株式会社海遊館 PROJECT

陸と海、ふたつの世界を物語でつなぐ。
世界最大級の水族館「海遊館」の特別展をプロデュース

Outline

魚たちの“生きる工夫”を物語で表現した特別展を制作

年間200万人以上が訪れる世界最大級の水族館「海遊館」。毎年テーマを変えながら開催する特別展の企画、コーディネート、展示設計をロフトワークが支援しました。タイトルは「海に住んでる夢を見る~魚と私のふしぎなおうち~」。展示期間は2019年3月15日(金)~2020年1月7日(火)の10ヶ月間です。

「住(すまい)」をテーマに、生きる工夫や暮らし方が特徴的な魚たち13種約115点を展示。建築家/劇作家/イラストレーター/デジタルアーティスト/音楽家など多彩なクリエイターとともに、感性的なアプローチから、興味や愛着を沸かせる展示をデザインしました。

プロジェクト概要

  • 支援内容
    ・展示に関わるリサーチ
    ・全体スケジュール管理

    ・スコープ範囲の管理
    ・全体予算管理
    ・展示の計画(展示セレクト及び空間構成の企画)
    ・展示コンセプトの言語化
    ・キャプション作成
    ・クリエイターアサイン
    ・クリエイター管理
    ・施工進捗の管理
  • プロジェクト期間
    2018年10月〜2019年3月
  • プロジェクトメンバー

    クライアント:株式会社海遊館
    プロデューサー:篠田 栞
    プロジェクトマネージャー:上ノ薗 正人
    クリエイティブディレクター:寺井 翔茉
    ディレクター:飯沢 未央
    パートナー: 光嶋 裕介(空間構成)、石神 夏希(物語)、長嶋 祐成(イラスト)、藤本 直明(デジタルアート)、Polar M(BGM)、宮下 直樹(記録映像)、本田 篤司(タイトルビジュアル、サインデザイン)、田中 陽介(撮影)

Outputs

多彩なクリエイターとのコラボで絵本に飛び込んだような空間を演出

特別展「海に住んでる夢を見る~魚と私のふしぎなおうち~」

本展示では、図鑑のように生態を解説する一般的な展示手法とは異なり、想像力を喚起する物語や問いかけを通して、海のいきものへの親近感や気づきが得られることを目指した「体験型」の展示空間を制作。建築家や劇作家、音楽家とともに、まるで絵本の世界へ飛び込んだような空間を作り出しました。

「こんやは よく ねむれないの わたしの おうちに あそびに きて ちなみに ユーレイ ではありません イキモノ です」

物語は、夢の中で海のいきものから「わたしのおうちにあそびにきて」という手紙が届くところから始まります。鑑賞者は、幻想的な海の世界を彷徨いながら、いきものたちの営みを体験していきます。

シミュレーションプログラムで再現した“群れに住まう魚たち”の壁面プロジェクションや、鑑賞者の動きに合わせて魚の群れが集まってくる双方向型のデジタルインスタレーション、いきものすべての「住(すまい)」である地球を表現する循環型栽培の仕組み「アクアポニックス」など、海遊館スタッフとクリエイターの共創のプロセスを通じて生まれた様々なコンテンツが詰まっています。

Background

あえて説明しないことで、知的好奇心をかきたてる

海遊館の常設展示のコンセプトは「いきものたちに出会う旅」。国内最大サイズの水槽に地上から海底へと続く環太平洋の地球環境を再現し、「地球とそこに生きる全てのいきものは、互いに作用しあう、ひとつの生命体である」ということを体感できる展示です。

海遊館では、いきものや生態系への興味や理解を深めるミッションがある一方で、説明書きが読まれず素通りされてしまうといった、教育の場としての課題も存在していました。そこで、自分たちが向き合っているいきものたちの魅力をより直感的に伝えたいという海遊館スタッフの想いから、今回の体験型の特別展示の企画がスタートしました。

テーマは「住(すまい)」。
いきものたちがどんな住まいの工夫をしてそれぞれの営みを作り上げているか伝えるというもの。そこで、常設展を通じてマクロな視点でさまざまな海のいきものの生態を観察してきた来場者が、それまでの体験を腹落ちさせ自分ごと化するための仕掛けとして、夢の中で人と海のいきものたちが交わる世界観の展示を提案しました。提示された情報を受け身で読むのではなく、鑑賞者がみずから「いきものたちの生活をつい想像してしまう」ことを促し、物語や五感からいきものに愛着を感じ、知的好奇心をかきたてるナラティブな展示を、作り出しました。

