なぜ、スタートアップにデザインの視点が必要なのか
起業家の「思想」を磨き、差別化を図ったモデルケースを解説
スタートアップ支援と聞いて、あなたは何を思い浮かべるでしょうか?
投資家やベンチャーキャピタルとのマッチング機会の創出など、資金面でのサポートや、マーケットが求める優れた事業を構想するためのビジネスコンサルティング面でのサポートなどをイメージされる方もいるかもしれません。
しかし、「そういった手段だけでは真に価値あるスタートアップ支援にはならない」という信念のもと、デザインの視点を生かして、より本質的なスタートアップ支援プログラムを目指して始まったのが、富山県のスタートアップエコシステム形成プロジェクト「T-Startup」です。
T-Startupでスタートアップに提供した支援は、「その事業を通じて何を実現したいのか?」、「そもそもなぜその事業を立ち上げたのか」といった、経営のWHYに立ちかえり、その思いを魅力的なビジョンや事業コンセプトを通じて形にしていくこと。
「T-Startupでは、起業家と投資家を直接繋げる形式の単線的な支援ではなく、起業家が揺るぎない自信を持って、自ら社会や投資家に問いかけをしたくなるような状態の構築をデザインのアプローチを通じて目指しました」
本プログラムの全体統括・プロジェクトマネジメントを担当した、シニアディレクターの寺本修造は、今回のスタートアップ支援で目指していたことをこのように語ります。
本記事では、T-Startupでのハンズオン支援の内容をもとに、「なぜスタートアップにこそデザインのアプローチが必要なのか」を探ります。また、コンサルティングのみにとどまるのではなく、起業家たちと手を動かしながら共に社会実装の道を模索する、共創型の経営支援など、ロフトワークならではのスタートアップ支援の形をご紹介します。
「T-startup」のプロジェクトの全体設計については、
こちらの記事をご覧ください
企画:岩沢 エリ(株式会社ロフトワーク)
執筆:北埜 航太
編集:後閑裕太朗・岩崎諒子(Loftwork.com編集部)
6ヶ月間の支援で、複数のサービス・プロダクト開発と資金調達を実現させた舞台裏とは?
「T-Startup」では、VR、農業、メディア、金融など、富山県から生まれたさまざまな領域のスタートアップ6社に対して、デザインのアプローチを生かし、事業の成長を目指したハンズオン支援が行われました。
ハンズオン支援においては、ロフトワークのディレクターに加え、デザイナーやコピーライター、イラストレーターといったクリエイターや、知財戦略など法務面でのアドバイスができる法律事務所も加わり、多様な専門性からのサポート体制を構築。
プログラムはわずか6ヶ月間という短い期間ながら、スタートアップのビジョン刷新や、市場ニーズに基づくサービスコンセプトの立案をはじめ、プロダクトのプロトタイプ制作、ブランドの世界観を伝えるリアル店舗の立ち上げまで、具体的なアウトプットも生まれました。
さらに、支援企業のうち3社が資金調達を実現。3社合計で1億円弱に及ぶ資金調達の実現にもつながるなど、スタートアップの事業を確実に前進させる成果を創出しました。
では、それぞれのスタートアップに対して具体的にどのような支援が行われたのでしょうか。ハンズオン型の伴走支援を行ったロフトワークのディレクター4名から、「ビジョン・サービスコンセプトの重要性」や「顧客に選ばれる価値づくり」をキーワードに、各々が担当した4社の支援事例について紹介してもらいました。
スタートアップ支援事例1:株式会社ModelingX
未来志向と市場のニーズのバランスを図り、「提供すべきサービス」を再設定する
ModelingX社は2021年に創業、メタバースの技術を活用して各種VRコンテンツを制作している会社です。
元々は、主要サービスとしてバーチャル空間での住宅展示場サービス「PLANNERZ」というサービスを開発しており、既存の住宅展示場における課題をメタバースによって解決するアプローチをとっていました。例えば、バーチャル住宅展示場では、実際の住宅展示場と異なり、営業を受ける心配がない、あるいは個人情報を記入しなくても良いといった、一連の接客体験におけるペインを解決することを売りにしていたのです。
しかし、プロジェクトが始まってリサーチを進める中で、メタバース技術を活用した住宅展示場の市場は競合が多いものの、まだまだ現実空間をトレースしたものが多く、バーチャル空間ならではの独自の体験を提供しているものが少ないことがわかりました。
