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岩崎 諒子, 後閑 裕太朗, 宮崎 真衣 2024.06.03

いち個人のまなざしで社会を見る。
ヨコク研究所の発信からコンテンツメーカーが学ぶべきこと

現代は「正解がない時代」だと言われます。

中でも、コンテンツ発信の世界は栄枯盛衰。かっこいいオウンドメディアや、バズがもてはやされていた時代は過去のこと。加えて、企業の社会的責任を求める機運も高まっていて、表面的なマーケティングが通用しなくなってきました。

しかし、企業価値の本質をしっかり届けたいと思っていても、結局のところ記事のPVやSNSのインプレッションを稼ぐことが求められ、GoogleやXのアルゴリズムの変化に右往左往している企業担当者は多いのではないでしょうか。

モヤモヤと「これでいいんだっけ?」を抱えながらも、どんな発信が最適解なのか、「誰に」「何を」「どう」伝えればいいのか、わからない……実は、私も一人のライターとして、こうした課題と常に隣り合わせです。

そんな時お誘いいただいたのが、ロフトワーク・Huuuu.inc,・くいしん株式会社による共催の「カイシャの編集会議」というイベント。Huuuu.inc,の友光だんごさん、くいしん株式会社のくいしんさんなど、ウェブでもリアルでも、多くのコンテンツ作りに携わってきたプロフェッショナルたちが名を連ねています。

第二回目の開催となる4月24日は、コクヨ株式会社の中で独創的な研究と発信を続ける「ヨコク研究所」から、研究員の工藤沙希さん、田中康寛さんがゲストとして登壇。企業価値の伝え方のヒントを、ヨコク研究所の実践から紐解きました。

執筆:清藤 千秋
編集:宮崎 真衣、岩崎 諒子、後閑 裕太朗、(株式会社ロフトワーク)
写真: 永田 崚

社外のパートナーと協働し、試行錯誤

ヨコク研究所が担うのは、コクヨ株式会社が旗印として掲げる「自律協働社会※」 のあり方を探り、そこに近づくための研究です。現代のさまざまな営みの中にある「自律協働社会」の兆しを収集し、マガジン、ホワイトペーパー、ムービー、イベント、大学との共同研究など、多彩な形でアウトプットしています。

※ 自律協働社会:適切なリソース配分のもと、自らの意志で生き方を選択しつつ他者と共に暮らす社会像

その柱は自律協働の兆しを調査する「リサーチ」と自ら自律協働的な姿勢を実践・実装する「プロトタイピング」の2つ。研究所と冠していることからもわかるように、工藤さんも田中さんも肩書は「研究員」です。しかし、いわゆる特定の研究領域を探求する学術研究や、企業が事業・サービスの研究開発のために設置するR&D組織とは、少し違うようです。

2024年春時点でのヨコク研究所のプロジェクトマップ。メディアやレポートを中心とするリサーチの中でも、質的なものや量的なものが組み合わされている
2024年春時点でのヨコク研究所のプロジェクトマップ。メディアやレポートを中心とするリサーチの中でも、質的なものや量的なものが組み合わされている

大学院にも在籍し現代民俗学を学ぶ工藤さんは、ヨコク研究所でフィールドワークをする上での考えを次のように説明してくれました。

「例えばある文化の文脈に入り込むフィールドワークとその記述としてのエスノグラフィーが要となる文化人類学の中では、1960年代ごろから搾取的・植民地主義的態度への問題提起が行われてきました。日本の民俗学においても、1972年には宮本常一が『調査地被害──される側のさまざまな迷惑』という論考を発表していますし、その土地で暮らすインフォーマント(情報提供者)から情報を抜き取るだけで現地に何も還元されないのではないか? という指摘はフィールドワークを行う学問において切実な課題として今も横たわっています。」

ヨコク研究所 研究員 工藤沙希さん
ヨコク研究所 研究員 工藤沙希さん

「今のところ、私たちは半メディア・半エスノグラフィーのようなかたちで『YOKOKU Field Notes』というレポート書籍を発刊しています。例えば最新号では、韓国で子どもたちのサードプレイスとして私設公共図書館を運営するチームや、家賃が高騰するソウルで100円程度でテナントが借りられる『1ユーロプロジェクト』の発起人など、既存のシステムの外側やすき間で活動を始めている人たちに関心を持って取材をさせてもらってきました。私たちがインタビューをした本が出版・流通することで、それがある種の広報媒体として機能し、現地の人々から喜んでいただけることもしばしばあります。」

