一般財団法人さっぽろ産業振興財団 PROJECT

企業価値を高めるデザイン活用を地域に浸透させる
「さっぽろデザインブリッジ」プログラム設計

実学と相互理解を通してデザイン活用を理解
地域に価値創出の手法を浸透させる

一般財団法人さっぽろ産業振興財団は、令和6年度の12月から2月までの3ヶ月間、ロフトワークの支援のもとで市内企業の価値向上とデザイナーとの協働を促進するプログラム「さっぽろデザインブリッジ」(以下、本プログラム)を、札幌市産業振興センター Sapporo Business HUBにて実施しました。

デザイン経営の最新事例の紹介や、企業とデザイナー*が共に学ぶワークショップを通じて互いの理解を深め、長期的な関係構築につなげることを目指した本プログラム。札幌市内から企業14社、デザイナー31社と、合計60名の方が参加しました。参加企業は、食品、印刷業、建設業のみならず、医療福祉業、まちづくり、サービス業・旅行業など幅広い業種が参加したことから、札幌市内の産業にデザイン活用が広がる起点となることが期待されます。

この記事では、プログラム内容を紹介するとともに、設計のねらいや参加した企業とデザイナーの関係にどのような変化が生まれたのかを振り返ります。

*本プログラムでは、デザインの力を活用した企業変革に関心のある幅広いデザイン人材を「デザイナー」と呼びます(例:グラフィックデザイナー、プロダクトデザイナー、イラストレーター、ディレクター、ライター、クリエイター、プロデューサー等)

ワークの様子。デザイナーと企業の担当者が笑顔で意見交換をしている。
会場:札幌市産業振興センター Sapporo Business HUB(〒003-0005 北海道札幌市白石区東札幌5条1丁目1−1)

プログラムの全体構成

全5回のプログラムはデザインの役割の再定義から始まり、デザイン思考の実践、経営へのデザイン活用の具体的な事例を解説。最後に、企業のMVV(ミッション・ビジョン・バリュー)の言語化と共有を通じて、企業とデザイナーの関係構築を目指します。

全体を通して、企業はデザインの持つ可能性や経営における役割を深く理解し、デザイナーは企業の経営に伴走するパートナーとしてのデザイン活用の視点や所作を獲得する内容です。

本プログラムには、食品メーカーから印刷会社、DMO、ハウスメーカーまで多彩な業種の企業が参加。デザイナーは、若手から経験・実績共に豊富なベテランデザイナー、企業のインハウスデザイナーまで、幅広い世代・ポジションの方々が参加しました。3ヶ月間の連続講座でしたが、9割の参加者が離脱することなく参加しました。

以下で、具体的な講座の内容を紹介します。

会場の様子。人々がテーブルを囲んで、プレゼンテーションに耳を傾けている。

プレイベント「中小企業の“次なる一手”を後押しする、デザインの可能性」

プログラムの参加者公募期間中に、説明会としてトークイベントを開催。プログラムへの参加を検討している企業やデザイナーに向けて、本プログラムが提示するデザイン活用の具体的なイメージと、その便益をわかりやすく伝えることを目的としました。イベントでは、前年に実施した「さっぽろデザイン経営カレッジ」に参加した経営者とデザイナーも登壇し、プログラムをきっかけに実際の協業に発展した事例を紹介。「参加するとどんなことが得られるのか?」を参加者自身の経験を通して伝えることで、プログラムへの期待感を醸成しました。
結果として、本イベントが企業・デザイナー双方からの申し込み促進につながり、本プログラムのビジョンに共感する参加者層の形成に繋がりました。

トークセッションの様子。スライドを投影している前で、3名のスピーカーが話をしている。
会場の様子。多くの人がスピーカーの話に耳を傾けている。

ゲスト:

  • 近藤 篤祐 氏/モリタ株式会社 代表取締役社長
  • 佐藤 健一 氏/株式会社AMAYADORI 代表取締役, アートディレクター
  • 佐孝 昌哉 氏/北海道ダイニングキッチン株式会社 代表取締役社長
  • 亀山 圭一 氏/株式会社ズック 代表取締役社長, クリエイティブディレクター

DAY1:グッドデザイン賞の事例から見るデザイン活用の場の広がり

講師:矢島 進二/公益財団法人日本デザイン振興会 常務理事

眼鏡をかけたスーツの男性が、スライドを投影してプレゼンテーションしている様子。
矢島進二氏
ワークショップの様子。テーブルごとに4、5名のグループに分かれてワークシートを見ながら、作業をしている。
ワークの様子

プログラム初日は、「デザイン」とは何かを共通言語として捉え直すことからスタート。見た目の美しさや装飾的な要素にとどまらず、ビジネスや社会に作用する“広義のデザイン”の可能性について理解を深める場をつくりました。

グッドデザイン賞を長年にわたり牽引してきた矢島進二氏が講師となり、グッドデザイン賞の事例やトレンドを紹介。近年はモノのデザインだけでなく、新たな価値を生むビジネスモデルや社会的インパクトを創出するコトのデザインが高く評価されていることが語られ、参加者にとって「良いデザインとは何か?」を問い直すきっかけを提供しました。

