暮らしを豊かにするユーザードリブンの街づくりとは?
パナソニックが目指す“これからのスマートタウン”
2014年にパナソニックが神奈川県藤沢市に作ったFujisawaサスティナブル・スマートタウン(FSST)。現在、30代後半〜40代前半を中心に約600世帯の住民が暮らすこの街の各住宅にはパナソニックの製品が完備され、住民の合意の上で、家電の利用データや水道消費などのデータを取得しています。誕生から4年経った2018年、街のさらなる活性化プロジェクトが立ち上がり、ロフトワークがご一緒することになりました。
キックオフ当初、検討されていたのは取得データを活用した新たなサービスの創出。しかし、それでは住民が本当に求めているサービスを見失う懸念があったため、データドリブンからユーザードリブンへとイシューを変換することからプロジェクトはスタートしました。徹底した「生活者視点」で取り組み、新たな住民サービス「LIFERELAY」のアイデアが誕生。3つのプロトタイプを作成し、約40人の住民とともに実証実験を行いました。(プロジェクトの詳細はこちら)
ロフトワークは6月24日、同プロジェクトの中心メンバーであるパナソニックデジタルマーケティング推進室課長の岸原直人さんをゲストに招き、「生活者起点のまちづくりで見えた、これからのスマートタウン」と題したトークイベントを開催。ロフトワークマーケティング 伊藤あゆみがモデレーターを務め、シニアディレクターの原亮介、プロデューサーの柳川雄飛、クリエイティブディレクターの加藤修平とともに、いかにして新しいサービスデザインのアイデアにたどり着いたのか、これからの街づくりに必要なことは何か、などについて話し合いました。本レポートでは、その内容をご紹介します。
コンテクスト付きのデータで新たなサービスを発想する
住民が望む暮らしを実現するには、電力などすでに取得しているデータを使うだけでは不十分であることに気づくことからプロジェクトがスタート。「足りないデータをいかにして集めるか」が、サービスアイデアの起点となりました。
ロフトワーク 柳川雄飛(以下、柳川):「データを活用してあっと驚くサービスを作りたい」というお話を岸原さんにいただいた時に、岸原さん自身の起点はどこにありましたか?データを活用したサービスを作ることだったのか、生活者を起点としたサービスを探っていきたいと考えていたのか、それともどちらもイメージされていたのでしょうか?
パナソニック 岸原直人さん(以下、岸原):起点は完全に「今あるデータを活用すれば何かできるはず」でした。パナソニックに限らず、多くの企業はデータが取れたら何かできるはずだと期待してしまうのではないでしょうか。ただ、今回のプロジェクトを通じて、「ちょっと違うかな」と感じました。合理的なモノが全ての人にとってハッピーであるわけではないと気づいたんですね。
ロフトワークさんにまずは住民の方を見ましょうと言っていただき、大事なことを忘れていたことに気付きました。企業は、顧客の課題解決やより良い社会を作ることが命題としてあります。データを使えば何かできるというのは仮説・手段としてはいいけれど、やっぱり起点としては顧客や生活者だったと再確認しました。企業には自社の強みであるリソースやアセットで何か素晴らしい価値を提案できるはずだという思いがありますが、それを顧客に当ててみて当てはまらなければ意味がないことを非常に感じました。
ロフトワーク 原亮介(以下、原):取得できているデータがセキュリティーとエネルギーのデータ中心でした。コンテクストを含まないデータって、そこから意味を見出しづらい。取れてるデータを見てそれをすぐに活用するのって難しいんですね。なので、何のためにここで電気をつけたのか分かった方がいいなと思って。
今回のプロジェクトでは、そういうデータを住民自ら登録したり発信する仕掛けにスイッチできないかと考えました。暮らしを豊かにするコンテクスト付きのデータとして集める仕組みを作りながらサービスを考える方向に大きく転換させたのが、重要なポイントでした。
岸原:一つのデータだけでは、その人の人格や個性までは分かりません。複数のライフスタイルデータとライフラインデータを集めることで、どういう人がどういう思いで生きているかを可視化し、そういう人たちが出会う場所を作り、コミュニティーの形成につながれば、この街に暮らすバリューを高めることができると考えました。
求められているのは“便利な暮らし”よりも“人とのつながり”
リサーチフェーズでは、住民へのインタビューを実施しました。そこから見えてきたのは、より幸福度の高いライフスタイルを求めるウェルビーイングな志向。新しい街でみんなで一緒にコミュニティーを作っていくことが期待されていることが分かりました。
ロフトワーク 伊藤あゆみ(以下、伊藤):住民インタビューを通じて、どんな学びや発見がありましたか?