YOKOKU Field Notes の新刊、「#02 韓国・勝ち敗けのあわい」。競争の原理や能力主義の規範が強い韓国。12~19歳の青少年に無料のサードプレイスを提供する施設公共図書館など、規範の外側に飛び出す数々の新しい営みを取材。
YOKOKU Field Notes の新刊、「#02 韓国・勝ち敗けのあわい」。競争の原理や能力主義の規範が強い韓国。12~19歳の青少年に無料のサードプレイスを提供する施設公共図書館など、規範の外側に飛び出す数々の新しい営みを取材。

また、「自律協働社会のエクササイズ」と称したプロジェクトでは、既存の組織のあり方を輿を担ぐという体験から捉え直す「八本脚の頼りない蛸みこし」や、自己の更新可能性を見つめ直す「未熟さを楽しむ人生ゲーム」など、興味深い実践が盛りだくさん。

オウンドメディアWORKSIGHTでは、黒鳥社とタッグを組み、ふだんは編集以外の専門性をもつアマチュアの外部編集員たちとコンテンツづくりを行っています。

ヨコク研究所の全てのプロジェクトの根底に、社外のさまざまなキーパーソンと共創しながら試行錯誤する姿勢が感じられます。工藤さんが語るフィールドワークに対する考えからもわかるように、一方的な発信ではなく、それを取り巻く関係性づくりにも視野が及んでいるようです。

芸術探検家・野口竜平さんを迎えて実施された「共鳴を運ぶ蛸みこし」。
芸術探検家・野口竜平さんを迎えて実施された「共鳴を運ぶ蛸みこし」。バラバラなままで一緒にいる状態を象徴しつつ、組織の透明性や柔軟性、個人化などの観点も示唆する身体的な実験。

KPIという言葉を使わない理由

ヨコク研究所のプレゼンテーションを聞いた参加者からは、さまざまな質問が上がりました。中でも、諸々のプロジェクトの「KPIをどう設定しているのか?」と気になった人がかなり多かった模様。

工藤さんは「KPIは、チームの中ではほとんど使わない言葉なんです」と回答します。

「まずヨコク研究所は事業部から独立した組織であるということがひとつと、見ていただいてもわかる通り、私たちは既存のシステムの間(あわい)や、その外側に脱出しているような人たちに自律協働の兆しやヒントを学ぼうと、取材をさせていただいています。普通、プロジェクトを進めたり、リサーチをしたりする時は、目標を設定してそこに向かってまっすぐ進んでいくと思います。でもそうではなく、自律協働社会を目指していく上でどういう構えが必要なのかを、リサーチを基に都度問い直しながら探っていく方法もあると思うんです。KPIを設定してしまうと、社会のオルタナティブを見つけるどころか、結局、問いの射程が既存の需要の範囲内に留まってしまいますよね」

編集者 くいしんさん(くいしん株式会社)
編集者 くいしんさん(くいしん株式会社)

くいしんさんがそれを受けて、「『構え』という言葉が気になります」と鋭く指摘。「僕、高校生の時に空手をやってたんですが、空手って実は構えが最も重要な要素のひとつ。工藤さんがその言葉にどんな意味を込めているのかをもうちょっと聞いてみたいです」

工藤さんは「そんなに意識してなかった、でも言われてみれば……(笑)」と振り返りました。

「研究って、客観的な調査とその報告というイメージがあるけれど、ヨコク研究所は自分たちが求める社会や未来をつくる、というスタンスで研究や実践をしています。『予測』だと客観的ですけど、『ヨコク(予告)』という言葉には主体としての立場が含まれていますよね。その主体の存在を意図して『構え』という言葉を使ったのかもしれません」

社内に無い価値観を探るために、「個人」を信じる

大事なのは主体的に関わっていくこと。その際に必要なのが「構え」だという工藤さんの説明に、田中さんが次のように補足します。

「社会と対峙した時に、僕にはこう見えるけど、工藤さんには違うふうに見える、という感じ方の違いが大事だと思うんです。『自律協働社会とはこういうものだ』と定義したいわけではないんです。そうやって社会像をひとつに定義することってけっこう暴力的ですよね。僕らのやっていることは、個人それぞれの内面性や外界をまなざすフィルター、つまり『構え』が違うということを発見していくことでもあると思います」

ヨコク研究所は、工藤さんと田中さんを含めて計4人という少数精鋭です。それでも、インパクトのあるプロジェクトが多数生み出されている背景には、研究員それぞれが多様な構えを持ち、さらにそれが社外の協力者へと波及していく……という構図があることがわかります。私には、ヨコク研究所がプロジェクトのプロセスにおいても「自律協働社会」を体現しているように見えました。

