うた・おどり・祭に秘められた「土着の創造力」を探る
越境する芸能 ―今を生きるための、うた、おどり、ものがたり
人は「郷土芸能」と聞いたときに、どんなことをイメージするでしょうか?
日本人らしいアイデンティティを想起する人もいれば、「古めかしい」という印象を持つ人もいるかもしれません。特定の演舞や衣装・装束を思い浮かべる人もいるでしょう。
郷土芸能や伝統芸能とよばれるものには、人間にが本来もっている「土着の創造力」―未知の現象に色や形をあたえたり、言葉にならないエモーショナルな部分を表現する力―が凝縮されています。さらに、世界の芸能には、地域や国を超えて通底する表現も存在します。これらの中から、人の心を動かすクリエイティブの源泉を見出すことができるかもしれません。
先日、ロフトワークでは社内勉強会として、京都ブランチのプロデューサー・篠田栞と岩手の郷土芸能「鹿踊(ししおどり)」の伝承者で、東京・東北の2拠点で活動する小岩秀太郎さんによるトークセッションを行いました。小岩さんは演者でありながら、日本のさまざまな伝統芸能と道具の作り手とを繋いだり、郷土芸能が活きる新しいシーンをつくるなどの仕事をしています。
ふたりは「歴史や風習を伝え、引き継ぐ」ということにとどまらず、芸能から見いだすことができる、人間の根源的な創造力と表現力について語り合いました。
執筆:loftwork.com 編集部
写真:山口 謙之介、小山 さくら(loftwork)
東京で「鹿踊」をおどる理由
篠田「今日お話するのは『芸能』のことです。芸能といっても、テレビなどに出てくる芸能人の話ではありません。『芸能』は古来から世界中にあり、自然現象や怪異といった『目に見えないもの』を、うたやおどり、像や仮面などに可視化し、お祭りしてきました。
小岩さんは、芸能の当事者として、次世代へ伝えていくための継承の活動を第一線でされている憧れの方。今日は小岩さんと一緒に、人間の土着のパワーについてお話したいです。」
小岩さん「伝統芸能や郷土芸能というと、ちょっとアンタッチャブルな世界ですよね。でも、実際に演じている人たちは、お酒を飲みつつ『ちょっと、踊ってみっかな』という軽いノリでおどることも多いんです。こうして踊りの話をしていると、どうしても方言になってしまいますね(笑)。」
小岩さん「でも今は、暮らしのなかでおどるということがそぐわなくなっています。どうしても、歴史的な文脈や伝統的なしきたりのことなど、難しいことを考えながら演じなければなりません。一度、そういう難しい世界から抜け出したいと思い、合同会社を立ち上げました。
演者や道具を作る人たちの高齢化が進んでいることや、地域の若手不足のような郷土芸能の課題は、いまさら語る必要もないですよね。僕自身も東京で暮らしていますが、地元にいた時間より東京で生活してきた時間のほうが長くなってしまいました。
いま、僕たちは『東京鹿踊』という活動をしており、いろいろな場所で鹿踊を踊ったり、お話させてもらったりしています。僕たちの取り組みを通じて、地方にあるものに少しでも注目してもらえれば、と思っています。」
「鹿踊」と、ネイティブアメリカンとの類似性
小岩さん「鹿踊は、供養と豊作祈願の踊りとして、お盆の時期に踊られてきました。東北では昔から、鹿の肉は貴重な食料とされています。でも、人間は自らが命を狩った鹿に対して、どこかで『申し訳ない』と思っていたんじゃないかと思います。
鹿踊発祥の地である宮城県南三陸町には、『踊りをすることで、この世の中で生きていたもの・死んでしまったものすべての命を供養する』と書いてある、古い石碑があります。これは、昔から人々が踊りによってあらゆる命の供養をしてきたことを伝えています。
今から300年前に、だれかが必要だと感じて、この鹿踊をつくりました。妄想の世界の話ですが、その時代に遡って、踊りが生まれた瞬間を追体験してみたいという思いがあります。」
小岩さん「僕たちは、WOWさんのプロジェクト『BAKERU』に参加しています。このプロジェクトでアメリカに行き、ラコタ族というネイティブ・アメリカンのダンサー、アーロンさんと一緒に鹿踊をしたんですね。アメリカの大地で鹿踊を踊ったら、アーロンさんも自然と踊りはじめて。同じように地面を踏み固めていました。
踊りながら大地を踏むことで、僕たちは大地のことを、その上にいる草木や動物といった生き物のことを考えます。食べるものを生み出す大地は、人間の命と直結しているんです。