そこで、私たちはVRやバーチャル空間だからできることを踏まえ、本当に自分たちが提供できる価値からサービスコンセプトを考えていきました。
サービスコンセプトの策定において注意するべきポイントとして、未来志向になりすぎると理想が先行し、ユーザーに求められる具体的なサービスに落とし込みにくくなる、という点が挙げられます。そのため、今回のプロジェクトでは「コンセプトと世の中のニーズのちょうどいいバランス」を意識的に探っていきました。
コンセプトを検討する上では、代表の言葉である「『物理的(所在地)から生まれる制約』にとらわれず、誰もが好きな場所で自分らしい暮らしができる」をヒントに、家の間取りだけでなく、周辺環境も含めた理想のライフスタイルと出会える、「暮らしの体験場」というコンセプトを新たに策定。また、サービス自体も「バーチャル住宅展示場」から、ユーザー自身が本当に欲しい暮らしを思い描ける、各種シミュレーション機能を盛り込んだユーザー視点のサービスへとピボットしました。
そして、サービスコンセプトだけでなく、具体的なサービスのイメージが湧くように、UI/UX設計の刷新も支援しました。
今回一貫して大切にしてきたことは、「私たちは、今、何を作るべきなのか」という問いに向き合うことです。自分たちが本当に作りたいものについてじっくり対話することで、他社と差別化できるポイントが浮かび上がってきます。ただし、それだけでは独りよがりになってしまうので、その差別化ポイントを社会のニーズと接続させたことで、より実効性のあるサービスコンセプトにして昇華できたのではないかと思います。
Point:デザイン視点で既存の認識を問い直し、市場ニーズとのギャップを早期に発見する
支援のなかで、事業のピボットに繋がるような大幅なサービスコンセプトの刷新を実施した本事例。その実践のポイントは、組織内部で認識している課題認識に加えて、デザインリサーチに基づいて批評的な分析を行ったことにあります。
デザインリサーチの段階で想定顧客にヒアリングを行ったところ、バーチャル版の住宅展示場サービスではない方が価値が届きやすいということが判明。結果として、この発見が大胆なピボットに繋がりました。デザインリサーチを早い段階で行うことで市場ニーズとのギャップに気づくことができ、手戻りを少なくできることも、スタートアップがデザインアプローチを導入するメリットのひとつと言えるでしょう。
スタートアップ支援事例2:株式会社ママスキー
ビジョンが定まり、複数の事業アイデアが一つのサービスに統合
株式会社ママスキーは、未就学児のママ向けメディア「mamasky」の運営や、親子向けイベント企画、子育て世代向けのプロモーション、女性の雇用促進事業など幅広いサービスを展開しています。支援当時のステータスとして、「富山から全国展開を目指していきたいが、その具体手段が見えていない」という状況にありました。
課題を特定するために詳しくヒアリングしていくと、「会社が拡大していくにあたって、いかに創業者が直接コミュニケーションせずとも、社内外のメンバーにビジョンや価値観を効果的に伝えることができるか」、そして「事業拡大をする中でも会社の価値観をブラさずに発展することができるか」という2つの課題が見えてきました。
そこで、今回のプロジェクトではこの2つの課題感に対して、以下の2つのアプローチを取りました。
- 組織としてのミッション・ビジョン・クレド(以下、MVC)の作成
- MVCに沿ったサービスの整理
その理由は、組織としての方向性を言語化することで、事業拡大してもブレない軸を持つことができるからです。また、事業拡大の前に一度サービスの整理を行うことで、事業をより効果的に推進できると考えました。
MVCを作成する事前準備のために、リサーチとして、211名のユーザーアンケートのほか、7名のユーザーにインタビューを実施。さらには、子育て専門家や起業家にもお話を伺いました。これまでは創業者の肌感覚でユーザーニーズを掴んできましたが、定量的・多角的な視点でリサーチを行うことによって、客観的にママスキーが提供している価値と、ニーズが結びついているかどうかを確認できました。
MVCの制作プロセスでは、コピーライターに参画してもらい、ママスキーとして届けていきたい価値をユーザーに伝わる言葉で表現しました。さらに、言葉だけでなく、ママスキーの世界観を直感的に伝えるためにイラストレーターを起用し、ビジュアルも作成。ママスキーを知らない人にも、雰囲気やイメージが伝わるように意識しました。
