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北尾 一真, 森 実南, 松永 篤, 室 諭志, 岩崎 諒子 2023.09.08

ウェブリニューアルでブランド価値を育てるには?
自社サイトの「資産化」に向けた課題設定のアプローチ

ありたいブランド像を体現するための、Webサイト構築

世の中にインターネットが普及しておよそ四半世紀が過ぎ、今や老若男女を問わず、各個人が好きなもの・知りたいことを自由に選び取るのが当たり前の時代。多くの企業にとって、ターゲット層とのタッチポイントとして、自社のWebサイトを通じてブランドを訴求することは、必須の命題といえます。

一方で、Webサイトの運営に「成果」を求めようとするあまり、合理的すぎてブランドの訴求力が弱かったり、ともすると消費や購入を煽るようなコミュニケーション一辺倒になってしまう、などのジレンマを抱えてはいないでしょうか。

Webサイトを通じて企業の「ありたいブランド像」を体現することは、顧客やファンに向けて本質的なメッセージを発信することに繋がります。そのようなコミュニケーションを積み重ねることによって、Webサイトは企業にとっての中長期的な資産となるはずです。

本記事では、ロフトワーク クリエイティブディレクター 北尾一真が、ロフトワークがこれまで支援してきたWebサイト制作事例を通して、中長期的にブランド価値を積み上げるためのWebサイト制作の視点とプロセスを解説します。

執筆:吉澤 瑠美
企画:北尾 一真(ロフトワーク クリエイティブディレクター)、森 実南(ロフトワーク マーケティング)
監修:松永 篤(ロフトワーク シニアディレクター)、室 諭志(ロフトワーク MVMNT Unitバイスマネージャー)
編集:岩崎 諒子(Loftwork.com編集部)

「Webサイトが資産になる」ってどういうこと?

本記事の問いは、「Webサイトは資産になるか?」です。

企業にとって「資産」と言えば、銀行預金や不動産などを指すのが一般的です。また近年では、人的資産や知的財産といった無形資産にも注目が集まっています。では、仮に「Webサイト=資産」となり得るケースを考えると、

  • Webメディア
  • Webサイトをプラットフォームとしたサービス・事業

これらを資産と呼ぶことに違和感はないでしょう。では、コーポレートサイトやプロジェクトのWebサイトを運用することは、企業や事業にとって資産を形成する活動にはならないのでしょうか?

実は、これらのような直接的な事業として運用されていないWebサイトでも、運用を継続していくことによって、事業やプロジェクトへ大きな利益を生み出す中長期的な可能性を持つ、ひとつの「資産」になると考えられます。

さらに、今や技術や情報、ツールの集積によって、ノーコードでも質の高いWebサイトが誰にでも作れるようになりました。特に、Chat GPTやNotion AIといった生成系AI技術の発達によるコンテンツの進化には目を見張るものがあります。

安価で質の高いWebサイトが容易に手に入るようになった今、企業がWebサイトを通じたブランドコミュニケーションを始めるために、何に注力してWebサイトを構築・運用すべきでしょうか。ロフトワークが携わった2つの事例から紐解いていきましょう。

事例紹介1:
活動のコンテンツを蓄積し、ブランド価値を高める
富士吉田市「SHIGOTABI」

SHIGOTABI(シゴタビ)」は山梨県富士吉田市による、都市と地域との関係づくりを促進するワーケーションプログラムです。2020年から同市の委託のもと、SARUYA HOSTEL(株式会社DOSO)とロフトワークが共同で企画・運営に取り組んでいます。プロジェクト始動にあたり、ワーケーションの利用者となる都市生活者や個人活動が中心のクリエイターへの訴求を目的としてWebサイト制作を行いました。

実施前の状況

Webサイトの公開とともにプロジェクトがスタートする計画だったため、サイトローンチ時点ではイベントのスケジュール以外にはコンテンツがほとんど存在しない状態でした。

リニューアル前のSHIGOTABI Webサイト

プロジェクトデザイン

プロジェクトの立ち上げ段階で必要だったのは、ターゲットである都市生活者とクリエイター、重要なステークホルダーである地元の人々に向けて、プロジェクトのメッセージを普及・浸透させることでした。

