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下北沢BONUS TRACKの事例にみる、
まちに愛される商業空間を生むための企画プロセスと編集力
解体新所 Vol 08 [イベントレポート]

公園でもない、カフェでもない。まだ名前のない新しい空間を事例から紐解くイベントシリーズ「解体新所」。その第8弾として、「これからの地域不動産開発における大事な視点。新しい場の企画構想力と編集力、プロデュース力とはなにか。」と題したイベントを開催しました。

ゲストに招いたのは、2020年4月にオープンした下北沢BONUS TRACK (散歩社) 代表取締役 小野 裕之さん、聞き手として株式会社ビーエーシー・アーバンプロジェクト 河野 彰太さんです。

小野さんと下北沢BONUS TRACKについて知るインプットトーク、モデレーターであるロフトワーク 松井 創と登壇者お二人によるクロストークの様子をご紹介します。

執筆:渡邊 健太(ロフトワーク LAYOUT Unit)
編集:松井 創(ロフトワーク LAYOUT Unit)、後閑 裕太朗(loftwork.com編集部)
写真:下北沢BONUS TRACK (散歩社)より提供

下北沢BONUS TRACK総合プロデューサー小野裕之とは?

小野さんは2006年に創刊したgreenz . jp の立ち上げメンバー。(現在は理事を退任し、非常勤として関わる)

greenz . jp のコンセプトは「社会的な課題の解決と同時に新たな価値を創出する画期的な仕組みをつくること」。

「greenzのビジネスモデルは一般的なウェブマガジンの広告モデルとは違い、取材先である起業家さんや読者の皆さんと一緒にワークショップや事業計画を作りアウトプットする、人づくりやネットワークづくりに生かしていくモデルです。」と語る小野さん。greenzに携わりながら、リトルトーキョー、HOOD天神、おむすびスタンドANDONといった、地域交流や施設運営プロジェクトに携わってきた経験をかわれ、下北沢の小田急線路跡地の開発相談が舞い込んだといいます。

greenzで小野さんが担当されていたプロジェクト

下北沢BONUS TRACK の仕掛け

小野さん使用のスライドより画像提供

下北沢BONUS TRACKは、本屋B&B*の内沼晋太郎さんと小野さんの二人で企画・運営を行っています。まず、おむすびスタンドANDONの2号店を小野さんが、本屋B&Bを内沼さんが出店することが決定。小野さん自らがリスクを取りながら、全体の旗振り役とサブリースも担い、greenz時代からのネットワークを活かしてテナント候補者を集めながら、候補者と共にエリア企画を進めたそうです。

*本屋B&B:「B&B」はBooks & Beerの略。ビールを片手に本を楽しむことができ、「これからの本屋」がコンセプト。著者が自分の本を紹介したり、一緒に話したい相手と一緒にテーマを深めるインストアイベント型の書店を10年近く下北沢で開催してきました。

BONUS TRACKがオープンしたのは20年4月。イベントスペース、テナント、シェアスペース、駐車場に分かれており、テナントは全14店としました。

「ただ、オープンしたときは敢えて1区画だけ“空き店舗”としてスタートしました。というのも、チャレンジを応援すると言っているのに対し、14区画を全て埋めきった状態で始まってしまうと、余白がない場所だと思われてしまうと考えたためです。未完成のものを開くことで、新しい人達との出会いを生み出す。そのために、最後の一区画は公募でスタートさせました。」(小野氏)

かつての下北沢は、サブカルチャーの発信地として若者からの人気が高く、かつ家賃が低めの地域でした。しかし、近年は坪6〜7万円と価格が高騰し、大手チェーンしか参入できないような環境になりつつあります。さらに、BONUS TRACKがある世田谷区は23区内で一番多く空き家を抱え、高齢化も進んでいました。

そこで、BONUS TRACKでは、住居部分と店舗部分に分かれた、店舗兼住宅とした賃貸を行うことで「住みながら働く」長屋形式のモデルを提供し、賃貸価格を下げつつ、商業施設としても成立するかたちを試みました。

