社会課題解決に向け、地域に「共助」の仕組みをつくる
NECが挑む、新たな事業領域の探索
Outline
「デジタル共創社会」の実現へ。NECによる未来の価値創造を推進
貧困や孤独、少子高齢化といった社会課題は、地域を問わず深刻化しています。これらの課題の背景には、多様な物事やステークホルダーが深く影響し合う、複雑な社会システムの構造が存在しています。目の前の課題に対応するだけでは、別の問題を引き起こす場合もあり、なかなか根本的な解決には至りません。企業や地域は、このような複雑に絡み合った課題群に対して、どのように解決策を導いていけるのでしょうか。
日本電気株式会社(以下、NEC)のデジタル・ガバメント推進統括部は、「行政のデジタル化」を推進する活動を通じて、社会課題の解決を目指しています。同部門は「本当に必要な人に必要なサービスを届けられる社会」というビジョンを掲げ、マイナンバー制度活用や、こどもDX、健康医療介護(医療DX)といった領域で、より多くの人々に適切なサービスを提供できる仕組みづくりを支援しています。今回、このビジョンを具体的な事業活動に落とし込み、未来に向けた価値創造を推進するため、新たな事業領域の探索を行いました。
本プロジェクト(プロジェクト名:「Naked」)は、2040年における「デジタル共創社会*」の実現に向け、同部門が向き合うべき社会課題を特定し、必要となる取り組みを明らかにするプロジェクトです。「システム思考」と「デザインリサーチ」を組み合わせた独自のアプローチを通じて、地域社会のつながりの希薄化や経済格差、ケアの領域が抱える問題など、複雑に絡み合う課題を整理。それらに対応する新たな施策アイデアを見出しました。
*デジタル共創社会:NECグループの独立シンクタンクである株式会社国際社会経済研究所から2024年8月に発刊された『未来をつくるデジタル共創社会』で提案される社会像。デジタル技術を活用した時間・場所を超えたコミュニケーションにより、多様なステークホルダーの共創によって自分たちのまちや社会をつくりあげていく行政や社会のあり方を指す。
Challenge
歴史や文化を紐解き、人々が「分断」を乗り越えるための道筋を描く
本プロジェクトでは、NECが重視する「デジタル共創社会」をキーワードに、地域社会が抱える課題の根底にある「人々の共助意識の希薄化」や「社会的つながりの低下」という切り口に着目しました。これらの課題は、産業革命以降に進んだジェンダー役割の固定化や、1990年代以降拡大した経済格差といった歴史的背景を経て、現代の社会システムに深く根付いています。
このプロジェクトの意義は、こうした社会課題の歴史・文化・経済的な背景を踏まえながら、未来に向けた具体的な変革の道筋を明らかにしたことにあります。地域住民自らがまちづくりや政策検討に主体的に関わる未来社会を目指す上で、何が障壁となり、どのような条件や変化が必要なのか。そして、NECとして今後取り組むべき活動やサービスとは何なのか。課題の全体像を明らかにしながら、新たな事業領域を明らかにしました。
Approach
「システム思考×デザインリサーチ」で、社会変革につながるアイデアを発見
本プロジェクトでは、ロフトワークが得意とする「デザインリサーチ」に、問題の根本的な構造や影響範囲を明らかにする「システム思考」による分析を組み合わせたアプローチを採用しました。
「デザインリサーチ」では、海外事例や文献の調査、フィールド調査を通じて、過去から現在までの地方都市や人々の暮らしの変遷に関する幅広い情報を収集しました。加えて、システム思考のツールを活用し、情報同士の依存関係や影響関係を構造化。これにより、現在生じている課題の全体像を明らかにするとともに、具体的なアクションプランを導き出しました。
今回のプロジェクトのように、システム思考と人類学的アプローチを取り入れたデザインリサーチの方法を用いて 、社会的インパクトをもたらす構造を明らかにする「System Impact Lab」を支援サービスとしてご提案しています。
Process
プロジェクトの全体プロセス
