一般財団法人さっぽろ産業振興財団 PROJECT

企業とデザイナーの関係づくりから好循環を目指す
札幌市のデザイン活用を推進する協働実践プログラム

Outline

デザイナーと企業の協働から
地域産業の付加価値向上を目指す

札幌市は、豊かな自然と都市機能が共存する北海道の中心都市として、観光・食・IT・医療・福祉といった多様な産業を育んできました。特に、観光と食関連産業は地域の強みとして発展し、全国的なブランド力を持つ企業も数多く存在します。一方で、人口減少や市場の変化に対応し、持続可能な成長を実現するためには、従来の強みに加え、新たな価値創出の手法が求められています。

その中で注目されているのが、「デザインを活用した企業価値の向上」です。事業戦略や組織のあり方、サービス設計といった経営の上流にデザインを取り入れることで企業の競争力を強化し、産業全体の付加価値を高める取り組みが各地で広がっています。札幌市では、こうした視点を産業振興の柱の一つとし、中小企業の成長を後押しする施策を展開しています。

会議のテーブルを囲みながら話し合う人々のシーン。デザイナーと企業の担当者の対話風景。
札幌市内のデザイナーと企業の人々が膝を突き合わせ、対話しながら経営へのデザイン活用を学ぶプログラム「さっぽろデザインブリッジ」。

一般財団法人さっぽろ産業振興財団は、令和6年度の12月から2月までの3ヶ月間、ロフトワークの支援のもとで、市内企業とデザイナー*との協働を促進し価値向上を目指すプログラム「さっぽろデザインブリッジ」(以下、本プログラム)を、札幌市産業振興センター Sapporo Business HUBにて実施。札幌市内から企業14社、デザイナー31社と、合計60名の方が参加しました。

本プログラムは市内の企業とデザイナーに向けて、経営にデザインを活用する方法を共に学ぶ場を提供。企業とデザイナーはプログラムを通して体系的な知識を習得するだけでなく、ワークショップで協働しながら価値創出に向けた共通言語をつくりました。また、修了後もネクストアクションが生まれるよう、共にミッション・ビジョン・バリューを試作しながら関係を深めました。

*本プログラムでは、デザインの力を活用した企業変革に関心のある幅広いデザイン人材を「デザイナー」と呼びます(例:グラフィックデザイナー、プロダクトデザイナー、イラストレーター、ディレクター、ライター、クリエイター、プロデューサー等)

札幌市産業振興センター Sapporo Business HUB

さっぽろデザインブリッジの会場となったのは、札幌市産業振興センター内にある「Sapporo Business HUB(サッポロ・ビジネス・ハブ)」です。起業家やビジネスパーソンのための共創型ワークスペースです。コワーキング・イベントスペースとして利用できるほか、企業やスタートアップと支援機関とのハブ機能として金融機関やベンチャーキャピタル、大学・研究機関との連携も進められており、コラボレーションが生まれるコミュニティの起点としての役割を果たしています。

Sapporo Business HUB
〒003-0005 北海道札幌市白石区東札幌5条1丁目1−1

>>Sapporo Business HUB をもっと詳しく知る

Vision

デザイナーと企業がともに学び、実践しながら
“ゆたかな札幌の未来”をつくる

二人の男性が意見交換しているシーン。片方はスーツを着て眼鏡をかけている会社員。もう片方はオレンジ色のニットを着ているデザイナー。

さっぽろ産業振興財団は、これまでさまざまな施策を通してクリエイティブ産業とデザイン人材を支援してきました。元々クリエイティブ産業が活況で、デザイン人材が豊富な札幌市。デザインの力が企業により広く活用されれば、市内産業のさらなる付加価値向上につながります。

多くの中小企業が新たな事業を展開し収益を向上させることは、札幌経済、ひいては北海道経済全体に好循環を生みます。こうした地域経済のありたい未来を実現するために実施されたのが、本プログラム「さっぽろデザインブリッジ」です。

「企業とデザイナーとの学び合いを起点に、札幌市内産業に付加価値向上のサイクルを形成する」というタイトルの図解。背景にはカラフルな曲線や植物、鳥などが描かれ、成長や循環のイメージを視覚的に表現している。図は3つのステップで構成されている。 ステップ1:「デザイン活用のための関係と仕組みをつくる」 ステップ2:「デザイン活用の手法が定着、浸透する」 ステップ3:「デザイン活用が市内・道内に波及し、価値向上サイクルが生まれる」
さっぽろデザインブリッジを起点とした、長期的な変化のロードマップ

