FINDING
林 千晶 2020.03.10

看護師、編集者、ディレクター。すべての経験を活かして次のキャリアへ
| これからの話 #03

2011年から4年間、ロフトワークのディレクターとして働いていた中尾妙(なかおたえ)さん。もともと看護師だった異色のキャリアをもつ彼女は現在、医療従事者向けの「かわいい、かっこいいユニフォーム」をつくっている。中尾さんが取り組んでいる“これからの話”を聞いた。

看護師から編集者・ディレクターに、そして再び医療の世界へ

林千晶(以下、林):妙ちゃんはもともと看護師からキャリアをスタートしていて、経験の幅が広いんだよね。今の仕事(クラシコ株式会社)に至るまで、どんな試行錯誤があったのか聞きたいです。

中尾妙(以下、中尾):はじめに小児科病棟の看護師になり、雑誌の編集を3年、ロフトワークに移って4年。この時点ですでに、キャリアチェンジが激しいですね(笑)。

ロフトワークを辞めた後、実は一度、訪問看護の領域でビジネスを作ろうと思っていたんです。久しぶりに看護の世界に戻ってみたら、私が働いていた十数年前とほとんど環境が変わっていなくて。だから何か、新しいチャレンジができないかなと思っていました。

クラシコ株式会社 商品企画・中尾妙さん

:訪問看護って、具体的にどんなことをやる仕事なの? 今、日本が国を挙げて推進している領域でもあるよね。

中尾:そうですね。端的にいうと、人の生活の場に医師や看護師が入っていく形の医療です。例えば、病気を持っていて薬の管理をする必要があったり、週1回の点滴が欠かせなかったり、そういった人たちのところに通ってサポートする仕事ですね。

でも実際に訪問看護ステーションを経営するには、かなり多くのハードルがあって。自分の時間をすべて捧げる覚悟も問われますし……。例え私が小さな訪問看護ステーションを作ったとしても、業界の内側からカルチャーを変えていくのは難しいな、と痛感していました。

そんなとき、たまたま出会ったのがクラシコだったんです。

:この部屋(クラシコさんのミーティングルーム)にもサンプルがたくさん。ドクターが着る白衣とか、ナース服とか。これを妙ちゃんがつくっているの?

中尾:はい、企画チームでドクターとナースウェアやシューズなどを分担してつくっています。私はナースウェアと、新規カテゴリに含まれる商品企画を担当しています。

はじめは、クラシコが開いていた“誰でも参加可能なミーティング”に、興味本位で参加したのがきっかけでした。もともと看護師でしたし、ロフトワーク時代にいろいろなものづくりの企画に携わってきた経験もありましたしね。

そこで「もっとああしたらいい、こうしたらいい」と意見を出していたら、代表から「もっとプロジェクトに入ってくれ」と声をかけてもらって。

訪問看護も楽しかったので悩んだのですが、クラシコのつくっていた実物の白衣やナースウエアを見て「自分も着たい!」と感動しちゃったんですよね。それで、入社を決意したんです。

子どもが成長して、ライフスタイルが変化。たった一つの後悔

:一見すると思い切ったキャリアチェンジに見えるけど、話を聞いていくと全部がつながっているような気がするよね。すごく妙ちゃんらしいというか。

中尾:そうなんです。看護師、雑誌編集、そしてロフトワークでディレクターとして積んだ経験、すべて線でつながったなぁと思ってます。

私、そもそも仕事がイヤになって転職したことは一度もないんですよね。看護師を辞めて雑誌編集者になったのは、小児科を担当していて、子どもたちに病気や検査について説明する本を作りたい! と思ったから。

そこからロフトワークに移ったのは、編集の経験を活かしてインターネットの世界で仕事がしてみたかったからです。当時、よくバスでロフトワークのオフィスがあるビルの前を通っていたんですよ。それで会社を検索したんですけど(笑)。

ロフトワーク勤務時代。2011年8月の「プロジェクトデザイン勉強会」にて。

:ロフトワーク時代を振り返ってみたとき、どう感じる?

中尾:私にとっては、大人になってから思いがけず突入した「第三次成長期」でした。

懇切丁寧に「プロジェクトの進め方はこう、マニュアルはこれ」みたいな職場環境ではなかったですけど、むしろそれが心地よかったし、楽しかったんですよね。

関わる案件も、毎年のように変わっていったじゃないですか。最初はコンテンツを作る仕事だったのが、Web制作になり、それが戦略立案工程からの依頼になり——。常にチャレンジが求められましたけど、私は面白かったです。

:だったら、辞めなくてもよかったじゃないって思っちゃう(笑)。なぜ、辞めることにしたの?