本プロジェクトでは、約4ヶ月の期間の中で、大きく分けて以下の3つのフェーズで進行しました。
- リサーチフェーズ
初期段階では、プロジェクトで取り組む対象領域を明らかにするためのデスクトップリサーチを実施。そのインプットを元に議論し、プロジェクトの焦点を定める「問い」を言語化。その問いの答えを探るべく、有識者インタビューやフィールド調査を通じて詳細な情報を収集し、インサイトを発見しました。 - 問題構造化フェーズ
収集した情報を統合し、システム思考のフレームワークである「ループ図」を活用することで「課題の構造(なぜ、その課題が生じているのかを示す全体像)」を明らかにしました。 - 戦略策定フェーズ
明らかになった課題構造に基づき、その解決に向けた介入の方針と具体施策を検討。中長期ロードマップとしての「変化の理論」を策定し、課題解決に向けた今後の施策と社会に対するアウトカムを戦略的に可視化しました。
Story
幅広いインプットを協働で行い、ともに視野を広げる
プロジェクトの開始時点では、まず「デジタル共創社会」や「市民の政治参加」等をキーワードに、国内外の事例や歴史的な背景を網羅的に調査しました。ウェブ記事、論文、書籍といった多様な情報源からインプット。自治や市民参加に関わる研究に加えて、人類学、哲学といった幅広い視点を取り入れ、地方都市の発展・衰退や女性の社会的役割の変化といった、プロジェクトの基盤となる重要なテーマを掘り下げました。
こうして得られた情報はワークショップで統合。リサーチを詳細化するうえでの切り口として、過去の都市計画やジェンダー役割分担に関するいくつかの仮説が浮かび上がりました。
【デスクトップリサーチによるインサイト例】「ケア」の役割分担とそれに伴う社会課題
高齢化や少子化が叫ばれるなか、福祉や子育てをはじめとする「ケア」の領域の政策やサービスが地域社会に行き届いていない、という課題があります。
その背景には、産業革命以降の社会の動きとして、『ケア』の負担が各家庭(私的領域)へと追いやられ、特に女性の無償の仕事として位置づけられるようになったことが挙げられます。さらに、経済活動や都市のあり方が「自律した男性」中心のものとして規定され、それ以外の人々が暮らしにくい環境を余儀なくされた結果、現代の「少子化」「働き手不足」「経済格差」といった、さまざまな公的領域での社会課題を引き起こしてしまっていると考えられます。
この「ケア」の役割を再定義し、地域内での負担を軽減する共助の仕組みが、自治や共助を促進し、主体的なまちづくりを実現する鍵になるのではないかという仮説が導き出されました。
また、これらのリサーチやワークショップには、NECのプロジェクトメンバーも精力的に参加。4ヶ月間のプロジェクトの中で、目的に応じた多様なワークショップが実施されましたが、その数は合計10回以上に上ります。このように協働でリサーチを進めながら、粘り強く課題に向き合うことで、課題に対するアプローチを自分ごと化しながら理解を深めていきました。
地域に息づく生の課題と可能性に触れたフィールドリサーチ
社会システムの問題の構造と、改善に向けた具体施策の解像度を上げるために、群馬県 前橋市と島根県 雲南市でフィールドリサーチを実施しました。この2つの地域は、それぞれ固有の課題を持ちながら、「市民参加型」の課題解決の取り組みや“共助”を支援するような活動が行われている地域です。
前橋市:官民一体の活動と支援が根づく、まちづくりの現場
前橋市でのリサーチでは、自治体職員や市議会議員、民間企業の担当者や、いち市民として活動する若者など、多様な立場からまちづくりに携わる6名のプレイヤーへの調査を行いました。
前橋で実践される「官民一体の取り組み」と、その推進の背景にある「人のつながりを支える支援体制」に着目しながらヒアリングを実施、それぞれのまちづくりに向き合う熱量や、構造的な障壁を乗り越えようとする挑戦の姿勢、そしてプレイヤーどうしの日常的な交流が生まれやすいまちのあり方の重要性を実感していきました。
また、地域のハブとなる施設を訪れ、住民同士のつながりを育む仕組みや活動の現場を実際に目にすることで、課題の原因となる要素や解決に必要な条件のヒントを掴むことができました。
