ラフスケッチからはじまったオープンイノベーションへの挑戦
OPC Hack & Make プロジェクト インタビュー
偶然にも別の場所で同じ構想を温めていたオリンパス株式会社の石井謙介氏と佐藤明伸氏、メーカーのモノづくりのプロセスにパートナーとして加わったロフトワークの松井創、田中裕也、石川真弓、寺井翔茉、関口智子に、ここまでの道のりを振り返ってもらいました。ゴールを予測できないプロジェクトが険しくも楽しいものであったことは、7人のやりとりが物語っています。
松井(ロフトワーク) OPCの構想はどうやって生まれたのですか?
佐藤(オリンパス) 2010年にデザインセンターの社員が操作インターフェースがないカメラのラフスケッチを提案したことに始まります。プロトタイプを作り社内で発表したものの、上手く進まず、悩んでいたところに石井と出会いました。当時MITメディアラボで研究を進めていた石井から、こちらにも似たアイデアがあると聞き、「こんな偶然は奇跡でなく必然だね」と話したのを覚えています。
石井(オリンパス) 私は研究開発の立場でオープンイノベーションの可能性を探っていたのですが、オープン化の価値を社内に証明するには、社外の人を巻き込んで何かやる必要があると考えていました。各種操作インターフェースを持たないカメラは、使い方や価値のあり方を社外の人たちを交えて考えるにはよい材料でした。2012年春のMITメディアラボのスポンサーイベントでロフトワーク代表にOPCの構想をお話ししたところ、快く協力いただいたのが、2013年夏にトライアルで実施したハッカソンです。そこにオブザーバーとして参加してもらったのを機に、佐藤と一緒に製品を準備し始めました。
松井 私が佐藤さんと石井さんに初めてお会いしたのは2013年11月です。「製品企画・開発から発売に向けた活動を盛り上げてほしい。たとえば、ハッカソンやアプリ開発などができないか」という依頼でした。これを受けて12月に提案したポイントは3つ。「コンセプトの言語化」、「カスタマーディスカバリーの実施」、「クリエイター・コミュニティの形成」です。
製品化の目途が立つ前にプロジェクトが始動!約3ヵ月かけてOPCの価値を言語化
松井 企画にはトップクリエイターたちに尖ったアプリを作ってもらう企画もありましが、それは敢えて採用しませんでしたね。
佐藤 面白いアイデアでしたが、OPCは我々にも未知の領域です。いきなり彼らにすべてを委ねて大きな花火を打ち上げられても、活動が追いついていきません。他にもいい提案がありましたし、もう少し先でもよいと判断しました。でも、企画の全体としてはロフトワークには勢いを感じましたし、好感が持てました。どれも社内では出てこないアイデアでした。
松井 提案内容に共感いただき、2014年1月、製品化の目途が立っていない段階からプロジェクトがキックオフしました。最初の3ヵ月は、オリンパスとロフトワークとで週一回のワークショップを毎週計7回実施し、OPCの価値やコンセプトを言語化していきました。
石井 メンバー間で共通理解やコンセンサスを得られたのは大きな成果です。その前にも、社内の限られたメンバーでは散々議論していましたが、開発メンバーのモチベーションを高めるのに非常に役立ちました。実際、その人たちが頑張ってここまでのものを作ったわけですから、まさにチームビルディングです。
佐藤 「ぜひやりたい」という開発側のエンジニアやデザイナーが業務を超えて集まり、みんなが「面白い!」と感じてくれたのが良かったですね。当時の参加メンバーはその後も協力してくれていますし、中には自主的にチームを作って活動しているメンバーもいます。徹底的に議論を重ねた7回のワークショップで、プロジェクトの土台が出来た、ということでしょう。
外部のクリエイターやデベロッパーと「一緒にOPCの価値を創る」共創による場づくりへ
松井 ワークショップで出てきたコンセプトとターゲットユーザを掲げてユーザーインタビューを行うわけですが、OPCの“新しさ”を理解してもらうのにずいぶん苦しみました。そこで、我々だけで考えたことをそのままOPCの価値としてユーザーに訴えても難しいと痛感し、ロフトワークではない外部のクリエイターやデベロッパーと「一緒に価値を創ること」に改めて活路を見出したのです。具体的には、HACKER文脈のデベロッパーとMAKER文脈のクリエイターがOPCを活用して新しいカメラを創る「OPCコミュニティ」を形成し、コミュニティを中心にOPCのファンになってもらうというシナリオです。
ちょうどこの頃は、私が関わっていたKOILがオープンしたり、当社内でもオープンイノベーションがテーマになっていたり、世のオープンプラットフォーム事情を参考にしたりする中で、共創による場づくりを通じてイノベーションが起こる予感はありました。一方で、ようやく製品化の目途が見えてきたこともあり、2014年4月頃からは、いよいよ発売までの期間をどうデザインするかという本格的な議論に入ることになります。石井さんと佐藤さんと一緒にボストンのMITメディアラボにも足を運びました。
