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小島 和人(ハモ), 福田 拓未 2026.07.28

都市の中で、靴を脱ぎ「獣」になる。
FabCafe Osaka『獣跡道』に見る、身体から始まる体験デザイン

ロジックや説明を削ぎ落としたとき、なぜ人の記憶に残る体験が生まれるのか? 香りを起点に体験を設計するクリエイティブチーム「混ぜるな危険」と、FabCafe Osakaによる「非言語の実験」の記録です。

「分からなさ」をデザインする。

言葉を発してはいけない。

頭で考えすぎず、身体感覚を信じること。

2026年4月、FabCafe Osakaに出現したのは、都市の日常とはかけ離れた異世界でした。香りを起点に体験を設計するクリエイティブチーム「混ぜるな危険」とともに実施した実験的体験プログラム『獣跡道(じゅうせきどう)』。

参加者は、入り口で靴を脱ぎ四足歩行で「獣」となり、岐阜県を拠点に林業と狩猟を営む駒井翔さんの案内のもと、場内の“獣”の痕跡をたどります。匂いを確かめ、言葉を控え、最後にはジビエ肉を食べることで人間に戻る。これは単なるアート展示やジビエの試食会ではありません。言葉になる前の感覚(非言語体験)をどう設計し、企業のブランドや新規事業の価値へ落とし込むかという「体験デザインの実験」でした。

企画を手がけた「混ぜるな危険」の上村昂平(かみむら こうへい)さん、FabCafe Osaka 事業責任者の小島和人(ハモ)、ドリンク設計を担当したFabCafe Osakaの福田拓未の3人に、その裏側を訊きました。

身体感覚を呼び起こす「違和感」の設計

参加者は入り口で靴を脱ぎ、日常における人間らしいふるまいを少しずつ手放していきます。この体験は、人間のまま獣の世界を眺めるものではなく、まずは獣として場に入る必要がありました。

プログラムの写真

靴を脱ぎ裸足になって、四つん這いになって奥へと進みます

プログラムの写真

1日限りでFabCafe Osakaに出現したのは、山とも舞台ともインスタレーションとも言い切れない場所

プログラムの写真

プログラムの案内役の駒井翔さんが参加者を誘う

—— そもそも、なぜ都市のカフェで「獣になる」という一見遠回りな体験をつくったのでしょうか?

小島(ハモ):都市で暮らしていると、僕たちは効率よく、規則的に動くことに慣れすぎてしまっています。情報や便利な機能が満ち溢れている分、何かを体験するときも「頭(ロジック)」での理解が先に来てしまい、身体の反応や違和感をスルーしてしまう。『獣跡道』は、そうした都市のロジックから一度離れ、感覚をアンフォルム(曖昧な形)のまま受け取るための実験でした。  

上村:きっかけは、高校の同級生でもある料理人と「動物が食材に変わる瞬間はどこにあるのか」を話していたことです。皮のついた生命が肉になり、料理になる。そこには匂いや身体の感覚が深く関わっています。以前、彼らと普段食べない部位(アヒルの頭など)を、お箸もスプーンも使わずに手で解体しながら食べた経験がありました。道具を使わないだけで、自分が人間として食べているのか、別の生きものとして食べているのかがあやふやになる。あの「身体を通した強烈な体験」を、都市生活者にも届けるには、一度、人間らしさを手放してもらう必要があったんです。  

【体験のステップ:人間らしさを手放すプロセス】

  • 現の間(都市):説明を受け、靴を脱ぐ
  • 朧の間(境界):会話禁止。ゼリー状の「獣化ドリンク」を飲み、手袋をはめる
  • 獣跡道(野生):四足歩行になり、五感を頼りに選択を重ねる
  • 狩場(決断):音と気配だけで、最後の選択(餌を置く)をする
  • 食事場(帰還):手に入れた要素でカトラリーを自ら組み立て、命を「食べる」