この企画で、はじめてネイティブアメリカンと日本の伝統文化とつながりました。伝統芸能を考える上で、異なる土地・文化との間に類似性を見いだすことは、大切な視点だと思います。」
コンテンポラリーとしての芸能
篠田「コンテンポラリーダンスや暗黒舞踏を演じる人たちは、足の指が長いなあと思うことがあります。鹿踊りは、草履から足の指がはみ出ていて、地面についている状態で踊っているんですよね。」
小岩さん「そうなんです。海外に行くときは、検疫の問題でわらの草履を持ち込めないので、こういうゴム製の草履を作りました。とても使いやすいのですが、作っていた方が廃業してしまったので、靴底のような形の草履に代えてみたんです。でも、それでは全然跳べない、踊れない。そこではじめて、足の指がはみ出る草履でなければ踊れないということがわかりました。」
篠田「伝統芸能の道具ラボ(http://www.dogulab.com/)という素敵な活動をされている、田村民子さんという方がいらっしゃいますね。田村さんは道具の復興という観点から、役者さんの身体を支えている方だと思いますが、道具と身体の関係もおもしろいですよね。」
小岩さん「演者の間では、よく『身体を道具に合わせなさい』と言います。たとえば、東京にいる僕たちが岩手で演じるときは、岩手にある道具を使わなければなりません。実際は、普段と違う道具でおどるのは難しいんです。今は、道具が新しい素材に変わったときに、自分の体のほうを道具に合わせる必要があります。」
篠田「常に、その時代を生きている人によって更新されていくからこそ、芸能は続いていくんですよね。身体を道具に合わせるのも、その仕組みの1つ。はじめて踊りを作り出した人にとって、芸能はコンテンポラリーだったはず。そのときどきの担い手が作り変えていった結果の伝統なので、『すべて昔のままであれば良い』というものではないはずですよね。」
小岩「鹿踊の伝え手たちは『豊かに生きたい』かつ『何かを表現したい』と思いながら、鹿踊を300年間伝えてきました。僕たちも同じように伝えられるかというと、きっと難しい。俺らの時代で止めてしまうのではなく、次の世代のひとたちも『やってみたい』と思えるように。次の300年に向けて、伝えていきたいですね。」
伝統芸能が現代、そして未来に持ち込む「意味」
ふたりの対談のあと、ロフトワークの加藤修平(クリエイティブディレクター、リサーチャー)、石塚千晃(BioLab クリエイティブディレクター)、諏訪光洋(代表取締役社長)を加えてディスカッションを行いました。
篠田「芸能やうたやおどりは、人間のエモーショナルな部分を支えているんだなと思うことがあります。たとえば今年、ノートルダム寺院が燃えたときに、パリの市民が一斉に賛美歌をうたい始めたということがありました。人には、『うたい、おどる』以外にどうしようもない瞬間があるんじゃないかと思います。」
小岩さん「東北震災以降に起こったこととして、被災地域の復興より現地の伝統芸能のほうが先に復活していったということは、その象徴的なできごとかもしれません。これまで900もの郷土芸能団体が、被災地域で復活して元のように演舞しています。演じている僕たち自身も、かぶりものの中で泣いてしまうことがあります。」
石塚「鹿踊りは、田舎や踊りが発生した地域で演じられるイメージがあります。もし、これから田舎も都市化していき、いままであった土や自然というロケーションがなくなった場合、都市という場で踊りはどういったものになると思いますか?」
小岩「かつては豊作を願っておどるものでしたが、今はその文脈も伝わりづらい時代です。踊りの意味合いや伝えたいことは、その土地に住んでいる人たちのニーズによって変わると思います。
実際、僕たちのように東京生活が長いメンバーは、どうしても自分たちの生活の近くの場で演じることが増えてきます。これまで、都内の動物園や学校、さまざまな商業施設でも踊ってきました。ただ、踊りを見た人がその場で何を感じるのかは、その時々、実際にやってみないとわかりません。」
篠田「将来、科学が発達して人が死ない世界になるかもしれない。そのとき、弔いの踊りとしての鹿踊はどうなっていくのかなというのも、気になります。」
ビジネスと伝統文化の関わりかた