後半のグループワークでは、紹介された事例をもとにディスカッションを実施。参加者それぞれが「自分にとっての良いデザイン」を言語化しながら、他者の価値観にも触れることで、多様な視点からデザインの役割を見つめ直しました。

DAY2:デザイナーと経営者の共通言語になるデザイン思考を学ぶ

講師:加藤 修平/デザインリサーチリード, デザイン思考コーチ

加藤修平氏
ワークの様子

プログラム2日目は、企業とデザイナーが協働していくための思考法として「デザイン思考」を学ぶ時間となりました。講師は、デザインリサーチリード・デザイン思考コーチとして活躍する加藤修平氏です。

加藤氏からは、事業の中にデザイン思考を取り入れていくステップや、デザイナーが担う役割についてレクチャーがありました。講義とワークショップを組み合わせた構成で、企業とデザイナーが共通言語として「デザイン思考」を理解し、実践することを目指しました。

実際の参加企業の会社案内を題材に、「WOW!な会社案内をつくる」というテーマのもと、企業1社に対して2〜3名のデザイナーがチームを組み、会社案内をリデザインするワークを行いました。各参加企業から、事前課題として自社の写真撮影や資料を持参してもらい、当日はそれらをもとにリサーチ・構造化・デザインチャレンジ(取り組みたい問いを定義すること)を実施。後半のアイディエーション・プロトタイピングでは、段ボールなどを用いて簡易な試作品を制作し、アイデアを素早く形にする実践を通して、試行錯誤の重要性を体感しました。企業の実情や課題をヒアリングしながら、議論をリードするファシリテーターの役割をデザイナーが担うことで、協働のプロセスを体験する構成としました。

DAY3-テーマ1(デザイナー向け):地域で活躍するデザイナーの役割

講師:伊藤 友紀/対対(tuii)ディレクター・デザイナー

伊藤友紀氏
ワークの様子

プログラム3日目の前半は、デザイナーを対象に「地域で活躍するデザイナーの役割」をテーマとしたセッションを行いました。講師は、佐賀県を拠点に活動するデザインスタジオ・対対(tuii)ディレクター・デザイナーの伊藤友紀氏です。

地域に根ざした企業と、経営の上流から協業するパートナーとしてのデザイナーの在り方を考えるため、伊藤氏からtuiiの活動紹介とともに、実際の事例を通じてクライアントワークで大切にしている考え方や姿勢を共有。受発注の関係にとどまらず、課題の本質に迫るためのヒアリングの方法や、信頼関係を築くための見積もり設計の工夫などを学びました。

後半のワークショップでは、伊藤氏のレクチャー内容をもとに、デザイナー同士でチームを組み、架空のクライアントへのヒアリング項目や見積もりを作成。実際のプロジェクトを想定しながら、初対面のクライアントに対してどのように提案を構築していくのかをグループで設計しました。

ワークの締めくくりとして、各チームが成果を発表。伊藤氏からフィードバックを行い、現場に持ち帰って活用できる実践知へと落とし込みました。

DAY3-テーマ2(企業向け):先進企業から学ぶ、デザインを活用した経営

講師:馬場 拓也/社会福祉法人愛川舜寿会理事長, 洗濯文化研究所CLO
山田 實/山田寫眞事務所主宰

山田實氏
馬場拓也氏

プログラム3日目の後半は、企業を対象に「先進企業から学ぶ、デザインを活用した経営」をテーマとしたセッションを実施しました。登壇したのは、北海道を拠点に活動する写真家・ディレクターの山田實氏と、神奈川県で福祉施設を運営する馬場拓也氏の二人。異なる業種・業界からのアプローチを通じて、デザイン活用の幅広さと可能性を探りました。

山田氏からは、前職 株式会社ケイオスで手がけた育児製品「チビオンタッチ」の事例を紹介。製品開発におけるデザインの役割や、ブランディング・マーケティング戦略における視点を交えながら、ローカルからグローバルへ展開していく過程でデザインが果たした役割を語っていただきました。

続いて馬場氏からは、「春日台センターセンター」の取り組みを中心に、福祉領域におけるデザイン活用の可能性を解説。企業が自社の枠を超えてありたい地域社会をデザインするという視点から、春日台センターセンターが実践してきた福祉を起点にした価値創造のアプローチを紹介しました。

後半のワークショップでは、参加者自身の企業について「自社らしさ」を探るワークを実施。社会の中で自社が果たしている役割や持ち味を、3つの切り口から分析し、異なる肩書きに置き換えて表現することで、企業の個性や可能性を再発見する機会としました。このワークは、最終回で取り組むミッション・ビジョン・バリューの言語化にもつながるように設計されており、企業の経営とデザインとの接続方法を具体的に意識するための準備を行いました。

