視覚言語の世界にふれる
——後編:ちがいを楽しみ、共創力を育む。映像的言語としての手話が教えてくれたこと
ロフトワークのレイアウト事業部では、パナソニックのクリエイティブミュージアム「AkeruE」の運営をおこなっています。
AkeruEのコンセプトは、「ひらめきをカタチにするミュージアム」。3つの展示・体験空間——『ASTRO(アストロ)』『COSMOS(コスモス)』『PHOTON(フォトン)』——を軸に、子どもたちが楽しみながら体験を通じてアートと理学・工学・科学を学び、その場で実践、さらに発信できるプロセスが構成されています。
ASTROの展示の最大の特徴は、「アート作品」と「アート作品を構成するしくみや原理を分解した原理展示」の2種類によって構成されていることです。作品の表現を支えるしくみや原理をみながら、アート作品がどのようにつくられているか考えをめぐらせることで、体験者の知的好奇心と探究心を育むねらいがあります。
2022年、ASTROに新しく「An Image of…」とその原理展示である「映像的言語と表現」が展示されました。本記事では、視覚言語としての手話の豊かさや、「映像的言語と表現」の制作を通して獲得した視点について、AkeruEのクリエイティブディレクターであり、展示のディレクションと展示を通した学習・鑑賞体験のデザインを担当した野島稔喜が、ともに制作に携わった異言語Lab. のメンバーと一緒に語ります。
執筆:イガラシダイ
撮影:村上 大輔
企画・編集:野島稔喜、越本春香(株式会社ロフトワーク)
話した人
左から(敬称略)
勝野 崇介(かつの・そうすけ)/異言語Lab. メンバー、学校教員、コミュニケーションコンサルタント
那須 映里(なす・えり)/異言語Lab. メンバー、役者、手話エンターテイナー
仲 菜摘(なか・なつみ)/異言語Lab. メンバー。会社員として働く傍ら、異言語Lab.のコンテンツ制作やワークショップファシリテーターとして関わっている
野島 稔喜(のじま・としき)/LAYOUT事業部 ディレクター Profile
異言語Lab./異言語Lab.とは、異なる言語を使用する者同士からうみだされるコミュニケーションの試行錯誤、ひとつひとつの言語の魅力を探り合い、新しいコミュニケーションのカタチを提案していくラボラトリー
「映像的言語と表現」とは
AkeruEのなかにあるアート作品を展示するASTROエリアでは、2022年より和田夏実さん・筧康明さんの「An Image of…」を作品展示しています。その原理展示が「映像的言語と表現」。「かたち」「うごき」「ようす」を伝えるための手話表現をクイズ形式で学びながら、手話という視覚言語の奥深さ、豊かさに触れます。
手話という言語が持つ、豊かさとはなにか
野島稔喜(以下、野島) 「An Image of…」の原理展示を制作するにあたって、異言語Lab.のみなさんにお声がけしました。普段から手話でコミュニケーションを取りながら、音声言語に頼らない様々なコミュニケーションの在り方を考え、体験をつくっているみなさんとともに制作することで、「手話という言語や表現の広がりを、来場者の方にきちんとお伝えできる」と考えました。結果として、異なる視点を持つ人同士が交わることで、新しい体験を生み出せたのではないかな、と感じています。制作過程は私にとってとにかく新鮮なことばかりで、手話に対するイメージもがらりと変わりました。今回の展示は、手話のCL*と呼ばれる文法にフォーカスを当てて構成をしています。「An Image of…」を通して自分の見ている世界をそのまま身体で表現できる、そういった手話の豊かさを知ることもできて、とても貴重な体験をさせてもらえました。
※CL…CLとは物の性質(形や特徴)を表現して伝える方法のこと。例えば、「木」の場合、一般的な手話語彙としての「木」と異なり、木の形やそのものの様子、風による動きの特徴などを写像的に伝えるルール・文法を指す。
那須映里さん(以下、那須) さまざまな物の質感や形、大きさをそのまま視覚的に表現できる手話が新鮮だったということですよね。野島さんのように、原理展示を体験した子どもたちにもそう感じてもらえたらうれしいです。
野島 手話についてもう少し理解を深めたいので訊きたいのですが、那須さんは手話のどういうところを魅力や豊かさだと感じていますか?