雲南市:「おせっかい」が結ぶ、地域のつながり
雲南市では、「コミュニティナース*」という取り組みを行う株式会社CNCのメンバーにも市内を案内してもらいながら、行政関係者や地域で活動するNPOを訪問しました。
ただ話を聞くだけでなく、まちの人たちが主催するお茶会での交流や、地域交流で使われる水鉄砲の試作品づくりなど、コミュニティナースの普段の活動も体験。まちの人どうしやコミュニティナースによる「おせっかい」が、交流を後押しすることで自然にケアが生まれてくる、地域の関係性への「手入れ」のような活動に、力強さを感じました。
また、「まちの保健室」として地域の人たちのハブとなる郵便局の活動など、地域全体のつながりを生み出す取り組みの実態と、実践者たちの想いをヒアリングしました。
*コミュニティナース:看護の専門性を活かしながら、暮らしの面で地域の人たちと密接に関わり、健康的な毎日を作り出す役割を担う人々のこと。
【フィールドリサーチによるインサイト例】共通項から浮かび上がった「応援・支援」の重要性
前橋市と雲南市、2つの地域で共通していた特徴は、地域を支える共助型の取り組みの裏に、地域の人やアセットをつなぐハブとなる人物がいることや、地域で新たなチャレンジに挑む人とそれを支援する仕組みがあること、そして彼らが自然と輝ける土台が整っていることでした。
地域の課題解決に向けては、表面的な解決だけではなく、地域としての地力をつけるための人材を育み、彼らの活動を応援・支援できるかが鍵を握っています。また同時に、こうした動きの障壁となる要素として、いきすぎた個人主義や市場中心主義、ジェンダー役割分担が深く根ざしていることが見えてきました。
構造化した課題の全体像から見えた、NECが取り組むべきこと
各種リサーチを終えたプロジェクト中盤では、これまでに得られた部分的な情報やインサイトを統合し、システム思考のツールである「ループ図」を使って課題を構造化しました。
ただし、この構造化は決して一度の議論で達成できるものではありません。プロジェクトメンバーは何度もループ図を描き直しながら、問題が起こる社会システムの構造をブラッシュアップ。こうして、複雑に絡み合う課題の各要素や背景要因を整理し、課題の全体像を可視化していきました。
【構造化によるインサイト例】「地域商店街の衰退」をめぐる問題の構造
かつて人々の交流拠点でもあった地域の商店街は、1980年代以降、政策や消費者の生活スタイルの変化によって衰退の一途を辿ってきました。
なぜ、このような状態になったのか。その背景の一つには、郊外向けの政策の推進によって、郊外での住宅地の開発や道路整備が進んだことで中心部から人が流出したことがあります。さらに、大店立地法などの規制が緩和され、郊外にショッピングモールが台頭。これが、地域の人々の購買行動を変えました。こうした背景のもと、商店街の衰退や空き店舗の増加が進み、地域全体のつながりや経済循環にも影響を与えています。
このように、商店街の衰退という課題に対して、「行政施策」「法律」「企業活動」「人々の暮らし」という異なる要素が、過去から現在にかけてどのように絡み合っているのかが、構造化のプロセスによって示されました。
また、この可視化のプロセスの中で、重点領域として「社会参加」「ケア」「空き家」の3つの領域に着目。NECのデジタル技術と結びつけながら、効果的な介入点(レバレッジポイント)や施策のアイデアを導出していきました。
最終的には、「変化の理論」と呼ばれる、中長期的な施策計画と、ステークホルダーの関わり方、期待される変化をまとめたモデルに整理。その上で、具体的なソリューションの企画を立案し、今後のデジタル・ガバメント推進統括部の新たなソリューションや政策提言のアイデアを明らかにしました。
【具体施策のアイデア例】「中心街の空洞化」に対する新たな仕組みづくりのヒント
- 課題:中心街の空洞化が進み、人々の帰属意識も低下していること
- レバレッジポイント:
- 地域経済や文化を「自分たちで作る」活動と、それが続く仕組みをどう作れるか?