佐藤 そのとき、MITメディアラボ所長の伊藤穣一氏が言われた「4つのP」には感銘を受けました。Peers(仲間)・Passion(情熱)・Project(プロジェクト)・Play(楽しむ)。仲間と一緒に熱意を持って取り組み、みんなでアイデアを出し合い、またやってみる。この4つは、非常に大事な無限サイクルです。さらに感心したのは、MITメディアラボの学生たちが否定から入らず、必ず「Yes」と言ってから意見していたことです。
メーカーが今までのやり方を続けていても、イノベーションなど起こるわけがない。イノベーションを起こすのに必要なのは、こういう人たちと、こういうプロセスだと実感しました。私にできることは、そのエッセンスをプロジェクトに注入し、企業ではなく、一般の人と理念から分かち合うこと。一人で考えず、仲間と話して積み重ねていくこと。いきなり4つのPを全部実現するのは難しくても、まずは「Peers」と「Passion」だけでプロジェクトは回り出すだろうと思ったのです。
開発コミュニティの形成に向け、MIT Media Lab@TOKYOでプロジェクトを初お披露目
松井 2014年5月からは、開発コミュニティの形成に向けて企画を具体化していくために、当社の石川が加わりました。
石川(ロフトワーク) 私は週4勤務の社員として広報を担当し、週1日はGIZMODOやEngadgetなどのメディアで記事を書いたり、ブロガーとしても活動しています。私がこのプロジェクトに参加したのは、OPCに興味があるメディアやブロガーに情報を届けやすい立場だったことも理由のひとつです。
参加して最初の山場が、MIT Media Lab@TOKYO 2014(7月10日開催)でのプロジェクトの初お披露目でした。製品が出るとも出ないとも言わない段階でオープンにするわけです。オープンにできること・できないことのジレンマもある中、プロジェクト発表までの道のりは決して平坦ではありませんでしたが、当日の様子は各種メディアで取り上げられ、Twitter上での反響も非常に大きかったです。
石井 オープンイノベーションを実践しようとするときは、企業としてのコミットメントが一番重要で、オフィシャルな発表が最初のステップです。それが7月10日でしたから、やっとここまで来たかと感慨深かったですね。
プロジェクトがオープン化を機に、戦略マップやメンバー間のズレを軌道修正
松井:MIT Media Lab@TOKYOでプロジェクトがオープンになり、いよいよ仮説の実証フェーズに入るわけですね。
石川:はい。OPCを理解し支持してくれるコミュニティの形成を目指すにあたり、最初にターゲットにすべきは、実際にHack & Makeできる人、それを支持する人です。作れる人、作りたい人にモノを渡したら何が出るのか?まずは賛同してくれる少数のクリエイター、デベロッパーに声をかけ、実証実験も兼ねて小さなパイロットプロジェクトから始めました。今振り返ると、少しずつ試しながらコミュニティを広げていく上で、核になる活動ができたと思います。
田中(ロフトワーク):プロジェクトがオープンになったのを機に、発売までの戦略マップも描き直しました。状況が変わりつつあっただけでなく、メンバー間で持っている情報にバラつきが見られるようになり、ちょうど見直しが必要なタイミングだったと言えます。思っていることをみんなで全部吐き出して、統一したフォーマットにまとめて全員で共有しました。
佐藤:それぞれが無我夢中で走り続けてきた結果、動きにズレが生じ始めていたのだと思います。ここで明確なゴールを決め、それを是として議論するための共通語が出来たのは大きかったですね。そこから半年間の活動を迷いのないものにする意味でも重要でした。
プロトタイプ公開日に向けてクリエイティブに注力し、見た目にも共感される活動を演出
松井 Hack & Make属性の強い来場者が多く訪れるEngadget Fes 2014(11月24日開催)をプロトタイプ公開日に定めてからは、クリエイティブにも一層力を入れるべく寺井が加わりました。
寺井(ロフトワーク) 私が参加した当初は、公開日に向けたティザーサイトの名称もまだ決まっておらず、、外に情報を発信していくフェーズに向けて、まずは名称とロゴの制作を超特急で進めました。これらは、恐らくなくても活動はできたかもしれません。でも、動きがバラバラと言われていたように、拠り所を失いかけているところにこそ必要なのです。それを作るプロセスにおいてみんなで話し合ったことが重要だったりします。
田中 名称やロゴは外に対するシンボルとして、それ以降の活動やコミュニケーションをスムーズにしてくれました。
佐藤 ユーザはどっちが楽しいかで判断します。やっている人が楽しくないプロジェクトは、使う人が楽しいわけがありません。楽しい雰囲気を醸し出す上では、製品だけでなく、デザインだってかっこいいほうがいい。見た人がかっこいいと感じるだけでも違います。しかもロゴはずっと生き続けます。このデザインは内外の評価も高く、新しいことをやるときには、こうやって小さい成功体験を積み上げていくことも大事だなと感じました。
