現場で使える「行動のデザイン」プロセスガイド
Vol.2:ユーザーの行動を促す5つの原則
社会心理学や行動経済学で実証された人間の行動原則をどのようにサービスやプロダクトに反映させ、イノベーションにつなげることができるのか?
社会起業家のためのグローバルネットワーク+ACUMENが発行している資料を元に、様々なプロジェクトでユーザーの行動について観察・考察しているディレクターの小檜山が実際の現場で使えるTipsを交えて3回シリーズで解説します。
どんなサービスでもプロダクトでも、そこには必ずユーザーがいます。前回は明確なユーザーを決め、そのユーザーの理解を深め、彼らにとってどんな障害があるのか探りました。今回はユーザーに望ましい行動を取ってもらうために、有効な原則を紹介していきます。
原則1:ユーザーの選択を極限まで「簡単」にする
スティーブ・ジョブズがAppleに戻った時に行った改革の1つに「商品の種類を絞ること」ことがありました。その後、Appleの復活劇が始まったことを考えると、ユーザーは多くの選択肢から自分にあったベストなモノを選びたいのではありません。自分にあったベストなモノを「簡単」に選びたいだけなのです。
一見すると選択肢が多いほうがユーザーはベストな選択肢を選べると思いがちです。しかし、難しい選択肢や複雑な選択肢を提示されると人は決断を嫌い、先延ばしにします。
シンプルとは数を絞るだけでなく、より具体的にすることでもあります。ユーザーには柔軟性よりも「こう使って欲しい!」と具体的な行動を呼びかけるべき時があります。ただし、ユーザーの言葉で呼びかけること。
私達にとって「ログインする」は普通のことですが、初めてインターネットに触れる人達にとっては「使う準備をする」のほうが親切かもしれません。
原則2:初期設定(デフォルト)で誘導する
選択肢をシンプルにすることに加え、よりユーザーの判断を簡単にさせる有効な手段が初期設定(デフォルト)を使うことです。例えばCharity Waterの寄付サイトでは100ドルが初期値で設定されています。
サイトを訪れた人が寄付額で迷わないようにするだけでなく、まるで100ドルが寄付額の平均であるように感じます。さらに初期値は一度選んでしまうと現状維持バイアス(リスクや失敗を恐れ現状維持を望む)が発生し、より変更しづらくする傾向があります。
例えば、PCの設定を初期値から変えたことがある人は何人いるでしょうか? いつからか送られてくるようになったネットショップからメールマガジン。購読解除せずにずっとメールボックスに届いていませんか?
ユーザーが初期値を選んでしまう傾向は、収益を上げるため高価格のプランを設定することにも応用できるでしょう。しかし、この傾向はあくまでユーザーにとって最適な選択を促すために使われるべきです。
原則3:行動の結果得られるベネフィットを明確に伝える
具体的なベネフィットの提示は行動デザインにおいて有効な手段です。このサービスやプロダクトを使うとどうなるのか、どういうベネフィットがあるのか、明確にユーザーに伝えましょう。
例えばLinkedinではユーザーにプロフィールを埋めてもらうため、どんな項目を埋めるとヘッドハンターからの連絡が来やすいかなど、項目を埋めるベネフィットを明確に提示しています。
一方、失敗例としてある慈善団体の蚊帳配布プロジェクトがあります。彼らは蚊による伝染病を防ぐため、ある村に無料で蚊帳を配布。しかし、特に明確な使い方とベネフィットを伝えずに配布したため、数週間後には何万個もの蚊帳が「漁の網」に使われてしまいました。
原則4:「失う痛み」を使う
人は得る喜びより、失う痛みのほうを大きく感じてしまいます。Warby Parkerはメガネ業界で異例の「自宅で無料試着サービス」を始めます。自分で選んだ5つのメガネを自宅で無料で試着できるこのサービスは話題を呼び、会社の成長に一役買いました。
SNSを通したコミュニケーションやその手軽さが優れていたこともありますが、ここで注目したいのは、一度自宅で試着したメガネはすでに自分のモノであるように感じてしまうことです。
この時点でメガネを得ることより、メガネを失うことのほうが辛く感じてしまい、そのまま購入してしまうのです。これはよくある「無料トライアル期間」でも見られることです。物理的なモノやサービスでなくてもこの効果は発揮されます。
