわけです。柏の葉の持つ魅力と、三井不動産の本気、それに応えてくれたロフトワーク。いろんなものが揃ってKOILが出来たのだと思いますので、簡単に他に展開できるものではないですね。

高井:確かに、期間も長く、大がかりで難しいプロジェクトでした。スケジュールと予算に限りがある中で、人、モノをどう組み合わせて進めるのがベストなのか。いろんなことが手探りで進んでいく中で、変更に柔軟に対応できる余地を残しておくにはどうしたらよいか。そんなことを常に考えながら進めていました。

上流にサービスが位置し、そこからモノが作られていく新しい空間設計のあり方へ

ロフトワーク 松井:今回のプロジェクトで実感したのは、WebやITで生まれた「サービスデザイン」「デザイン思考」というメソッドがリアルな空間づくりに活かされるということです。サービスや体験をどうデザインするか。メンバーシップのDBやエントランスの認証をデザインすることもひとつの大切な要素です。緻密な計画の下、ウォーターフォール型でプロジェクトを進めていく中に、アジャイル型で作りながら変えていく力が加わると、化学反応が起こる。もちろん、社内的にはさまざまな軋轢がある中で、素早く決断し、ロフトワークのやり方やアイデアを受け入れて頂けたことで、はじめて起こせた化学反応だとは思いますが、出来上がってみて、こんなにおもしろいものが作れるんだなと改めて感じました。

諏訪:空間はもちろん建築家だけでも作ることはできます。そこでロフトワークの役割は、空間と人、人と人の接点を含めて、エクスペリエンスのデザインにコミットし、そこに新しい価値を生み出すこと。単に机を貸す、スペースを貸すだけでなく、新しいビジネスのスタートアップに参加できたり、技術的なバックグラウンドを持つ人を巻き込めたり、企業との接点が出来たり、そういう場を提供できて初めて、KOILに新しい価値を見出してもらえると考えています。

ロフトワーク 代表取締役社長 諏訪 光洋

三井不動産 松井:人が空間に入って真っ先に受けるのはサービスです。ロフトワークがこの点に着目し、建物や設備ではなく、サービスから発想をスタートさせたのは、これからの新しい空間設計のあり方を真っ先に取り込んでいる気がします。これまでのように、空間のデザインが先に決まり、設計者がカタチにし、後からサービスを付加するというのではなく、上流にサービスが位置し、そこからモノが作られていく。そういう考え方を体験させてもらったプロジェクトでした。

ロフトワーク 松井:2年間、それぞれに生みの苦しみはありつつも、とてもハッピーなプロジェクトでした。空間設計という領域で新しいエクスペリエンスのデザインに挑戦した経験は、ロフトワークとしても大きな一歩です。これからも大勢の方にKOILに足を運んでもらい、ここから日本を変える、あるいは世界を変えるイノベーションが生まれることを期待したいですね。本日はありがとうございました。

プロジェクト詳細

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創造的なビジネスを加速させるオフィス空間「KOIL」