「等価交換」ではない世界の理不尽さを持ち込む

獣跡道で参加者が向き合うのは、獣そのものではなく、そこに残された痕跡や気配=獣跡(じゅうせき)です。普段なら見過ごしてしまうものが、獣の存在を想像する手がかりになります。いくつかのエリアに設けられている問いを選択する度に捧げる「獣魂(じゅうこん)」とは、実は獣として山を生きるために獣の力が宿った魂です。獣魂を一つずつ手放すことで、視野が狭まり、嗅覚が頼りにならなくなる。参加者は少しずつ獣の要素を失い、人間へと戻っていくという仕掛けです。

プログラムの写真

木の根元や土や葉といった世界観の演出だけではなく、味覚や嗅覚や触覚を呼び起こす

プログラムの写真

茶色いオブジェが獣魂(じゅうこん)。あるエリアでは、この獣魂を捧げる代わりに葉を獲得した。

——『獣跡道』の中では、参加者が「獣魂(じゅうこん)」を捧げて道を選ぶなど、一見ルールが不親切にも思えるプロセスが続きます。「分かりやすい説明」をしなかった理由はありますか?

上村:都市のビジネスや生活は「これを差し出せば(対価を払えば)、これだけの見返りがある」という等価交換で成り立っていますよね。でも、山や自然の世界は全く違う。どれだけ努力しても理不尽に報われないこともあれば、思いがけないものが手に入ることもある。その「等価交換ではない緊張感」を身体で受け取ってほしかったんです。  実は裏側で、スタッフが参加者が特定のエリアに滞在時間をストップウォッチで一秒単位で計測していました。  

山の中に人間が長居すると、気配を察知した獣は遠ざかっていきます。だから、参加者がそのエリアに迷って長居すればするほど「獣が少ないエリアだった」と判断し、最後に提供されるお肉のグラム数が減る設計にしていたんです。  参加者にはその仕組みは明かしません。「何かを選択したが、何が得られたか分からない」という余白を残しました。

香りは曖昧だからこそ、それっぽい説明で丸め込むこともできます。でも僕たちは「聞かれたらすべて設計の理由を説明できるうえで、あえて参加者には説明しないノイズとして置いているんです。  

小島(ハモ):説明されれば頭で納得して消化試合になってしまいますからね。「よく分からなかったけれど、なんだか気持ち悪かった」「凄まじかった」という引っかかりが残るからこそ、人は体験が終わった後に「あれは何だったんだろう」と考え続ける。こうした仕掛けが、体験デザインにおける「問いを立てる力」だと思います。

味覚と嗅覚で「世界」を切り替える

プログラムの写真
3つの獣跡道を抜けた参加者は、最後に食事の場へと案内される。そこで提供されるのは、鹿肉、ソース、ドリンク、そして持ち手のないカトラリー

獣跡道で重ねてきた選択は、この食事にも反映されるという仕組みです。選んだ道筋によって肉の量が変わり、ソースやドリンクの味わいも一人ひとり異なります。

—— 体験の入口と出口で提供されたドリンクは、どのようなコンセプトでつくられたのですか?  

福田:上村さんから「獣になるときに飲むドリンク」と「人として戻るときに飲むドリンク」を作ってほしいと頼まれたとき、まずは森の素材を使うような安易な表現はやめようと考えました。  獣と人間の決定的な違いは、「目の前のものをどう認識するか」です。人間なら、グラスに注がれた液体を見れば無意識に「これは飲み物だ」と判断して口に運びます。でも獣なら「これは飲めるものか?」を探るところから始まるはずです。  そこで最初に口にする「獣になるためのドリンク」は、アールグレーを蒸留したジュレに、ザクロとパルミジャーノ・レッジャーノ(チーズ)のソースを重ねたゼリー状のものにしました。ザクロの鉄っぽさ(赤身の肉のニュアンス)とチーズのアニマリックな匂い、そしてドロッとした泥のような質感。視覚だけでは判断できないものを前に、鼻を近づけ、口に含むまでの戸惑い自体を「獣の世界への入口」として設計しました。

ドリンクを作る福田

FabCafe Osaka カフェマネージャーの福田拓。フレンチレストランでの調理師やノンアルコールをベースとしたドリンク作りのバックグラウンドを活かして、感覚変容を促す5種のドリンクを用意

