新規事業はすべて学習の機会
メ〜テレ事業創出プロジェクトから考える「組織の学び」
これまで安泰とされてきた企業でも変革が求められ、各社では新事業開発への取り組みが急務になっています。しかし、既存事業において優秀な社員も、未経験の新規事業ではこれまでの枠組みを抜け出せないこともしばしば。率先して社会課題の解決をリードし、イノベーション創出に貢献できる人材はごく一部に限られます。では、人材をどのように育成していけばいいいのでしょう。
今回は、メ〜テレ(名古屋テレビ株式会社)成長投資戦略室部長の安藤全史さんに、メ〜テレが手掛けている様々な事業開発の取り組みや、現在ロフトワークと共に行っている新規事業プロジェクトについてご紹介いただきました。
後半は、人材開発・組織開発の研究者である立教大学経営学部助教授の田中聡さんをゲストに迎え、メ〜テレのプロジェクトを始め多くの新規事業案件をプロデュースするロフトワーク小島和人も交えた3名でのクロストーク。新規事業開発で直面する課題と、乗り越えていくためのマインドセットや仕組みづくり、組織として学びを蓄積していくことの重要性などについて議論しました。
執筆: 新原 なりか
企画・編集: 横山 暁子(loftwork.com編集部)
話した人
左から
メ~テレ(名古屋テレビ放送)成長投資戦略室 成長投資戦略部長 安藤 全史さん
立教大学 経営学部 助教 田中 聡さん
株式会社ロフトワーク プロデューサー 小島 和人
2030年、おもしろいテレビ局であるために
メ〜テレ 成長投資戦略室 安藤全史さん(以下、安藤) 私は、メ〜テレの営業部門、イベント部門にそれぞれ約10年いた後、2020年の7月にこの成長投資戦略室に異動してきました。現在の成長投資戦略室のメンバーは他部署との兼任も合わせると10名。私自身は新規事業を創る側というよりは、創る人を支える業務を行っています。
メ〜テレは2016年に新規事業を手掛ける事業開発部を立ち上げ、2020年7月に成長投資戦略室という組織となりました。目的は大きく2つ。新規事業の創出と、新たな収益の確保です。テレビ局のビジネスモデルは、本業の占める割合が非常に大きいという特徴があります。しかし、この放送事業は数年前からダウントレンドに入っており、昨年は新型コロナウィルスでも大きな影響を受けました。このような状況の中、放送事業のみに偏っていては会社が大きなダメージを受けてしまう恐れがあるため、新規事業の創出と新たな収益の確保の必要性が高まってきています。
実際に行っていることとして、まずスタートアップ企業への投資事業があります。2017年に「名古屋テレビ・ベンチャーズ合同会社」というCVCを立ち上げ、フィナンシャルリターンと協業の推進を目的に、現在24社に投資しています。投資事業ではこの他に、再エネファンドや収益不動産への投資も行っています。
新規事業としては昨年放送事業のビジネスモデルを横展開し、デジタルサイネージ事業をスタートしました。地上波だけでなく、街の中に生活者接点を作り、情報を届けるという目的で取り組んでいます。こちらは、先ほどお話しした投資先のスタートアップのうちの1社と協業という形で行っています。
また、社内ベンチャーを積極的に起こしていくため、2018年から社内起業家制度をスタートしました。この制度で、2021年5月に「ドリームチームズ株式会社」という会社が設立され、10月にはサービスインしました。この会社の社長には、アイデアの提案者である入社3年目の社員が就任しています。
そして、今まさにロフトワークさんと一緒に行っているのが、新規事業創出プロジェクト「メ〜テレ センス・オブ・ワンダー!」です。プロジェクトを立ち上げた理由のひとつは、これまで社内起業家制度で2回アイデアを募集してきて、アイデアの精度や確度のレベルを上げていく必要があると感じたこと。もうひとつは、新規事業を創出することに対する社内機運の醸成を図ることです。そのため、本プロジェクトは事業創出に加え、人材育成も目的に据えています。参加者は社内公募で、新入社員から40代後半まで幅広い20名が集まりました。上から選ばれて参加するのではどうしても「やらされている感」が出てしまうので、自分の意思で参加できるように、公募で手を挙げてもらう立候補制を採用しました。
プロジェクトの内容としては、まずフェーズ1で、20名を7つのチームに分け、「メーテレの現在地を可視化する」「『これから』をつくる文化を探し出す」「個人の興味関心を起点にアイデアを考える」ということをやってきました。2021年10月にリサーチ報告会と構想発表を行い、7チームから4チームに絞って、現在フェーズ2のアイデアのプロトタイピングに入っています。年度内に最終審査を行い、通過した一つの案を新規事業として来年度立ち上げる予定です。
ここまで進めてきて難しいと感じるのは、やはり既存事業との兼ね合いのバランスです。メンバーの中には、もともとの本業の業務内容によってなかなかこちらのプロジェクトに時間がかけられないという人もいます。新規事業への社内の理解を少しずつ深めながら、新しい取り組みを前に進めていけるように、我々の部署で細かいフォローをしています。
2022年1月、これまで検討してきたビジネスアイデアをWebサイトにて公開し、生活者のみなさんに投票してもらう試みをスタートしました。Webサイトをご覧いただき、使ってみたいサービスにぜひ投票していただきたいです。
「メ〜テレ センス・オブ・ワンダー」から生まれた、4つの新記事業アイデアを公開!