例えば、フィットネス系アプリを例に取りましょう。 「体脂肪率が下がってきました!さらにこの腹筋のエクササイズをすればより健康的な体になれます」より「体脂肪率が下がってきました!しかし、この腹筋のエクササイズを逃すとリバウンドする可能性が高まります」と継続しないことで、「失うこと」を訴求した方が、よりユーザーを行動に駆り立てる強力なメッセージになります。
原則5:インセンティブの種類を見極める
インセンティブは主に3種類あります。雑誌の懸賞キャンペーンに応募したり、子供がお手伝いしたらお小遣いをあげるなど一番思いつきやすいのが経済的インセンティブ。
私達の脳は自分が受け入れられている、魅力的である、大切に扱われていると感じられる体験を常に探しています。Facebookのいいね!やコメントはまさにそれらを満たしてくれる社会的インセンティブなのです。
最後は自己的インセンティブです。お金でも人からの称賛でもない自己的インセンティブは障害を乗り越えること、成長を感じることと定義できます。分かりやすい例としてはジグソーパズルやRPGゲームでしょう。複雑なパズルを解き、完成したパズルを見るのは気持ちが良いですし、レベルが上がり新しい武器も手に入れ主人公が成長していくのはまるで自分が成長しているようにも感じます。(おそらくゲームの腕前も上がっているでしょうからより成長を実感できるでしょう)
しかし、毎回同じインセンティブの種類と量では飽きられてしまいます。どの種類のインセンティブにも適切な変化は必要です。なぜなら人は変化しなくなったもの対して興味をなくしてしまうからです。
注意事項:インセンティブの力関係
変化を与える際に、注意してほしいのは経済的インセンティブと社会的インセンティブには力関係が存在していることです。
例えば、結婚して間もない夫婦が母方の家のディナーに招待されたとしましょう。招待された夫が「お母さん、今日のディナーはとても美味しかったです。お礼に3万円をお支払いしたいのですが現金でよろしいですか?」などと言ってはいけません。お母さんは確実に失望するでしょうし、もうディナーには呼ばれないでしょう。
お母さんにとってお金がインセンティブ(経済的インセンティブ)ではなく、もてなすことで感じられる家族の繋がりや自己貢献感のような社会的なインセンティブ、つまりお金ではないなにかを期待していたのです。
経済的インセンティブは社会的なモラルに対しても強く影響します。
有名な例では、ある幼稚園では子供のお迎えに遅れる親が多く、困っていました。そこで園長はお迎えの時間に遅れた親に対して罰金(数百円程度)を課すことにしました。園長は「親は罰金を払うことを嫌がり、お迎えの時間に来てくれるだろう」と思ったのです。
しかし、実際は以前より多くの親が遅れるようになりました。これは彼らの中にあった「お迎えの時間に遅れてはならない」という社会的モラルが「罰金を払えば、お迎えに遅れることができる」という経済的インセンティブに切り替わり、社会的モラルの低下を誘発しています。
インセンティブの種類を見極める際には、まず「自社のプロダクトやサービスはユーザーとインセンティブを通してどんな関係を結んでみたいか?」から考え始めるとよいでしょう。間違ってもディナーを用意してくれたお義母さんにお金を渡すような関係は結ばないように。
いかがでしたか? 行動を促すにはいくつかのコツがあることがご理解いただけたでしょうか? 最後に本日紹介した原則を振り返ります。
- 原則1:ユーザーの選択を極限まで「簡単」にする
- 原則2:初期設定(デフォルト)で誘導する
- 原則3:行動の結果得られるベネフィットを明確に伝える
- 原則4:「失う痛み」を使う
- 原則5:インセンティブの種類を見極める
みなさんのプロダクトやサービスにできるところからぜひ反映させてみてください。Vol 1でも紹介した「摩擦の元」と組み合わせることでさらに効果的に行動のデザインが可能です。
次回は支払いと価格の不思議について解説します。
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