【Dive into Material #1】思いのままにテクスチャをデザインしよう
有機と無機のハイブリッド素材「ジェスモナイト」が叶える適量生産
「素材」を深掘りする連載インタビュー『Dive into Material』
『Dive into Material』は、未知の素材を求めるクリエイターのみなさんを対象に、MTRLがさまざまな素材(マテリアル)を取材しその魅力や「使い方のTips」をお伝えするインタビューシリーズです。
Dive into Material #1
MTRL KYOTOではさまざまな素材の展示やワークショップを通して、素材メーカーとクリエイターの方々をつなぐ活動をしています。その中で、「展示してあるサンプル素材をどのように使えるのかもっと知りたい」という声を多数いただいたことから、「Dive into Material」をスタートする運びになりました。
記念すべき第1回の素材は、ジェスモナイト。”カメレオンマテリアル”と言われるほど幅広い質感を表現できることから、アート、彫刻、家具、内装、アクセサリー、建築など幅広い用途の立体物制作に用いられています。
今回はMTRL KYOTOの木下浩佑が、ジェスモナイトの使用例や使い方のコツをプロモーション担当の松本広子さんに教えてもらいました!
イギリス生まれのハイブリッド素材
ーーインタビューのためにさまざまな加工サンプルを準備してくださり、ありがとうございます。机に並べる段階から、「わぁ~!キレイ」という歓声や「これはどうやって作ったんだろう」と会話が始まり、物が人と人をつなぐパワーを感じています。
ーージェスモナイトは多様な質感を表現できるんですよね。近年この質感のおもしろさに注目が集まっていますが、そもそもジェスモナイトはどのように生まれたのでしょうか?
松本さん:歴史的なことからご紹介すると、ジェスモナイトはFRP(繊維強化プラスチック)の安全な代替、コンクリートの軽量な代替品として、1984年にイギリスJesmonite Ltd.社のピーター・ホーキンスにより開発されました。
FRPは安価で軽量、耐久性が良いことから重宝され、長年ユニットバスや船体、遊園地の遊具等に使われています。しかし環境や人体への負荷が大きいことが問題視されてきました。
松本さん:そのような背景から代替として、有機溶剤(他の物質を溶かす性質を持つ有機化合物の総称)を使用しない安全な水性樹脂としてジェスモナイトは生まれました。人体に害が少なく環境にも良いことから、彫刻家の作品制作やアートワーク、さらには考古学・古生物学のモデル生成のメジャー素材としても30年以上使われています。
また近年ではプロダクトデザインや家具デザインなど新しいジャンルでの活用も増えていますね。
ーー30年以上の歴史がありながら、日本でその名を聞くようになったのはつい最近のことです。安全で環境にも良いジェスモナイトはもっと広がっていても良い気がしますが、なぜ存在をあまり知られていないのでしょうか。
松本さん:おそらく欧米では早くから有機溶剤に対する規制が厳しかったため、新たな樹脂が開発されたのに対し、日本は厳格な規制がなかったためだと推測します。
私もイギリス帰りのある作家さんから、ジェスモナイトの存在を教えてもらいました。安全で簡単に扱える上、強度も十分あるジェスモナイトに感動しましたね。
ーー通常、有機溶剤は強烈な匂いがするので周囲への配慮が必要ですし、身体への負担を減らすためFRP造形時は十分に換気設備の整った場所で作業することになります。有機溶剤が身体に合わないために、制作自体を諦めてしまう作家もいますよね。カフェなどのオープンなスペースで気軽に制作できるジェスモナイトは、クリエイターにとって大きなメリットです。
松本さん:ありがとうございます。ジェスモナイトは、水性アクリル樹脂の「リキッド」と反応性ミネラルの「ベース」を混ぜ合わせて使う、有機と無機のハイブリッド素材です。鉱物と水分の反応で固まった構造物のスキマに、有機のリキッドが入ることでより強度のある造形物が生まれる仕組みです。
ーーなるほど。プラスチック特有のテカリ感がなく、樹脂なのに石のように落ち着いた風合いなのは、有機と無機両方の特徴を合わせもっているからなんですね。素焼きの陶器にも近い質感に思います。
抑えておきたい基本の使い方とコツ
ーーここからは実際にジェスモナイトを使って造形物を作りながら、使い方やコツをお伺いできればと思います。
ーージェスモナイトは「リキッド」と粉末状の「ベース」を混ぜ合わせて造形物を作るんですよね。適切な配分はありますか?
松本さん:基本の配分は、リキッド:ベース=1:2.5です。
ーーやはりお菓子づくりのようにきっちり計量しないと、硬化しないのでしょうか?