メッセージを伝える際に重要なことは「Webサイトを作ること」ではなく、「ブランドコミュニケーションとして何に重点を置くべきか」を適切に判断することです。SHIGOTABIのケースでは、サイトの構築・運用コストを抑え、写真やコピーライティング、また開催イベントの質に重きを置くことにしました。ご存知の通り、多くのプロジェクトでコストは有限です。Web構築において限られた予算の中で最大のパフォーマンスを引き出すためには、優先順位を明確にして「コストを掛けるべき項目」を絞り込むことが重要です。

このプロジェクトでは、あらかじめ定めた優先順位に従って、サイト構築にノーコードツール「STUDIO」を採用。運用担当者と確認しながら、ツールに準拠した運用設計を行いました。ページ数やテキストは最小限に抑える一方で、写真・コピーを中心に配置することで質の高いWeb体験を追求。ターゲットに向けてプロジェクトが提供するワーケーション体験への期待感を高める、余白のあるWebサイトが完成しました。

リニューアル後のSHIGOTABI Webサイト
SHIGOTABI コンセプト

Webサイトには、富士吉田の豊かな自然環境と、その場所で働くことの気持ちよさを想起させるイメージが使われている。

完成したWebサイトが持つ「資産」

いくら完璧なWebサイトをローンチしたとしても、発信が続かなければブランド価値を高めることはできません。プロジェクトの始動にともなってつくられたこのWebサイトは、SHIGOTABIというプロジェクトを持続させるためのWebサイトと言い換えられます。

Webサイトを見た都市生活者やクリエイターがプロジェクトへ参加し、その活動を見た人が地域の外から訪れプロジェクトが拡張していく、という持続的なサイクルを生むためには、プロジェクト内外で生まれた活動をサイト内にアーカイブとして蓄積していく必要があります。活動単体でマネタイズすることが難しいプロジェクトこそ、ブランディングを意識した発信とそのアーカイブの蓄積によってその価値を高めていくことが大切です。

制作プロセスから得た「知見」

このプロジェクトでは、広報予算をWebサイトの構築に使い切らない、という選択肢をとりました。漠然と「サイト構築にはまとまったコストがかかる」と考えがちですが、目的や実現したいことによってコーディング、デザイン、運用など、重点の置き方を柔軟に選べます。何を優先するべきかを考えることで、予算を有効に活用した事例と言えるでしょう。

もっと詳しく知る

SHIGOTABI プロジェクトレポート

事例紹介2:
成長とともに変化する事業戦略にブランディングの視座を揃える
株式会社飛騨の森でクマは踊る コーポレートサイト

株式会社飛騨の森でクマは踊る(通称:ヒダクマ)は、2015年5月に岐阜県飛騨市と株式会社トビムシ、そしてロフトワークの三者によって飛騨市古川町に設立された、森林再生とものづくりを通じた地域産業創出のための第三セクターです。

創業から運用していたWebサイトでは、自社事業の重要なコラボレーターである建築家との出会いを意識した発信として、飛騨の伝統的な組木技術のデジタル化とそれを活かした制作事例を大きく打ち出していました。また、自社のミッションである「森と人との持続的な関わり」をテーマにしたイベントやコンテンツの発信が中心でした。

創業8年目を迎えたヒダクマは、これまでに国内外の幅広い建築家やクリエイターと関係構築できたこと、また、これからは建築にとどまらない、幅広い領域のプロジェクトに挑戦するために、事業戦略を転換。飛騨の多彩な地域資源とテクノロジー、グローバルなクリエイターとの共創を掛け合わせた、サステナブルなものづくりを強みとした情報発信をするために、Webサイトのリニューアルを決定したのです。

実施前の状況

ヒダクマがWebサイトのリニューアルを行うきっかけは3つありました。1つは、ビジネス戦略の転換により、獲得したい案件に変化が生まれたことです。2つ目はポジショニングが変わってきたこと。それまでは「地域」「森」というキーワードに重みづけがされていましたが、そこに加えてFabCafe Hidaが持つ「テクノロジー」「持続可能なものづくり」への強みを活かす方針に。今回のWebサイトリニューアルでは「地域に根ざし、森とテクノロジーを掛け合わせながら、持続可能な空間・体験をデザインする企業」というポジションをWebサイトでも訴求したいという意図がありました。そして3つ目に、新サービスの開始がありました。

