超短期集中プロジェクト術
「デザインスプリント」5つのステップ
広がりつづける「デザイン」の領域
コミュニケーションデザイナー、UXデザイナー、インタラクションデザイナー……デザイナーと名のつく職業がいくつもなかった時代も過去の話。今ではデザイン領域とそれを担うデザイナーが沢山存在します。
そしてプロダクトだけではなく、我々の体験やそこで得られる高揚感までもが「デザイン」の対象となり、そのプロセスに携わるメンバーの職種、立場、役割も多様になっています。多様性を持つことは、その集団が持つ無意識のバイアスを超え、今まで思いもよらなかった新しいアイデアを生み出すひとつの起爆剤となるでしょう。
とはいえ、立場に違いがあることはプロジェクトをスムーズに進める上での障壁となることも確かです。信頼関係の不足や、部署横断による文化の違いは皆さんも体験したことがあるのではないでしょうか。
これらの障壁のうち、時間とコミュニケーションの制約を乗り越える試みとして「デザイン・スプリント」に注目が集まっています。このFindingでは、2018年1月29日「発見と検証の高速化を実践する『デザインキャンプ』」でのプレゼンテーションをもとに、デザイン・スプリントの要素を取り入れたプロジェクト手法について具体的なステップを解説します。
多様性への挑戦――デザインスプリントとは?
理解・発散・決定・プロトタイプ・テスト デザインスプリント5つのステップ
デザイン・スプリントとは、端的に言うと日々タスクが細切れになってなかなか進まないプロジェクトを短期集中型で進めるものです。
すでに様々な企業の実践がありますが確立したフレームワークはまだなく、期間を挙げるだけでも5日〜6週間とばらつきがあります。しかし、どのプロセスでもアイデアの検証を目的に、一定期間で理解・発散・決定・プロトタイプ・テストの5つのプロセスを進めていく点が共通しています。
今日はGVが提唱する5日間のデザインスプリント手法をベースに、その要素をプロジェクトに取り入れるためのポイントを解説していきたいと思います。
共通する明確なゴールと目的
デザインスプリントはゴールと目的が明確です。ゴールはリアルなユーザーからリアルな評価を得ることです。
良い評価を得ることが目標ではないことに注意してください。また目的は限られた時間の中で、スピーディーにチームの意思を同じ方向に向けること。そしてそこで生まれたアイデアを、プロトタイプを通じて検証することです。
メインは個人で「深める」作業
ワークショップと個人作業では求める役割が大きく違います。ワークショップは多様なメンバーで、アイデアを広げるとか発散するといったプロセスに向いています。一方で個人作業はアイデアをより深め、質の高い企画やアイデアを生み出すことに向いています。
デザインスプリントでよくみなさんがイメージするのが合宿型のワークショップだと思います。しかし、5日間のうちワークショップ形式で集団作業をするのは、図の黄色の部分で全体の1/5程度しかありません。
残りの赤いエリアは個人作業です。個人作業ですが、チームメンバーが同じ場所で同じ作業を進めます。そして個人作業で考えた個々のアイデアを、黄色のエリアの時間でチームにぶつけディスカッションするのです。
1週間スプリントの進め方
ここから具体的に5日間の具体的なプロセスをお話したいと思います。参考にした2つの書籍『SPRINT 最速仕事術――あらゆる仕事がうまくいく最も合理的な方法』・『デザインスプリント ―プロダクトを成功に導く短期集中実践ガイド』に載っている内容をなぞって細かく説明はしません。今日は書籍には載っていない、私がプロジェクトで実践してみて気づいたエッセンスをお伝えできればと思います。