DAY4, 5:企業×デザイナー両者の視点から未来を構築する演習1

講師:稲波 伸行/株式会社RW 代表取締役, クリエイティブディレクター

稲波伸行氏
ワークの様子

プログラム最終回となるDAY4・5では、「企業×デザイナー両者の視点から未来を構築する演習」と題し、これまでの学びを統合し、実践につなげるためのワークに取り組みました。講師には、愛知県を拠点に「イナバデザインスクール」を主宰し、デザイナーとノンデザイナーが共に学び合う場を継続的に運営されている、株式会社RW代表・クリエイティブディレクターの稲波伸行氏を迎えました。

まずは稲波氏によるゲストトーク。「なぜミッション・ビジョンが大事なのか」というテーマのもと、デザイン経営の基礎やその意義について講義いただきました。特に、「モノ的価値からイミ的価値への転換」や「ビジョン・ミッションをイミ主体で考える重要性」に関する話は、企業・デザイナー双方にとってこれからの時代に求められる価値創造の解像度を高めました。

続くグループワークでは、企業1社とデザイナー3〜4名でチームを組み、企業のビジョン・ミッションを共に構築するワークを実施。参加企業にとって、その後の現場でブラッシュアップ可能な「叩き台」をつくる機会となりました。さらにデザイナーにとっては、企業へのヒアリングやファシリテーションを練習する場となりました。

翌日、全チームがワークの成果を発表。各チーム3分間で企業がどのような価値観や理想を持っているか、また作成したビジョン・ミッションをもとにネクストアクションを企画し、プレゼンテーション。それに対して稲波氏が講評する形式で進行しました。

修了式と懇親会

発表終了後、全課程を振り返りながら各回の学びを整理するラップアップを実施。さらに、参加者全員にプログラムでの学びを思い出すためのツールとして今回のプログラムのロゴをあしらったノベルティを贈呈し、プログラムを締めくくりました。

ノベルティのキーホルダー。ロフトワークが運営するものづくりカフェ「FabCafe Kyoto(ファブカフェキョウト)」と牛嶋 亮氏(Chain&co.)とのコラボレーションで制作しました。
終了式は、デザイナーと企業それぞれの参加者が達成感を得る時間となりました。

プログラム修了後は、さっぽろ産業振興財団主催によるプログラム参加者向けの懇親会を開催。さっぽろデザインブリッジの参加者のみならず同財団が主催する他のデザイナー向けプログラムの参加者も交わる賑やかな場となりました。会場の一角でデザイナーと企業、各々が自社のプロダクトや作品を展示し、お互いの仕事を紹介し合うシーンもありました。

懇親会は、札幌市内の多業種の企業と多世代のデザイナーがフラットに交流できる貴重な機会。自身の仕事に対するこだわりや、未来に実現したいこと、コラボレーションのアイデアなど、会場内では熱量の高い会話が繰り広げられていました。

相互理解と関係醸成を深めた、プログラムの成果

本プログラムは、札幌市内の企業とデザイナーに対してデザインを経営に活用するアプローチを習得してもらうのはもちろん、両者の相互理解を深め長期的なパートナーシップを結ぶきっかけを作ることを目指しました。

プログラム実施後に行ったアンケートでは、企業とデザイナーそれぞれからプログラムから得た学びや実感に関して以下のようなコメントがありました。

企業からの声:

きっかけは「デザイン」に興味をもって参加しましたが、デザインと経営戦略、ブランディングと絡んで売上を上げていくということを教えてもらえました。

課題を分解して考えることで、柔軟なアイデア出しができたように思う。また、社外のデザイナーと協力することで、自分にはなかった視点が広がった。

(デザインによって)見え方を変えていくこと、固定観念を変えていくことができると実感させられました。本当に勉強になりました。

デザイナーからの声:

デザインに対して知らなかった情報を得ることができ、自分の中でやりたいことがたくさん浮かびました。デザインという仕事の幅の広さ、人々へ与える影響を実感し、自分のデザインという仕事により責任感を感じるようになりました。

いつもと違う環境でたくさんの同業者・企業枠の方々にお会いできたことがまず貴重なことだと感じました。また、講義いただいたこともさることながら同業者の考え方にふれることもでき、新鮮な体験でした。

小さな依頼から提案を広げていく際の、問いの立て方や話の進め方などとても勉強になりました。地方ならではの予算の壁をクリアしていくには、丁寧なコミュニケーションが大事なのだと改めて認識しました。

「さっぽろデザインブリッジ」の3ヶ月間は、企業にとってはデザインを経営や事業開発に活かすための視座が得られ、デザイナーにとっては経営課題への理解と関わり方の幅が広がる機会となりました。

また、企業とデザイナーが共に学び実践する体験を通じて、互いの視点や考え方を理解し合い、信頼関係を築くことにもつながりました。現在、参加者同士が継続的に交流・意見交換を行うコミュニティがゆるやかに続いており、こうした関係性が地域に根ざしたコラボレーションや新たなビジネスの芽を育む土壌となることが期待されます。

参加者とプログラム企画・運営チームの集合写真

執筆・編集:岩崎 諒子/ロフトワーク ゆえんunit マーケター, 編集
インフォグラフィックス:村岡 麻子/ロフトワーク マーケティング

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