ただ、新サービスの拠点となる施設の完成は新サイト公開直前となり、コンテンツの準備は間に合わないことが確定していました。新規コンテンツがない中でどのようにして新たな価値提供を行うべきかということも、Webサイトリニューアルの課題のひとつでした。

リニューアル前の、ヒダクマのWebサイト、Topページ(左)とAboutページ(右)。

プロジェクトデザイン

ビジネス戦略が変化したことに伴い、今の事業の核を表現するAboutページの内容やプロジェクト事例ページの方針も見直しが必要となります。コンテンツのアップデートに大切なのは、リニューアルの目的と照らし合わせた内容の精査です。新しいヒダクマは「森を拡張すること」を主題としていることから、既存のパートナーである建築家向けのコンテンツから、まだ訴求できていないターゲットに向けたコンテンツへとシフトする必要があります。

そこで、アクセス数が集中するTopページやAboutページをはじめ、Webサイトの全体的なグラフィックイメージを、土着的なトーンから森とテクノロジーを中心としたトーンへと刷新しました。

リニューアル後の、ヒダクマのWebサイト、Topページ(左)とAboutページ(右)。

プロジェクト実績を伝える事例ページは、構成を大きく変更。リニューアル前はテキストが中心の記事ページ用テンプレートを採用していましたが、写真を中心としたコンテンツ構成へと変わりました。その意図は、読み手に対し森とプロジェクトのつながりとその持続性をより強く意識させることです。今回、森から製材所、プロジェクトの現場、アウトプットに至るまでのプロセスを、豊富な記録写真によって視覚的に伝えるテンプレートを実装。これにより、ヒダクマのプロジェクトの世界観を効果的に伝えると同時に、記事あたりのテキスト量を減らすことで運用者がスピーディに事例ページを更新できる環境を整えました。

リニューアル後のプロジェクトページ。コンテンツのメインにプロジェクトのアウトプットと記録写真を据えている。

また、実はサイトリニューアル始動時は、まだ事業のビジョンが固まりきっていない状態でした。そのため、1年近く費やしたサイトリニューアルはフェーズごとにビジネス、戦略、サイトの表現の整合性を、「これで合っているか?」と繰り返し確認しながら進めていきました。

完成したWebサイトが持つ「資産」

事業戦略が変わったことで、新しいサイトにはこれまでと異なるターゲットを引き寄せる文脈が織り込まれました。短期的なコンバージョンの低下は避けられませんが、中長期的には新たなビジネス戦略と連動し、これまでになかったプロジェクトを生み出す素地ができました。

また、ヒダクマは事業の全体像や最新の動向が見えにくいところがあり、「何をしている組織なの?」と問われることが多くありました。今回はビジネスの拡張を前提としたリニューアルだったため、Webサイトにも新しいコンテンツが生まれる余地を持たせました。その結果、価値醸成とともに成長するWebサイトとなったことに加え、外部だけでなく社内のメンバーにとっても「今やっていること」が改めて確認できるようになりました。

制作プロセスから得た「知見」

サービスや商品におけるブランドコミュニケーションの核は、時代に合わせてシームレスに変化するものです。Webサイト制作では、これまでとの変更点やブランドの軸足について何度も議論を重ね、可視化する作業がたびたび発生します。

ヒダクマのWebサイトリニューアルでは、ことあるごとにプロジェクトメンバーや経営者と議論を重ね、方針を確かめながら、「森×デジタル」の世界観をWeb起点で再編成していきました。こうした進め方においては、最初にキービジュアルやロゴといったブランディングの要素を定義してからWebサイト制作に着手するという順序が常に正解なわけではなく、Webリニューアルを起点に、Webサイト制作と並行して企業のブランドコミュニケーションを構築することも可能だと言えます。

Webサイトは、短期的なコンバージョンをねらいながら、同時に未来のことも考えなくてはいけません。本プロジェクトは、現場の担当者にとって変化を実感しにくいブランドコミュニケーションの現在地を再発見し、マネジメントを含めた関係者全体で認識をすり合わせるまたとない機会になりました。