那須 難しい質問ですね……。本当にさまざまな魅力があると思いますが、たとえば手話の場合、「どんよりした空に黒い雲が浮かんでいて、雨が降っている」という文章を非常に短く表現することができます。目を細めることで暗さを表し、手の動きで雨粒の大きさや量も表せる。つまり日本語の文章にすると長くなってしまう説明を短く、かつ同じ情報量で伝えられるんです。
勝野崇介さん(以下、勝野) たとえば「ヒマワリが太陽を追いかけている」という文章があったとき、それは「ヒマワリの花が、太陽の動きを追いかけるようにして咲いている」という意味であって、決して「ヒマワリが実際に太陽を追いかけるように走っている」わけではありませんよね。でも、字面だけを見るとそう勘違いしてしまうかもしれない。それを手話では映像的に表現できるので、誤解がないように正しく相手に伝えることができるんです。
野島 音声言語の日本語だと「ヒマワリが太陽を追いかけている」という表現の裏にはどんな意図があるのかを汲み取る必要がありますね。「行間を読む」なんて言ったりもしますが。
那須 とはいえ、手話がすべての物事を具体的に表しているかというと、そうでもないんです。日本語のように行間を読むこともしますし、相手の手話を見て「どういうことだろう?」と想像することもあります。
野島 なるほど。他にも手話ならではの特徴ってあるのでしょうか?
勝野 ちょっと想像していただきたいのですが、もしも走っているときに転んで怪我をしてしまったとして、それをお医者さんにどのように説明しますか?
野島 「膝を擦りむいてしまって、痛みがあります」でしょうか。
勝野 きっとそんな風に簡潔に説明しますよね。でもろう者の場合、一体どんなシチュエーションで転んでしまったのか、そのとき、膝からどれくらい出血したのかと、細かなストーリーまで相手に伝えることがあるんです。
野島 それはどうしてですか?
勝野 映像的な言語を用いるろう者は、「映像」で記憶しているからです。「怪我をした」という結果だけではなく、そこに至るまでの経緯をすべて映像で記憶しているので、それを手話で説明するんですよ。
野島 そうなんですね! それは手話の大きな特徴なのかもしれませんね。
言語により生じる感覚の違い
野島 音声言語の日本語との違いに戸惑ったことはありますか?
勝野 言葉が持つニュアンスをどう解釈するのか、聴者とろう者でそこに違いがあることを感じます。良い悪いではなく、感覚の違いですね。たとえば職場で「その書類、早めに提出してください」と言われたとして、その「早め」とはどのタイミングのことなのか。お昼までなのか、本日中なのか、あるいは翌日でもいいのか。聴者はそれを言葉のニュアンスから伝えたり汲み取ったりするのだと思いますが、ろう者の場合は非常にはっきりと伝えることが多いんです。
野島 音声言語の日本語だと声だけで伝わることがあるかもしれません。ただ、わからないことも多いから、食い違ったりもするんですよね……。相手との関係にもよるのかな。
勝野 音声言語の日本語には声の抑揚などにも情報が含まれていて、それによって意味が補完されるのだと思います。だからこそ、それが文章だけになってしまうと、うまく伝わらないこともある。
野島 たしかに。話し言葉だととても柔らかく聞こえるのに、文章になると途端に冷たい印象になってしまうことがあります。
勝野 そう、だからぼくたちろう者にとって、聴者との会話には手話が必要なんです。日本語の文章だけで通訳されてしまうと、付随するはずの情報がこぼれ落ちやすいので。
野島 今回、AkeruEのWebページに情報保障として初めてろう者が手話で説明する、手話ナレーションの映像を設けましたね。
那須 はい、それは日本語に含まれるニュアンスを、ろう者に十分に伝えるためです。
勝野 それで言うと、やはりろう者としては日本語の文章だけでは伝わりきらない場合もあり、「ろう通訳*」のようにろう者による手話での情報保障を入れてほしいとも思います。
※ろう通訳…ろう通訳とはろう当事者による手話通訳のこと。聴者が話した内容を聴者の手話通訳者が手話に変換し、それをさらにろう者が再翻訳する。東京パラリンピックの式典で、実際にろう通訳が中継に映し出され大きな話題を集めた。
勝野 聴者の手話通訳が悪いというわけではないのですが、ただ、日常的に手話を使っているろう当事者による通訳だと、ろう者の視点からさらに意味・意図を伝えられるのではないか、と思うんです。
野島 今回の制作とここまでお話を聞いてみて、ろう者にとって手話が大切な言語であり聴者の理解もまだ追いついていないことが現状の課題としてあるのかなと思いました。日本語の文字情報があるのだから理解できるだろう、大丈夫だろう、ということではないのですね。言語の成り立ちが異なることもあり、理解の部分でも認識が異なってしまうことがあるんですね。
大切なのは「伝えたい」とする姿勢
野島 「An Image of…」の原理展示がスタートしてから、展示を一般の方が体験している様子を観て何か感じたことはありましたか?