次に行なったのは、サービス・プロダクト戦略の再構築です。元々、創業者は既存のメディアやプロモーション事業以外にも、やりたいことがたくさんありました。一方で、スタートアップはリソースが限られているので、いかにそれを絞り込むかが課題でした。
今回のプロジェクトでMVCが定まったことで、会社として目指す方向性がクリアになったので、何をすべきかという取捨選択もポジティブにしやすくなり、最終的には複数あった事業アイデアを一つのサービスに集約できました。
さらに、事業の方向性をフォーカスできたことで、むしろ創業者のプログラムへのモチベーションが高まり、当初は想定していなかったサービスプロトタイプとしてのアプリ制作までプロジェクト期間内で実施できました。
Point:ユーザーやステークホルダーへ起業家の「想い」を適切に伝える、リサーチとクリエイティブの力
「創業にあたって、とりあえずビジョンやミッションをつくってみた」というスタートアップも少なくないかもしれません。しかし、定量的・多角的なデザインリサーチに基づいて、MVCを作成することで、企業としてのフォーカスポイントが明確になります。結果として、客観的な観点からの事業の選択と集中が可能になり、事業そのものを大きく前進させる力になりえます。
また、コピーライターやイラストレーターなど、専門家としてのクリエイターの力を掛け合わせることで、スタートアップの想い・メッセージがより効果的に伝わる形になったことも、注目するべき点です。
スタートアップ支援事例3:株式会社ハリイ
知財を活用して、スポーツ用ウィッグという新市場の共創をリード
株式会社ハリイは、創業者の池野さん自身の突発性脱毛症が原体験となって生まれた、スポーツ用のウィッグを開発する会社です。元々サーフィンやヨガを楽しまれていた池野さんが脱毛症をきっかけにウィッグで生活するようになりましたが、使用するうちにずれたり、とれたり、不便を感じたことが創業のきっかけになりました。
このスポーツ用のウィッグは、プロジェクトの初期段階では、まだ製品化される前だったので、プロダクトコンセプトが本当にユーザーの心を掴むものなのかを検証する必要がありました。その検証法として採用したのが、クラウドファンディングです。さらに、コピーライターをアサインして商品価値を端的かつ魅力的に伝えるためのキャッチコピーを制作しました。
クラウドファンディングの結果は、目標金額をたった2日で達成し、最終的には目標金額の250%に当たる金額を集めることに成功しました。ユーザーからの前向きな声も多数いただき、「プロトタイプができたらぜひモニターをやらせて欲しい」という熱量の高いファンや「一緒に商品開発したい」という共創パートナーの獲得にもつながりました。
さらに、「SPORTSWIG®︎(スポーツウィッグ®️)」という名前で商標登録も行いました。背景として、まだスポーツ用のウィッグは世の中に市場がなかったため、ハリイの商品が売れれば他社が参入してくることが想定されます。その時に、大手が参入することによって価格競争が厳しくなったり、商品クオリティの低いものが市場に溢れてしまうリスクも懸念されました。それは、ハリイが事業を通じて実現したい社会像ではありません。
そこで、商標を登録することによって、商品のクオリティと信頼をハリイが一定に保ちながら、商標を武器に素材メーカーや、スポーツメーカーなど他社とともに高品質な商品を共創していく仕組みをつくることで、市場を広げていく土台を整えました。
Point:デザイン人材・知財の専門家・経営者の連携で、価値創出の道筋をつくる
今回の戦略的な商標登録のように、ビジョンやサービスコンセプトといった情緒的な価値づくりだけではなく、知財面からより科学的・客観的な価値をつくることも、スタートアップの経営には重要です。
今回の「SPORTSWIG®︎(スポーツウィッグ®️)」のケースでは、当初からハリイが持つ技術的な強みを高めるために、特許取得を強化する方向性自体は議論されてきました。他方、パートナーである法律事務所との対話を続ける中で、「商標を取る」というアイデアが浮かんできたといいます。経営、デザイン、知財といったさまざまな専門家がワンチームとなって、プロダクトを見つめ直したことによって、事業戦略の新しい道筋が生まれた事例といえるでしょう。
事例4:株式会社Fan
企業のビジョンを体感的に伝える場のデザイン
株式会社Fanは、ワンストップ型の資産運用コンサルティングサービスを提供している会社です。そんな同社は、顧客接点の拡大をしていくにあたって「“新しい”より“優しい”サービスでありたい」という思いを持っていました。
