FINDING 林 千晶 2020.01.21

チーフディレクターから区役所職員へ。江戸川区の未来を担う | これからの話 #02

かつて、ロフトワークには「チーフディレクター」という職種があった。その役割を体現していた、滝澤耕平(たきざわこうへい)さん。クリエイティブの仕事を経て、現在は江戸川区役所の経営企画部で働く滝澤さんが見据える、“これからの話”とは。

ロフトワークから、生活保護のケースワーカーに転身

林千晶(以下、林):滝澤くんは、「江戸川区を変えたい」といって2014年にロフトワークを辞めていったんだよね。

滝澤耕平さん(以下、滝澤):いやいや、そんなこと言いました……?(笑)

:「江戸川区にはいいところがたくさんあるのに伝わっていない。だからそれを変えたい」と、熱意をもって言ってたよ。

滝澤:それはそうですね。僕、出身は千葉県なんですけど、結婚して移り住んだ街が江戸川区で。江戸川区には有名な観光地やおしゃれな街並みはないですけど、「暮らす」にはとてもいいところなんです。

昔ながらの下町を思わせる近所づきあいとか、比較的職住近接で地域の力を大事にしていることとか。でもそれが、全然伝わっていないなと。だから、江戸川区の仕事に興味を持ったというのはあります。

:最初についたのが、生活保護の仕事だったよね。

滝澤:そうです。5年間、ケースワーカーとして働いていました。はじめは何も知らずに配属になって……区役所内では、あまり人気がない仕事なんですよね。でも僕は、やりがいある仕事だと思って取り組んでいました。

人助けと後方支援。ディレクター時代との共通点

:クリエイティブの仕事から、生活保護のケースワーカーに。けっこう振り幅がある気がするけれど、どんなところが滝澤くんに合っていたんだろう?

滝澤:うーん、そうですね。「人助け」が、単に好きなのかもしれないです。

:もう少し詳しく聞かせてほしいな〜。

滝澤:例えばあるとき、訪問先のお宅に、不登校になってしまった中学生のお子さんがいたことがあって。最初は布団をかぶってゲームから目を離さなかったのに、何度も通ううちに少しずつ話をしてくれるようになり、高校にも入学できて、コンビニでアルバイトもはじめて、大きな声であいさつしてくれるようになって。そういうことの積み重ねなんですよね。

:そうか、なるほどね。

滝澤:ただ、ケースワーカーって、1人で100世帯ほどを担当するんです。相手のことを真正面から受け止めすぎて、他人の人生を丸ごと背負いこんでしまうようなタイプの人には、辛い仕事だと思います。バランス感覚が必要かもしれません。

:そういわれてみると滝澤くんって、チーフディレクターだった時も、確かに先頭に立ってプロジェクトを進めていくタイプではなかったよね。自ら前面に出るより、後方支援が得意で。

滝澤:そうですかね?

:そうそう。チームの中でこぼれてしまうことを拾ったり、追いつけていない若手社員やアシスタントディレクターのフォローをしてくれたり。全体を俯瞰して、足りているところはさらに伸びやかに、逆に足りていない部分はさりげなくサポートする。そういう面ではケースワーカーとしての仕事にも、似たような要素があったのかもしれないね。

感じていたチーフディレクターとしての限界

:一つ、聞いてもいい? ロフトワークを辞めるにしても、そのままクリエイティブの仕事を続ける選択肢はなかったの?

滝澤:あ、それはなかったです。違うクリエイティブの会社に転職することは、まったく考えていませんでした。ロフトワーク以外で同じような仕事をしても、きっとつまらないだろうな、と思っていましたから。

:そうなんだ。

滝澤:転職を決めたのは、いろいろなことがちょうど重なったからだったんですよね。

子どもが産まれて時間の使い方を見直したかったのもありますし、ロフトワークで官公庁関係の案件を担当したことで、行政の仕事自体に興味を持つようにもなっていて。あと公務員試験の経験者採用に応募できる、年齢的なリミットもありました。