岸原:住民のみなさんが必要としているのは”便利”な暮らしよりも、”ウェルビーイング”な暮らしや人とのつながりであることが分かりました。この街で暮らすことで、いろいろな人からさまざまなことを教えてもらえて、スキルやノウハウが増えていく。その結果、仕事の成果も出るし、家族にもいい話ができる。我々はそういうサイクルを作ることが大事だと気づきました。
電力消費などのライフラインデータが取れたら、必ずしもウェルビーイングな生活を実現できるわけではありません。趣味や特技など人とつながるきっかけとなるようなデータも重要で、この豊かな時代に、便利とか合理性ではくくれない人間の感情の部分まで考えなければいけないのは驚きでした。
ロフトワーク 加藤修平(以下、加藤):インタビューは、FSSTの住民だけでなく周辺住民にも行いました。その中で明らかになったのは、FSSTは街自体が当時まだ4年目で新しく、住民が自分らしさを探っている状態だったこと。かたや湘南エリアはスーパーにも水着で行くようなサーフ・カルチャーがあり、はっきりと分かれていたのが面白かったです。また、住民の方は戸建てに住みたいけれど、すでにある街に飛び込むのは大変だから、FSSTのような新しい場所でみんなで一緒に街づくりできることを期待しているのも特徴的でした。
原:たしかに。住民の方々があの街の他に検討していたのは、コミュニティールームがあり、セキュリティーシステムなどの設備が充実した高機能マンションでした。戸建てじゃないんだっていうのは面白かったですね。
岸原:みなさん日本人なのでシャイなところがあって、街との距離が近い戸建てで元からある大きな塊の中に入っていくのは難しいと感じていることに気がつきました。FSSTに住んでいる方は社会の優等生、模範的な方が多いんです。例えば会社で重要なポジションに就いていたり、仕事以外でも社会貢献活動をしているお医者さんがいたり。自発的にコミュニティーを作っていけそうな感じの方々ですが、その方々ですら既に確立されているコミュニティーには入りづらいからこそ、若いFSSTに期待して住み始めてくださったのは非常に面白かったです。
それでも戸建てで600世帯くらいあると、みなが知り合いや友達になれるわけではなく、そう簡単にコミュニティーは作れないというのは驚きでした。
サービスデザインは企業の財産。すぐに売り上げにつながらなくても、未来への投資として考えることが大事
プロジェクトでは、住民同士のつながりを促進するサービスデザインの3つのプロトタイプを作成。FSST敷地内にあるパナソニックの電器店「KURA_THINK」とコンテナハウスで体験型の展示を行い、実証実験を実施しました。
柳川:サービスアイデア「LIFERELAY」について、現状では住民の方に参加していただいたプロトタイピングの検証までたどり着いている状況ですが、今後どのように展開していきたいですか?
岸原:藤沢にインストールしたいのはもちろん、すでに出来上がっている綱島と2022年に大阪・吹田市にできるパナソニックのスマートタウンにも導入できるような要素を探っていきたいです。パナソニックがディベロッパーとなるスマートシティは毎年たくさん作れるわけではないので、コンセプトや取り組みに賛同いただける他社の方がいらっしゃいましたら、ぜひ何らかの形でご一緒できないかと考えています。
伊藤:これから実装するとなった時に、一番の課題は何でしょうか?乗り越えなくてはいけない壁はありますか?
