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宮崎 真衣 2024.08.30

「香り・音・味を忘れたら酒蔵は終わり」
能登杜氏を支えた共同醸造プロジェクト
NOTONO vol.1レポート

令和6年能登半島地震を受けてロフトワークとFabCafeが立ち上げた、伝統産業の保護と地域再生を支援するプロジェクト「NOTONO」。その一環として、能登地域の持つ魅力に触れ、都市圏からの支援の形を模索するイベント「NOTONO vol.1」を2024年7月5日に開催しました。

今回は、被災した能登の日本酒蔵を支援する有志プロジェクト「能登の酒を止めるな!」とのコラボレーションイベントです。「能登の酒を止めるな!」では他地域の酒蔵の協力を得て、能登の酒蔵が全国各地に赴き共同醸造を行うことで銘柄の製造・流通を維持する試みです。

能登の酒蔵は今どのような状況にあり、どのような形で再生を目指しているのでしょうか?

執筆者:吉澤瑠美
編集:宮崎真衣(ロフトワーク)
撮影者:松永篤(ロフトワーク)

築150年の酒蔵も地震と豪雨で倒壊。共同醸造によって酒造りを続ける

イベントでは、「能登の酒を止めるな!」に参加している鶴野酒造店、松波酒造の方々がはるばる能登町から駆けつけ、能登の現状を語りました。

「大江山」を醸す松波酒造は築約150年の立派な住居兼酒蔵を構えていましたが、震災によって2階が潰れ、酒造りが継続できない状況に。若女将・金七聖子さんは、1月下旬から余震の合間を縫っては蔵に戻り、普段使っていた酒造りの道具や家財道具、蔵に残っていた酒米や日本酒を救出してきました。

しかし、タンクを支えに辛うじて残っていた1階も、梅雨の豪雨で6月下旬に倒壊。能登町では建物の解体も依然として進まない状況で、このような光景も珍しくないといいます。

震災が起きて間もなく、同じ石川県の吉田酒造店(白山市)から連絡があり、松波酒造も「能登の酒を止めるな!」共同醸造プロジェクトへの参画を決意しました。「香り、音、味を忘れてしまうと私たち酒蔵はダメになる。自分たちがやっていたことを忘れないためにも、酒造りの機会が得られて本当に良かった」と語る金七さんの言葉に熱がこもります。

それでも今は共同醸造だけで精一杯というのが金七さんの本音。解体にも時間を要するため、元通りの生活を取り戻すまでには長い道のりとなりそうです。「時間はかかっても、また能登の料理を囲んでみんなで乾杯できる日が来るのを祈るしかない」と金七さんは語りました。

共同醸造のために九州・長崎へ。協力蔵の献身的な支援が再び酒造りに向かわせた

続いて、「谷泉」を醸す鶴野酒造店の蔵元・鶴野晋太郎さんが登壇。鶴野さんの蔵がある集落では、約400戸のうち3分の2が倒壊してしまいました。鶴野さんの自宅も到底住める状態ではなく、3月いっぱいは体育館での避難所生活、その後も6月まではキャンピングカーでの生活が続いたそうです。

鶴野酒造店も松波酒造と同様、倒壊した蔵から酒造りに使えそうなものの持ち出しを始めました。なかでも鶴野さんが挑戦したのは、蔵付き酵母と乳酸菌の救出です。蔵の中に浮遊する乳酸菌や酵母が日本酒の味を左右し、蔵によって棲み着く菌の種類がそれぞれ異なることも研究によって明らかにされています。「再建した暁にはこの酵母や乳酸菌を使って新商品の開発に活かしたい」と鶴野さんが宣言すると、会場内からは拍手が沸き起こりました。

鶴野酒造店が第1タームで共同醸造のタッグを組んだのは、長崎県の福田酒造です。酒蔵にはそれぞれ独自のルールやポリシーがあるため、安易に他の蔵に入ることはできません。最初は緊張しながらの訪問でしたが、「福田酒造の蔵元やご家族が温かく迎え入れてくださったことで安心して酒造りに取り組めた」と振り返ります。多くの人の献身的な協力により共同醸造が実現していることがうかがえました。

震災直後から走り出した「能登の酒を止めるな!」プロジェクトとは

能登の酒を止めるな!プロジェクトの発起人であるカワナアキさんが、プロジェクトのあらましを紹介しました。

このプロジェクトが着想したのは震災が発生した1月1日の夜でした。同じ石川県にありながらも幸い大きな被害を免れた吉田酒造店(白山市)と相談をし、またクラウドファンディングのプラットフォーム・Makuakeにも協力を仰ぎつつ「能登の酒蔵の製造・流通を、他蔵との共同醸造によって維持する」という企画をまとめました。

1月は多くの酒蔵にとって繁忙期です。ましてや「タンクを2本使わせてほしい」という依頼が受け入れられるのか、不安もありました。それでも蔵元たちは「天災はいつどこで起こるかわからない。今後他の地域でも同じような事態に陥った場合、この仕組みが各地で応用されるものにしたい」とプロジェクトに共感し、協力の輪が広がっていきました。カワナアキさんが中心となって毎年開催している日本酒イベント「若手の夜明け」で培われた酒蔵同士のネットワークも奏功し、現在、全国19蔵が共同醸造蔵として名乗りを上げています。

「能登の酒を止めるな!」プロジェクトは、時期やマッチングによって共同醸造の体制を組み替えながら、2025年まで約1年半にわたり続けられる予定です。Makuakeをプラットフォームとして、継続的に応援を呼びかけていくそうなので、関心がある方はぜひプロジェクトをチェックしてみてください。

プロジェクトが生んだ共同醸造酒と能登の食材によるペアリングに舌鼓

会場では、松波酒造と土田酒造(群馬県)による共同醸造酒、鶴野酒造店と福田酒造(長崎県)による共同醸造酒が振る舞われました。どちらもオリジナル銘柄の日本酒とコラボ酒の2種が提供され、飲み比べて味の違いを楽しむ姿が会場のあちらこちらで見られました。鶴野さん、金七さんも直々にお酒を注いでくださり、参加者との会話にも花が咲いていました。

また、会場内で振る舞われた料理は唐木康二郎さん、瀬川しのぶさんのコーディネートによるものです。能登の食材がふんだんに使われており、海の幸も山の幸も絶品。さらに、盛り付けに使われた朱塗りの小皿は、倒壊した家屋から救出された食器を譲り受けたものとのことで、参加者は舌鼓を打ちながら能登に思いを馳せました。

「NOTONO」は今後も引き続き、能登の再生に向けて私たちができることを模索してまいります。イベントの中でもお話がありましたが、地震や災害は対岸の火事ではありません。対話を通して、天災と共存し文化や産業の灯を絶やさず暮らしていくために大切なことを学び、共有し続けていきたいと思います。

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