:当時、滝澤くんを頼っていたプロジェクトも多かったし、「辞める」といわれたときはショックだったなあ。

滝澤:でも2013年頃のロフトワークって、ちょうど次のステージに移行しかけていましたよね。大規模なWeb制作案件だけではなく、新たな領域に踏み込みはじめていて。

だから、僕があのまま在籍し続けていたとしても、チーフディレクターとしての役割を果たせたかはわからないですよ。自分としては、限界を感じていた節もありますし。

とはいえ確実に、仕事に対する考え方やスキルなど、社会人としてのベースはロフトワーク時代に培われたものなんですよね。それはまちがいないです。

苦しかったプロジェクトもたくさんありましたけど、“第2の青春時代”みたいな。林さんって一緒に仕事をすると、必ずリミッターを外しにかかってくるじゃないですか。

:そうかな?(笑)

滝澤:最初は「そんなの無茶だよ!」と感じたとしても、話しているうちにだんだん「できるかもしれない」と思えてくる。それがすごいですよね。

僕、基本的にめんどうくさがりなので、ロフトワークで働いていなかったら、自分から「新しいことにチャレンジしよう!」なんて思うようにならなかったと思います。

“直近の仕事”は、10年後のプロジェクト

:ロフトワークを飛び出して、生活保護のケースワーカーを5年。そして、今はどんな仕事をしているの?

滝澤:管理職になる試験を受けたタイミングで、2019年にケースワーカーから経営企画部に異動しました。

区役所にはさまざまな課題に対応する課があるのですが、既存の組織に当てはまらないこともたくさん発生するんですよね。例えば「介護」に対応する課はあるけど、「外国人居住者」のことを考える課はまだない、とか。経営企画部では、そうした新しい課題について対応策を考え、実行していく仕事をしています。

:そう聞くと、ロフトワークでやっていた仕事に近い気もするね。課題を定義して、解決していく。その手段がクリエイティブだけではなくなった。

直近の仕事としては、どんなことに関わっているの?

滝澤:大きな仕事としては、約10年後に江戸川区役所の庁舎を移転する予定があります。それにあわせて、仕事の仕方や行政のあり方を見直すプロジェクトを立ち上げて、その検討に着手しています。

:直近の仕事が“10年後”なんだね! ロフトワークはずっと今日明日、長くても1年スパンくらいで仕事に向き合ってきて、それが気づいたら20年続いていた感覚だから、時間感覚がまるで違う。

滝澤:そうですね。ただ課題解決のプランを作ることはできても、それを実際の施策にして、さまざまな人に動いてもらうのはとても難しいじゃないですか。だからこそ今、経営企画部は大忙しなのですが、このタイミングで異動できたのはチャンスでもあると思っています。

描いたプランを実現するためには、パワーが必要

:私、滝澤くんが辞めるときに「せっかくなら区長になってね!」って言ったじゃない?

滝澤:はい、覚えてますよ(笑)。さすがに今すぐ区長になることを考えるのは難しいですけど、自分が「やりたい」と考えていることを実現していくには、区役所内で実績を上げて、それなりのポジションにつく必要があることは日々痛感しています。

:宣言したことを実践していくには、パワーがいる。行政の仕事は数十年スパンの長期的な取り組みになるから大変だと思うけど、滝澤くんにはぜひ、江戸川区で何かをやり遂げてほしいです。

滝澤:そうですね。20年、30年先の未来を見据えて、取り組んでいきたいと思っています。

:ロフトワークと一緒に、できることもいろいろありそうだよね。そのときはまた、一緒に仕事しようね!

2019年10月19日、道玄坂ピアビルにて。

取材を終えて(林千晶)

5年ぶりくらいに滝澤くんに会った。変わらず、淡々と語る人だった。

生活保護の仕組みや難しさも、経営企画についての意気込みも、同じように淡々と語る。でも変わらないように見える言葉の裏で、人知れず悔し涙を流すこともあれば、うれし泣きをすることも知っている。

あの頃も、ロフトワークで多くの若い子たちを見守ってくれたんだよね。改めて、ありがとう。

(撮影:西田香織)

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