今回のプロジェクトでは、そのような企業のビジョンをユーザーにどう伝えるか?を考える必要がありました。そこで、「場をつくる」、「視覚的に伝える」、「体験で伝える」という3つの観点から多面的に伝えるアプローチをとりました。
「場をつくる」のアプローチとして、新たな顧客との接点づくりを目的に、富山県の駅ビルにリアル店舗を初出店。商業施設の中に出店することでこれまで資産運用に縁がなかったユーザーとの出会いを狙うとともに、オープンで親しみやすい空間設計を心がけることで、ハードルを感じさせない工夫も行いました。
また、「視覚的に伝える」アプローチについては、難しそうなイメージがある資産運用について、ユーザーにより身近に感じてもらい、興味関心を引き出すために、「お金」にまつわる豆知識をグラフィカルに、かつ面白く伝えるパネルを制作しました。
さらに、「体験で伝える」ためのアプローチでは、「“新しい”より“優しい”サービスでありたい」という同社の思いを伝えるためのイベント施策を実施。スタッフが顧客と直接話しながら、資産運用について学べるようなセミナーを並行して実施することにより、結果として空間とイベントが相乗効果を出すことができました。
Point:「経営視点」と「デザイン視点」をファシリテートして、ユーザーコミュニケーションを更新する
Fanのケースでは、6ヶ月間という短期間で店舗契約や空間デザインまで実現するという、スタートアップらしいスピード感が特徴でした。
また、資産運用のプロフェッショナルであるFanの中に、ユーザー目線に立ったデザイナーが入ったことで、組織としても大きなインパクトがあったといいます。顧客の資産を預かるというセンシティブな事業特性もあり、「Fanとして正しい情報を厳密に伝えたい」という思いから、メッセージが難しい内容になりがちな傾向にあります。これに対して、デザイナーの視点から、ユーザー目線で分かりやすく伝えられるかといった、チャレンジが必要なシーンもありました。最終的には、双方の対話を通じて、資産運用に親しみを感じられるような、カジュアルなコミュニケーションデザインを実現することができました。
総括:スタートアップに必要なのは、「広義なデザインの視点による、共創的な伴走支援」
最後に、シニアディレクターの寺本に、プログラム全体を統括して「スタートアップの経営にデザインの視点を取り入れる重要性」について、話を聞きました。
今回、ロフトワークのディレクターが担ったのは、スタートアップにおけるCDO(Chief Design Officer)としての役割だったと言えます。単なる口頭や書面によるアドバイスやコンサルティングを超えた、実践的で共創的な伴走支援になりました。
スタートアップでは、資金、技術、人手など、あらゆるリソースが限られています。だからこそ、新たなサービスを生み出す際には、コンセプト、マーケティング、ステークホルダー、サービスに関わるあらゆる物事にデザイン的な思考や実践が必要です。このような状況では、狭義なデザインスキル(スペシャリスト)以上に、デザインに基づいて事業戦略や経営を支援できる広義なデザイン人材(ゼネラリスト)が求められます。
ロフトワークの特徴は、実際に手を動かして起業家と伴走できる、共創的で広義なデザイン人材がいることです。リソースが限られた状況下で、単に知識を提供するだけではなく、事業やサービスを一緒に具体的な形にする人材が組織内に存在することで、スタートアップの事業フェーズは飛躍的に前進します。
また、スタートアップにとって、起業家の持つ理念やビジョンを研ぎ澄ますことは極めて重要です。「出すぎた杭になれ」というT-Startupのコンセプトは、まさにこのことを意図しています。
起業家が自分の言葉で、自信を持ってビジョンを語れるようになることは、社会や投資家に強く響くメッセージやプレゼンテーションに直結します。そして、起業家自らが、「社会や投資家に問いかけたい」と思える状態を一緒に構築すること、それこそが本当に価値のあるスタートアップ支援と言えるのではないでしょうか。
スタートアップという「一本の木」は、自らの意思とそれに呼応する多様なエネルギーが共鳴することで、しなやかに、強く大きく成長します。
ロフトワークでは、「スタートアップの成長をデザインの力で牽引する」ことをテーマに、これからもデザインの考え方を軸とした、スタートアップの成長に伴走する活動を推進していきます。
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