プロジェクトではWebサイトを公開し、4つの新記事業アイデアを発表。みなさんからの一般投票を受け付けています。
あなたのご意見・投票をお待ちしています。
(投票期間:2022年1月26日正午〜2月14日正午まで)
ブラックボックスをオープンに
後半は、メ〜テレの安藤さんに、立教大学経営学部助教授の田中聡さん、ロフトワークプロデューサーの小島を加えた3名でのクロストークをお届けします。
ロフトワーク小島(以下、小島) まず、新規事業担当者が持つべきマインドセットや熱量の保ち方について話してみたいと思います。新規事業では特に、社会課題に基づいて考えなさいということが経営層から言われたりしますよね。でも、人から言われた課題や社会的な背景ってどうしても他人事になりがちで、なかなか熱量が保てない。だから、メ〜テレさんのプロジェクトでは、「あなたが」何を考えているのかという生活視点を大事にして、そこを起点にするようにしています。そうしないと、何かつっこまれた時に正面から答えきれないというか、単に理論武装して対応するだけになってしまって長期的に活動するのが苦しくなってしまう。ただ、自分視点だけだと会社の中で整合性をとっていくのが難しかったりもするので、自分視点と社会的背景をグラデーションで考えていくことが重要だと思います。
立教大学 助教 田中さん(以下、田中) マインドセットのチューニングは、経営層にも必要だと思います。新規事業って本質的に何のためにやるのか、これを考えないといけない。このままでは会社が辿り着きたい未来に辿り着かない、その差分を埋めるためにやるのが新規事業なんですね。つまり、新規事業は経営の一丁目一番地の課題であって、本来はトップが担うべきものなんです。でも、実際にはいろいろな理由があってトップ自らが担うことはなかなかできない。だから新規事業部門を立ち上げて担当者をアサインしてやっているわけです。本来は自ら取り組むべき課題だという自覚、コミットメントがあるかどうかは経営層に問いたいところですね。新規事業起案コンテストの審査会でも、「若手の起案者 VS 経営層」のような構図になってしまっていることが多いですが、本来は全員でマーケットの方を向いていなければいけないと思うんです。
小島 わかります。役員の方々が、「役員」という仮面に支配されてしまって、言いたいことを言えていない場面もあったりしますね。配役と脚本がうっすら用意されているように見えるというか。
安藤 自分も評価する側に回ることがあるので、そちら側の苦しみもある程度わかるんですが、ブラックボックス化してしまうのは双方にとってよくないですよね。
田中 評価する側も経験値を貯めていくことが必要ですよね。評価する側の方はそれぞれ、「これはOK」「これはNG」という言語化できない暗黙の判断値みたいなものを持っていると思うんです。それをきちんとアーカイブ化して蓄積していく。審査会での一人一人の発言を全部記録に残しておいて、それを評価する側にも起案する側にもオープンにするのがいいと思います。評価する側の経験値にもなりますし、起案する側も過去の失敗に学ぶことができる。組織的に学習していけると思うんです。難しいシステムは必要なくて、例えば、シンプルに社内のイントラネット上にPDFでアップしておくだけでいいと思います。起案された事業計画案と評価者のコメントを、個人情報は伏せた上でオープンなところに置いておく。これだけでも違うと思います。
小島 いいですね。安藤さん、これやりましょう。
安藤 そうですね、ぜひ取り入れたいです。
小島 今、マインドセットの話から、意思決定のデザインの話に動いてきたと思うのですが、次は既存組織との関係づくりについて話してみたいと思います。安藤さんに聞いてみたいのですが、今回の新規事業プログラムで公募で参加者を集める際、既存部署の人たちとはどういうすり合わせをして実現したんでしょうか。
安藤 参加希望者それぞれの上司に対して、私からプロジェクトの内容やこれくらいの時間を使いたいということを説明しました。基本的には彼らの本業優先で、空いているところでやらせてくださいという言い方で説得していきました。また、社内講演会も定期的に行い、社内の多くの人に我々の取り組みについて知ってもらって、新規事業をやりやすい雰囲気をつくろうと告知活動をしています。
田中 社内講演会はいい取り組みですね。既存事業側からなかなか支援を得られない時、その抵抗勢力の中で一番大きいのは「不明は不快」族なんです。なので、新規事業側から情報を発信していくのはとても大事です。
新規事業開発は全て学習の機会
小島 今、安藤さんと僕で話し合っているのは、参加者がどう評価されるべきなのかということです。採用された人もされなかった人も、このプロジェクトの活動自体が社内でキャリアとして認められるようにするにはどうすればいいのか。田中さん、そういった部分はどうお考えですか?
