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村田 菜生 2023.05.29

多視点で見つめ、日常の「あたりまえ」を考える
インクルーシブなイベントのつくり方

特別なことではなく、日常から考える「インクルーシブ」

ロフトワークの村田菜生です。前職、ユニバーサルデザインの会社でデザイナーをしていました。もともとユニバーサルデザインに興味があったわけでも、障害のある方が周りにいたというわけでもありませんが、ひょんなことからご縁をいただき、視覚障害者に絵画を伝える案件から携わることになりました。当時、絵画を鑑賞したくても難しい人、中途失明によって絵画から意識的に遠ざかってしまう人がいるという事実をぼやっと認知していましたが、仕事として関わることで社会のさまざまな課題を目の当たりにしました。障害のある方の日常には、どんな工夫があるのだろう?と興味が芽生え、当事者と対話をすることで知るその何気ない日常は、私にとっては新鮮で、とてもクリエイティブなものでした。

インクルーシブとは「すべてを包括する、包みこむ」を意味する言葉であると、ネットで検索すると出てきます。同じ人間の中に、性別、人種、障害など様々な違いがあり、その違いを認め合い、互いに尊重し合う社会が大事であると。私は、この意味が大切なことだと理解しながら、どこか壁があるような、きれい事で流されてしまいやすいような、実態のない単語のような印象を持っています。インクルーシブって具体的にどういうこと?と疑問に思う人もいるでしょう。それは、知らないことさえ知らない領域に気づけていないからかもしれません。

インクルーシブな視点は、特別な時に必要なことではなく、日常から大切な視点であると感じるからこそ、”日々の暮らし”に焦点をあてたイベントを企画するに至りました。本記事では、障害のある方々をゲストに迎え「インクルーシブとクリエイティブ」をテーマに開催したミートアップイベント『Fab Meetup Kyoto vol.53』での実践と学びをご紹介します。

村田 菜生

Author村田 菜生(クリエイティブディレクター)

大阪府出身。京都女子大学で造形意匠を専攻。在学中に、広瀬浩二郎氏の著書『さわる文化への招待 触覚で見る手学問のすすめ』(世界思想社、2009)を読んだことをきっかけに、触覚をテーマとして卒業制作に取り組む。卒業後、ユニバーサルデザインのコンサルティング会社で約4年間デザイナーとして勤務。障害のある当事者の視点を活かしたバリアフリーマップやガイドブックの他、ロゴマーク、イラストなどの制作に携わりながら、「わかりやすいデザイン」とは何なのかを考える。2021年、ロフトワークのクリエイティブにとことん向き合う姿勢に惹かれ入社。自分自身も一緒に楽しむ姿勢を忘れず、障害の有無にこだわらない多様な視点を持って課題解決に取り組む。趣味は、キリングッズ集め。

Profile

執筆:田原 奈央子

トークイベントから"バリアを減らす"ためのハードとソフトの在り方を考える

日常の視点から考えるということで、まずは「トークイベント」というあたりまえのコンテンツを見直すことに。まず、障害がある方もない方も安心して来場することができること、そして参加者全員が一緒に楽しめる環境づくりを考え、大きく以下の3つの施策を実践しました。

①スロープの設置・通路幅の見直し

今回のゲストでもあり、車いすユーザーである株式会社ミライロ 藤田隆永さんにアドバイスをいただきながら、FabCafe Kyotoのハード面をできるところから改善。車いすやベビーカーで来場される方を想定し、座席の通路幅の見直しを行ったほか、特に大きなバリアとなっていたトイレ前の段差を解消するための仮設スロープを用意しました。スロープの設計・制作は、建築家の大野 宏さん(Studio on_site)。大野さんの見立てにより、素材として、廃棄された竹の割り箸をアップサイクルした素材を使用して、強度と滑り止めの効果による安全性の向上と素材の取り合わせによる意匠性の両立を図っています。スロープは取り外して移動することが可能な仕様となっており、今後他のイベントでも活用する予定です。

取り外し、移動ができるスロープ
座席の通路幅を、通常のイベント時の配置よりゆとりを持たせ、車椅子でも移動できる導線を確保

②伝え方の選択肢を増やす

耳の聞こえない方、目の見えない方をゲストに迎えるにあたり、どのようにしたら参加者も含めコミュニケーションを心地よく行えるのかを考え、下記を実践しました。

  • お互いの表情が見えるように、透明マスクを配布
  • 口話でのコミュニケーションを希望される方もいるため、はっきりと口のかたちを意識しながら、ゆっくりと発言
  • 情報保障の1つとして、手話通訳を実施
  • 拍手をする際は、手のひらを叩いて音を出す拍手と、手話で伝える音を出さない拍手の両方を、会場の全員で実施
  • 点字付きのカフェメニューを設置

筆者を含め、普段から障害がある方との接点がなくても、イベント冒頭でコミュニケーション方法を明確に伝えることで、ハードルをひとつ減らすことができたように感じました。

お互いの表情が見えるように、透明マスクを配布

情報保障の1つとして、手話通訳を実施

点字付きのカフェメニュー

③アクセシビリティの探求

イベントの告知ページでは、できる限り多様な方が安心して来場いただけるように、さまざまな工夫を試みました。テンプレ化していた通常の告知ページの構成や内容を可能な範囲で改め、今回は、最寄り駅から徒歩の場合、京都駅からタクシーを利用する場合といった考え得る交通手段の情報や、エレベーターが設置されている最寄り駅の出入口、近隣にある多機能トイレの位置といった設備情報などをイベント告知とともに掲載しました。今のFabCafeができることからチャレンジしていこうと検討を重ねました。

イベント告知ページはこちら>>

自分らしく、健やかに暮らすための知恵と工夫

ゲスト

岡﨑 伸彦(のぶ)

