共創を、人・仕事・組織の変革につなげる
海遊館 “次の30年” への第一歩「視点転展」
Outline
ロフトワークは大阪市港区の水族館「海遊館」の特別展「視点転展(してんてんてん)~色んな見え方、感じ方~ 」の総合プロデュースを担当。展示期間は2022年7月14日(木)から、2024年1月初旬まで、約1年半に渡ります。特別展のテーマは「視点の多様性」。わたしたち人間を含めた生き物たちが認識している世界の違い、視点や感覚の多様性を実感できる展示を目指しました。
2020年に開館30周年を迎えた海遊館。コロナ禍において運営に非常に大きな影響を受ける中、これまでの30年を振り返りながらも次の30年どうあるべきか、既存の枠を超え海遊館の新たな可能性を示す必要性を感じていました。そこで部署横断のチームを立ち上げ、これからの30年の目指す姿を構想する「Next30」プロジェクトを立ち上げました。
チームが掲げた「Next30」構想(パーパス)を展示に表現し、来場者に届けていくためにロフトワークが参画、多彩なクリエーターをパートナーに迎え、展示制作の総合プロデュースを手掛けました。2022年7月のオープン以来、来場者からは熱く長文の感想がアンケートで届くなど、これまでの特別展では考えられなかった反響が寄せられています。
既存の枠組みを超えた共創による展示制作に挑んだ海遊館、構想から展示スタートに至るまでの一年半に渡る挑戦と巻き起こった変化について、チームを率いた株式会社海遊館 館長 村上寛之さん、営業部 井上智子さん、ロフトワークプロデューサー小島和人、ディレクター服部木綿子とともに振り返ります。
撮影:山元 裕人
執筆:新原 なりか
企画・編集:横山 暁子(loftwork.com 編集部)
Outputs
特別展「視点転展(してんてんてん)~色んな見え方、感じ方~ 」
大阪市港区の水族館「海遊館」の特別展
「視点転展(してんてんてん)~色んな見え方、感じ方~ 」展示期間は2022年7月14日(木)から、2024年1月初旬(予定)。
Process
Story
話した人
次の30年を見据えた変化の第一歩
ロフトワーク服部木綿子(以下、服部) 今回のプロジェクトは、海遊館のこれからの30年を提示するための、いわばパーパスを体現する特別展をつくろうということで始まりました。海遊館の皆さんにも多くのチャレンジをしていただく中で、社内外で様々な変化があったそうですね。今日は、その変化の過程についてお伺いしていきます。まずは、プロジェクトの始まりから、改めてお聞かせいただけますか?
海遊館館長 村上寛之さん(以下、村上) 海遊館では、もうかなり長い間、常設展示とは別に特別展示を行ってきました。毎回、「前と同じことは絶対にやらへん!」という意気込みでアイデアを出しながら取り組んでいます。その中で昨年は、海遊館が開館30周年を迎えたことを記念して、「海遊館ミュージアム」という展示を行いました。今までなかなかお伝えできていなかった、水槽の内側や飼育員の工夫、建築当時の物語からコンセプトまで50以上のトピックスを紹介した盛りだくさんの展示でした。
この「海遊館ミュージアム」の次に何をしようかと考えた時、やはり次の30年を考えなければいけないと思いました。そこで「NEXT30」というキーワードを掲げ、海遊館のこれからに向けた第一歩となるようなチャレンジをしようということになったんです。
服部 30周年の次の年ということで、普段よりさらに大きな課題感を持って展示に取り組みはじめたということですね。
村上 そうです。これから海遊館はどんなふうに変わっていきたいんだろうかということを、特別展を通じて考えてみたいと思いました。一気にガラッと変化することは難しいと思うので、階段を一歩ずつ上がっていくように変わっていくとすれば、その一歩目となるような展示をしたいと。
服部 そんな中で、ロフトワークにご依頼いただいたのはなぜだったのでしょう?
村上 社内のメンバーで議論に議論を重ねて、「これだけは絶対に揺るがないぞ」というコンセプトをつくるところまではいったのですが、その先どうしていいか全然わからなくなってしまって。普段の企画展であれば、見せたい生き物をメインに考えて、水槽の配置ぐらいまですぐに決まるのですが、今回はコンセプトが非常に抽象的なので困ってしまったんです。これは誰かに力を借りないといけないぞと思って、いくつかの会社の方とお話をしました。その中で、クリエイターとの共創という点で一番期待を持てたのがロフトワークさんでした。
服部 そうだったんですね。小島さんは、最初に海遊館さんからお話を伺った時はどうでしたか?