蒸留機

FabCafe Osakaに常設している蒸留器でアールグレーからエキスを抽出した

ドリンク

獣になるためのドリンク:透明な液体に赤黒いどろっとしたマテリアルが注がれた

福田:最後に料理と合わせるドリンクは、参加者が道中で重ねた選択に応じて、一人ひとり異なる味わいを提供しています。「獣跡道」の途中で選ぶ痕跡(木の傷や餌、糞など)は、実は「鹿・猪・熊」という3種類の動物の生態に基づいているんです。参加者がどの痕跡を選んだかによって該当する動物が決まり、その生態系や食性にリンクさせてドリンクを調合しました。たとえば「猪」に紐づく選択をした方には、猪が好むアミガサタケ(きのこ)の風味やクルミのナッツ感、ベリーの酸味を合わせています。

AI時代に、企業や都市が「非言語体験」を扱う意味

—— 一見すると、とても個人的で感覚的な体験にも見えます。こうした試みは、企業や自治体のプロジェクトにどのようにつながっていくのでしょうか?

小島(ハモ):今はあらゆる情報がAIですぐに検索でき、頭での理解や効率化がどこまでもスムーズになる時代です。でもだからこそ、検索や言葉だけでは補いきれない「身体的な実感」や、ロジック化できない「直感的な感覚」に人が惹きつけられていると感じます。

僕が提唱している「都市ミルフィーユモデル」という考え方があります。都市や地域には、歴史や水辺、土地性といった深いレイヤーが存在します。今、多くの企業が短期的な成果だけでなく、より本質的なブランド体験や事業のあり方を模索しています。目に見える課題解決だけに留まらず、その土地の歴史や文化といった目に見えにくい深いレイヤーまでをどう捉え、長く愛される体験価値へと編み込んでいくか。そこにこれからの事業開発の大きなヒントがあるのではないでしょうか。

『獣跡道』のように、一度「非人間(獣)」という媒介を通じて五感をスイッチングすると、参加者の発言や着眼点が劇的に変わります。ロジックだけでは扱えなかった「なんとなく良い」「畏怖を感じる」といった直感的な価値を、都市や事業づくりに組み込めるようになると、僕は考えています。

上村:香りや五感を通じた体験は、外側の情報ではなく「自分自身の感覚や内面」に意識を向けられる、とても特別なレイヤーです。『混ぜるな危険』では独自の世界観を鋭くつくり込んできましたが、こうした香りの持つ可能性をもっと広く社会や企業の方々と探っていくために、別ラインとして「ハナラボ(Hana Lab)」という取り組みを新しく立ち上げました。FabCafe Osakaのような開かれた場を拠点に、勉強会などを通じて企業やクリエイターの皆さんと一緒に、香りと身体性の新しい可能性を探っていきたいと考えています。

答えやロジックを渡すのではなく、問いそのものを身体で受け止め、心に「引っかかり」を残していく。『獣跡道』が示したのは、これからの時代に必要な体験デザインの姿なのかもしれません。

Credit

企画 / ディレクター:Kamimura Kohei
什器プロダクト制作:Suzuki Yuji
企画 / 撮影:Doi Mizuki
空間設計:Okae Yoshiki
企画 / ストーリー設計:Kobayashi Hina
香り制作:Koyama Yuki
リサーチ:Mongtzu Kyo
音楽制作:Tahara Kazu
企画:Omura Yusuke
企画 / 演者:Komai Sho
ドリンク制作:Fukuda Takumi

宮崎 真衣

Author宮崎 真衣(Public Relations/広報)

広報の理論と実践を「Mie Institute of Communication」で学んだ後、アートやIT企業の広報・企画職などを経てロフトワークに入社。さまざまな場面でわきおこるコミュニケーションを、組織だけではなく暮らしや地域に還元していくために、cooperative(協同組合)やcollective(拘束力を持たない緩やかなネットワーク)に参画しながら学びを深めている。

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