最後の山場となったEngadgetFes2014で、プロジェクトの存在を一般に広くアピール
松井 プロトタイプ公開日となったEngadget Fes 2014では、プロトタイプの一般公開やパイロットプロジェクトのお披露目と同時に、30名のテスター募集を開始しました。
寺井 イベント用に準備したのはWebサイトをはじめ、概念を説明するダイアグラム、ステッカー、スタッフパーカー、展示パネル、アイデアコンテスト用の応募用紙など多岐にわたります。「イイ大人がワイワイ集まって何やら作っている部活動」をクリエイティブのコンセプトに、プロジェクトが大事にしてきた空気感を表現するように心がけました。たとえばWebサイトは、「OPC」というツールの取扱説明書として位置づけ、組み立てる前からワクワクする感じをイメージしたものです。
石川 製品のブース展示だけではプロジェクトの世界観が伝えられないと考え、FabCafeと共同出展したのですが、寺井の貢献もあって、当日は絶えず人だかりができる盛況ぶりでした。会場で実施した「OPC IDEA AWARD」に集まったアイデアは100件以上に上ります。
関口(ロフトワーク) イベント開始前はどれだけアイデアが集まるか不安でしたが、結果、アイデアをガラスに貼り付けるのも場所に困るくらいたくさんの方が応募してくださいました。アイデアを書いているみなさんの表情は大人も子供も同じように、活き活きとして楽しそうでした。なかでも子供は大人が思ってもみない発想をするので印象的でした。(「シャッターを切ると野菜が切れるカメラ」など)
佐藤 通常カメラのデザインは、製品発表まで門外不出。プロトタイプとはいえ、ほとんど製品の完成形に近い状態のものを、製品発表前に出すのは前代未聞で、とても勇気の要ることです。トップの理解、思い切った判断のおかげです。どんなに頑張っても、最後はそのジャッジがないと実現しません。会場に足を運んでくれた社員も多く、その後はあたたかい目で見守ってくれる人が増えました。
必要なのは地図ではなくコンパス。新しい映像体験の創造に向け、これからが本番
松井 テスター募集にも100件以上の応募がありましたね。
田中 当社は、オープンにアイデアを集めたプロジェクト実績が多数あります。ただ、これまでは見た目のデザインやイラストが対象でした。まったく違う層の人たちにリーチするため、インターネットだけでなく、リアルな場で会った人たちに声をかけ、情報を見せ、プロジェクトの熱を直接伝えてきました。それが応募数にもつながったのだと思います。
石川 FabCafeのようにクリエイターが集まる「リアルな場」を持つのも当社の強み。FacebookやWebサイトを中心としたオンラインでのコミュニケーションを設計する一方で、イベントの開催、そこから育まれるOPCのコミュニティづくりに、今もFabCafeを最大限活用しています。
佐藤 テスター募集に100件以上集まったのはうれしい誤算です。これまでの活動の熱が伝わったのだと実感しました。もともと発売前にやることにこそ意味があると思っていましたし、今も「OLYMPUS AIR A01」の販促のためにやっているわけではありません。目指すのは新しい映像体験を創ること。だから、テスターという形にこだわったのです。決定した30人のテスターとの出会いも大事にしていきたいし、一回で完結せず、次につながるようにしていきたいですね。
松井 2015年2月5日、ついに製品として発売されることを発表。この日は、ブロガーの方々を当社の会場に招待し、「OLYMPUS AIR A01」と新しい映像体験を感じてもらう「OPC Hack & Make Gathering Blogger Event」も開催しました。製品発表に漕ぎつけた今、どんな思いですか?
石井 素直にうれしいですが、すでに課題も見えています。次のタイミングでどうするか、すでに佐藤と相談しながら動き出しています。私は通常、研究開発したものを事業部に渡すまでがタスクなのですが、このプロジェクトの成功はオープンイノベーションの成功でもあるという信念のもと、最後まで見届けるつもりです。
佐藤 達成感はあまりなく、逆に身が引き締まる思い。これからどれだけユーザーと一緒に、OPCを当たり前の世界にできるかが勝負です。そこをゴールとするなら、まだ今は土俵に立っただけ。次は形のないところに挑戦するわけですから、むしろこれからのほうが緊張します。ワクワクしすぎて最近あまり眠れません(笑)。
松井 “5年後の当たり前”を目指すのに必要なのは、地図ではなくコンパス。今後も青写真を描き直しながら新しい未来に挑戦していくのだと思いますが、全容を描き過ぎず、目指す方向をみんなで共有し、方向を常に確認しながら進んでいきたいですね。
プロジェクト詳細
オリンパス株式会社
オープン・イノベーションの礎となる
共創の場づくりを実践 OPC Hack & Make プロジェクト