加藤「伝統文化がビジネスと交わる場合、Culutural appropriation(文化の盗用)という側面もあります。伝統的なものやそのルーツに対する尊敬について、ビジネスの側はどのように配慮していくべきでしょうか。」
小岩「私も立場上、外部にむけて歴史的な文脈など説明をすることが多いですが、今の時代は、そういった『もともとあった面倒なもの』が消えていくような時間感覚があります。
こういった『面倒なもの』に、少しでも触れてもらう必要があると思います。あまり長々と説明せず、できるだけ簡潔に伝える工夫をするとか。また、ネイティブアメリカンとの映像のように、他者の言葉を借りて伝えるのもひとつの方法です。」
篠田「異物と触れ合わないとわからない、ネイティブアメリカンと出会ったからこそ、説明できることもありそうですね。」
加藤「僕はかつて南アフリカの開発事業に関わっていたことがあります。南アフリカでは、みんなが伝統的な服を着る日があるのですが、『自分はどの服を着たらいいのかな』と戸惑ったことがありました。日本でも、自分の伝統やルーツを知らないことがダサいという感覚が広がっていくと良いのかもしれませんね。」
ジャンプして、視点を高くもつ必要性
諏訪「今日は、僕もすごくインスピレーションを受けました。僕たちは、飛騨古川をはじめとして、さまざまな地域でプロジェクトに取り組んできましたが、地域において歴史性はすごく重要な文脈です。これまでは、文献などの文字情報を中心に調べていましたが、信仰や芸能といった視覚的な強さ・アクティビティをもっと知りたいなと思いました。
僕たちはデザイン思考を取り入れて、クライアントと一緒にあたらしい発想を導き出すことを仕事にしています。でも、デザイン思考そのものは道具箱に過ぎず、クライアントに追いつかれる可能性も高い。小岩さんのようなお仕事に触れることで、物事を別のアングルから見たり、ジャンプして視点を高くするのは、僕たちに欠かせないことだと思います。今日はありがとうございました。」
Profile
小岩 秀太郎
縦糸横糸合同会社 代表/公益社団法人全日本郷土芸能協会 理事
1977年岩手県一関市生まれ。小学校から郷土芸能「鹿(シシ)踊」を始める。関東の大学で外国語文化を学び、台湾での留学を経て、自らとそれを形作る文化について考えるようになる。帰国後、郷土芸能のネットワーク組織(公社)全日本郷土芸能協会(東京都)に入職、芸能の魅力発信や支援、コーディネートに携わる。また、故郷の出身者や有志とともに「東京鹿踊」を組織し、風土とそのくらしの中で受け継がれてきた地域文化(芸能、祭り、技、食など)の継承と発展、関わり方の入口をデザインする企画提案を行っている。縦糸横糸合同会社代表(宮城県仙台市)、行山流舞川鹿子躍保存会員(岩手県一関市)。
篠田 栞
株式会社ロフトワーク プロデューサー
Webサイト構築からデザイン・リサーチまで幅広いプロジェクトを提案する。得意とするのは、物語性を帯びたプロジェクトのプロデュース。海遊館の特別展示『海に住んでる夢を見る~魚と私のふしぎなおうち~』や、成安造形大学のデザイン・リサーチ特別講義『デザイン DEATH』などのプロデュースを手がける。プライベートでは、学生時代から能を演じ、さらに、自ら企画する仮面劇で脚本執筆から役者も務めるなど、広く芸能領域で実践をしている。
ロフトワークの勉強会《Creative Meeting》
日々、さまざまなプロジェクトに対し、デザインのアプローチで向き合っているロフトワークのメンバー。実は、ひとりひとりがさまざまな個性・特技・バックグラウンドを持っています。
アーティストとしての顔を持つ人、食領域のクリエイションに造詣が深い人、巨大なパーティを仕掛ける人など…個人の領域と仕事が溶け合うことで、ロフトワーク「らしい」多様なプロジェクトが生まれます。
そんなロフトワークでは、月1回、「Creative Meeting」という、社員が企画・運営する社内勉強会が行われます。この機会に、社員それぞれがプロジェクトを通じて得た経験や知見をプレゼンテーションしたり、さまざまな領域のプロフェッショナルを呼んだりしながら、広い意味で「クリエイティブな学び」を共有します。本記事は、2019年11月に行われたCreative Meetingのレポートです。
- ロフトワークの仕事・働き方を知る(求人について)
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