1日目:理解
前提条件・背景
前提や背景、過去の事例、目標とすること・しないこと、顧客の声をしっかり理解しインプットすることが1日目のワークです。ここで一番重要なのが、意思決定の判断軸になるプロジェクトの前提や背景の理解です。
前提・背景を理解することは当たり前のように聞こえるかもしれません。しかし、ここが一番大切です。往々にして前提・背景への理解が表層で終わってしまうケースが多いように感じます。
なぜ重要かと言うと、チーム全員の判断軸をどこに置くのかを明確にするからです。たとえば、2種類の前提の違う問いを比較したときが分かりやすいでしょう。
前提条件によって問題の捉え方、導き出される答えは全く別のものになります。左の前提だとイギリスに綿は「育たない」と答えるでしょう。しかし、右の前提だと「イギリス全土が寒く多湿であるとは言えない」など、必ずしも綿が「育たない」という結論には達しません。
スプリントの目標とそれ以外の境界線
5日間のスプリントを通して目標とすることだけでなく、目標としないことを決めるのも意思決定をスムーズにするために非常に有効です。5日間という限られた時間の中で取り組むべきタスクが明確になり、選択を迫られた際の判断基準をより強いものにするでしょう。
ユーザーのリアルな声
最後に顧客の声の聞き方についてです。デザインは課題解決の要素が大きいので、デザインによって解決すべき課題を明確にしておく必要があります。
アンケート、データ分析などWhatやHowを明らかにするための定量的なリサーチの手法は様々あります。しかし解決すべき課題を見つけるための「Why(なぜ人々がそれをしているのか)」という深掘りができるリサーチは、デプスインタビューなど定性調査だけです。
なぜ?という問いを深めていくことによって、定量的なリサーチでは見えない、人々の行動の裏側にある期待や欲求が見えてきます。
例えばメディアサイトで「検索機能の強化」が課題だと思っていただが、ユーザーに「なぜ検索機能を強化してほしいのか?」と聞いて深堀りをしていくと「自分の興味関心にあった記事を読みたい」という深層の欲求を見つけることが出来るでしょう。そして、単純な検索機能の強化という話ではなく、個々のユーザーに合わせたコンテンツの発信に課題があると気づくはずです。
1日目には以上の理解を通して以下の2つが挙げられているはずです。また5日目に実施するユーザーテスト・インタビューの対象者も絞られているでしょう。
スプリント1日目で明らかになること
・明確なターゲットユーザー
・ビジネスの機会領域
ここで大切なのは、様々な課題をインプットした上で解決すべき課題(機会)を考え明確に定義することです。よくHow Might We Questionと呼んでいますが「我々はどうすれば◯◯(課題)を◯◯(解決)できるか」を1日目に定義します。
2日目:発散
異分野・環境のアイデアをインプット
2日目は、1日目に挙がったユーザー像と機会領域をもとに課題解決方法のアイデアを発散させます。午前中は各自課題解決のアイデアを、世の中にすでにあるサービス、プロダクト、プロジェクトから幅広く探し出して昼にチームで共有、そして午後はアイデアスケッチを作ります。
世の中にある事例を探す際は、異なる環境で似たような問題解決方法をピックアップすることをおすすめします。
文具店でボールペンを買う場合を例にとってみましょう。見た目も機能も大して違いがないように見える大量のボールペンの中から、どうすればユーザーが望むものを選ぶことができるか?という課題を、あなたならどのように考えますか?