Webサイトからブランドコミュニケーションを始めるポイント

最後に、今回ご紹介した内容を踏まえて、ブランドコミュニケーションのためのWebサイト構築で大切にしたい4つのポイントをご紹介します。

1. 予算が足りているかよりも何にコストを掛けるべきかを考える

Webサイトのプロジェクトでまず気になる予算ですが、予算は大抵足りないものだと思ってください。SHIGOTABIの事例を参考に、重視したいこと、必要なことに対して俯瞰的に予算を配分することをおすすめします。そうすれば、結果的にWebの予算も決まりますし、中長期的なブランドコミュニケーションの方針もクリアになるはずです。リニューアルの場合は、実際に行っている活動と既存サイトの表現との間にあるギャップを補うことを優先しましょう。

2. 「改善」なのか「変化」なのか

Webサイト構築の目的が「改善」なのか「変化」なのか、どちらにあるのかを見極めることからプロジェクトは始まります。改善は、言わば水漏れの修繕のようなもの。変化は未来志向の新たなチャレンジで、未来への投資に繋がるかどうかという違いがあります。

目的が「改善」ならば、新規コンテンツをつくることよりもUIの見直しに注力したほうが良いでしょう。その場合、ユーザーに最も近い担当者と話すことが先決です。しかし、目的が「変化」ならば、必ず新規コンテンツが必要となりますし、経営者や戦略担当者との議論が不可欠です。

3. 「インナー向け」に作るのは悪手

Webサイト構築のターゲットをインナー、つまり社員や既存の顧客・パートナーを重視すると、うまくいかないケースが多いです。まずは、未来に獲得したい顧客・パートナーに向けて語りかけることで結果的にインナー側にも響いていく、という構造が好ましいでしょう。

4. KPI/KGIの活動も平行して取り組んでいく

これは事例の中では触れませんでしたが、Web担当者には欠かせないポイントだと思います。数値的な成果を計測できないと予算がつかず、施策が打てなくなるので、分かりやすいものをKPIに置くことがまずは重要です。例えば、メディアサイトならPV(ページビュー)ですし、大学なら資料請求数、BtoB企業のWebサイト場合は問い合わせや受注の件数などをKPIに設定します。

ロフトワークでは、ブランドコミュニケーション戦略とWebサイトの構築・リニューアルをはじめとした施策を一気通貫で設計するためのノウハウや、具体的な実践事例を紹介するイベントシリーズ「ブランドコミュニケーションスタートガイド」を開催しています。これまで開催したイベントのアーカイブや今後開催予定のイベントも、ぜひチェックしてみて下さい。

北尾 一真

Author北尾 一真(クリエイティブディレクター)

大阪生まれ。2015年よりロフトワークに在籍し、イラスト制作からブランディングまで、折込チラシからWebサイトまで、リサーチからプロデュースまで、多種多様な領域のプロジェクトを担当。ジャンル、領域、場所、方法にこだわらず、最適なプロジェクトデザインの提案をするのが得意。前職は養蜂場。苦手なことは片付けること。

Project Member

SHIGOTABI プロジェクト

  • クライアント:富士吉田市 富士山課、株式会社DOSO
  • PM・総合:宮本 明里(ロフトワーク LAYOUT Unit シニアディレクター)
  • Web制作ディレクション:松永 篤(ロフトワーク シニアディレクター)
  • プロジェクトマネジメント:宮本 明里(ロフトワーク LAYOUT Unit シニアディレクター)
  • メディアコンテンツ制作ディレクション:橋本 明音(株式会社ロフトワーク)
  • ロゴデザイン:清水 彩香
  • コピーライティング:伊藤 紺(歌人)
  • メインビジュアル撮影:吉田 周平

 

飛騨の森でクマは踊る Webリニューアルプロジェクト

  • クライアント:株式会社飛騨の森でクマは踊る
  • プロジェクトマネジメント・クリエイティブディレクション:室 諭志(ロフトワーク MVMNT Unit バイスマネージャー)
  • クリエイティブディレクション:古田 希生、皆川 凌太(ロフトワーク クリエイティブディレクター)
  • アドバイザー:寺井 翔茉(ロフトワーク 取締役 COO)
  • テクニカルディレクター:大森 誠(ロフトワーク テクニカルディレクター)
  • デザイン: 阿久津 望
  • WordPress実装:坂田 一馬(Good rings)

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The KYOTO Shinbun’s Reportage
京都新聞論説委員が見る京都ルポ「課題の価値」