コニカミノルタが実践。
未来の“みたい”を探るビジョンデザイン(前編)
未来探索は“How”から、“with Whom” をデザインする段階へ
中長期的な視点を持ち、未来を描いていくことに取り組む企業や組織が増えています。
国産カメラ誕生の歴史とともに歩んできたコニカミノルタは、創業150年を迎える中で、未来をデザインしていくための組織「envisioning studio」を設立。未来洞察を行いながら、これからの社会において自社がどんな価値を提供できるか、先鋭的なデザイン手法を活用しながら新たなビジョンを探索し続けてきました。
2023年、envisioning studioとロフトワークLAYOUT Unitは、これからの社会において人々がどんな「みたい」を実現したいのかを探索するプロジェクト「f∞ studio program(フースタジオプログラム)」をスタート。コニカミノルタの社員のみならず、一般公募から集まったコミュニティ参加者から現代美術家、研究者などさまざまなプレーヤーを巻き込みながら、「未来において『これも写真』と言えるのではないか?」という問いを手がかりに、未来のニーズのヒントとなり得る「写真の周縁」を探りました。
本記事では、f∞ studio programのプロジェクトをデザインしたコニカミノルタ 神谷泰史さんと、取り組みに伴走したロフトワーク LAYOUT Unit. 加藤翼のふたりにインタビュー。オープン型の未来探索がどのように実践されたのか、その活動成果がこれからコニカミノルタの事業にどう繋がっていくのかを、前後編にわたって紐解きます。
前編となる今回は、コニカミノルタ内でこのプログラムが立ち上がるまでの経緯を聞きました。
執筆:中嶋 希実
聞き手・編集:岩崎 諒子・後閑 裕太朗/loftwork.com編集部
写真:村上 大輔、鈴木 あゆみ(カバー写真)
話した人
神谷 泰史(写真右)/コニカミノルタ株式会社 デザインセンター デザイン戦略部 デザインイノベーショングループリーダー / envisioning studio
加藤 翼(写真左)/株式会社ロフトワーク LAYOUT Unit. ディレクター
未来の価値創造を、チームのミッションに掲げる
—— f∞ studioを主催している、コニカミノルタのenvisioning studioについて教えてください。
コニカミノルタ 神谷さん(以下、神谷) まず、envisioning studioを立ち上げた経緯から。僕自身は前職からずっと新規事業開発に携わってきて、2019年5月にコニカミノルタに入社しました。当時、コニカミノルタでは全社にデザイン思考を浸透させていこうと、デザイン戦略部という組織をつくり、教育や支援を推進していました。またコニカミノルタの社内状況として、新規事業開発は各部門で活発に行われていたものの、将来のコニカミノルタを形作る長期的展望を開くことは難問でした。そのため、長期的な価値創造の道筋を描くことの必要性を感じ、2019年秋に立ち上げたのがenvisioning studioです。
既存事業のなかで、明日の売上を立てていかなければならないという視点に立つと、新規事業のゴールは「新しい顧客の開拓」や「新たなサービスをつくる」ということだと解釈されます。一方で、僕らがやろうとしていたのは、今存在しない価値をつくることです。envisioning studioは明日の新規事業を創造するのではなく長期的な価値を探索する「新価値創出スタジオ」であることを目指しています。
—— envisioning studioでは、どのようなことに取り組んできたんですか。
神谷 これまでさまざまなデザインの方法論を学んだ中で感じるのは、今の顧客にとっての価値を見つけていくアプローチも非常に大切だけれど、長期的な価値をつくるのであれば、そのやり方だけでは難しいということ。さらにコロナ禍に入って、みんながより足元のことを意識するようになってしまったなかで、社内で価値創出に関わる一人ひとりが未来という軸からビジョンを持てるような取り組みが必要です。
そこで、デザインフューチャリストの岩渕正樹さんにご一緒いただきながら2020年に取り組んだのが、「KM2080」という、トランジションデザインを通じて未来ビジョンをつくるプロジェクトです。その中で「2080年まで通用する価値ってなんだろう」ということを探索しました。
はじめに、創業150年の歴史を遡る
—— かなり先の未来を見据えたんですね。なぜ、2080年という設定になったんですか。
神谷 コニカミノルタが創業150年のなかで、一番長く取り組んできたのがカメラ・写真事業です。国産初の量産カメラを生みだしたのは1903年。その後の事業の柱になる複写機を生みだしたのが1960年。つまり、新しい軸となる事業はおおよそ60年のスパンでスタートしているんですよ。このプロジェクトは2020年から60年後、第3創業期の現在をきっかけに未来の社会に向けてどんな価値を提供できるのかを考える機会という位置づけになりました。
—— 自社の歴史を振り返るところから、未来を考えていったんですね。
神谷 はい。今を起点にして未来を描くフォアキャスティングも、未来を仮定して現在を結びつけていくバックキャスティングも、結局、どの企業が描いても同じような未来になってしまうという感覚があって。
私たちが未来を考えるときには、それだけでは足りない。そう思ったとき、僕らには歴史があるということに気がついて。150年も積み重ねてきた時間のなかには、培ってきた文化やものの見方があるはずで、その歴史に基づいて未来を考えたい。それで、創業に遡ろうということになったんです。
—— envisioning studioの活動は、既存の事業とは異なる文脈をつくっていくためのものだけれど、会社の歴史は大切にしていくべきだと。