「分からない」を意図的につくる

私たちは、何かを多くの人に伝えたいとき、「もっと分かりやすく」「誤解を生まないように」と、説明が過剰になる傾向があります。しかし、「分かりやすいもの」よりも「分かりにくいもの」のほうが、心にひっかかりを生み記憶に残ることもあるのではないでしょうか?今回、この仮説のもと、鑑賞者の好奇心と想像力を信じて、あえて「分かりにくい」を展示の中に散りばめました。疑問を残して想像の余地を残すことで、海遊館から帰った後にも展示を見て感じたことが長く心に残り続けてほしい、というナラティブ(物語)の特性を生かしたアプローチです。

ちょうど良い「分かりにくさ」は論理的には作れません。模型や素材のテスト、ダンボールでのダーティープロトタイプなど、多くの「実験」を海遊館の方々と繰り返して確信を積み重ねながら、制作を進めました。

Contents

境界を曖昧にすることで、鑑賞者といきものの住まいが重なる

展示エリアの空間構成を一緒に手がけたのは、建築家の光嶋裕介さんです。夢の中で海のいきものの世界に足を踏み入れてから、目が覚めるまでの体験を、建築家としての目線で表現しました。

住まいを作ることには境界を作ることが付きまといます。それと同様に、一般的な水族館もいきものと鑑賞者である人間の世界には明確な境界があり、人間側の世界を暗くして存在感をなくすことで、海のいきものの世界に没入するという考え方が一般的です。

今回チャレンジしたのは、人間の住まいに使われる様々な素材を利用したコラージュのような空間に水槽を設置することで、海と陸の境界線を曖昧にし、いきものたちの住まう工夫を自分に置き換えて想像できる仕掛けを作ることでした。

また、展示エリアの境界についても、あえて一方通行の導線を作らず鑑賞者それぞれの心の赴くまま彷徨い歩くことを想定し、壁ではなく透き通ったカーテンのみで区切り、展示全体にゆるやかな繋がりを作りました。壁を作らなかったのにはもうひとつ理由があります。地球全体の生態系を大切にするという海遊館のコンセプトも踏まえて、会期終了後に再利用できる素材えらびを意識しつつ、最も大きなゴミとなってしまう”壁”を作らないという設計思想もありました。

タイル、木、布、草など、素材を変えることで感じる”気配”を変える

光嶋 裕介(こうしま ゆうすけ): 空間構成担当

1979 年、アメリカ・ニュージャージー州生まれ。建築家。一級建築士。早稲田大学理工学部建築学科卒業。2004 年同大学院を修了し、ドイツの建築設計事務所で働く。2008 年帰国後、独立。2011 年、内田樹氏の自宅兼道場《凱風館》(神戸)を設計、若手建築家の登竜門である「SD レビュー」2011 に入選。建築作品に《如風庵》(六甲・2014)、《旅人庵》(京都・2015)、《森の生活》(長野・2018)など多数。神戸大学で客員准教授、大阪市立大学などで非常勤講師を務める。著書に『みんなの家。建築家一年生の初仕事』(アルテスパブリッシング)、『幻想都市風景』(羽鳥書店)、『これからの建築―スケッチしながら考えた』(ミシマ社)、『ぼくらの家―9つの住宅、9つの物語』(世界文化社)など多数。2015 年、Asian Kung-Fu Generation の全国ツアー《Wonder Future》のステージデザインを担当するなどその活動は多岐に渡る。
https://www.ykas.jp/

人といきものが重なる言葉を紡ぐ

展示は海のいきものから手紙が届くところから物語が始まります。夢の中で海のいきものたちが暮らす世界に足を踏み入れると、生き生きとした言葉に溢れている、という絵本のような世界を作り出しました。これは、海のいきものへの共感や愛着を促すと共に、あえて詩的な言葉を断片的に展示することで、一瞬意味が理解できず水槽を覗き込み、自分で答えを想像するということを意図しています。

物語づくりのコラボレーターは『ギブ・ミー・チョコレート!』など体験型の演劇作品を手がける劇作家の石神夏希さん。私たちはまず、海遊館職員の方々へインタビューを実施。そこで語られたいきものの特性や個人的な愛着、印象的なエピソードなどをもとに、あくまでも事実を伝えることは忘れず、同時に鑑賞者の疑問やツッコミを誘発するような言葉を作りあげました。

