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玉木 春那 2023.05.26

小さな理想郷をつくることで、
食の豊かさとサステナビリティを探求する

クリエイティブディレクターの玉木春那は、ロフトワークで働きながら、個人として食のサステナビリティにアプローチするために、「おばんざい屋」として活動しています。いわゆる「厄介な問題(Wicked probrem)」に際して思考停止するのではなく、自分で手を動かしながら、実現できるスケールの中で理想の食体験を形にして、他者とシェアする。玉木はおばんざい屋を通じて、個人として大きな社会問題に創造的かつ主体的に向き合い続けているのです。

本記事では、玉木がどのような形で食のサステナビリティに向き合っているのか、「ローカリティ(地域性)」「場のデザイン」「コラボレーション」などを切り口に、実際の取り組みをご紹介します。

執筆:玉木 春那/ロフトワーク クリエイティブディレクター
編集:岩崎 諒子、後閑 裕太朗/loftwork.com編集部
カバー写真:村上 大輔

絶対的な正解のない社会課題にどう向き合うか

みなさんは、「サステナビリティ」という大きな課題を目の前にした時、どうやって行動に移しますか?

私は学生時代に、本来食べられるものが捨てられてしまう「食品ロス」の課題を知り、大量生産・大量消費の果てに食材が大量に廃棄される現代社会の食のあり方に強い違和感を覚えていました。以降、サステナビリティの課題に向き合いながら、食にまつわる研究や活動に取り組むようになりました。

食品ロスをなくすことやサステナブルな産業構造を目指すことは、社会にとって「正しいこと」ですし、私自身もそうあるべきだと思って研究や活動を続けてきました。しかし、さまざまな立場の人と対話をしていく中で、「食品ロスがなくなるだけで、世の中がよりよい状態になる訳ではない」と気がついたのです。そこから私は、「フードロスにも、サステナビリティにも、絶対的な正解はない。だから自分なりのユートピアを作ろう」と考えるようになりました。

目指しているのは「小さなユートピア」

私が思うユートピアとは何か。それは、さまざまな人が食の背景に興味を持ち、関わりあいながら、共に食にまつわる文化を育んでいくことです。「食べる」ことを通して、目の前にある食べものが産地から食卓に至るまでどんな旅をしてきたのか、その物語に触れることで、食事を通じて人と文化と自然の関係性を伝えられるかもしれない。

私は、 そんな豊かな食体験のあり方を探求するために、ロフトワークでディレクターをする傍ら、個人で「おばんざい屋」としても活動しています。

Photo:東信史

特定のお店を持つのではなく、さまざまな飲食店やイベントとコラボレーションしたり産地にフィーチャーしたりしながら、「食事」と「場」をつくること。これらの活動を通して、食べる人たちに「こんな食事の場って、豊かだな」と感じてもらえるような「小さな食の理想郷」を作ることを目指しています。

おばんざいを通じて、食のサステナビリティにアプローチする

京都の家庭料理として育まれてきたおばんざいの文化には、食材の旬や地域性を大切にすること、また、食材を無駄なく使い切るために工夫するといった思想があります。私は、ここに現代社会のサステナビリティへのヒントがあるのではないか、と考えています。

おばんざいには、地域特有の食文化を大切にしながら、自然を尊重し共生する姿勢があります。おばんざいを食のサステナビリティにアプローチする手段だと捉えると、環境や文化の多様性を守ることにつながっていくのではないかと思うのです。

日本各地の食文化の多様性をつなぐ

私がおばんざい屋として食体験を提供するときは、毎回、ある特定の地域の食材や調味料を使いながら、お客さんに向けて料理の背景にある地域の食文化を紐解いたり、産地の情景を伝えたりしています。

これまで京都、岡山、秋田、瀬戸内など、日本各地の「地域」をテーマにおばんざい屋を開催してきました。例えば、瀬戸内をテーマにしたときは、実際に現地を旅しながら岡山の郷土料理にインスパイアを受け、さらに伝統製法で作られた小豆島の調味料などを持ち帰り、これらをおばんざいづくりに生かしました。

