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谷 嘉偉 2024.05.23

望ましい未来の社会を実現する「トランジションデザイン」とは 
〜第4回: 事業とつながる「理想の未来」を描く

ロフトワークでは、持続可能な社会への移行を促進するデザインアプローチ「トランジションデザイン」を通じて、事業創出や課題解決、未来構想を行う取り組みを始めました。

日本では、まだ耳馴染みの薄い「トランジションデザイン」とはどんな考え方なのか、なぜ今私たちが注目しているのか、ビジネス文脈への応用は何が期待されるのか。インプットとアウトプットを濃密に繰り返しながら、今まさに現在進行形で深めている知見や学びを、ロフトワークで未来洞察を専門とするVUユニットのメンバーによる連載でお伝えします。

第4回目は、前回に続き事業創出に活かすための具体的なメソッドを、ロフトワークに所属しながら、武蔵野美術大学大学院でデザインマネジメントを研究する谷が紹介します。今回は、複雑な問題の「介入点」を探し、社会変化の「本質」を探った後に行う、事業とつながる「理想の未来」を描く方法をお伝えします。

谷 嘉偉

Author谷 嘉偉(クリエイティブディレクター)

中華人民共和国 西安出身、2012年来日。美術大学にて油絵を学び、社会課題を解決する美の価値を追求するために、大学院クリエイティブリーダーシップコースに進学。過去と未来を繋げる新しいデザイン論、トランジションデザインを用いて、経済産業省「創造性リカレント教育を通じた新規事業創造促進事業」の設計に携わる。複雑な社会課題に対するシステミックソリューション、及び社会のトランジションを促す文化的創造力に興味を持つ。武蔵野美術大学造形構想研究科博士後期課程に在籍し、デザインマネジメントの研究を行う。

Profile

イラストレーション:野中聡紀
企画・編集 鈴木真理子(ロフトワーク)

未来構想編(続き)

前回は、「Transition Leaders Program(トランジション・リーダーズ・プログラム)」の内容をベースに、未来構想編として、「解くべき問題を定める」、「問題の過去を遡る」について紹介しました。

今回は、未来構想編の最後のステップとして、問題を乗り越えた「理想の未来」について想像していきます。このステップでは今までのリサーチ結果をベースに、社会変化の兆しを敏感に捉え、スペキュラティブデザインやSFプロトタイピングの手法を活用して、未来の姿を描いていきます。

既存の社会的・経済的パラダイムに囚われずに思考をジャンプさせ事業が目指す長期的なビジョンを明確にすることが大切です。

脱・未来予測。起こるかもしれない未来をどう捉えるのか

ビジネスの世界では、未来を“予測”することが重要視されています。マクロからミクロまで様々な指標やデータをベースに未来を予測することで、市場の動向を把握し、新たなビジネスチャンスへの洞察を得ることができると考える人も多いでしょう。 しかし、実際の社会は常に変化しており、データや指標を追うだけでは、何が起きているのかを把握し、未来を予測するのは難しいものです。

アメリカのSF小説家、アイザック・アシモフがこんなことを言ったことがあります。

「未来を予測する必要はありません。ただ、良い未来、役立つ未来を選びなさい。人々の感情や反応を変えるような予測を立てれば、予測した未来を実現させることができます。悪い未来を予測するよりも、良い未来を創るほうがよっぽどよい。」

You don’t need to predict the future. Just choose a future — a good future, a useful future — and make the kind of prediction that will alter human emotions and reactions in such a way that the future you predicted will be brought about. Better to make a good future than predict a bad one.

delcarmat/Shutterstock.com

アシモフの言葉から、未来構想について2つの重要なヒントが得られると思います。

人々に希望をもたらす、良い未来を想像する

1つ目は悪い未来より良い未来、(何かに)役立つ未来を想像することが大切だということです。

資源の枯渇、絶えない戦争、至るところに存在する格差……私たちの社会はまるで、崖に向かって全速で走る列車のように見えます。このままだと人間社会はいつ破綻してもおかしくないと考える人もいると思います。しかし本当にそうでしょうか?

個人や組織が常に選択を迫られるように、社会の発展方向も複数の選択肢があります。時間軸から見ると、「現在(Present)」の前に「起こりうる(Possible)」「起こってもおかしくない(Plausible)」「起こりそう(Probable)」といういくつかの大きいな括り中に、無数の未来が点在しているはずです。そして目に見えないトレンドやさまざまな事件の影響により、社会が進む方向が少しずつ変わっていきます。

アンソニー・ダン&フィオナ・レイビー著『スペキュラティヴ・デザイン』より、筆者が作成

もちろん危機感の喚起やリスク回避の観点から、悪い未来を想定することも、意味のあることです。しかし、数えきれないほどの未来の可能性の中で、ネガティブなものだけ考えたり、不確実的な要素をまったく視野に入れずに、今の延長線上にあるものだけを考えることは、思考の惰性とも言えるでしょう。

良い未来を想像することは、起こるかもしれない未来の想定に多様性をもたらす、というだけではありません。良い未来の想像は人々に「希望」をもたらし、さまざまな力を集結して一緒に未来の可能性を探索することを可能にします。ビジネスの視点から見ると、今までと違う視点で未来を考えることは社会に関する新たな見立てを作ることにもなるので、新しい市場機会の発見に繋がる可能性も高いです。