ロフトワーク小島和人(以下、小島) 最初にお話をした時には、すでに海遊館さんの中でかなり議論がなされていました。「こういう思いを持って、こういうコンセプトでやりたいんだ」という熱意が、ブワーッと溢れ出しているのを感じました。先ほど村上さんは新しい変化を起こしたいと思っていたとおっしゃいましたが、最初のみなさんの議論は、むしろ過去からずっと大事にしてきたことの掘り起こしだったんじゃないかと、今となっては思います。単に新しいことをやるのが目的ではなくて、「もともと海遊館ってなんだったんだっけ?」という原点を見つめ直していたんですね。
開館当初の海遊館の展示は今よりも「学び」の性格が強く、その後さまざまな工夫を凝らしていく中で、徐々にエンターテイメント寄りになってきたということでした。それを少し学びの方に戻しつつ、でも以前のように論理的に教えるというのではなく、感性にアプローチしたい。いろいろな人にいろいろな学びを提供して、海遊館自身も学んでいくようなことがしたい。そういったことを最初は話していました。
これまでになく熱いお客様からの反応
服部 今回、部署横断のチーム編成で企画展に取り組まれましたが、このような体制は今までもあったのでしょうか?
村上 過去2回の企画展から、部署横断のプロジェクトチームを設けるようにしています。それ以前は、見せたい生き物を決めて、その生き物に関する飼育担当者の知識を紹介するという作り方でした。
海遊館営業部 井上智子さん(以下、井上) 今回は、営業部や広報部、施設など、普段生き物の世話をしていない人たちも一緒に作ったので、「あっ、そういう考え方もあるんだ」と、お互いに刺激をもらえました。「プロトタイピングデー」のような、みんなで実際にものを作りながら考えるというプロセスも初めてで、日々新鮮さを感じていました。
服部 村上さんは、この初めての体制やプロセスをどう感じられましたか?
村上 今までは、展示する生き物も、どこにどんな水槽を置くかも、全部自分たちで決めて、最後に見た目を整えるところだけプロのデザイナーさんにお願いしていました。だから、進み方としてはすごくスムーズだったんです。でも今回は、展示の中身からロフトワークのみなさんやクリエイターさんたちと一緒につくっていったので、物事が決まっていく順番やスピードが普段とまったく違っていて、「大丈夫かな?」と少しドキドキしたりもしました。
でも、ロフトワークのみなさんやクリエイターさんたちからはアイデアがどんどん出てくるし、一緒に話せば話すほど新たな気づきが出てきて、共創ってこういうことなんだなと思いました。正直、不安になる時もありましたが(笑)、最後にはきっといいものが出来上がるという信頼感はずっとありましたね。
服部 その過程を経て、社内に変化はありましたか?
村上 本格的に変わっていくのはこれからだと思います。でも、なにかが変わりはじめているのは確かです。例えば、これまでは社内の共通認識として、お客様にお見せするものはきれいに整っていてシュッとしたものでなくてはいけないと思っていたんですね。だから、社員の手書きのものを展示するなんて、以前であればもってのほかでした。
ところが今回、視点転展で手触り感を多く取り入れたところ、お客様からの反応がとてもいいんです。「スタッフの熱量のすごさを感じる」とか「思いが伝わってくる」という言葉をアンケートでたくさん頂いています。こんなに熱いお客様からの反応は、私は初めて見ました。
井上 お客様の反応の違いは、私も感じています。これまでの企画展では、小さい文字や長い文章は読んでもらえないんじゃないかと気にして、伝えたいことが全部入れられないこともあったように思います。視点転展では、メインの展示の壁の裏側を使い、「B面」と呼ばれるコーナーを設けていて、そこでは各飼育担当が自分の愛する生き物について自由に表現しています。
私はB面に、フジツボへの愛を詰め込んだレポートを書いています。「メインの面じゃないから、好きなことをしていいよ」と言われたので、思いっきり振り切って分量も気にせずに書きました。ペンギンやクラゲの担当者も、それぞれ工夫を凝らして熱の込もった表現をしています。
お客様が、私のフジツボのレポートを下の方までしゃがみこんで読んでくださったり、アンケートの「気になったスタッフ」のところに「フジツボの井上」と書いてくださっていたりするのを見ると、うれしいですね。フジツボが好きな人がフジツボについて本気で書いたら、やっぱり「伝えたい!」という気持ちは届くんだなと思って。