松本さん:そこがジェスモナイトのすごいところなんですけど、かなり誤差を許してくれるので、1:2でも1:3でも固まります。粘度を上げたい場合は、「ベース」を増やして1:3、流動性を高めたい場合は1:2で使われる方もいます。
ーー作りたい造形物によって細やかなチューニングが可能ということですね。量はどうやって決めるのでしょう?
松本さん:ジェスモナイトの比重は1.75です。だからジェスモナイトで100ccの固まりの造形物を作りたい場合、100cc×1.75=175gのジェスモナイトを準備します。175gは「リキッド」と「ベース」を合わせた重さなので、これを1:2.5に分けると「リキッド」は50g、「ベース」は125gとなります。
ーー混ぜ合わせる時のポイントはありますか?
松本さん:どちらをどちらに混ぜ合わせても硬化するのですが、「リキッド」に「ベース」を入れた方が経験上、ダマができにくく美しい仕上がりになります。また混ぜ合わせるのは、スプーンよりヘラの方が淵まで綺麗に混ざりますよ。
松本さん:混ぜ始めると10~20分で硬化しはじめるので、素早く作業していきましょう。作業環境としては、暖かくて乾燥した部屋が適しています。気温・湿度によっても異なりますが、冬は遅く、夏は早く硬化しはじめる傾向があります。今回は手作業で混ぜていますが、まとまった量を混ぜる時、私たちはハンドドリルにブレードを取り付けた道具を使って攪拌しています。
ーーどれくらいの時間、混ぜたら良いのでしょうか?
松本さん:ポイントは、ねっとりしてから1~2分しつこく混ぜることです。ダマがあると、硬化する際にムラが出てしまいます。
ーーホワイトソースみたいですね。しっかり混ぜるために、容器は大きい方が使いやすそう。
松本さん:そうですね。混ぜ終えたら、型に流し込む前に気泡を抜きましょう。料理みたいに、容器をトントンと。良く見ると、小さい泡が出てくるのがわかります。
松本さん:しっかり混ざりましたね。それでは型に流し込みましょうか。注ぎ口を尖らせると、注ぎやすいですよ。硬化が始まると、約40℃の硬化熱が出ます。石膏と近い温度感です。
ーー無機物からぬくもりを感じられるって不思議です。愛らしさがありますね。
ーー淵からだんだん固まってきました。型から出す目安はありますか?
松本さん:エッジをきれいに出すために、型は冷めてから外すのがおすすめです。
硬化は10~20分で始まりますが、完全な強度に達するには1~2日かかります。そのため、型から出した後の加工はケースバイケースです。大幅に削りたい場合は、最高硬度になる前に早めに加工した方が作業は楽になります。しかし金属を混ぜ込んだ場合は、完全に硬化してから加工した方が良いですよ。
クリエイティビティを刺激する色・質感の多様さ
ーー次はジェスモナイトならではの色や質感を表現する実験をしましょう。造形物に色を付けたい場合、どのように作るのですか?
松本さん:ジェスモナイトは専用ピグメント(着色剤)があるので、それを使うと簡単です。使用量はジェスモナイトの重量のMAX2%まで。100gのジェスモナイトなら2gです。これを越えると硬化不良が起こることがあるので、注意してください。
ーー本当だ、少量でも良く発色しますね。
松本さん:耳かきのように先が曲がった匙を準備しておくと、便利です。ピグメントを混ぜた後の作り方は、基本と同じになります。
ピグメントを混ぜ込む以外に、硬化後に着色や塗装して色付けすることもできますよ。
ーー色のつけ方も色々あるんですね。どんな塗料でも着色できるんでしょうか?
松本さん:ジェスモナイトが水性なので、水性アクリル塗料が一番良いと言われていますが、色々試した結果ウレタン系やラッカー系の塗料も可能でした。ただ塗料の強さや塗膜の厚さによっては、失敗することもあると思います。
あと油性塗料を使う場合に、下地処理をしなくても大丈夫です。通常、下地処理は必須ですが、ジェスモナイトの場合は溶剤がそれほど強くなければ直接塗装ができることがわかっています。
ーーそれはすごい!下地処理に苦労しているクリエイターさんは多いから、すごく喜ばれそう。まさに現場のノウハウですね。
ーー松本さんが作ったサンプルを見ると、金属っぽいものや錆感のあるもの、緑青のようなものなどさまざまな質感のものがあります。これらも特別な技術や経験がなくても作れるのでしょうか?
松本さん:はい、誰でもできますよ。木の粉末や雲母、金属粉など色々な素材を使って表現しています。ピグメントと同じように硬化前に混ぜ込んでも良いですし、表面にだけ添加する方法もあります。
ーー職人技を持っていなければ出せなかった質感も、ジェスモナイトなら簡単に再現できるんですね。混ぜ込む素材によってでき上がるテクスチャーが異なるので、さまざまな素材でチャレンジするおもしろさがあります。
初心者でも使える手軽さ。だけど複雑なテクスチャー表現も可能
ーーさまざまな質感を表現できるジェスモナイトですが、耐水や耐火性はありますか?