中尾:それは完全に、私自身のライフスタイルが変化したからですね。当時、ちょうど子どもたちが小学校に上がる直前だったんですけど、とにかく次から次へと体を壊しちゃって。

夫はフリーランスだったのですが、さすがに子ども2人を見るには時間が足りない。これは一旦、自分がやりたいことを諦めないといけないな、と覚悟しました。

:そうだったんだね。ロフトワークも当時と比べると、働き方の部分がすごく変わってきたと思う。時短やフレックス制度を導入して、子どもがいるいないに関わらず、自分の働きたい時間に働く人が増えているよ。

中尾:正直、当時はちょっと自分の意地もあったんです。子育てをしているから時短で働くとか、それはイヤだな、と。今思い返してみれば、そのこだわりを手放してもよかった気もします。一つだけロフトワークに対して後悔があるとすれば、それですね。

「着心地のいいナースウェア」をつくる、新しいチャレンジ

:今、妙ちゃんが関わっているクラシコさんの事業について、改めて教えてください。

中尾:クラシコは「世界中の医療現場に、人間的で、感性的で、直感的な革新を生む」というミッションを掲げて、デザイン性のある上質な白衣やナースウェア、医療機器を開発・販売している会社です。

白衣やナースウェアの市場って、大型の病院と契約しているリネン業者と古くからある大きな白衣メーカーがほぼ独占している状態なんですよね。何度も洗濯するものだから、「強くて安い」生地で作られたものが良しとされてきた。

でも、もっとふわふわ着心地がよくて、かっこいい、可愛い白衣やナースウェアがあったっていいじゃないですか。医療現場で働く人たちが身に着けたときほっとできて、なおかつ繰り返しの洗濯に耐えられる強い生地のもの。

大規模な病院を取り巻く業界構造はそう急に変わらないですけど、少しずつ大きな病院での導入も増えています。また個人の間ではクラシコ製品の認知が広がってきていて、小さなクリニックなどで働く方が購入してくださるケースが増えていますね。

:(サンプルを見回して)ちなみに今、一番人気があるのはどの商品?

中尾:ナースウェアでですか? このシリーズですかね。

一番人気があるというナースウェア

:確かに可愛いね! でもこのデザインなら、年齢問わず幅広く着られそう。新人ナースでも、看護部長さんでも。

中尾:千晶さんにも着てみてほしい!

:いやいや!(笑) 看護師さんたちが着る服がこういった商品に変わることによって、医療の現場が変わっていく実感や期待はある?

中尾:そうですね。医療現場の人たちにアンケートを取ったところ、7割くらいの人が「着るものによって仕事のやる気やパフォーマンスが変わる」と回答してくれました。もともと私たちが仮説として持っていたことでしたけど、実際の声を聞いて「この事業が進んでいる道は間違ってない」と思えましたね。

着心地に徹底的にこだわったという、人気ブランド「ジェラート ピケ」とのコラボレーション製品。

既存業界の“枠”を超えたものづくりを

:実際にこういった商品を企画して、ものをつくるって大変じゃない? ロフトワーク時代に関わっていたこととは、また違うよね。

中尾:クラシコに入社してからというもの、もうはじめて見ること、はじめて聞くことばかりで、ものづくりの大変さを感じる日々でした……!

:商品開発には時間もかかるでしょう?

中尾:生地の開発から考えると、どんなに早くても実際の商品ができるまでに1年半から2年くらいはかかりますね。

でも、やっぱりものづくり自体はすごく楽しいです。まだ自分がデザインを提案するときは怖さもあって、声が震えちゃうときもありますけど(笑)。チームや取引先の方と一緒に知恵を出し合ってつくるプロセスや、頭に思い描いたことが、形になって実際に手に取れるようになる。その喜びは大きいです。

ロフトワーク時代に経験したディレクションも、考え方としては同じだと思うんですよね。限られた予算の中で、クライアントが実現したいことがあって、ロフトワークが目指したいクオリティもあって——その“枠”の中でものづくりをしていく。それは今の仕事でも共通していることだと感じます。

:妙ちゃんはその“枠”を、超えていける人だと思う。ロフトワークが昔も今も大切にしているのは、「視点をずらして新しい価値を生む」ということなんだよね。今まさに、妙ちゃんはここでそれを実践している真っ最中なんだなと感じました。

だから医療現場で働く看護師さんたちが、自分の仕事に自信をもてるようなウェア、商品をこれからどんどん作ってほしい。

中尾:はい、精進します! 働く人たちにとって本当に価値のある商品、つまり“売れる商品”を作ることを目指してます。価値を証明するには、それしかないと思っているので。

2019年12月25日、クラシコ株式会社にて。

取材を終えて(林千晶)

いやー、可愛い!! 相変わらず可愛い。そしてオシャレ。

そんな妙ちゃんが、ドクターやナースにもハイセンスだけど高機能な制服をデザインしているなんて、当然でもあり、不思議な繋がりだなと思った。でも、妙ちゃん自身の「強さ」が起動力となっているのは確か。ほしいもの、必要なスキルは、臆せず取りにいく。

もちろん、既存のビジネスとの軋轢もあると思う。それでも10年後、日本中の医療関係の制服が妙ちゃんが手がけている。そんな夢を持たずにはいられない対談だった。

(撮影:加藤甫)

Keywords

Next Contents

The KYOTO Shinbun’s Reportage
京都新聞論説委員が見る京都ルポ「課題の価値」