服部 B面って、先ほど村上さんが「不安になった」とおっしゃっていたようなプロセスがあったからこそ生まれたと思うんです。ゴールを最初から決めずに進んでいたからこそ、途中で飼育担当のみなさんの生き物に対する偏愛についても知ることができて、その熱量を展示で伝えたいという思いからB面が誕生した。そういう溢れ出たものも受け止められるようなプロセスで進められたのはよかったなと思います。
海遊館のスタッフさんたちのおもしろさに気づけたことは、外からの目線が入ったことのひとつの効果でもあると思っています。ロフトワークは、パーパスに「Unlock potential」という言葉を掲げているのですが、まさに今回スタッフさんたちのポテンシャルをアンロックできたような気がしています。
村上 たしかに、今までは自分たちでほとんどすべてをコントロールして作っていたので、ストレスは少なかったんですが、そのぶん想定の範囲内のものしかできていなかったという面もありました。B面も含め、コントロールしすぎていたら生まれていなかったアイデアがたくさん実現したのが、今回のおもしろさですね。
変わりはじめた社内の “当たり前”
小島 これまで海遊館さんが作ってきたものは、1万人が見たら1万人が楽しめるものだったと思うんです。一方、今回の視点転展は、おもしろがってくれる人の数はその半分かもしれない。でも、そのぶん刺さる人には刺さる展示になっているんじゃないかと思っていて。
村上 それは本当にそうですね。どうしても成果を数字で見てしまうことは多いですが、視点転展については、数字で測れないお客様の感動の「深さ」みたいなものがすごく深いんです。つくる側の思いが伝わっているというか、展示がただの情報ではなくなっているんですよね。そういったことがまさに、NEXT30で海遊館がこれからやっていかないといけないことなんだろうなという気がしています。
小島 これまでの世の中って、共感を狙っていくことが多かったと思うんですよ。「これが感動するでしょ」「これがかっこいいでしょ」みたいに。でも、今回僕らがやったことは、共感よりも「共生」だと思うんですよね。それも、1万人を相手にするのではなくて、一対一の関係性をつくっていくようなコンパクトな共生です。
あなたと私が共生している、そこでお互いにどう考えるかということで、対話が生まれる。例えば、井上さんはこう考えているというのを “to” でお客さんに伝えることで、じゃあそれを受け取った私はどう思うんだろう?とお客さんは考える。それが「対話」ですよね。共感してしまうと逆にもう対話はあまり生まれないんです。「わかる」で終わってしまうから。
服部 海遊館さんの社内にも変化はありましたか?
井上 展示が始まるまでは、関わっているメンバー以外は「視点転展?なんやそれ?」という感じで(笑)。展示する生き物の数も少ないし、これまでメインで出てきたことのないフジツボなんて出てくるし、「大丈夫なん?」という空気感をひしひしと感じていました。
でも、展示が始まってお客様からの反応が返ってくるようになるにつれて、社内の反応も変わってきて。上司から呼び出されて、「まさかこういうものがお客様に刺さるとは思っていなかった。すごいな」と言われたりもしました。やっぱりお客様からの反応は、お客様第一の考え方が特に強い営業部にはダイレクトに響きますね。
自分たちの「こういうことをしたらお客様が喜ぶだろう」という考えとは違うところで、お客様が喜んでいるというのは、いろいろなことに気づくきっかけになっていると思います。みんながみんなジンベエザメを見にきているわけじゃないし、そういう目立つ生き物だけが主役ではないんだということが、社内にももっと伝わっていけばいいなと思います。
服部 それはとてもいい変化ですね。では、この視点転展を経て、今後、海遊館さんではどんなことに取り組んでいきたいと思っていらっしゃいますか?
村上 視点転展の経験を生かしたいところはたくさんあります。海遊館全体をアップデートしていくにあたって、やはり海遊館やそのスタッフたちが何を考えているのかをちゃんと表明していくことが重要なんだろうなと、今回思いました。また、情報を解説するとか教えるというよりも、お客様と一緒におもしろがったり難しがったりすることも、大事にしていきたいですね。
服部 ひとつの企画展から、海遊館全体にも影響が広がっていきそうですね。楽しみにしています。ありがとうございました。
関連記事
Service
未来を起点組織・事業の 変革を推進する『デザイン経営導入プログラム』
企業 の「ありたい未来」を描きながら、現状の課題に応じて デザインの力を活かした複数のアプローチを掛け合わせ、
施策をくりかえしめぐらせていくことで、組織・事業を未来に向けて変革します。
Next Contents