「エリア全体の価値を考えたときに、下北沢らしさがあること、チャレンジャーに寛容であることが大事と考え、チャレンジと商業が一体になるような賃料や商店街を人工的に生み出してしまおうと考えました。また、偶然ではありますが、コロナ禍で行動が制限されたことが周辺地域にも溶け込むきっかけとなり、朝早くからご近所のご高齢の方たちや子連れの方などが来てくれたりする場所となっていて、いきなり下北沢・代田エリアの外からいらっしゃるファンの方たち向けの施設として始まるより良かったと今は思っています。」

「14ある区画のうちの一つはomusubi不動産に入っていただき、周辺の不動産を賃貸可能な状態に改修したり、各オーナーさんとの関係も作ってもらっています。そうすることで、今は区画としては全て埋まっていますが、BONUS TRACKの周辺で出店してみたいという要望にも答えられるような運営をしています。」

「どのテナントも収益以外の文化的・社会的ミッションを掲げてBONUS TRACKで実践していただいていますが、これは、greenz時代から私が地続きでやっていることです。SDGsなどの社会的な取り組みでも、コンセプトだけが独り歩きすることを避け、人が理解できる体験を伴いながら社会に伝えていくことを大事にしています。greenz.jp時代からBONUS TRACKへと、やっていることはウェブマガジンから商業施設運営に変化しましたが、単に商業的に成立すれば良いだけでなく、社会への新しい発信や提案といったメディア的な発想は忘れずに、今1年半ほど運営を行っています。」

不動産ディベロッパーとのアプローチの違い

小野さんからBONUS TRACKの考え方を伺った後は、株式会社 ビーエーシー・アーバンプロジェクト 河野 彰太さん、ロフトワークの松井が加わり、小野さんとBONUS TRACKの「解体」を行うクロストークを行いました。

河野 話を聞いていて、小野さんが色々な関係者に愛されているからこそ実現できた手法であると思いました。小野さん独自のネットワークをうまくマネジメントしながら運営されているのは不動産ディベロッパー業界からすると「新人類のオペレーション」だと感じています。

松井 スタートがgreenzだったことがポイントだと私は感じました。メディアのアプローチから入り、ソーシャルな取り組みがプロジェクト化に繋がり、さらにBONUS TRACKというリアルな場所に繋がっていくアプローチが特に新しいと思いました。

小野 リアルな場所で言うと、コロナウイルスの影響で最初は難しかったのですが、現在はほぼ毎週末に広場でイベントを実施しています。必ずしも商業性や集客を目的としないことも、自分たちで広場を管理できる強みだと思っています。

例えば、BONUS TRACKのアイコンのだるまをアーティストさんに立体の作品にしてもらい、オンライン上のオークションの仕組みを入れ込み、収益の一部を地域の子ども食堂に寄付させていただいています。このように、地域貢献というベクトルを持っている場所だということをイベントや取り組みを通して発信し、たくさん集客して消費してもらうこと以外に、文化づくりにもつながる運営をしています。

集合知と対話で心地よい開発ボリュームを導く

河野 最近は渋谷にあるMIYASHITA PARKのように、従来の大型商業施設と違い、心地よいボリューム感の開発事例が増えてきているように感じています。今回BONUS TRACKの区画のボリュームを設定する上で何か考えがありましたか?

小野 greenzの頃から一貫した手法なのですが、まずは起業家さんやテナント候補の方々と「こんなプロジェクトがあるので話そうよ」とお声がけさせていただき、敷地条件や用途地域の前提条件をインプットします。その後、金額や運営については、設計者を交えて集合知的にディスカッションをしています。これは合意形成のためではなく、「どのようにしたらこの場所がよくなるか?」をみんなで考える、フラットなアイデア出しのために行い、そうして最小区画や単価感が決まっていきました。そのため、一つのアイデアで最初から進めるということではなく、常にコミュニケーションを取りながら決めていったのが実態です。

河野 今までの開発のアプローチだとアイデアが先行してしまい、リーシングしてみないとわからないと言われたり、リーシングする立場となると区画が大きすぎないかなどの疑問が出てきてしまうので、greenz時代から多くのネットワークを築いてきた上で、常識に囚われなかった小野さんだからこそ為せる、今までにない手法だと思います。

小野 大きな開発においては、テナントとして出店する大きな会社は、ある程度先が見えてから進めていくケースが多いですよね。しかし、長期的な建物の使い方を、みんなで会話をしながら一緒に伸ばしていけた方が、メリットが大きいはずです。なぜ、そのような進め方が難しいのでしょうか?