岸原:新規事業の場合、企業としてはどうしても四半期や1年ごとの決算だったり、3〜5年のスパンで評価することが多いので、時間をかけて積み重ねていく取り組みを経営の指標の中に取り込むのは難しいですね。ブランディングという一言に逃げるのではなく、こういう取り組みが最終的に企業の財産になっていくこと、お客さんとの接点ができて新たなビジネスにつながっていくことを理解してもらう、そういう仲間を社内で増やす難しさはあると思います。
伊藤:ビジネスモデルやマネタイズを考えながら、社内で仲間を増やしていくことが大事ということですよね。
岸原:やはり月々の売り上げは大事ですからね(笑)。営業活動として手元のキャッシュを見ながら並行して新しいことに取り組むことができるのか、もしくは完全にセグメントを分けて、未来への投資として資金的な部分も別にして考えるのか、経営レベルでも考えなければいけません。
街のコミュニティを生み出すのは「縁側」
加藤:実装にあたり、新型コロナウイルスの流行はどのような影響がありますか?「ステイホーム」の時間が増えて、洗濯など生活の中の楽しさを再発見する人が増えています。地域とのつながりも見直されていますが、そういった社会の中でサービスに対する意識について変わった点などあれば教えてください。
岸原:まだまだ答えは見つかっていない部分もありますが、今までの常識が崩れて、ドラスティックに変化しているのは感じています。暮らし方が大きく変わった一方で、直接人と会うことや、誰と会うかが大事になってくる。それを支えるための事業や場作りをする必要があり、FSSTはうまく活用できると考えています。
家づくりの原点の話になりますが、以前の日本の住まいには縁側がありましたよね。家の中だけど道路に面していて、作業しているといろんな人が見に来て、そこからいろんな物事が生まれる文化がありました。
コロナによって、あらためて近隣とのつながりが大事であることが見えてきた今だからこそ、縁側のような半分プライベート、半分オープンな場が必要なのではないでしょうか。そういう意味では、コワーキングスペースは「現代の縁側」になれると思っていて、テクノロジーやデータも使いながら、そういう場を提供できたらと考えています。
柳川:普通にマンションや街に住んでいるだけでは、好きなことを表出させて近隣住民とつながるのは難しい。僕もマンションに住んでいますが、同じ階の人が何が好きなのか分かりません(笑)。でもLIFE RELAYプロジェクトの考え方のプログラムがあったら、自分と誰かの好きなものがつながるかもしれないし、得意なことで何か貢献できるかもしれない。そういう考え方をどうやったらほかの街にもインストールできるかは、僕自身の新たな問いとして持つようになりました。
伊藤:これから、まちづくりのあり方も変わっていきそうですね。ロフトワークでは今後、みなさまと一緒に未来のまちや暮らしについて考える場も設けていきたいと思っています。
岸原:パナソニックの中にも暮らしについて専門的に研究している人間もいますし、プロダクトのレベルに落とし込んで取り組んでいる人間もいますので、ぜひ一緒に考えていけたらと思います。
伊藤:最後に、今回のプロジェクトを通しての感想などを一言ずつお願いします。
原:プロジェクトのテーマであるウェルビーイングを、住民の方はコロナを経てより実感していると思います。今後のサービスを考える上でも、ウェルビーイングであることはますます重要になってくると感じています。
柳川:LIFERELAYは必ず実装したいですね。パナソニックの中で完結させるもよし、事業パートナーと組むもよし、なんらかの形で生活者に向けたサービスとして実現させたいです。ロフトワークとしても何かできることがあれば、一緒にやっていきたいと思っています。
加藤:今回街をつくるという大きなプロジェクトの中で、実際につくってから住民の満足度を今一度リサーチするというパナソニックさんの向き合い方がすごく真摯で、我々もそこに共感しました。住民の方も前向きに協力してくださって、これから先の実装が大事になってくると感じています。
岸原:家づくりや街づくりって、購入者が家を買って初めてドアを開けた時が幸せのピークで、販売する側もそこで一仕事終わりという感覚があると思います。今回、住民の方々には「住み始めて4年経った時に、これからの街のことを考えて企業にいろいろ聞いてもらえるのは非常にありがたい」と言ってもらえました。住民にとっては年輪を重ねるようにいい生活になっていくことが大事で、そこを企業も一緒に考えていく必要があると感じました。
伊藤:みなさま今日はありがとうございました!
参加者からの質問への回答
イベント中に参加者からたくさんの質問も寄せられました。岸原さんが回答してくださったので、抜粋してご紹介します。
Q:ユーザーバリューとビジネスバリューの違いはどんなものでしょうか?
A:ビジネスバリューは時に短期的な企業側のメリットが中心になることがありますが、ユーザーバリューとはユーザーが「こうあって欲しい」というものにフォーカスしています。例えば住宅事業の場合、企業側からすると販売⇒入居がゴールになり、あとは次の開発へ、となる傾向がありますが、FSSTで目指したユーザーバリューは、住み続けることで、より幸せになるサービスを提供することでした。
Q:ライフスタイルデータを収集し、活かしていくことに魅力を感じます。一方、このご時世でプライバシーや個人情報、セキュリティの視点で後ろ向きになってしまうこともあると思います。そういった点はどのように乗り越えていけるとお考えでしょうか?
A:Well-Being Recipeの場合は「積極的に情報提供することで、自分に返ってくる」というモデルにしており、これを理解してくださるユーザー層を想定しております。中国でもそうですが、「データを提供する方が、後々メリットが大きい」という世界観が広がっていくと考える顧客層をターゲットにしています。
Q:ワークショップにしろ事業者側が最終的にもっていきたいゴールがあったと思うのですが、どのように導いていったのでしょうか?想いは一緒でも、住民を一つにすることは難しいと感じています。
A:最初の段階で、街のタウンマネジメント会社に住民の方に今回の実証実験に参加いただくよう声を掛けて頂きました。その住民の方々にDeep Interview、ワークショップでの結果を見てもらう等を繰り返していくことで、この活動の「一員」になって頂きました。