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入谷 聡 2019.06.20

アート作品の魅力の伝えかたを考える
瀬戸内国際芸術祭2019 沙弥島ツアーから

アート作品は、見えているものだけではなく、本来たくさんの情報をもっている。

どんなクリエイターが、どんな意図/思いでつくったのか。
誰と、どんなプロセスでつくられたのか。
時間とともに、どう変化していくのか。

作品に出会って、作品や作者を好きになった人が、裏側にある情報を得ることで「また来たくなる」あるいは「もっと好きになる」。そのために、コミュニケーションで工夫できることはなんだろう。

***

筆者は先日、瀬戸内国際芸術祭2019(Setouchi Triennale、通称『瀬戸芸』)のオフィシャルツアーEコース《沙弥島・瀬居島・屋島》に参加した。本稿では、沙弥島で出会った5つのお気に入り作品を紹介するとともに、「プラットフォーマーとしての『公式』」の視点から、アート作品のコミュニケーションについて考察してみたい。

※作品名の見出しすぐ下の「引用」部分は、公式ガイドブックからの記述引用です。

テキスト:入谷 聡(ロフトワーク クリエイティブディレクター)

①12島と海の物語/蓮沼昌宏

「キノーラ」という取っ手を回してパラパラマンガのように鑑賞できるアニメーション装置で、芸術祭の会場となっている12の島と港にまつわる作品を制作。

蓮沼さんのパラパラマンガは、素直に「見て美しい、触って楽しい」作品だ。ひとつひとつの絵柄がかわいく、コマ割りのアニメーションも繊細で、何回でも繰り返し回してしまう。子どもも確実に喜ぶ、わかりやすいけれど簡単には真似できない、そんな作品だった。

一部屋に12作品あるわけだが、ひとつひとつじっくり見ていたら、あっという間に時間が経ってしまう(ツアーでは正味10分ぐらいしかなくて全然足りなかった)。前回2016からの配置換えで、かなりの人気作らしく、行列ができる日もあるとか。

この作品は、ぜひ復習として、ひとつひとつの作品解説を「ライナーノーツ」的に読みたいなと思った。モチーフや物語の背景など、個々に詳しく知りたい。じっくり見れなかった作品は、予習をしてまた見に来たい。

そして、この作品は「動きの機構」がポイント。会場ではボランティアのスタッフの方が「動画撮ってみて!SNSに上げていいよ!」と推奨していたが、確かに「キノーラ」のユニークな機構、動画で見たら、一発で魅力がわかる。「公式動画」でなくても、多数の訪問者がスマホで撮ってtwitterやinstagramに上げているはずだ。そのなかで質のいいものを拾い上げて、多面的に紹介できたらいい。

②大岩島2/大岩オスカール

半径約6メートルのエア・ドームの中には、木や船、島、猫、そして床には波打ち際など瀬戸内をイメージした風景が描かれ、360度パノラマの世界が目の前に広がる。

エアドームの中に入ったとたん、その規模と、絵のインパクトに圧倒された。大きいドーム全面に、黒々とした墨絵が巡らされていて、相当な迫力がある。

しばらく見ていてインパクトが薄れると、今度はドームの中に座って見渡す時間が居心地良くなってくる。ふと見れば、先に入っていた人たちもかなりチルな空気。ずっと座っていたい、あるいは寝転んでいたいが、例によってツアーで許された時間は短い(蓮沼さんのと2つ合わせて20分だった)。だから大岩さんの作品を見る人は特に、時間に余裕を持たせるといいと思う。

この作品の魅力である「スケール感」をどう伝えるか?を考えた。たまたま広角なスマホで撮った写真には、立った人物が映りこんだことで「大きさ」が見える形になったと思う。写真の撮り方ひとつで、印象は変わる。

それから、この作品は絵柄を見ていくといろいろなモチーフが隠れているそうなので、迷路の絵本にあるような「さがしてみよう!」(隠れている絵柄のリスト)があると、ますます長居してしまうなと思った。

③そらあみ〈島巡り〉/五十嵐靖晃

瀬戸大橋でつながる沙弥島、瀬居島、与島、岩黒島、櫃石島の5つの島で、漁師や島の人たちと漁網を編むワークショップを開催して制作。波打ち際に垂直に設置された色鮮やかな漁網は、天候の移り変わりや潮の満ち干きで見え方が変化する。

五十嵐さんの「そらあみ」も、率直にきれいだと感じられる作品だ(はためく網の写真、よく見かける気がする。2013年から続く作品)。

今日はお昼前、潮がかなり引いている時だったので、網の真下まで近寄って見ることができた。間近で見ると、まあ漁網なんだけど、つなげたものを遠目で見るカラフルさは、強く印象に残る。

浜辺には、制作者全員の名前を連ねた立て札が立っていた。これこそが、「島をつなげる」作品コンセプトの説得力。個々の「島」の名前に、住民の名前が連なる形だ。この作品は、制作プロセス自体が魅力なので、つくっている様子の写真や動画はぜひ見たいと思った。