岡﨑 伸彦(のぶ)

一般社団法人 手話エンターテイメント発信団oioi 代表理事 / 一般社団法人 blue earth green trees 理事

中川 綾二(りょーじ)

中川 綾二(りょーじ)

一般社団法人 手話エンターテイメント発信団oioi
理事

清水 陽香

清水 陽香

会社員

藤田 隆永

藤田 隆永

株式会社ミライロ
デザイナー

イベントでは、ゲストのみなさんに「私らしい生活」を切り口としてお話を伺いました。まずは、一般社団法人 手話エンターテイメント発信団oioiの岡﨑 伸彦さんと中川 綾二さんのお二人。生まれた時から耳が聞こえないと言うお二人ですが、生き生きと声を発したプレゼンにとても驚きました。
「エンターテイメント」にこだわり活動をしているoioiでは、“きこえる人”と“きこえない人”の間にあるバリアを壊し、手話パフォーマンスを通して人々の心を動かすことで、バリアの無い社会を創ることを目指しています。彼らの話す「おもしろいことには人の心を変える力がある」という信条は、どんな困難にぶつかった時にも、ポジティブに受け止め、活力に変えていくパワフルさを感じました。この日も会場を笑いで包みこみ、わたしたちのもつ凝り固まってしまったコミュのケーションの壁を壊してくれました。

一般社団法人 手話エンターテイメント発信団oioiのお二人によるパフォーマンス
会場の参加者全員が一体となりながら、手話を楽しみました

続いては、生まれつき小児ガンにかかり視力を失った会社員の清水陽香さん。「おもしろく暮らしています!」と開口一番にお話しされ、会場が笑いに包まれました。

清水さんの日々の楽しみは、メイクをすること。触ってメイク道具の種類を判別したり色の名前からイメージを膨らませてコーディネートを楽しんだりと、好きなものに対して全身で楽しむ様子をお話しいただきました。好きなものを探求することや表現したいという心は晴眼者と全く変わらず、これも一つのバリアを無くす行為のように感じました。

清水陽香さん、お気に入りのコスメポーチを手にどのようにメイクするのかを紹介してくれました

最後は、株式会社ミライロの藤田 隆永さん。「わたしのクリエイティビティ」をテーマに、一人旅に出るエピソードをお話ししてくださいました。

車いすユーザーである藤田さんが、一人旅に出るには、さまざまな困難が立ちはだかります。しかし、そこにあえて身を置くことで、自身の生活をよりシンプルに組み立て、見通しを立てることができるといいます。一番印象的だったのは、旅先で困難にぶつかった時に、声をかけてくれる人々と出会い、優しさを感じる貴重な体験を得ることがあるというお話。勝手にみんな他人に無関心だと諦めていることがあったけれど、そんなことばかりじゃないということ、周りに目を向けて声をかけることに自分が一歩引いてしまっていたことに気付かされました。

株式会社ミライロの藤田 隆永さん

「あたりまえ」の殻を破り、思考も心も柔軟になる

「インクルーシブ」という言葉に関心がないわけではないけれど、身近に障害をもっている方もおらず、出会う機会もなく、遠い存在に感じていました。しかし、今回のトークでは「障害者」「健常者」という垣根を感じないほど、コミュニケーションがフラットだったことに驚き、距離を置いていたのは自分だということに気付かされました。ただ、今回のようにコミュニケーションを図るまでには、障害のある方それぞれが、長く暗いトンネルを抜けて、ポジティブに明るく生きる力を身につけ、またそれを心がけることで、バリアを無くす工夫をし続けている結果なのだと思います。そんな活動や想いに触れられる機会というのはとても少ないので、貴重な経験となりました。
障害の有無に関係なく、私たちは本質的には同じで当たり前に認め合える存在のはずですが、「知らない」「関係ない」と勝手に壁を作り距離を置いてしまいがちです。これは、障害者の方だけではなく、例えば子育てをしている方や、介護をしている方に対しても言えることかもしれません。周りに目を配ってみると、身体もライフスタイルも多様な人のなかで、私たちは暮らしています。自分の視点だけでは見えないことや理解できないことも、知識が増えることで相手を思いやることができ、もっと広い視野でもっと柔軟に考えることができるのではないでしょうか。今回は、知らないを理由に避けるのではなく、一歩踏み込む大切さを教えていただきました。

【編集後記】障害の有無を問わずコミュニケーションを育む日常を

ネットワーキングの時間に、来場者の方たちと話す機会がありました。「貴重な話が聞けました」「こんな雰囲気のイベントは新鮮でした」とたくさんの声をいただきました。そこで一番印象に残っていることは、障害のある当事者に出会う機会がない人がたくさんいるということ。日々のプロジェクトの中でメンバーとして障害のある当事者がいても良いし、資料を確認する相手が当事者であっても良い。これから、日々の暮らしの中で、障害の有無を問わず一緒にコミュニケーションをとる風景をあたりまえのように自然につくっていきたいです。
そのためには、どんな状況でも、選択肢がある状態をつくる広い視野をもつことが大事だと感じました。例えば、イベントではスライドをあたり前のように投影して進行しています。その際に、後方の人にはスライドは見えているのだろうか?音声だけの届け方でニーズを満たせているのだろうか?お手洗いで不自由する人はいないだろうか?人の多さに居心地悪く感じている人はいないだろうか?など、いろんな状況が考えられます。
私自身も意識できていないことはたくさんあって、ついつい早口になってしまったり、言葉足らずで順序よく説明できなかったり。これをしておけば大丈夫!という正解が1つあるわけではなく、その都度対応が変わるかもしれません。だからこそ、知った気にならないことを意識して、今後も多様な方とコラボレーションすることにチャレンジしていきたいです。

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