まったく異なる、たとえば様々な品種のコーヒー豆を扱うコーヒーショップでの体験を観察してみると意外な発見やアイデアが生まれるかもしれません。
コーヒーショップにあるコーヒー豆も、見た目はほぼ同じで様々な品種・味のものが売られています。文具店のボールペン選びと比較すると、似たような商品の中から、自分が欲しいと思うものを選び出す体験の構造は同じですよね。
質より量、強制的な発散とアイデアスケッチ
午後は個人作業でアイデアスケッチを作ります。発散には質より量を求めることが重要なので、マンダラートのような手法を使うとスムーズです。
とにかくたくさんのアイデアを出したあと、そのネタをもとにアイデアスケッチを起こします。一つひとつのアイデアに対してスケッチする必要はなく、いくつかの面白いと思うネタを組み合わせながらスケッチを作ってみてください。
この日はある程度時間を区切って「マンダラートからアイデアスケッチの流れを3セットやりましょう」などフレームワーク的に進めるとより効率的かもしれません。
3日目:決定
最終意思決定者の参加が必須
2日目に描かれた複数のアイデアスケッチから、最終日にどれをテストするかを決定します。この決定のステップがもっとも難しいフェーズです。
とにかくたくさんのアイデアを出したあと、そのネタをもとにアイデアスケッチを起こします。一つひとつのアイデアに対してスケッチする必要はなく、いくつかの面白いと思うネタを組み合わせながらスケッチを作ってみてください。
この日はある程度時間を区切って「マンダラートからアイデアスケッチの流れを3セットやりましょう」などフレームワーク的に進めるとより効率的かもしれません。
重要なのはスピードとユーザーからのフィードバック
とはいえ最終決定者も人間です。決定を誤ることもあり得ますが、デザイン・スプリントはその名が表す通りスピード感が強みです。間違った決定を恐れる必要はありません。あくまでも「決定したアイデアを通じてユーザーからリアルなフィードバックを得る」ことが目的だということを忘れないでください。
午前中に決定を下したら、午後はその決定に基づいて15コマ程度のストーリーボードを作成しましょう。
4日目:プロトタイピング
ペーパープロトタイプで終わらせない
テストの前日となる4日目は、3日目の午後に作成したストーリーボードに基づいてプロトタイプを作ります。
ここで重要なのは、プロトタイプも完成形と同じメディアで作ることです。デジタルデバイスを想定しているのにペーパープロトタイピングで終わらせてしまっては、インタラクションを見ることができずテストになりません。
プロトタイピングツール
デジタルデバイスのプロトタイプを作るのに、日本ではAdobeXDやInVisionを使うことが多いですが、海外では「keynotepia」という面白いサービスがよく使われているそうなので紹介します。
このようにして、4日目が終了した段階ではプロトタイプができているのと、「このようなインタビューをします」というインタビューガイドをあわせて作っておくようにしましょう。
5日目:テスト
最低5人のユーザーの声を聞く
最終日はいよいよプロトタイプを使ったテストに移るわけですが、インタビューは次の2点が非常に重要です。
・最低でも5人に話を聞くこと
・正しいユーザーに話を聞くこと
ニールセン・ノーマン・グループの調査によれば「5人に話を聞くと問題の85%は見つかる」という統計が出ているそうです。
インタビュー対象者にとっても短いスパンでの依頼になりますし、6人以上を集めて残りの15%を高めるよりはまず5人を確実に集めることに注力したほうが効率的だと思います。
正しいユーザーとは誰かを考える
そして「正しいユーザー」については、こんなエピソードをご存じでしょうか。
この本のタイトルは『ハリー・ポッターと賢者の石』、その後の大成功は皆さんもご存じのとおりです。
児童文学においては編集者ではなく子どもこそが正しいユーザーです。正しいユーザーからフィードバックを得ることにこそ意義がある、ということをお分かりいただけたのではないでしょうか。
デザインスプリントの価値とはなにか?
デザイン・スプリントはチームメンバー全員が5つのプロセスを体験することを基本にしているので、ひっくり返しや適切でないフィードバックなど「Hippo(Highest paid person’s opinion; 上司、リーダー)の暴走」を防ぐことができます。
また、早く答えに辿り着くための手法というより、早く誤りに気づくためのプログラムであると思います。早く誤りに気付けば早く改善することができる。それが、デザイン・スプリントの最大のメリットと言えるのではないでしょうか。
それから、デザインスプリントはあくまで「サイクル」です。5日間で終わりではなく、5日間走りきったところがスタートになる。そこから次に何をすればいいのか改めて見えてくる。それがデザイン・スプリントを取り入れる一番の利点だと思います。
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