河野 不動産流動化などが契機となり、機能分担がはっきりしてしまったため、オーナー側や運営する側の橋渡しをするタイミングが難しくなっていることが、理由として挙げられるのではないでしょうか。最近ではその課題を解決するために運営者側が開発の基本構想の段階から入れるケースもあります。

小野 そのフェーズごとで最適化されていると理想的ですが、一気通貫で橋渡しできる人がいると、「その調整ごとは不要だよね」というような議論もできると思います。

河野 BONUS TRACKのような開発手法や、運営側の声を聞き並走しながら開発を進めていくプロジェクトが今後も増えてくるはずです。だからこそ、ディベロッパー側がこの手法をどんどん取り入れていくことを期待したいですね。

地方でもBONUS TRACKのような開発手法の再現は可能

松井 私は、BONUS TRACKにはウェブメディアの編集のメソッドが取り入れられていると感じました。greenzでやられていた世の中の取り組みを編集するアプローチと、BONUS TRACKの開発に共通する部分はあるのでしょうか。

小野 ソーシャルビジネスは収益性が低く、手間もかかるため、単体では成立しづらい傾向にあります。しかし、街という単位で考えると、必ずしも収益性の高いテナントの集積=良い街とはなりませんし、収益性という面では高くない文化施設や、地域課題を解決するような事業も必要不可欠になります。それらは現状鉄道会社さんをはじめとしたインフラ系企業や自治体が費用を負担して運営されています。

そうした領域でパートナーやテナント候補となる起業家やNPOを探し、街の価値づくりや課題解決に取り組み、「編集する」アプローチは相性が良いと感じています。もし、そうした方たちが家賃などが抑えられた状態でローンチできると経済的に成り立ちやすく、物件を貸す側も借りる側も、お互い相思相愛のメリットになると思い、新しいビジネスモデルの発明をすることで今の状態にたどり着いています。

松井 今回の小野さんが取られたこのやり方は他のケースでも有効でしょうか?

小野 例えば、地方の案件ですと、既存物件のリニューアルの場合、窓がなかったり水回りが少ないなど、色々な制約条件があるケースもあります。ただ、経済的な理由せよ、契約上の理由せよ、一旦借り手がいなくなった空きフロアがあるのであれば、それを逆手にとって、建物をゼロから建設するよりは費用も抑えられるという発想で進めると、「既存の商業施設のフロアの使い方を何が何でも継続しなくてはいけない」という呪縛からも解放されるのではないでしょうか。

コロナ禍でもよく分かったように、単に立地が良いとかそこそこ需要が見込めるからと建てられた物件はなかなか集客が難しく、そんなときだからこそ、そもそも論から考え直して、社会的な意義や地域の課題解決に向け、どうにか意味のある使い方ができないだろうかということを起点に商業性を再設計して、準備段階から自治体を含めた地域全体でプロジェクトを作っていくようにすると、特定の移住者や法人移転が増えていく未来も見えてくると思います。

松井 BONUS TRACKの店舗兼住宅という制約条件によって、「懐かしさを感じる未来」を実現していると思っています。このように、制約条件をクリエイティブに解決していくと、地方都市でもユニークな場作りができるのではないでしょうか。

小野 兼用住宅には難しい側面もありましたが、良い意味でのハプニングだったと思っています。コロナウイルスの影響もあり、「滞在する・消費する・働く」という機能がバランスよくあることで、場所を維持しやすい条件となりえます。また、運営は少し手間が増えるかもしれませんが、その場に関わる人全員のモチベーションを高く保つためにも、みんなで「どのような暮らしが私達にとってよいのだろう?」と社会実験的に考えていくことで、場が面白くなっていくと思います。

BONUS TRACKの運営は雑誌の編集・連載と類似する

松井 BONUS TRACKには公園のような都市の余白の機能もありますが、ここはどのようにデザインしていったのでしょうか?