仲菜摘さん(以下、仲) 印象的だったのは、親子で助け合いながら手話を理解しようとする姿勢が見られたことでした。ある男の子が問題を間違えてしまったんですが、そのときお母さんと一緒になって「いまの手の表現はなんだったんだろう」と一生懸命考えていたんです。
野島 私も親子が一緒になって手話の問題に取り組んでくれている様子を何度もみています。なかには、覚えた手話表現や自分だったらこうやって表現するよと、私にやって見せてくれる子もいたりして、原理展示の企画意図が伝わっていることに感動しました。
これは制作の過程でも感じたことなんですが、私は手話ができない分、みなさんとわかり合えた瞬間がすごく心地よかったんです。みなさんとお話をしているなかで「そう、それそれ!」「そういうことなんです!」と、伝えたいことが伝わった瞬間、聴者のぼくとろう者であるみなさんとが緩やかに繋がっている感覚を覚えています。素晴らしい経験をさせてもらいました。
その反面、やはりすべてを伝えること、理解することの難しさも感じて。だからといって諦めているわけではなくて。手話ができない私がみなさんのことを100%理解することは叶わないかもしれないけれど、「それでも理解したい」という姿勢でいることが大切なのかな、と。耳が聴こえるとか聴こえないとかで線引きするのではなく、シンプルに「相手のことを理解したい」「自分の思いを伝えたい」と考えることが、立場を越えてつながっていくために必要なことなのではないか、と思います。
勝野 それはまさに異言語Lab.が目指していることです。お互いの「違い」なんてもうどうでもよくって、そこで諦めるのではなく、寄り添っていくこと。伝わるか伝わらないかを考えるよりも、とにかく伝えようとする姿勢が大切なんですよね。
子どもの頃って、身の回りに「自分とは違うもの」がたくさん存在していたと思います。そこに自分を近づけていって、自然とわかり合う。子どもってそういうことを自然とやっているんだと思うんですね。でも大人になると、どうしても難しくなってしまう。
那須 だからこそ、この原理展示を経験することで、子どものうちにコミュニケーションの引き出しを増やして、豊かな想像力を蓄えていってほしいですね。
仲 そうですね。原理展示での経験が「そういえば、あのとき手話に触れたんだな」という記憶になって、将来、聴こえない人と出会ったときの第一歩につながることを期待しています。聴こえない人とのコミュニケーションって、別に怖くないんだって思ってもらえるといいな、と。
野島 それは、AkeruEを運営する私たちも願っていることです。AkeruEで経験したことを学校や家庭に持ち帰って、その後につなげてほしい。子どもってすごく吸収力があるから、経験したことを自分なりに咀嚼して、考えてくれるんです。だからこそ原理展示が「手話」について考えるきっかけになると嬉しいですし、そういった展示をみなさんと作り上げることができて本当によかった。
勝野 学校の教科書って、開くと答えが載っていますよね。でも、AkeruEの展示には答えがありません。それが素晴らしい。答えがないからこそ、自分で体験して、考えて、表現してみる。そのストーリー自体に意味があるんだと思うんです。
野島 答えのない社会に向き合うために、このAkeruEが、子どもたちの力を養う場所になってくれたら最高ですね。
Project Member
ひらめきをカタチにするミュージアム「AkeruE(アケルエ)」
パナソニックグループのグローバルな総合情報受発信拠点「パナソニックセンター東京」の2・3階に「クリエイティブミュージアム」という新しい概念を打ち立てた施設。ロフトワークは同施設の総合プロデュースを行い、現在委託を請けて運営も行っています。
AkeruEは施設体験を通じて、子どもや若者世代がVUCA時代において不可欠な創造力を育む、新しい教育展示施設のあり方を提示しています。
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