石神 夏希(いしがみ なつき): 物語担当

劇作家。1999 年より劇団「ペピン結構設計」を中心に活動。近年は国内各地の地域や海外に滞在し、都市やコミュニティを素材とした演劇やアートプロジェクトを手がける。NPO 法人「場所と物語」理事長、遊休不動産を活用したクリエイティブ拠点「The CAVE」の立ち上げおよびディレクション、「東アジア文化都市 2019 豊島」舞台芸術部門事業ディレクターなど、空間や都市に関するさまざまなプロジェクトに携わる。
http://natsukiishigami.com/

魚たちと戯れるインタラクティブな仕掛け

展示の冒頭と後半には、”群れをなして住まう生態”をテーマに、人の動きに魚の動きが追従するインスタレーションを作りました。入口では魚たちが来場者を出迎える写真スポットとして、後半では子どもたちがかけまわるプレイパークとして賑わいます。

藤本 直明(ふじもと なおあき): デジタルアート担当

アーティスト、フリーランサー。東京工業大学理学部物理学科卒業(素粒子物理学)。「体験」そのものの制作を目的とした作品制作を行う。代表作の《Immersive Shadow》は、国内外の美術館や建築物の外壁へのプロジェクションマッピングなどで 50 回以上の展示実績を持つ。他の作品として、《覗かれ穴》《衝突と散乱》《新しい過去》など。多摩美術大学および東京工芸大学、非常勤講師。
http://www.idd.tamabi.ac.jp/design/outline/faculty/lecturer/fujimoto.html

地球に思いを馳せる

展示の最後には、常設展も含めたエピローグとして「アクアポニックス(=水産養殖と水耕栽培をかけあわせ、魚と植物を同じ環境で育てる循環型の水槽」を展示しました。日本で見られる10種87点の身近ないきものたちの営みを見つめることで、自分たちが住む地球のいきものすべての 「住 すまい 」である地球の循環と共生に思いを馳せる場所です。

音によってゾーニングされた空間演出

展示では、エントランス/タイル/芝生/フローリングの4つのエリアで異なるBGMが作られました。コンセプトの「海に住んでる夢を見る」「イマジネーションをかき立てる」「まるで絵本のような非日常の鑑賞体験」といったキーワードのもと、アンビエントミュージックの手法を使いながら、時間軸を変えていつもとは違う空間を立体的に表現しています。

夢の中で迷い込む海の世界から徐々に目が覚めていく様子を感じられるよう、かすかに波の音を紛らせたり、後半のエリアで鳥のさえずりを入れるなど、フィールドレコーディングの音も効果的に使われました。エリアの境界周辺では異なるスピーカーから2種類のBGMが聞こえますが、音が自然に混じり合って聞こえる工夫がされていることで、音響効果によっても、境界の曖昧さが心地よい形で演出されました。

Polar M(ポーラーエム): BGM 担当

音楽家。ギターサウンドを中心に、繊細ながらも強い情感をもったサウンドスケープを展開する。これまでにアルバム『Hope Goes On』(2014)、『Nothern Birds』(2011)等を発表。国内外でのライブ・パフォーマンスをはじめ、映像作品や CM への楽曲提供、アートプロジェクトへの参加、音楽ソフトウェアに関する執筆など、幅広く活動している。
https://www.polarm.net/

魚譜画家による物語のキャスト紹介

展示空間の最後には、「エンドロール」として展示されたいきものたちのイラストが展示されています。一般的な水族館の展示では、水槽の横にいきものの写真と名前・生態が記載されていることが多いなか、今回の展示ではあえてそれをしませんでした。そのかわりとして、展示の終わりに、展示の答え合わせという意味と、物語の登場人物紹介の意味で、いきものたちの生態解説とイラストが展示されています。

イラストを描いた長嶋さんはみずからを”魚譜画家”と名乗り、自身のミッションを「食用魚でも観賞魚でも、あるいは人の暮らしに直接かかわりのない魚でも、かれらの美しさや愛らしさ、格好良さ、気高さを、絵という形にして表現してゆくこと」と表現しています。

長嶋さんの視点を通して、いきものたちの生き生きとした姿が美しく鮮やかに描き出されることで、展示の中で観察した実際のいきものたちへの愛着がさらに深まるようなエンドロールが生み出されました。