Program

地域企業の経営におけるデザイン活用を
複眼的に学ぶためのカリキュラムと講師陣

本プログラムにおける学習が達成するゴールは二つ。一つ目は、プログラムに参加する企業が、デザインを組織や事業など、より広汎なビジネス課題に活用する方法を理解すること。二つ目は、参加するデザイナーが企業に伴走する立場としてその将来像やニーズを理解し、課題解決や価値創出に向けた視座や所作を習得することです。

プログラムの構成は、参加希望者向け説明会を兼ねたプレイベントと全5回の座学・ワークショップから成り立っています。企業とデザイナーがそれぞれの視点・視座を交えながら、ビジネスの上流から下流までデザインがいかに経営に寄与し得るのか、段階的に解像度を高めていくプロセスを設計しています。

企業とデザイナーの関係性の変化を「As is(現状)」と「To be(理想)」の対比で示す図。 現状では、デザインはブランディングに限定され、発注型の関係で課題共有が不足。 理想像では、デザインが経営戦略や事業課題にも関与し、パートナーとして価値創出を共に行う関係性へと進化している。
プレイベントから、全5回のプログラムの流れ。全行程を3ヶ月かけて実施しました。
「さっぽろデザインブリッジの学習プロセス」を示す図。プレイベントからDay1〜Day5にかけて、参加企業とデザイナーが共にデザインの役割を再定義し、MVV(ミッション・ビジョン・バリュー)を言語化・共有するまでのステップを構成。各日程では「INPUT」と「WORK」を通じて、デザイン思考、実践事例、プロトタイピング、MVVの活用などを学ぶ流れが示されている。
企業の担当者とデザイナーが共に学ぶ過程で、経営へのデザイン活用というゴールを共有し相互理解と信頼関係を育みました。

各回では、インプット(知識・事例)とアウトプット(実践)を組み合わせた学びの体験設計を採用。知識の習得のみにとどまらず、企業の課題解決や価値創造を推進する方法論としてデザインを「自分ごと」に引き寄せる過程を重視しています。また、企業とデザイナーがフラットな立場で協力し、互いの知識や視点を共有しながら共に学習していく関係を醸成します。

最終回では企業とデザイナーがチームとなり、参加企業自身のミッション・ビジョン・バリュー(MVV)の言語化を試行。プログラムの締めくくりとして、ワークショップで作成したMVVとアクションプランをプレゼンテーションし、その後の継続的な関係性や実践につながるきっかけを提供しました。

また、経営へのデザイン活用を多角的な視点で理解するために、講師はデザイン思考の専門人材から伴走支援の実践者、グッドデザイン賞の運営責任者など、幅広い人材を招聘。北海道のみならず、神奈川、愛知、佐賀などさまざまなエリアからローカルに根差したデザインプロジェクトの実施経験が豊富なデザイン人材や経営者を起用したことで、デザインによる価値づくりに対する視野を広げました。

講師陣

矢島 進二

矢島 進二

公益財団法人日本デザイン振興会
常務理事

加藤 修平

加藤 修平

デザインリサーチリード、デザイン思考コーチ

伊藤 友紀

伊藤 友紀

対対(tuii)
ディレクター・デザイナー

山田 實

山田 實

山田寫眞事務所主宰

馬場 拓也

馬場 拓也

社会福祉法人愛川舜寿会理事長
洗濯文化研究所CLO

稲波 伸行

稲波 伸行

株式会社RW
株式会社RW 代表取締役, 株式会社菰野デザイン研究所 取締役, 半田赤レンガ建物 館長

カリキュラム

  • DAY1-テーマ:グッドデザイン賞の事例から見るデザイン活用の場の広がり
    講師:矢島 進二/公益財団法人日本デザイン振興会 常務理事

  • DAY2-テーマ:デザイナーと経営者の共通言語になるデザイン思考を学ぶ
    講師:加藤 修平/デザインリサーチリード, デザイン思考コーチ

  • DAY3-テーマ1(デザイナー向け):地域で活躍するデザイナーの役割
    講師:伊藤 友紀/対対(tuii)ディレクター・デザイナー

  • DAY3-テーマ2(企業向け):先進企業から学ぶ、デザインを活用した経営
    講師:馬場 拓也/社会福祉法人愛川舜寿会理事長, 洗濯文化研究所CLO・山田 實 氏/山田寫眞事務所主宰

  • DAY4, 5-テーマ:企業×デザイナー両者の視点から未来を構築する演習1・2・修了式
    講師:稲波 伸行/株式会社RW 代表取締役, クリエイティブディレクター

Visual&Tool

さっぽろデザインブリッジ キービジュアル・ロゴ

さっぽろデザインブリッジのビジュアルイメージ。眼鏡橋をイメージしたロゴマークがランダムに並んでおり、それぞれ黒、赤、青、水色、黄色、緑などカラフルである。
アートディレクション・デザイン/佐藤 健一(株式会社AMAYADORI)