予測ではなく、未来の可能性を自ら創る

アシモフの言葉から得られる2つ目のヒントは、未来を「予測する(predict)」よりも「創る(make)」ことが重要だということです。

確かに予測するための技術は気象学や疫学、経済学の一部では大変有用で、社会に大きく貢献しています。反面、データが定量化しにくい、パターンが見つかりにくいなどの理由で、社会学や心理学などの社会科学の分野では、応用が難しいといえるでしょう。同じ理由で、人間の思考や行動を重要視する事業開発では、未来予測は最適な手法とは言えません。データに基づいて今の延長線上の未来を推しはかるのではなく、飛躍的な思考で未来の可能性を「創る」、つまり自ら提示することが大事です。未来の可能性を提示するために、一番重要なのは想像力です。導く未来像に大きな差が出ます。

環境問題とモビリティを例に考えてみましょう。

今後のモビリティは、温室効果ガス排出削減ができる電気自動車が全面的に普及する……自然に考えられる、一つの未来の姿です。

しかし、それだけが未来だと短絡的に捉えてしまうのは、既存の常識や世界観に制限され、現在の延長線上にしか考えていないことになります。電気自動車の市場に、すでに多くのメーカーや莫大な資本が参入していますし、たとえば、普及に伴うガソリン車の大量廃棄が新たな環境問題を生み出すこともありえます。

個人視点から、課題を乗り越えた先の「理想の未来」を思い描く

それでは、思考の枠から脱却し、発想を飛ばすには、どんな方法があるでしょうか。

トランジションデザインの中ではよく「スペキュラティブデザイン」「SFプロトタイピング」などの個人視点から出発する未来洞察の手法を使います。これまでのリサーチと私たち一人一人が持つ「独自の視点」を組み合わせ、他の人が考えたことのない理想的な未来を描くのです。その活動を通じて、新たなビジネスチャンスを発見し、さまざまなステークホルダーとの共創を促進することで、ビジネスを通じて変革を推進する可能性を高めることを狙います。

SFプロトタイピングで重要な3つのこと

ここでは「Transition Leaders Starter Kit」の中で挙げている「SFプロトタイピング」を例に、実践する際の注意点を3つ紹介します。

「SFプロトタイピング」とは

SF(サイエンスフィクション)の発想・世界観・ストーリーテリングを活用することで、アイデアを飛躍させ、革新的なビジョンを導き、今後あり得るかもしれない未来の姿を構想・試作することができる手法です。物語の力を活かし、他者と未来像を議論・共有し、未来の価値創造のヒントや先端技術の活かし方を探る手法として注目されています。

枠に囚われない発想をする

前半にも説明したように、既存の常識や価値観から脱却することができなければ、新しい未来の姿を描くことができません。とはいえ、何もないところからいきなり発想を飛ばすことも簡単なことではありません。まず一旦スキャニング法やシナリオプランニング法というような未来洞察の手法を使って社会変化の兆しを見つけ、思考の補助線を引くことができれば、そこからは発想しやすくなるでしょう。また前のステップ(問題の過去を遡る)で行ったマルチレベルパースペクティブ(MLP)分析の結果を振り返り、その中で大事にすべき価値を特定し、それが未来においてどんな展開がありうるかを考えることも一つの方法です。

個人視点から出発する

上にも書いたように、SFプロトタイピングの実践において最も重要なことは、個人視点から理想の未来とは何かを考えることです。個人視点から出発するというのは、私たちの今までの経験を振り返り、その中で自分にとって重要な気づきや感情を揺さぶる部分を特定し、そこから未来について考えることです。自分にしかない独自性の高い視点から出発することによって、新しい未来の見立て、すなわち新しい事業機会に繋げられる可能性が高いです。また、個人視点から描いた未来像は、より人々の共感が得られやすいという一面もあります。

なるべく具体的に描く

そこで生まれた未来の姿は、外に開き、チームメンバーやステークホルダーと一緒に議論を起こしたり、共創を促したりするための道具だと考えましょう。人々にすぐ伝わるように、なるべく具体的に描くことが大切です。「Transition Leaders Starter Kit」の中で、具体化するためのワークシートも用意してありますが、それ以外に自分なりの工夫も必要です。例えばテキストで書いたあとに、AI画像生成ツールを使ってイメージ画像を作ったり、寸劇として自ら演じたりすることで、具体性を高めることもお勧めです。

次回は、実践者のインタビューをお届けします

ここまでで未来構想編の解説が終わりました。いかがでしたでしょうか?

未来構想はトランジションデザインの中で一番抽象度の高い部分であり、一番興味深い部分でもあると思います。システムという掴みどころのない存在を、さまざまな手法を使って具体化して、そこに長い時間軸を加えて過去と未来の間に行き来するのが高い抽象度の理由です。ただ概念の解説だけだと、実際どう実践すればいいかや自社にどう導入すればよいか、どうしてもイメージしにくい部分は多いでしょう。

そこで後半の事業構想編に入る前に、実際企業においてトランジションデザインを実践している実践者のインタビュー記事を次回お届けします。どうぞお楽しみに!

参考文献

Asimov, I. 1988年. Prelude to foundation. New York, Doubleday.

アンソニー・ダン&フィオナ・レイビ著, 千葉敏生 訳(2015)『スペキュラティヴ・デザイン 問題解決から、問題提起へ。』ビー・エヌ・エヌ新社

トランジションを目指し、社内外と対話・協働するコミュニティの参加者募集

今年度もTransition Leaders Communityの活動を行います!

トランジションに必要なのは、社会、経済、自然環境と事業活動をつなげる長期的な“ビジョン”(北極星)を描き、社内外と対話・協働を通じて実装につなげられる人たち。日本にこのような人、企業を増やしていくことを目的にコミュニティの活動を行います。(第一回の様子はこちら

今、注目を集めるトランジションデザインをはじめとした社会システムのデザイン論やマインドセットを学び、ビジネスへの応用を探ります。

コミュニティでは外部ゲストをお呼びし、定期的に勉強会・イベントを開催します。今後コミュニティのお知らせを受け取りたい方は、下記フォームよりお申し込みください。

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