長嶋 祐成(ながしま ゆうせい): イラスト担当

1983 年大阪生まれ。魚譜画家。京都大学総合人間学部卒。現代思想を専攻。卒業後、思想と社会の接点を模索して服飾専門学校に進学、クリエイティブを学ぶ。同卒業後はアーティストブランドに一年間勤務ののち、広告・コミュニケーションの業界へ転職。7 年間ディレクターを勤める。その傍ら行なっていた画業を 2016 年 4 月からは本業とし、石垣島へ移住。
https://www.uonofu.com/

Member

光嶋 裕介

光嶋 裕介


建築家

石神 夏希

石神 夏希


劇作家

長嶋 祐成

長嶋 祐成


魚譜画家

藤本 直明

藤本 直明


アーティスト、フリーランサー

Polar M(ポーラーエム)

Polar M(ポーラーエム)


音楽家

上ノ薗 正人

株式会社ロフトワーク
京都ブランチ共同事業責任者

Profile

寺井 翔茉

株式会社ロフトワーク
取締役 COO

Profile

飯沢 未央

飯沢 未央


クリエイティブディレクター

メンバーズボイス

“この特別展の空間構成にあたって、タイルやフローリング、絨毯に人工芝といった建築における多様で、かつ身近な素材を使うことで、鑑賞者である我々人間が海の中の魚の世界へと「住まい」という切り口を介して想像力が広がるのではないかと、考えた。柔らかいカーテンで空間を優しく仕切り、さまざまな水槽を配置することで、人間と海の境界線に揺らぎがうまれ、それぞれの気配を感じることができる豊かな空間であることを目指した。今回の企画を通して、ロフトワークや海遊館のみなさんと楽しく協働できたことで、普段の建築設計とはまた違った経験があり、何より水族館としての体験が、海遊館に来た一人一人にとって特別な思い出になってくれたとしたら、それは大変嬉しいことである。”

建築家 光嶋 裕介

“水族館の大きな特徴、それは、命を扱っているということ。この展示は絵本のようなフィクションの世界を描いていますが、人間に都合よく擬人化したり代弁したりするのではなく、来館者が海のいきものたちと対等に出会い、共感できる橋渡しのような言葉を添えたいと思いました。
一番大切にしたのはユーモアです。海のいきものをこよなく愛するプロデューサー、そして海遊館の職員の皆さんへのインタビューから、愛おしさと敬意のこもった「まなざし」を学び、お手本にしました。またロフトワークのクリエイティブチームの「自分で探し、発見する楽しさ」というコンセプトを意識し、科学的な事実に基づきながらも説明しすぎない、余白のある言葉選びを心がけました。”

劇作家 石神 夏希

“大阪で子ども時代を過ごした僕にとって、当時訪れた海遊館はとても楽しい思い出のある場所です。今回、改めて訪れて、「地球とそこに生きるすべての生き物は、互いに作用しあう、ひとつの生命体である。」という海遊館の思想を改めて知ることとなり、非常に感銘を受けました。
この特別展示も、その考えを最大限尊重した内容として展開したいと思いました。海遊館チーム、クリエイターの皆様など、多くの方々と対話と試作を繰り返し、これまで見たこともない、夢のような展示空間ができあがりました。
開業後、子どもたちが口々に、水槽ごとの「ものがたり」を読み上げ、デジタルアートを楽しみ、そして大人がアクアポニックスとエンドロールを眺めている様子を見たときは感無量の思いでした。ご来場、並びに関わってくださった全ての皆様に改めて御礼申し上げます。”

ロフトワーク クリエイティブディレクター 上ノ薗 正人

“物心ついた頃から魚好きで海遊館には数えられないくらい通っていた私にとって、今回の企画をプロデュースさせていただいた経験は、一生の宝物です。コンペの時は水の世界に憧れて夢想ばかりしていたこどもの頃の自分に向けるつもりで、プレゼンテーションしました。オープン後も密かに通って、その度に嬉しくて泣いてしまいます(笑)

このプロジェクトは、プロセス自体がまさに、多様な視点の共創でした。想い溢れるクリエイター、海遊館スタッフのみなさまとの共同作業でつくりあげたこの企画展が、ひとりでも沢山の少年少女に届くことを祈っています。30周年を迎えられる海遊館が、自分とは違う「隣人」「他者」と共生していくためのイマジネーションを育む場であり続け、これからも世界を代表する水族館として益々盛り上がっていきますように。”

ロフトワーク プロデューサー 篠田 栞

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