松本さん:撥水はしないので、耐水性を持たせたい場合はシーラーでコーティングする必要があります。そのままだと陶器の素焼きみたいに、水を吸ってしまいます。コースターに使いたい場合はあえてシーラーを塗らず、ジェスモナイトの吸水性を活かすのもありですね。
耐火については100℃が目安です。イギリスのBS規格 (British Standards)の耐火テストに通っていますが、あくまで建築基準。耐火レンガのように高熱下で使用するための素材ではありません。
直接火に掛ける造形物は難しいですが、ジェスモナイトでランプシェードやキャンドルスタンドを作っている作家さんはいます。
ーー強度はどれくらいありますか?
松本さん:ある程度の厚みを持たせれば、それほど簡単には割れません。薄い造形物の強度を高めたい場合は、ジェスモナイト専用のガラス繊維が使えます。通常、ガラス繊維は手袋をしないと触れられないほどチクチクしていますが、これは素手で触れます。繊維が長くてしなやかなので、フリーのガラス破片がほとんど出ません。
(※ただし安全のためジェスモナイトでは、念のため手袋着用を推奨しています)
ーーガラス繊維は素手で触ると危ないイメージがありました。すごいですね!素手で簡単に曲げることもできますし、作りたいものに合わせて自在に変形してくれますね。
「適量生産」のプロダクト制作に最適
ーーここまでジェスモナイトの使い方や特徴をお伺いしてきましたが、とても夢のある素材だと思いました。ジェスモナイト単体で何か作ることもできるし、別の素材を混ぜ合わせて新しいものを生み出すこともできる。多様な表現ができるので基礎材として、とても優秀ですね。ハックし倒して、おもしろいテクスチャーを生み出したくなります。
松本さん:ありがとうございます。でもその利便性の良さが、逆に欠点にも繋がるかなと思っていて。プロダクトに落とし込む時に、できることが多すぎるのでどの手法をとるか迷ってしまったり、錆や緑青の質感を安定して出したいと思っても工業的に生産できる人がいなかったり。属人的な要素が強いことは、長所でもあり短所ですね。
ーー機械のように大量生産は難しい。だけど型を使えば、手作業に近いものをある程度量産できる「適量生産」が魅力ということですね。
従来のものづくりでは、建築やプロダクトは大量に供給可能な産業資材で作ったものか、もしくはこだわりを持って個人が作ったものに二極化していました。でもワンオフでは金銭的に発注できないけれど、こだわったものを作りたいというニーズは確かにあります。
例えば全国展開するセレクトショップが、オリジナルデザインの店舗を作る場合などに、ある程度量産できて、かつひと工夫してオリジナリティあるテクスチャーを表現できる素材はすごく求められています。
松本さん:金型を発注すると大量生産しないと金額が合いませんが、3Dプリンターと連携して原型や型を出力し、そこからジェスモナイトで複製、もしくは素材の置き換えといった使い方もできます。数万円で型を作れたら、大量生産しなくなくても採算は合うので、個性あるプロダクトを小~中ロットで作りたい時には向いていますね。
ーー完全なマスではなく、プロダクトそれぞれに異なった表情や質感を与えることができるのは、かなり魅力的です。
3Dプリンターで色んな形状を作ることはどんどん簡単になってきていますが、素材の表情や質感は難しいんですよね。アルゴリズムで再現すると何かの反復にしか見えなくなってしまうので、自然なものをどうプロダクトに落とし込むかは試行錯誤が必要です。そういう意味で、3Dプリンターとジェスモナイトの親和性は高く、夢があるなと思います。
松本さん:大規模な投資や設備がなくても、小~中ロットの手作業生産が可能で、金属のコールドキャスティングや塗装なしでの石調表現など、従来のFRPとは違うテクスチャー・サーフェイスをデザインすることができます。
ジェスモナイトはクリエイターやアーティストの皆さんに新しい可能性を提供できる素材だと信じています。
ーー適量量産で、一個一個のプロダクトデザインに付加価値をつけられるとコスト勝負に巻き込まれにくいですし、最終単価を上げるための話もできます。良いものをきちんとした価格で売ることができるって大事ですよね。
デジタルやマスの工場ではできない質感や表情を付与できるのはすごく楽しかったです。今まで樹脂経験のない方でも、水性のジェスモナイトなら気軽に始められますし、クリエイターではないけれど、ものづくりに興味がある人が制作を始める一歩を踏み出すのに適した素材だと思いました。松本さん、ありがとうございました!
(記事:北川 由依 / Photo:木村 華子)
Next Contents