ヨコク研究所 研究員 田中康寛さん(写真左)
ヨコク研究所 研究員 田中康寛さん(写真左)

企画の主催者の一人であるロフトワークの岩崎諒子さんは、「今日はずっと『主体性』という言葉が出ていましたね」とイベントを振り返りました。
「今、自社の中にはない価値観を探らなきゃいけないから、そうなるとよきセンサーとしての『個人』の感性を信じるしかない。田中さんと工藤さんのリサーチャーとしての芯の強さを拝見して、今日はそんな印象を受けました」

「悩むため」に、一緒に作る

「今日、いらした方の中には『KPIないのかよ』『参考にならないよ』とガッカリされた方もいらっしゃるかもしれない」と、最後にコメントを残した工藤さん。

「でも、コクヨのようなそれなりの規模の会社に、こういう望ましい社会のあり方を探索するための研究組織があって、目先の売上指標やKPIから独立して活動していることには意義があると思っていますし、そうしないと未来のことを考えようとしても既存の需要の再生産になってしまう。皆さんにもぜひこのことをひとつの事例として持って帰っていただいて、社内の企画会議や、経営会議のような偉い人がいるところで訴えていただけたらいいな、と」

しかし、そんな工藤さんの懸念に反して、ガッカリした方よりも、自分なりの学びや持ち帰りを得た方が多かったようです。

イベントが終わったあとの交流会が大いに盛り上がっていたので、何人かに感想を聞いてみました。ヨコク研究所の事例は、皆さんにどんなインスピレーションを与えたのでしょうか?

印象に残ったのが、あるフリーランスのライターさんとの会話。彼は企業に伴走する編集の仕事に興味があり、企業の新規事業を考えたり、これからの社会を構想したりするために編集者としてどうアプローチできるかを学びたかったそうです(私と同じ!)。

「今、オウンドメディアの仕事ではKPIを求められることが通例ですよね。だから、『課題は何なのかを見つけるため』『悩むため』に一緒にこれを作りませんか、という最初のコミュニケーションが大事なのかもしれないと思いました」

「何を伝えたいか」にどう辿り着けばいいのか?

確かに、そもそも、その最初のコミュニケーションがないと、KPIを求められ続け、制作側は苦しい思いをしてしまいます。クライアント、代理店、デザイナー、編集者、ライターなど、さまざまな関係者が集まるコンテンツ制作の現場では、こうした目線合わせの段階から意識的に自分の「構え」を持つことが求められると言えそう。

「何を伝えたいか」はもちろんのこと、そこに辿り着くための(主に社内の)コミュニケーションに、悩ましいポイントがたくさんあります。

これまで複数のオウンドメディアの制作に関わってきた友光だんごさんにも話を聞いてみました。

Huuuu. Inc, 友光だんごさん(写真中央)、藤原正賢さん(写真右)
Huuuu. Inc, 友光だんごさん(写真中央)、藤原正賢さん(写真右)

「『自分たちが本当に伝えたいこと』への辿り着き方は、みんなが必要としていますよね。そこは編集が担える部分だと信じているから、僕らもこういうイベントをしているけど、正解があるわけじゃない。会社の発信はオウンドメディアをやっておけば大丈夫、という時代でもなくなったし、多分、第二のX(旧Twitter)はもう出てこない気もする。みんな『次』を探しているけれど、結局はそれぞれに合ったやり方しかないってことなんじゃないでしょうか」

だからじっくり腰を据えて、一緒に悩み、一緒に手探りで作っていくしか方法はないのかもしれません。でも、すぐに正解や、KPIなどの目に見える成果を求めたがる人と、なかなか同じ議論のテーブルにつけないこともあります。

「でも、もう目先の数字だけ追っている時代じゃない、って気づいてる人がちょっとずつ増えてきてると思うんですよ。こうしてイベントに来てくださってる方もたくさんいるので」と友光さん。

確かに、既存の「伝え方」に違和感を持ち、オルタナティブな場所で奮闘している人たちがたくさんいる、と、会場のみなさんとお話していて感じました。企業の事業開発部、マーケティング・広報の担当者、それから編集者、私のようなライター、デザイナーなど、コンテンツに関わる多くの人たちの試行錯誤の様子が印象的でした。ぜひ、また次の「カイシャの編集会議」でお会いしたいです!

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