成安造形大学 PROJECT

死をテーマにオルタナティブな世界を描く
真夏のデザインリサーチ特別講義

Outline

「死」をテーマにデザインリサーチの手法を学ぶ

課題解決型の授業を通してデザイン思考や企画提案力を養う、成安造形大学の総合領域。2019年8月、ロフトワークは同専攻においてデザインリサーチの手法を学ぶ特別授業を企画・実施しました。

タイトルは「デザイン DEATH」。デザインリサーチの手法を用いて、死の周辺にあるさまざまな「当たり前」をあぶり出し、得られたインサイトをもとに、短い物語を制作・展示しました。生き物すべてに関わるテーマであるにも関わらず、時にタブー視されてしまう「死」に向き合うことで、生を考えなおし、世の中へポジティブに伝えることを目指しました。

国広 信哉

Author国広 信哉(シニアディレクター / なはれ)

美術展やVIのグラフィックデザインを7年間手掛けたのち、2011年ロフトワーク入社。ロフトワーク京都ブランチの立ち上げに従事。企業や省庁の新サービスの顧客開発や、新技術の用途開発などの機会領域を社会に問いながら探っていくプロジェクトが得意。主な担当に、高齢社会の機会領域を探る基礎調査「Transformation」、オンライン融資サービス「ALTOA」顧客開発、成安造形大学特別授業「デザインdeath」など。米国PMI®認定PMP®。趣味は山のぼり、辺境音楽収集、野外録音。大阪大学人間科学研究科博士前期課程に在籍しながら、デザインと人類学の周縁を研究中。

Profile

プロジェクト概要

  • 支援内容
    ・授業案の企画・立案・実施
  • プロジェクト期間
    ・2019年8月3日〜25日
  • 体制
    ・クライアント:成安造形大学
    ・プロデュース:篠田 栞
    ・プロジェクトマネジメント:国広 信哉
    ・授業企画:国広 信哉、篠田 栞、浦野 奈美
    ・ファシリテーション:高野 真、鈴木 真理子、杉田 真理子、相樂 園香、神野 真美、山田 麗音
    ・インプットトーク:幡野 広志
    ・リサーチ協力:はっぴーの家ろっけん
    ・テーマフード:yacco
    ・グラフィック+展示空間デザイン:国広 信哉、浦野 奈美
    ・ドキュメンタリームービー制作:松尾 陸
    ・写真撮影:寺井 翔茉、小島和人ハモニズム

Outputs

オルタナティブな世界を描いた5つの絵本

授業は、8月の夏休みの期間を使って計4回、22時間にわたって行われました。主な流れは以下のとおり。死をテーマにリサーチを通して得られたインサイトからオルタナティブな世界をあぶり出し、絵本にすることで言語化するというものでした。授業の様子はドキュメンタリームービーをご覧ください。

Day1 (8/3):「死」というテーマに向き合う姿勢づくり
Day2 (8/8):問いだて、インタビューの事前準備
Day3 (8/24):フィールドリサーチ、統合、インサイトのあぶり出し
Day4 (8/25):インサイトから物語を創作、絵本づくり

全4日間の授業の様子をダイジェストでまとめました。文章や写真で伝わりきれない熱気を1:40秒の動画でご覧ください。(ムービー制作:松尾 陸)

Background

自分ごと化できるテーマで、リサーチのプロセスを学ぶ

今回、ロフトワークが特別授業を行うことになった、成安造形大学の総合領域は、課題解決型の授業を通してデザイン思考や企画提案力を養います。卒業後は、キュレーターやプロデューサーを目指す学生も多いようで、リサーチやインタビューによって地域課題などにアプローチし、デザインで解決をはかるプロジェクト型の授業を行っています。これらの授業を行うなかで課題となっていたのは、学生たちがアクセスしやすい情報だけに依拠した思考から抜け出せないということでした。
そこで、デザインリサーチやデザイン思考のプロセスを学ぶ特別授業をデザインしてほしいという相談があり、企画実施することになりました。

「オルタナティブプレゼンツ」という思想

学生たちにとっては特別な夏期授業の機会です。自分ごと化できなかったり、受け身で取り組んでしまうものは避けたい。そこで、全員に関係するにも関わらず、普段は意識していない大事なことで、かつ将来役に立つかもしれないもの…と考え、「死を見つめることで生を捉えなおす」というテーマに行き着きました。さらに、デス・ポジティブ・ムーブメントと呼ばれる、看取られ方や終活、安楽死といった話題が、価値観の変遷やテクノロジーの進化によって活発に議論されるこの今だからこそ、取り組むべきテーマだと思いました。

「死」というテーマとデザインリサーチのプロセスをどう結びつけるか。そこで軸にしたのは、スペキュラティブデザインのひとつの考え方であるAlternative Presents(Auger, James, 2010, Journal Article, Alternative Presents and Speculative Futures)という思想でした。現在の当たり前の事象を疑い、過去にこんなことが起こっていたら、こんなオルタナティブな現在の世界がありうるんじゃないか、というものです。