神谷 今のコニカミノルタの事業の柱には、デジタルワークプレイス事業、プロフェッショナルプリント事業、ヘルスケア事業、インダストリー事業がありますが、それぞれ対象とする業界が異なります。使っている技術も、考え方も様々なんです。だけどイノベーションって、文脈の違うもの同士を結びつけることで生まれていくものですよね。全体として未来を描こうと思ったとき、すべてをつなげられるのはやっぱり過去しかない。必然的に、歴史を遡るということにたどり着いたんです。
なぜ、オープンなプロジェクトにしたのか
ロフトワーク 加藤(以下、加藤) 僕も、歴史ってすごく大事だと思っていて。プロジェクトの提案をするときには、必ずクライアント企業の創業者の本を読むんです。そもそも未来は不確実なものなので、経営陣が意思決定をするときには必ず不安や迷いがあるんですよね。そんなときに、歴史で培われた言葉は判断の拠り所になるんです。
例えば、パナソニックにおいて「水道」が、伊藤忠では「商人」という言葉がそれぞれ特別な意味を持つように。会社によって、僕らが日常的に使う言葉としての意味とはまったく違った重みを持つ言葉があって、そこが途切れてしまうと未来の物語が繋がらなくなってしまう。僕らがプロジェクトに関わるということは、そういった特別な意味を拾いながら言葉を紡いでいく作業なんだと思っています。
神谷 コニカミノルタの事業のDNAには、やっぱり写真がある。だから、今回ロフトワークさんとご一緒したプロジェクトでは自社の原点に立ち返って、写真について考えることから未来を描いてみることにしました。写真なんだけど写真じゃない、「写真の周縁」のような領域を探索できないかと考えていったんです。
加藤 写真っていうど真ん中ではなくて、「未来では『これも写真』と言われるかもしれない」っていうところを見つけたかったんです。そこを言語化したロジックをつくることができれば、コニカミノルタで働く方々にとっても、これが未来の自分たちの事業領域だよねと思ってもらえるんじゃないかと考えました。
—— そこではじまったのが「f∞ studio program」ですね。
神谷 このプロジェクトは、写真の周縁を探索するところから、未来の「みたい(見たい)」のビジョンを発見することを目的としています。なぜ「みたい」なのかというと、コニカミノルタがこれまでやってきた事業は、人々の「みたい」に応えてきた結果なんですよね。つまり、コニカミノルタは社会の「みたい」に応えてきた会社として、未来の人々の「みたい」のニーズに応えるのが、自社の社会的な存在意義だと捉えています。
でも、未来の「みたい」のニーズを考えるとき、コニカミノルタの社員だけで考えていくのは変じゃないですか。もちろん社員も参加するけれど、世の中のいろいろな立場の人と一緒に「みたい」を議論していく必要がある。そこで、ロフトワークさんに協力してもらいながら、オープンなやり方で取り組んでいくことにしたんです。
アートの視点から、写真の解釈を広げる
—— f∞ studio programはどのように進んでいったんでしょうか。
加藤 Phase1では、公募を通してコミュニティに参加してくれた方々と一緒に、5日に渡って「これも写真?」ということをテーマにワークショップとアウトプットを行うオープンなプログラムを実施しました。集まった人たちに「これもギリギリ写真かもしれない」と思うものを集めてもらう。僕ら自身もなにが出てくるのかわからなくて。最初は不安がありましたが、結果、すごくおもしろくなりましたよね。
神谷 実は、現代アートの世界では写真の解釈をもっと広げられるんじゃないか、ということが早い段階から議論されているんです。そこで、プログラムの序盤に、アーティストでもあり現代写真研究者の北桂樹さんに現代アートにおける型破りな写真の事例を紹介いただきました。
例えば、ワリード・ベシュティの《FedEx》という作品では、キューブ状のFedExの箱に、ぴったり収まる形のガラスの箱を入れて、それらを世界中のギャラリーや美術館に送る。そうすると、配送過程でいろいろなところにぶつかって、ガラスの箱にもヒビが入ったり割れたりする。つまり、そのガラスに入ったクラックなども写真であると。北さんのインプットを通して「こういう視点があるんだ」ということをみんなで議論できたことは、その後のワークショップの流れを振り返ってみても、とてもよかったと思っています。
—— 参加者からは、どのようなアウトプットが集まってきたんですか。
神谷 ワークショップの2日目に、宿題として「この箱の中に、あなたが「これも写真」だと思うものを入れて持ってきてください」というワークをやったんです。子どものころから集めていた雑誌の切り抜きを入れてきた人もいれば、自分の指の型を石膏で毎日とってきた人、その日嗅いだ匂いの香水を入れてきた人もいました。みんな、時間をかけて考えてきたんだって感じました。
加藤 参加者が、他の人の箱を開けたときの表情がおもしろいんですよ。鑑賞しながら「なんでこれが写真なのか?」というロジックを自分なりに読み解かないといけない。その様子がすごくよかったですよね。
コミュニティ参加者の創造性を高めながら、3ヶ月間のプログラムを通してオープンなアプローチで「みたい」の未来を探ったf∞ studio program。後編では、コミュニティの盛り上げを途切れさせないために工夫したコミュニティマネジメントのポイントや、プログラムのアウトプットをいかに自社の事業に接続させるのかについて、さらに話を深めました。
この記事の後編を読む
「f∞ studio program(フースタジオプログラム)」は、コニカミノルタenvisioning studioとロフトワークが運営する、これからの社会において人々がどんな「みたい」を実現したいのかを探索するプロジェクト。さまざまなプレーヤーを巻き込みながら、未来のニーズのヒントとなり得る「写真の周縁」を探りました。
後編ではコミュニティやプログラムの設計思想から、この取り組みからどんな示唆を得たのか、またプロジェクトの成果が自社の価値提供にどう繋がっていくのかを伺いました。
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