「さっぽろデザインブリッジ」は、企業とデザイナーが出会い、学び合い、共振しながら、札幌のまちの価値づくりを共に目指す「架け橋」となることをイメージしています。

企業とデザイナーが共に学び、対話を通じてお互いの視点を理解し、連携しながら企業の課題解決と価値創造を目指します。

プログラム参加者募集パンフレット

パンフレットのイメージ画像。デザインブリッジのロゴをあしらっており、プログラムの情報などが記載されている。
アートディレクション・デザイン/佐藤 健一(株式会社AMAYADORI)

参加者向けノベルティ

デザインブリッジの黒いロゴマークを模ったアクリルキーホルダー。
制作/牛嶋 亮(Chain&co.)
プログラム参加者のツーショット写真。一人は若い女性でもう一人がスーツを着た壮年の男性。笑顔でロゴのキーホルダーを持っている。

最終日に行った終了式では、参加者全員にキービジュアルのロゴタイプ・シンボルをあしらったキーホルダーを贈呈。ノベルティを参加者の手元においてもらうことで、今後もプログラムで学んだことや体験を思い出しながら、経営にデザインを活用するモチベーションを後押しするねらいがあります。

Approach

実施背景

デザインブリッジの会場風景。セミナールームでたくさんに人々がワークをしている様子。

2023年、さっぽろ産業振興財団とロフトワークは「さっぽろデザインブリッジ」の前身の取り組みとして「さっぽろデザイン経営カレッジ」を実施。札幌市内の企業がデザイン経営の手法を通じて付加価値を高める方法論を習得・実践すると同時に、デザイナーがその伴走者として企業の挑戦を支援できる人材になるために、企業の経営層や企画開発担当者とデザイナーが共に学びました。

これまで接点の少なかった両者が一堂に会し価値共創に向けた共通言語を形成したことで、特にデザイナーにとっては、クライアントのビジネス成果にコミットすることへの意識を高める機会となりました。

一方で、いくつかの課題も明らかになりました。ひとつには、企業とデザイナーの双方にとって「デザイン経営」という概念が難解であること。そのため、自社での具体的な活用や実践のイメージがつきづらいとの声もありました。さらに、参加した企業が特定の業種に絞られており、未だ「デザインを経営に活かす」という価値観が地域内に広く浸透しているとは言えない状況がありました。

学びの体験設計と場づくりのポイント

デザインブリッジのワークショップ風景。女性のデザイナーと、企業の担当者が笑顔でアイディエーションしている。

さっぽろデザインブリッジでは、市内企業とデザイナーの連携をより広く・効果的に推進するために、前年の成果と課題を踏まえて以下の4つの視点からプログラムを更新。幅広い企業とデザイナーがより参加しやすく、かつ実践可能な学びを得られる機会へと進化させました。

1.参加の心理的ハードルを下げるキーワードを採用:「デザイン経営」で扱われる用語や概念的な知識は、初学者や中小企業の経営者にとって馴染みが薄く、関心はあっても一歩踏み出しにくい要因となりがちです。より日常的で分かりやすい言葉――たとえば「デザインの活用」や「デザイナーとの価値づくり」などに置き換えることで、参加者の理解促進や関心喚起につなげました。

2.デザイナーと企業が対等に学び合える場をつくる:プログラムの構成やファシリテーションによって、企業とデザイナー双方の文化的なギャップを埋めることを目指しました。より多くの参加者同士と対話できるように各回でグループのメンバーを入れ替えたり、Notionを使って全参加者のプロフィールを共有するなど、交流がスムーズになるための工夫を行いました。また、段階的に相互の関係性や理解を深める構成によって、プログラムを通して両者のパートナーシップを育みました。

3.ビジネスの文脈から「なぜデザインが必要なのか」を伝える構成:連続型の学習プログラムは、通常業務と並行して学ぶことが参加者の負担になりがちです。プログラムの学びが実務に役立つことを伝えるために、「新たなサービスや事業の創出」「社員エンゲージメントの向上」といった重要度の高いビジネス課題における実践事例を紹介することで、参加企業の裾野を広げました。

4.概念理解で終わらせず、実学を重視する:プログラムでの学びをその場で終わらせず現場の実践に繋げるために、実学の視点を重要視。最新のケーススタディ紹介やアクティブラーニングを導入したほか、講義で使用するフレームワークをワークシートにすることで、プログラム修了後も自社に持ち帰って実践することを後押ししました。

Outcome

地域におけるデザイン活用浸透の「起点」を創出

デザイナーと企業の担当者がホワイトボードを囲みながら打ち合わせをしている様子。

プログラム終了後に実施したアンケートからは、参加した企業・デザイナーの双方にとって、デザイン活用に対する理解と意識が高まり、具体的な行動へとつながる手応えが得られました。