どんな当たり前を疑うか、どの力点に着目するかは、各チームの「見てみたい世界が描けそうか」という基準で進めました。

意識したのは課題解決ではなく、問題提起をすること。現代社会では分かりやすい課題が提示されることはありません。自分で問題を発見し、提示しながら行動していくことの大事さと面白さを伝えていきたいと考えました。

「Change us to suit the world(世界に合わせて人間を変えていく)」(Anthony Donne & Fiona Raby, Speculative Everything, 2013)という言葉があるように、自分たちが見てみたいオルタナティブな世界を思いきって描き、そのプロセスやアウトプットから気づきを得られるような授業を目指しました。

Process

夢想を展示まで落とし込むデザインリサーチプロセス

1. マインドセット: テーマへ没入し、リサーチへ挑む姿勢を作る

まずはテーマへ没入し、リサーチへ挑む姿勢をつくる必要があります。そこで冒頭の授業では、幡野広志さん(写真家・がん患者)にお越しいただき、「死とは幸せを考えること」というメッセージを持ったプレゼンテーションをしていただくとともに、学生から集めた質問をベースに熱く議論する、という2時間にわたっての対話型授業を行いました。

授業終了後、ひとりの学生が幡野さんと涙を浮かべながら話をしているのを見て、こういう機会を持てて良かったなあと思いました。詳しくはこちらをご覧ください。

2. 問いだて: 当たり前を転換し、リサーチクエスチョンを夢想する

今回のプロセスのキモは、当たり前を疑うどんな問い[Q]を立て、収集したデータをもとにどんな答え[A]を見つけるか、です。1人ではなく、20人を5チームに分け、なるべく多視点でデザインリサーチを実践できる形態にしました。

各プロセスは発散・収束の「ダイヤモンド型」でなく、検証や再選択の余白を残しながら進める「ホーン型」を心がけた

当たり前を疑うクエスチョンをどのように立てるか。ポイントは既に持っている知識のみに頼らず、個人が新たに調べた情報や自身の経験に基づく価値観も踏まえて議論することです。そこで、まず各自が死にまつわる参考文献を読み、その感想や気付きをシェアすることからスタートしました。テーマが「死」だけだと範囲が広いので、まずは取り組む領域(例えば埋葬、お盆、ウィッシュリストなど)を議論しながら決めていきました。その後、約1時間でWeb調査と文献調査(約40冊)を行い、その領域における既成概念や通説を抽出。それらを裏返したり斜めから読み替えてみたりしながら、「当たり前を転換できているか?」「チームで見てみたい世界か?」という判断軸で、5チームそれぞれのリサーチクエスチョンを定めました。

リサーチクエスチョンの例

・もし遺骨を拝むのではなく、故人の好きな形を拝む世界なら?
もし古墳が違う形で存在し、人々の生活に溶け込んでいる世界なら?
・もしお盆がもっと個人的で、カスタマイズ可能な世界なら?
・もし死後カタログが存在し、弔われ方を選択できる世界なら?
もし死ぬまでにやりたいことリストを、公開する世界なら?

3. インタビュー: 生の情報を収集し、創造的に解釈していく

クエスチョンを軸に、学生がそれぞれ1人ずつ身近な方に1時間以上のデプスインタビューを行いました。ポイントは、クエスチョンをそのまま聞くのではなく、クエスチョンの領域の周囲にあるトピックからその人の経験談を聞くことです。(例えば《もし遺骨を拝むのではなく、故人の好きな形を拝む世界なら?》なら、お墓参りや形見などについてその人が経験した話など)計20人のインタビューデータから、クエスチョンに対する変わらない価値観と変わりうる価値観を抽出していきました。

また、身近な人の発言だけではなく、多世代/多文化の視点を得るために、介護付き多世代型シェアハウス・はっぴーの家ろっけんと、国立民族学博物館へ訪問させていただきアドホックインタビューや、展示物観察をさせていただきました。

収集したデータはKJ法を用いて、横断的にインサイト抽出→関係性描写→叙述化という手順で統合。分析ではなく、あくまで創造的に解釈していくことで、各チームがそれぞれでクエスチョンに対する答え(仮説)を作っていきます。

インタビューにご協力いただいた、介護付き多世代型シェアハウス「はっぴーの家ろっけん」にて
収集したデータはKJ法を用いて統合していく

4. アウトプット: フラッシュフィクションを設計し、絵本をプロトタイプする

今回の授業の醍醐味はここから。今回避けたかったのは、ワークシートにアイデアを書いて身内のアイデア出しで完結してしまう形です。そこで、発見した答えを一般の人にも共感してもらえるように伝える、形づくることを目指し、各チームで作った答えをフラッシュフィクション(ショート・ショートとも言う)と呼ばれる短い物語に昇華させることにしました。