また、この作品は秋会期になると、他島のぶんも足して本島に配置換えされるそうだ。となればなおさら、春から秋にかけて作品がどんな進化をしていくのかをつぶさに追っていきたい(筆者は秋の本島・高見島も行くつもり)。

④ヨタの漂う鬼の家/Yotta

この作品は、いま浜辺で絶賛「公開制作中」だ。今日時点では舟の上にざっくり木組みができていた。ライブパフォーマンスのように「つくっていること」自体が展示になる、わくわくする状況だった。

彼らはこのまま制作を続け、秋会期期間での「船出」を目指しているそうだ。先述の「そらあみ」に輪をかけて、時間軸で経過を追っていくことが重要になる。YottaのFacebookページには、作品名を冠したアルバムに写真が追加されていっている。公式からも、定点観測を促す誘導があったらいい。

「寛容な海の世界を取り戻す」というガイドブックの説明はちょっとよくわからないけど…、この作品は「説明書き」が比較的多い。塩飽諸島の歴史と「漂海の民」の存在。和田竜『村上海賊の娘』を読み返したくなる、ロマン溢れる解説だ。こういった世界観も、ぜひ文字やイメージで作品とともに味わいたい。

⑤月と塩をめぐる3つの作品/レオニート・チシコフ

公式ガイドブックによると、ロシアのレオニートさんは常に『月』をモチーフにする作家とのこと(こういうモチーフしばりの作家さんは印象に残りやすい)。塩田の上にかかる月、柿本人麻呂が舟で漕ぎ出す月夜…。3作とも美しく、綺麗に文脈に溶け込んでいる。

上の写真は「ソルヴェーグ 記憶の風景」。プロジェクターで光が変化する

入口に短いテキストが掲示してあった。シーン/ストーリーを想起しやすい3作品なので、それぞれの作品をきっかけとした小説とかエッセイとかを読めたらいいなと思った。月、塩、舟…なんてnoteのお題にもはまりそう。

それから、「じゃあ、レオニートさんがつくる他の『月シリーズ』にはどんな作品があるの」というニーズも必然。残念ながら瀬戸芸公式サイトでは、簡単なプロフィールさえも提供されていないが、アルファベットの名前 Leonid Tishkov で検索すればどんどん作品画像が見つかる。外国人作家の情報はどうしてもまとめにくいと思うが、橋渡しができれば、世界は広がりを持つ。

(レオニートさんの作風めっちゃ好きだ…!)

総括:分散する作品世界への道をつくる

ここまで好き放題書いてきたが、筆者がいま一番考えているのは、いざ「公式」として発信する側(たとえば瀬戸芸の運営委員会として公式Webサイトを管理する立場、あるいは在学生の卒業制作を紹介する美大の広報のような立場)に立った時、現実的に何ができるのかということだ。

出展作品すべてに対して、個別具体的な作品情報を、中央集権で公式が管理するというのは、どだい無理な話だ(公式ガイドブックに載せるレベルの概要文と画像の入手さえ、確保にたいへんな苦労が想像される…)。

一方、本稿のように訪問者が勝手にまとめた情報や、時間の経過とともにクリエイター自身が足していく情報は、どんどん生まれていく。

もし、こういった分散型のコンテンツから、質の良いものを拾い上げて公式から誘導できたら、作品に触れる人の体験はぐっと深いものになる。twitterの検索だけでは、玉石混交すぎる。例えるならnoteのテーマ別マガジン、「#デザイン 記事まとめ」などのように、テーマ別の編集者が立って、流れていく記事を観測し、評価し、編集していく形ができたら理想的だと思う。瀬戸芸の場合、数千人いるボランティアスタッフ「こえび隊」のなかに、作品単位/エリア・島単位などで、定点観測を担える人がいるのではないか。

クリエイターによっては、自身で細やかな情報発信を続けていて、クリエイターアカウントを追えばOKなこともある。自身の発信が少ないクリエイターの場合は、クリエイターに伴走して作品を取り巻くあれこれを言語化するという活動は、価値のあるサポートになる。

本稿で言及したほとんどの作品は、作品名でGoogle検索してもまとまった情報が出てこない=作品の「ホームページ」がない状態だ。まず簡単なSEOの改善(タイトルタグに作品名を入れるとか…)により、《オフィシャルな器=情報のハブ》の出現に期待したい。その先には、可能ならページの編集権限を分散し、「リンクが足されていく」程度でもいいから、自律的にコンテンツが増えていくことで、個々の作品と訪問者の体験(Experience)を橋渡しできないだろうか。

この話、しばらく考え続けてみたい。

入谷 聡

Author入谷 聡(クリエイティブディレクター)

東京大学工学部社会基盤学科卒。ITベンチャー企業等を経て、2012年よりロフトワーク京都に所属。20代で青木将幸氏にファシリテーションを、西村佳哲氏にインタビューを学ぶ。2015年、PMP®取得。プロジェクトでは最序盤のプロジェクト計画立案・探索・戦略設計プロセスと、最終盤の怒濤のたたみ込みを得意とする。近年は大学Webサイトの構築を担当することが多く、医学系・芸術系・国際系など幅広い知見を有する。通称は「いりー」。

文章術は独学。ブログ・noteでのコラム執筆を断続的に続けている。

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