海に面した瀬戸内は海の幸が豊かで、食文化は地域資源と密接に結びついていることがわかります。
小豆島には古くから木桶で造る醤油蔵が残っていて、後世に残すプロジェクトが行われているのですが、そんな食材の背景を伝えたいと思っています。
おばんざい屋では、小豆島のお醤油屋さんが作った調味料や、岡山の農家さんの野菜、出汁のベースには瀬戸内産のいりこをはじめとし、瀬戸内の食材をふんだんに使いました。(Photo: Fujikawa hinano)
京都をテーマにした時は、京都に豊かな水があるからこそ育まれた豆腐や油揚げを使ったり、また京都には精進料理の文化があることをインスピレーションにして菜食の方でも食べられるようにするなどの工夫をしました。(Photo:Momoka yasushige)
日本酒愛好家の柴田京香さんと、定期的に「おばんざいと日本酒や」という2人組のユニット活動を行っていて、毎回季節や地域ごとのおばんざいと日本酒を提供しています。

私にとって、食材を使って料理を提供することと、その食材にまつわるストーリーを伝えることは切っても切り離せません。だから、おばんざい屋では、私自身が実際に出会った土地や食文化、人など、食の背景にある風景を丁寧にお客さんに伝えることを大切にしています。

日本には多様な食文化があること、私たちが日常的に食べているものの背景には豊かな文化の土壌があることを再発見してもらいたい。こうした語りかけを通じて、食事をする一人ひとりが能動的に文化に関わる動機を育み、結果として、文化の多様性を育むことにもつながっていくのではないか。そういう大きな変化をイメージしながら、日々地道に活動を続けています。

「食べる」と「つくる」が交わる場をつくる

今の日本ではいつでもどこに行っても簡単に食べ物が手に入るように、私たちは便利さを享受している一方で、生産と消費が分断されている状況が生まれているのも事実です。そこで、私は「食べる」と「つくる」をつなぐ場をつくることにも挑戦しています。生産と消費が有機的に出会う場があれば、互いの関係が再び近づいていくのではないかと思います。

以前、京都でおばんざい屋を開いた時は、地元の農家さんと八百屋さんから直接野菜をいただき、美術大学の作家さんから借りた器を使って料理を提供しました。さらに、実際に農家さんや作家さんにはおばんざい屋に来てもらい、お客さんと農業や器について話してもらいました。お客さんが、食事をしながら実際に作ってる人たちと話せるのが新鮮で楽しい、と言っていたのが印象的でした。その風景を見て、お店は「食べる」だけではなく、つくる人と「交わる」可能性のある場所になる。そう実感しました。そのときのおばんざい屋では、マーケットのようにその場で作家さんの器を買って帰れるようにしました。店に来る人たちが、つくり手の想いや背景に触れられる世界が広がる。そんな豊かな買い物の体験ができる機会が増えたらいいなと思いました。

Photo: 東信史

Photo: 東信史

Photo: 東信史

また別の機会では、若手の農家さんともコラボレーションしました。その農家さんは、規格外であるがゆえに廃棄となってしまう野菜が多い事実に対して違和感を持っていて、私は彼女の食材を使っておばんざいをつくることで、その想いも一緒に伝えたいと考えました。そうすることで、「食べる」という消費行為が、これからのその人の価値観や行動を変化させるような体験になるのではないか。食にまつわるモノやコトと出会うことによって、一緒によりよい社会のあり方を考えたり、自身の価値観が変わったりする。おいしく楽しく食べながら、自分にとっても社会にとってもポジティブになれる食体験を提供することが、おばんざい屋の活動の理想なのだと思うようになりました。

Photo: 岸はつみ

境界が溶け合い、新しい関係がつながる

おばんざい屋を通じて場をつくるときは、「境界が溶ける」ことも意識しています。自分が普段活動している領域を超えたときには、新たな発見があります。

「食べる」という体験を紐解くと、実はその中にさまざまな事柄が複雑に絡まり合っていることがわかります。例えば、その場所に飾られている植物や、流れている音楽、香りなど。そこで、おばんざい屋では、あえて器作家や調香師、花屋、音楽家といった、食に隣接しているモノ・ことの領域で活動している方々とコラボレーションする機会も作っています。食に関心がある人には食以外の感性に触れてもらい、食への関心があまり深くない人には食文化・食体験の奥深さに自然と関心を持ってもらう、そんな場を作りたいなと思っています。

例えば、調香師の方とのコラボレーションでは、「食べる時に物語や情景を思い浮かべられると、より食べる体験が楽しめるのではないか?」という仮説のもと、香りを嗅いで情景を想像しながら、食べることを楽しむ場を作りました。こうしたコラボレーション活動では、異なる領域どうしの境界が溶け合うことで、参加する人が食べることに対する感覚や視野を拡げられるような場を目指しています。

お花屋とコラボレーションした時は、より季節を感じたり、視覚や嗅覚など五感がより刺激される空間になりました。(Photo: Hikari)

