#08 その人にしかできない仕事を
(ドーナツの穴 ー創造的な仕事のつくり方ー)
ロフトワーカーが目指すのは「七福神」
採用は、お互いがワクワクするような出会いがいい。例えば、面接開始5分でロフトワークで活躍する姿が目に浮かび、「うちに入ったら、何をする?」とお互いに盛り上がってしまうような。 逆に誰かが退職するときも、必ずしもすべてを引き継がなくてもいい。そんなスタンスでいる。 かつてのロフトワークでは、メンバーの成長につなげるため、スキルシートによる個人評価を行っていた。 でもあるとき、疑問を感じた。「すべての領域で、スキルが満点になることを求めるの? 本当に?」 それは、まったくロフトワークらしくないと思ったからだ。なにより私自身だって、完璧な人間ではないのだから。
「イラストが描ける」「料理が上手」「UXなら任せて」——みんなそれぞれ、「得意なこと」がある。不得意なことをもれなくカバーして能力をフラットにするのではなく、得意分野をぐんぐん伸ばしていこうよ。
そう考えたとき突然、腑に落ちたのだ。
「だから日本の神様は、昔から七福神なんだ!」
メンバーに目指してほしいのは、決して全知全能の神「ゼウス」ではない。一人ひとりが違った得意領域で力を発揮してくれればいい。
メンバーそれぞれが違った分野の「神様」となって、「七福神」を目指す。それが、私たちの会社の在り方になった。
「このために会社をつくった」と思えた出来事
数年前のこと、ある一人の女性を採用した。もともと演劇や舞台の制作の仕事をしていて、不器用だが素直な人。好印象を持ち、ロフトワークで働いてもらうことになった。 しかし1年後、彼女から、大きな劇場からオファーがきたことを打ち明けられる。彼女は「経験を積んで、また戻ってくるつもり」といってくれたけれど、そうならなかったとしても彼女の人生である。それはそれで仕方ないと思い、快く見送ることにした。 しかし、再会は思いがけない形で訪れる。1年後、突然の妊娠がわかった彼女が泣きながら電話をかけてきたのだ。これからどうすべきか、かなり混乱している様子だった。 私が確認したことは、一つだけだった。パートナーの同意が得られなくても、仕事を続けられなかったとしても、どんな障壁があろうと「その子を産みたいんでしょう?」。 「どんなことがあっても、産みたい」。その意思を確認した私がすることはもう決まっていた。彼女をもう一度、ロフトワークで雇おう。 幸い、私が気分で採用するのには、みんな(いい意味で?)慣れている。そこで私は、はじめて「ああ、こんなときのために会社をつくったんだ」と感じていた。
多様性が余白を生み、仕事をつくる基盤になる
現在、無事に出産を終えた彼女は、100年先の未来を目指す実験区「100BANCH」のプロジェクトを彩る重要な運営メンバーの一人になった。
非常に個性が強く、性格もてんでバラバラな若手の猛者(プロジェクトリーダー)たちを、フラットな感覚でやわらかく受け止めている姿が印象的だ。かたわらにいる1歳の娘と一緒に、ニコニコ笑いながら。いまの彼女だからこそ、できる仕事だと思う。
人には必ず、何かしらの「得意領域」がある。たとえ事業にわかりやすく貢献できたり、市場での競争力に直結したりするものではないとしても。じっくり付き合うほどに味が出てきて、その人にしかできない技を見せてくれる。
働くモチベーションが自己実現欲求にあるのか、承認欲求にあるのか、はたまた生存欲求にあるのか。その欲求の在りかが違うメンバーが在籍するのも、「多様性」の一つにほかならない。
会社の中にいくつもの多様性が重なったグラデーションが存在するからこそ、新しい仕事が生まれる余白も広がっていく。
その中で、メンバーが一人ひとり「自分にしかできない仕事」をつくっているのが、ロフトワークの面白さなのだ。
【連載目次】「ドーナツの穴 ー創造的な仕事のつくり方ー」
- #00 はじめに
- #01 デザインとクリエイティブ
- #02 付箋と民主主義
- #03 デザインは、量より質?
- #04 「わからない」が面白い
- #05 場が働き方をつくる
- #06 折り紙付き採用
- #07 合宿のススメ
- #08 その人にしかできない仕事を
- #09 きっかけは他者にある
- #10 FabCafeのつくり方
- #11 FabCafe Globalの育て方
- #12 飛騨の森でクマは踊るか
- #13 2020年代を生きるということ
- #14 ロフトワークの未来、どうしていこう?
- #15 ダイバーシティとどう向き合う?
- #16 「プロジェクトマネジメント」の技術をどう伝える?
- #17 「人とのつながり」をどうつくる?
- #18 おわりに
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