物語にした理由は、文脈のない説明だけでは、見ている人の心を動かすことがはできないと思うからです。たとえば「人間は結局自然をコントロールできない」という教訓を伝えたい時、「もし恐竜が現代に生きていたら?」という問いをもとにした物語が、あの「ジュラシック・パーク」という有名なSFスリラー映画なのだとしたら、物語になったからこそ、あんなにも人々の心を動かし、愛されることができたんじゃないかと思うのです。(「ジュラシックパーク」の教訓はあくまで筆者の解釈です)

このフラッシュフィクションを作る重要な要素は「モチーフ」「人物」「シーン」です。それらをチームで生成していきながら、最終的にそれらを組み合わせて物語を作ります。この作り方は、伊坂幸太郎さんの《鴨とアヒルのコインロッカー》のシナリオ作成時の方法をヒントにして設計しました。(ミステリーの書き方, 2015,日本推理作家協会

物語を作った後は、各チームが会場に用意された道具や材料を用いて、2時間で短編集や群像劇の絵本に仕立てました。限られた時間の中での制作にもかかわらず、学生たちは若い自由な発想で、リサーチクエスチョンに対する「死のポジティブな形」を提案していました。

Result

授業を終えて

たった4回の授業でしたが、宿題も多く、実質8月の1ヶ月を費やして本気で取り組んだプロジェクトでした。学生たちにとってはとてもハードな内容だったと思います。彼らが、授業を終えて、どんなことを感じたのか、いただいたアンケートの声を一部ご紹介します。

友人の実家にお邪魔してインタビューしたのですが、同居するその子のお婆さんからもお爺さんの死に対する当時の思いやエピソードを聞け、想定していた以上の話の広がりがありました。隣に座ってメモを共有する、1時間以上話を聞くといった姿勢を見せることでより深い話を聞き出せている感覚がありました。今後ずっと使えるインタビューの技術を身に付けられたと思います。
ー酒井はるなさん(総合領域4年生)

課題に取り組む前に、デザインリサーチについての講義、テーマに沿った講演会や本を一冊読んでおく課題などの前提があったのち本題に入る形は、すごく取り組みやすさを感じました。特に今回、「死と生」をテーマにした講義であり、授業内でも何度も言われていた通り少しとっつきにくいものだったので、本を一冊読んで自分で事前に知識を得ておく課題はかなり効果がありました。
ー山下真凜さん(総合領域4年生)

物語をつくることで、テーマとしている課題だったり、作り出したものの説得力や面白さがぐっと深まるなぁと自分の班とみんなの班のアウトプットの最終系を見て思いました。国広さんも講義の最後に仰られていましたが、「物語って結構大事」というのが学びとして身に沁みました。自分の今後の制作にも活かしたいです。
ー森井美結さん(総合領域4年生)

授業の成果やプロセスを紹介する展示会を開催

授業を終えて、学生たちが得た気づきや、授業のプロセスを紹介するため、成安造形大学とFabCafe Kyotoで成果物の展示会を開催しました。

展示会 @成安造形大学

会期:2019年10月17日(木)〜10月23日(水)  ※ 日曜休館
時間:9:00-19:00(最終日は17:00まで)
会場:成安造形大学 スパイラルギャラリー
アクセス:https://www.seian.ac.jp/access/

展示会 @FabCafe Kyoto / MTRL KYOTO

会期:2019年10月25日(金)〜11月2日(土) ※ 日・月曜定休、30日(水)・31日(木)臨時休業
時間:11:00-20:00
会場:FabCafe Kyoto / MTRL KYOTO
アクセス:https://fabcafe.com/kyoto/access/

Member

長尾 浩幸

長尾 浩幸

成安造形大学
教授 総合領域主任

田中 真一郎

田中 真一郎

成安造形大学
教授

国広 信哉

株式会社ロフトワーク
シニアディレクター / なはれ

Profile

浦野 奈美

株式会社ロフトワーク
マーケティング/ SPCS

Profile

メンバーズボイス

“アートにとって、死生観は今日的なテーマになっています。
私は、この課題をデザインリサーチによってどのように問題提起ができるのか関心がありました。
若い人にとっても信仰やお墓にまつわる事柄は、カジュアルに捉えることができない現実があります。
ロフトワークのスタッフによる実践的なアプローチやアドバイスはわかりやすく魅力的でした。
学生各々がお盆の時期に親戚や友人と交わしたインタビューは、意味深く有意義な時間であったと思います。”

成安造形大学 教授 総合領域主任 長尾 浩幸

“はじめに「DETH DESIGN」というテーマを聞いたとき、果たして学生がそこに実感を持って臨めるのか?学生のノリが引き出せるか?という疑問を感じました。
が、それはまったくの杞憂。テーマが身近でないことが、逆に彼らの思考スイッチを入れることに気づかされました。リサーチでの視点設定(問い立て)から生まれる未体験のジャンプ感が刺激となり、彼らの脳ミソに深耕を与え・・・短時間だからこそ刻めた小気味よい各ステップ全体を通し「なるほど」と感服しました。”

成安造形大学 教授 田中 真一郎

Keywords

Next Contents

家計をめぐる現代の価値観をさぐる
NEC リサーチ・機会領域創出プロジェクト