特に企業側では、85.4%が「デザイン活用の考え方を理解し、今後のビジネスに取り入れたい」と回答。これは、プログラムを通してデザインが企業の価値向上に寄与する重要な経営資源であるという認識が深まったことを示しています。

また、参加者全体の88.1%が「出会った企業やデザイナーとのつながりを今後活かしていきたい」と回答。これは、プログラムの中で交わされた対話や協働が、共通言語の育成や信頼関係の構築につながり、継続的な関係性の芽を育んだ結果といえます。

段階的・継続的な学びあいが変容を促す

本プログラム最大の特徴は「点の学習機会」としての研修ではなく、継続的に学び合う場として設計されているところです。企業とデザイナーが互いの視点を理解する契機となり、デザインを価値創出に活用する可能性を広げました。

参加者からは「デザインと経営戦略、ブランディングを結びつけて売上を上げていく視点が得られた」「自社におけるデザイン活用のあり方を初めて具体的に考える機会になった」などの声も寄せられ、参加者の意識変容に対して一定の効果があったことを確認できました。

また、これまでデザイナーとの共創機会がほとんどなかった業種の企業が参加しデザインの可能性に触れたことをきっかけに、デザイン活用拡大が加速することが期待されます。

札幌全体に価値創出の波を広げる

スーツを着た眼鏡の男性がプレゼンテーションをしている様子。

プログラムの最後に、企業の参加者がワークを通して考えたミッション・ビジョン・バリューを発表。デザイナーと練ったアイデアや方針を、企業が自らの言葉で語ることが重要。

さっぽろ産業振興財団はこうした成功体験を踏まえて、今後もさらなる発展に向けて取り組みを進めていきます。札幌市や関連機関との連携を強化しながら、サービス産業や医療・福祉などを含む多様な分野におけるデザイン活用の可能性を広げていくことを目指しています。

また、プログラム後も参加者同士の関係づくりを支援し、自然なコミュニティ形成へとつなげることも視野に入れています。加えて、補助金などの他の支援策とも連動しながら、実際に企業がデザイナーと協働して成果を生み出す好事例をより多く生み出す必要があります。札幌から全国・海外で活躍するデザイナーをより多く輩出しその情報を発信することで、デザイン活用と付加価値向上の波をさらに広げていきます。

こうした多面的なアプローチによって、デザインが「組織・事業の成長に欠かせない資産」であるという認識を地域全体に浸透させ、最終的には札幌市経済の好循環につなげていくことを目指しています。

懇親会のシーン。若いデザイナーを囲みながらノートパソコンを覗き込む、企業担当者とベテランデザイナーたちのすがた
プログラム修了後の懇親会の様子。会場では参加した企業の商品・サービスや、デザイナーのポートフォリオを持ち寄り展示した。互いの仕事について紹介し合いながら、これから一緒に何ができるかを対話している。

執筆・編集:岩崎 諒子/ロフトワーク ゆえんunit マーケター, 編集
インフォグラフィックス:村岡 麻子/ロフトワーク マーケティング

基本情報

  • クライアント:一般財団法人さっぽろ産業振興財団
  • プロジェクト期間:フェーズ1(さっぽろデザイン経営カレッジ)/2023年10月〜2024年3月, フェーズ2(さっぽろデザインブリッジ)/2024年10月〜2025年3月

体制

  • プロジェクトマネージメント、クリエイティブディレクション:山﨑 萌果、皆川 凌大
  • クリエイティブディレクション:䂖井 誠、圓城 史也、ジーナ・グーズビー、大石 果林
  • プロデュース:日髙 拓海、二本栁 友彦
  • プロジェクトサポート:国広 信哉

Member

山﨑 萌果

株式会社ロフトワーク
クリエイティブディレクター

Profile

圓城 史也

圓城 史也

株式会社ロフトワーク
クリエイティブディレクター

皆川 凌大

株式会社ロフトワーク
ゆえんクリエイティブディレクター

Profile

日髙 拓海

株式会社ロフトワーク
ゆえんユニット/プロデューサー

Profile

䂖井 誠

株式会社ロフトワーク
クリエイティブディレクター / NINELLP.

Profile

二本栁 友彦

株式会社ロフトワーク
ゆえんユニットリーダー

Profile

ジーナ・グーズビー

株式会社ロフトワーク
FabCafe Global / BioClub

Profile

大石 果林

株式会社ロフトワーク
クリエイティブディレクター

Profile

国広 信哉

株式会社ロフトワーク
シニアディレクター / なはれ

Profile

Keywords

Next Contents

全国の知見をつなぎ、新しい時代の学び舎を共創する
「CO-SHA Platform」