私自身が場を通じてメディア(媒体)となることで、「豊かな食体験とは何か?」、そんな問いをさまざまな人たちと一緒に考えていきたいなと思っています。

小さな一歩が大きな動きになる

たとえ小さくとも、何よりも「つくること」を大切にしています。完璧じゃないから、課題に感じていることがあって理想を探求したいから、だからつくる。実験的につくり続けることで次の一歩を耕すことになります。このように小さな活動を続けているのは、小さな一歩が社会と接続し大きなうねりにつながると信じているからです。

最近、三菱地所株式会社、株式会社シグマクシス、70seeds株式会社とロフトワークの4社で取り組んでいる「めぐるめくプロジェクト」という、これからの食産業や農業・水産・畜産業を担う地域の生産者や加工者のみなさんと、 都市で暮らす生活者が相互に理解を深めて交流し合うことで、豊かな食や社会をつくる活動に携わりました。

Photo: 三菱地所株式会社 めぐるめくプロジェクト

私は、「めぐるめくプロジェクト」の一環で「めぐるめ倶楽部」という、消費/生産の枠を超えた食の未来に思いを巡らせ、新たな食の価値創出を目指す共創型交流会に参画しました。さまざまなステークホルダーと対話と協働をしながら運営していたのですが、この交流会が、これまで個人の活動で出会った、日本各地の食農領域で「タベモノヅクリ」を行う方々を巻き込む機会になりました。イベント当日は、各地でタベモノヅクリを行う方たちの間で横のつながりができたり、さまざまな業種の方々が参加して、お互いの活動に関心を深めたりしていて、ここから社会に対してよりよいインパクトが生まれそうな、そんな期待感を参加者の間で共有できる貴重な場となりました。同時に、これまで個人で取り組んできた活動が、大きな変革にもつながり得る可能性を実感できました。

Photo: 三菱地所株式会社 めぐるめくプロジェクト

個人の活動は、理想とする食体験を顔が見える一人ひとりに体感してもらうこと。大きな活動は、さまざまなステークホルダーと共に対話しながら、社会にインパクトを与えること。虫の目と鳥の目、両方の視点を持ちながら、これからも私なりのサステナビリティへのアプローチをかたちづくっていきたいです。

これまで、ロフトワーク社内のイベントでも、度々おばんざいを作らせてもらってきました。それらの活動をきっかけに、新しい企画の展開も始まっています。ひとつは、FabCafeが主宰する「Open Labs」のプロジェクトとして、これからの食の豊かさとおいしさをつくるプロジェクト「Obanzai」がスタートしました。

もうひとつは、ロフトワークが主催する、体験のデザインを食からライフスタイルまで拡張させたイベントシリーズ「暮らしつくるLiving Room Lab」の企画・運営を担当しています。

食も暮らしも、これからの豊かさについて探求しながら、自分たちの手で理想郷を作っていきたい。この想いに共感してくださる方や、おばんざいの活動に興味のある方は、是非一緒に考えていきましょう。

玉木 春那

Author玉木 春那(クリエイティブディレクター)

1999年京都生まれ。立命館大学経営学部でデザインマネジメントを学ぶ。領域横断的にプロジェクトを生み出すことに魅力を感じ、ロフトワークに入社。食への興味と環境問題の問題意識から、食とサステナビリティを基軸に様々なイベント企画・運営に取り組んできた。日本と世界各地を巡ることや、食日記を綴ることを通して「食の豊かさ」について考え発信している。趣味はご飯とお酒。週末は料理や食べ歩きをして過ごす。不定期でおばんざい屋開催中。

暮らしつくる Living Room Lab vol.2

「暮らしつくる Living Room Lab」は、様々なテーマを通し、少し先の未来の生活を豊かにするアイデアを探求するイベントです。未来のリビングルームに欲しいものを、毎回考えて作ることをコンセプトとしています。

様々な感性を持った、面白い活動を行う企業やクリエイターなど様々な人たちと共に、ワークショップを開催したり、トークセッションや対話を通して探求します。自分も社会も豊かになるような生活を、五感を使い、好奇心に心を傾けてみませんか?

vol.2のテーマは「再生する寝装具」。
老舗寝装具屋で、「寝装具のあり方を正し、再構築する」を掲げるライフスタイルブランド「sinso」の米林さんをゲストとしてお迎えします。

  • 開催日:2023年6月22日
  • 参加費:1,500円
  • 定員:15名
  • 会場:ロフトワーク 渋谷オフィス10F(Map

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対話を重ねる、外の世界に触れる。
空間に魂を吹き込む、オフィスリニューアルの軌跡