デイヴィッド・ベンジャミンが発見した日本独自の循環の形とは
コロンビア大学 サーキュラーデザインツアー
Background
環境負荷の高い建築業界を変えるヒントを日本の「営み」に見出す
地震や山火事などの気候災害を引き起こす二酸化炭素排出量の増加の原因として、ガス燃料を使用する輸送機関がよく指摘されます。しかし実際には、世界のエネルギー関連炭素排出量の実に40%を建築物が占めており、これは交通機関の排出量の2倍近くだといわれています。国連の試算によれば「2060年までに、世界には2,300億平方メートル(2兆5,000億平方フィート)の建物が増えると予測されており、これは、今後40年間、34日ごとにニューヨーク市全体が地球上に追加されることに相当する(国連環境計画、グローバル・ステータス・レポート2017)」と言われています。
建造物とは、一般的に静的で永続的な構造物として扱われることが多いが、もし私たちが建物をオープンかつダイナミックなシステムとして想像できるとしたら、気候変動に対して根本的な解決策を開発することができるのではないか?
この問いを重要な研究テーマに据えるのは、ニューヨークを拠点に革新的な建築の最前線で活躍する設計事務所「The Living」の代表であり、コロンビア大学建築・計画・保存大学院(以下、GSAPP)の准教授であるデイヴィッド・ベンジャミンさんです。
「サーキュラリティとは、技術や素材と同じように、生き方のことです。」
デイヴィッドさんは、単体の技術的解決策に頼るのではなく、新しい生活様式とそれを取り巻く全体的なシステムが、気候変動という緊急事態に対処するために必要な大規模な変革を生み出すことができると信じているとのこと。これからの建築家は、技術的なスキルだけでなく、コミュニティと関わり、地域の利害関係者を巻き込み、資源効率を最大化し、レジリエンスを促進する設計能力を備えていなければならないのだと訴えます。
伝統的な日本の生活様式と林業というレンズを通して、循環型デザインを再考する
そこで、新しい生活様式や循環型エコシステムの実践を理解する次世代の建築家を育成するため、FabCafeは、デイヴィッド・ベンジャミンさんと共に、日本の地域を横断するフィールドリサーチツアーを企画しました。ツアーでは、現地の人々の取り組みを実際に体験することで、彼らのユニークな洞察力や方法論を理解し、建築に取り入れられるヒントを得ることを目指しました。
サーキュラーデザインツアー
発見フェーズ(Day1-2)
日本の「ごみゼロの町」として世界的に有名な徳島県上勝町。FabCafeは上勝町の教育プログラムであるINOWと共同でワークを実施しました。GSAPPの学生たちは、現地のリーダーたちとの交流を通して、現地視察、ハンズオンの体験プログラム、エスノグラフィー調査に参加。その上で「自然との共生」や「意識的な消費生活」、「高度に統合された近隣支援ネットワーク」などのコンセプトによって支えられている上勝のライフスタイルについて考察しました。
開発フェーズ(Day3-4)
ツアーの後半は岐阜県の飛騨市で実施。飛騨でのプログラムは株式会社飛騨の森で熊は踊る(以下、ヒダクマ)によって企画・実施されました。国土の93%以上が豊かな森林に覆われた飛騨。ヒダクマは、人と自然の関係を改善するというビジョンを持ちながら、デザインとデジタル技術、伝統工芸を組み合わせることで、地元の広葉樹林の再生可能な事業価値の創造を目指して活動しています。
スケジュール
ツアーの学び
「長期的思考」が未来を変えるキーワード
上勝町や飛騨市の住民との対話や、飛騨の森林ツアーを通して得られたインサイトは、「循環型システムのデザインにおいて最も重要なことは、長期的な視点を持つ」ということでした。
森林ツアーを実施した、飛騨市地域林政アドバイザーで心地よい森づくり研究所代表の中谷 和司氏によれば、意図的な林業とは、植林、生育、伐採を10年、30年、100年のスケールで計画・実行することだといいます。しかし、最近では、気候の温暖化が早すぎてそのサイクルに追いつけない木もあり、また、気候に適応できない木は病害虫に倒れやすくなっていると指摘しました。(出典:「Planning and planting future forests with climate change mind」 Besl, J. / Eos, 2021年6月7日発行)
ネイチャーポジティブな生き方の体験がマインドセットの転換を促す
循環のデザインとは、技術や素材の枠を超え、食品から芸術、そして私たちの考え方や生き方に至るまで、生活のあらゆる側面に浸透する総合的なアプローチです。つまり、単に建物を設計し、資源を効率的に利用するだけでなく、持続可能な生活に価値を見出し、自然と健全で調和のとれた関係を促進する「文化」を創造することなのです。
職業、年齢、出身地の多様性が、課題解決につながるコミュニケーションを決める
サーキュラーエコノミーへの移行を成功させるためには、住民や現場の専門家など、多様な視点や声を大切にするボトムアップ・アプローチが不可欠です。一方で、気候変動や持続可能性、二酸化炭素排出量について議論する際に、専門家と地域コミュニティの用いる言葉が違うことによって、しばしば両者の間に隔たりが生じてしまうこともあります。
サーキュラー・デザイン・ツアーは、参加者が「失われつつある過去の知恵」を探求し、日本の農村コミュニティや建築慣習においてヴァナキュラーな知識が果たす役割の重要さを知る機会となりました。また、専門家と地域コミュニティの間の溝を作らぬよう、ツアーを通して、両者が対等にディスカッションできる機会をさまざまな形で設計しました。
伝統×最先端技術でスケールアップと新たな保全の可能性を探る
一行は飛騨で、市民、作り手、そして自然にも力を与える、修復的で収益性の高い価値の連鎖について学びました。飛騨市は、豊富な広葉樹林の木材をいかに持続的に利用するかという問題に直面しています。この課題に取り組むため、飛騨市議会、ヒダクマ、森林組合、そして地元の職人たちが協力し、「広葉樹データベース」である「まがり木センター」を構築しています。
また、ヒダクマが2022年に設立した「森の端オフィス」のデザインも学生たちに大きなヒントを与えたようでした。このオフィスは、ヒダクマをはじめとする地元関係者の責任ある消費と生産のビジョンを体現すべく、地元の広葉樹をモジュールで組み立て、解体後に梁を簡単に再利用できるようにデザインされています。
学生たちは、伝統への回帰だけでも、先端技術だけでもない、両者を組み合わせることこそが、スケールアップと新しいエコシステムを構築するための大きな手がかりだという気づきを、今回のツアーから得たようでした。
プロジェクト概要
プロジェクトの期間:2023年1月~2023年3月
クライアント:コロンビア大学大学院建築・計画・保存研究科
参加者:デイヴィッド・ベンジャミン、コロンビア大学GSAPP学生10名
プロジェクトマネージャー:ケルシー・スチュワート
クリエイティブ・ディレクター:ジュディット・モレノ、工藤 梨央、ミン・ウー
撮影:澤 翔太郎
プロデューサー:ケルシー・スチュワート
企画・ツアー運営:INOW、株式会社飛騨の森で熊は踊る
サステナブルな学びのプログラム
ロフトワークがFabCafeのグローバルチームとともに、サステナブルな学びのプログラムを多数企画・実施しています。以下のような課題をお持ちの方はお気軽にお問い合わせください。
- サーキュラーデザインを実践している方々との専門的な交流やプロジェクト開発。
- 体験やワークショップを通してサーキュラーデザインを探求する。
- サーキュラーデザインのオープンコラボレーションプロジェクトの立ち上げ
- 学生や従業員に、業界の専門家と共にユニークな学習体験を提供したい。
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