小野 広場やギャラリーは集客機能としてお金を稼ぐという場所というよりは、いつでも変化させられる「余白」の場所だと考えています。よくBONUS TRACKを説明するときに、雑誌を引き合いに出すのですが、市民からずっと愛される場であることは、「この雑誌を毎月買っている」という状態に近いのではないかと思っているんです。また、テナントさんは、ホームグラウンドのような立ち戻れる「連載」だと捉えることもできますし、広場で行われるイベントは、雑誌における見開き特集のような存在に近い。つまり、雑誌における連載と特集の考え方でBONUS TRACKのコンテンツを設計、社会に提案していっているイメージです。

私はWEBメディア出身、内沼は出版や書店出身なので、編集者の職能を「場」というビジネスモデルで発揮できる場作りをしていきたいと思っています。そして、この新しい発信の中心地になるのが公園のような余白の部分だと思っていて、それを面白がってくれる人がBONUS TRACKの運営チームにはたくさんおります。

河野 運営メンバーは今どのくらいの人数でやられているのですか?

小野 フルタイムだと4人でやっています。

松井 ロフトワーク目線で考えるとかなり少ないですね。笑

小野 既に自身に実績があり、次なるチャレンジとして場を育てていくことに関わりたいと考えている30代前半のメンバーが多いため、クオリティについてはある程度任せています。

松井 企画のお話の中で「集合知」と小野さんがおっしゃっていましたが、事務局側の運営メンバーだけでなく、それぞれ入っているテナントさんにも編集力があり、彼らを巻き込むことで事務局も少ないメンバーでやっていけるということですね。

小野 はい。現在のイベントは運営している散歩社が7〜8割を企画して仕掛けていますが、2割はテナントさん発のイベントが行われており、持ち込み企画や、スポンサー案件も増えていくでしょうし、次第にその割合が変わっていくと良いと思っています。

河野 運営側が全て運営するのではなく、テナントさんを巻き込んで、勝手に回っていく仕組みを整えることで再現性に繋がりますね。このやり方は他の場所でも使えそうだなと話を聞いていて思いました。

小野 私達は、雑誌の編集者のように「次はこんなことをやってみませんか?」ということをテナントさんに常に伝えるようにしています。事務局がいつも旗振りを行ってしまうと、発信されるものが運営者の主観だけに限定されていってしまいます。ですから、「手伝いますので、この場所を使ってみませんか?」と伝えて、結果的に一見BONUS TRACKらしさから逸脱したイベントが行われた時でも、それでも失われない軸とは何か?を考えながらイベント全体を俯瞰する視点を忘れないように心がけています。

今後挑戦してみたいこと

小野 今まで行ってきた「編集」という経験を活かしながら、不動産や個人事業主さんなどのプレーヤーとのハードやソフトの場の折り合いがつくと良い場ができると思っています。その繋ぎ目役をやりながら、新しい施設や新しい仕組みをやっていきたいです。

BONUS TRACKはまだ始まったばかりですが、人脈も出来始めてきて、他の建物の管理のお話や、行政・地方とタイアップのお声がけもいただいています。地方でも面白いお店や気持ちのよい人たちが働きながら、経済的な価値を持てるよう、BONUS TRACKでの知見を活かしながら今後もチャレンジしていきたいと思っています。

河野 今回はディベロッパー側の理解者というポジションで参加させていただきましたが、地方でも色々なことを仕掛けられたらと思いました。BONUS TRACKのような取り組みが日本全国で巻き起こっていくと商業不動産も面白くなると思いますので、是非一緒になにかやりたいですね。

小野 人が成長する過程において、オンラインだけでないリアルな場での人と人の関係は重要だと思うので、街というリソースを使って人が育っていくキッカケづくりもできたらなと思います。

松井 「共育」という言葉があるように、みんなで育っていくことがポイントとしてありそうですね。本日は長い時間ありがとうございました。

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