田中 失敗した人のセカンドキャリアをきちんと用意してあげるということが大事なのではないかと思います。新規事業で残念ながらうまくいかなかった人を、その後左遷みたいなポストに就かせるのではなく、失敗の経験から学んだことを評価してむしろ多少下駄を履かせるくらいのポジションに持っていってあげる。そういったところを他の社員もよく見ていますから、新規事業の重要性を社内に浸透させる意味でも有効だと思います。
小島 そういった仕組みづくりってなかなか大変なことだと思うんですが、新規事業をつくること自体と仕組みづくり、どちらに注力すれば新規事業の成功率は上がるんでしょう?
田中 成功する事業の数は、新規事業をマーケットに投下する数=「打席数」と、芽が出る確率=「打率」の掛け合わせで決まりますよね。人事や組織ができることは、打席に立つ人を増やす仕組みづくりしかないと思います。打率はなかなかコントロールできるものではないので、だったら打席数を増やすしかない。それくらい割り切った方がおもしろいし、社外から見ても魅力的な会社になりますよね。そういうところに優秀な人材も集まってくると思います。
小島 なるほど。挑戦する人を増やすことが新しい採用にもつながって会社が活性化していく。安藤さん、新規事業プロジェクトで今4チームの方々が挑戦していますが、彼らに対する思いをお聞かせください。また、選ばれなかった3チームの方々に対してはどんな思いを持っていますか?
安藤 先ほど田中さんがおっしゃっていた打席数を増やすという意味で言えば、本当はやれるなら全部事業化までいきたいというのが本音ではあります。ただサポートする側のリソースにも限りがあるので、今回はあえて選んで一つを成功させる方に集中する選択肢を取りました。10月に選ばれたチームに対しては、なんとか形にしてあげたいという思いを持って我々も取り組んでいます。落ちてしまった3チームにも、アイデアが決して劣っていたというわけではなく、提案の中身を少し帰れば可能性があるということを伝えました。これから先、次のチャンスは必ず与えるから、アイデアを磨き続けていってほしいと。
小島 僕がすごく印象的だったのは、一次審査の後に落ちてしまったチームのメンバーから「残ったチームをサポートするにはどういうやり方がありますか?」という声が上がってきたことです。こういうサポート力みたいなものこそ、メ〜テレさんがもともと持っている素養、リソースなのかもと思いましたね。
安藤 そうですね。自分から手を挙げて真剣に取り組んできたからこそ、きちんと悔しがることもできたし、まだ続けたいという気持ちや、選ばれた案をサポートしたいという気持ちも出てきた。審査会後は、それぞれにいろんな気持ちが入り乱れていましたね。メンバーの普段見られない一面を見ることができたのは、私もうれしかったです。プロジェクトを通して変わってきたなというメンバーもいて、そういう人たちをうまく次のステップに向かわせてあげたいなと思います。
小島 なぜ通らなかったのかを考えるのも次のステップにいくために大事なことですよね。最近、ロフトワークの他のプロデューサーたちと、通らなかった提案をみんなで見せ合う「没ネタ会」をやろうと話しています。そういうことを重たくしすぎず、軽やかにやっていく雰囲気は重要な気がします。
田中さん、新規事業を推進する文化風土をつくるために何かできることはありますか?
田中 軽やかさは本当に大事ですね。新規事業はうまくいってもいかなくても、全て学習の機会なんです。せっかく学んだことは組織的にオープンにし、ナレッジとして蓄積していくことで成長につなげていきたいですよね。
新規事業に対する会社の風土を根付かせる施策として一つ提案したいのが、「新規事業」と「既存事業」という呼び方を変えるということです。例えば、「基盤事業」と「育成事業」に呼び方を変えている企業さんもあります。新規事業ではなく育成事業と呼ぶことで、周囲のサポートが受けやすくなったと言います。
風土は言葉の持つイメージからも変えることができるという一例です。ぜひ参考にしてみてください。
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