- 地域内での価値循環をどのように促せるか?
- 具体施策のアイデア:
- 地域の魅力を可視化するシステムの構築
- 市民共創のプラットフォームの構築
- 市民による共同事業の発案や協議のきっかけを提供
- 活動を支援するファンディングや「共助の見える化」の仕組みを導入
Output
成果物として、約130ページに及ぶレポートを制作。最終的に明らかになった価値創造の兆しや施策アイデアはもちろん、リサーチの過程で見えたインサイト、地域社会をめぐる社会課題のループ図などを網羅的にまとめました。
Next Action
本プロジェクト「Naked」の第2フェーズで見出された、共助を支援するプラットフォーム等のソリューションのアイデア。これらのアイデアの本格的な事業化に向けて、第3フェーズではその実現可能性を検証するためのPoC(概念実証)を企画するプロジェクトが始動。より多くの支援者や協力者を募りながら、社会課題解決につながる新たな事業の実践へ、歩みを進めています。
Credit
プロジェクト概要
- クライアント:日本電気株式会社(NEC)デジタル・ガバメント推進統括部
- プロジェクト名:Naked2 未来価値研究
- プロジェクト期間:2024年5月〜9月
- 体制
- プロジェクトマネージャー:棚橋 弘季
- クリエイティブディレクター:小池 陽香, 小城 真奈
- プロデューサー:藤原 舞子(以上、株式会社ロフトワーク)
- イラスト制作:川添 むつみ
Member
メンバーズボイス
“将来の私たちの社会を考える上で、「何に取り組むべきか?」という問いを立てること自体が、社会課題が複雑に絡み合う中で、年々難しくなっているのではないかと感じます。
様々な文献やフィールドリサーチ、システム思考のアプローチから、その問題のつながりを整理することを本プロジェクトでは試みていますが、これまで良かれと思ってやってきたことが、別の問題を生み出すことにつながってきたということがとてもよくわかります。
これからも試行錯誤の連続だと思いますが、デジタルの可能性を信じて、私たちのよりよい社会を作っていくために、複雑な社会課題を紐解き、その解決に資するアイデアの社会実装を、様々なステークホルダーの皆さんと共に進めていきたいと思っています。”
日本電気株式会社 デジタル・ガバメント推進統括部 サービス開発グループ ディレクター
篠原 雅人 様
“複雑なものを複雑なまま捉える。現在の課題を時とともに変化し続けている社会システムの構造から生まれてくるものとして把握する。それには多様かつ大量の情報の入手と理解が必要です。システム思考を用いた今回のプロジェクトで重要だったのはそこでした。
システム思考を用いる際の肝となるのはループ図などのツールではなく、長期にわたり現在の社会の問題の構造を形成してしまったその要因の関係性を描き理解するのに必要な量と質の情報を集められるかであることを再認識できたプロジェクトでした。
性的役割分担とケア、ほとんどの財やサービスの専門化、私有化、有償化に伴う人びとや共同体の自律性と創造性の喪失など、多くの社会課題が生み出されてしまうシステムの構造を把握できたのはとても有意義だったと思います。この研究色の強かったプロジェクトの成果を、次フェーズ以降は問題解決策の社会実装につなげていこうと思っています。”
株式会社ロフトワーク 執行役員 兼 イノベーションメーカー
棚橋 弘季