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基 真理子 2022.03.29

内発的変革を育む組織のルールづくり
人事★JINJIN★探訪記 ーvol.1 Backpackers’ Japan 野上千由美さんー

こんにちは。京都オフィスで、採用人事を担当し半年の基です。採用人事とは組織全体を整え、めぐりを良くする仕事。その業務は既存メンバーのサポートや育成、そして制度の構築まで多岐に渡ります。元ディレクターでもある私にとって、健やかなチームを育むこと、人のやる気を引き出すことは常に命題でした。

私たちを突き動かすのは、金銭的報酬や昇格など目に見える要因だけではありません。目の前に人参をぶら下げられるだけでは、人間は「創造的な仕事」をすることはできないのです。
では、どうすればいいのか? 私たちの心をジンジンさせて、創造的な仕事へ導くものは何なのか? そのヒントを探るべく、本シリーズ「人事★JINJIN★探訪記」では人事初心者の私が、社外の先輩方を訪ねます。

第一回目のゲストは、ゲストハウスやホステルの企画運営をされている株式会社Backpackers’ Japanの野上千由美さん。自然な笑顔で周囲を明るく包む野上さんが現在勤務する「Len京都河原町」にて、ゆっくりとお話を聞かせていただきました。

撮影:倉本あかり

お話を聞いた人

野上千由美さん
株式会社Backpackers’ Japan / Support Center (サポートセンター)

兵庫県宝塚市出身、京都市在住。2011年立命館アジア太平洋大学卒業後、アパレル会社のMDを経験。2015年当時3店舗目のLen京都河原町をオープンしたばかりのBackpackers’ Japanへ入社。組織制度の設計・運用を担うと同時に、各店舗のイベント企画運営にも携わっている。副業では尾道市瀬戸田町のまちづくりに事務局として参加。

創造性を発火させる潤滑油

基 真理子(以下 基) まず野上さんがBackpackers’ Japan(以下、BJ)でどういう役割を担われているか、どんなお仕事をされているかを教えてください。

野上千由美さん(以下 野上) はい。私はBJの中で「サポートセンター」に所属しています。役員も所属しているチームで、一般的にはヘッドクォーターと呼ばれるチームです。私は組織全体の仕組みづくりと運用を担っています。

 わ〜、なかなか大変そう……。ちなみに野上さんは役員ではないんですよね?

野上 はい。役員ではないです。役員と各拠点の間を担う、いわば組織全体をスムーズに進める潤滑油のような存在でしょうか

暖かい光が差し込む開放的な空間「Len京都河原町」。美味しいコーヒーをいただきながら対談を始めた。

メンバー全員に意思決定権を与える組織体系

 今回お声がけをしたのは、BJ独自の組織体系「Co-Management Team(以下、Co-M)」を野上さんが作られたと聞いたことがきっかけです。資料を拝見すると、トップダウンから自律分散型組織へ変革されたのかなと思ったのですが、改めてご紹介いただけますか?

野上 はい。今までは店舗ごとにマネージャーが、カフェやホステルなどセクションごとにチーフがいて、その下にアルバイトがいるトップダウン構造でした。でも、新体系「Co-M」ではマネージャーを撤廃しています。代わりに各拠点の「コーチ」がメンバーをサポートする構造にしました。またアルバイトや正社員という言葉も廃止し、時給制のメンバーを「アワリー」、月給メンバーを「マンスリー」と呼んでいます。雇用形態に関わらず、福利厚生や意思決定権は同じ条件で、誰もが自分の仕事に責任をもち、行動できる仕組みになっています。

「Co-Management Team」はメンバー同士が成長し合う状態を目指してつくられた。
各拠点の「コーチ」がメンバーをサポートする自律分散型組織。

日常化するブレイクスルー

 具体的に、メンバーの意思決定にはどれくらいの自由度があるのですか?

野上 かなり任せています。思いついたらチームや拠点内で実行できるようになっている。もちろん必要な経費によっては、コーチや役員承認がいりますが、各自の意思決定度合いは強いですね。

 つまりメンバーの個人的課題感や、やりたいことが着火した時に、気軽に実行できるよう承認のプロセスを減らしているということですね。例えばどんなことが起こってきたのでしょう?

店舗メンバーから生まれたクリエイティブガイドライン

野上 色々ありますが、想定外の例だと「クリエイティブガイドライン」が生まれたこと。うちのメンバーって何かしらの専門性を持っている人が多いんです。写真、料理、他にもデザイン、大工仕事とか。通常業務の範囲では活かしきれないスキルを、もっとクリエイティブに活かしたいという思いから作られた、社内発注のためのガイドラインです。それまでは写真が必要なら、得意なメンバーが自身のシフト中に撮影、編集までやってくれてたんですね。でもそれって本来なら報酬を払うべきことで、その人の力を軽視してるんじゃないかって話からはじまって。ちなみにアワリー(アルバイト)からの提案なんです。

 すごい! それぞれのスキルはどのように把握されているのですか? 面接で聞き出すとか?

野上 いえ、だんだん分かってくる感じです。私たちサポートセンターが引き出すのでなく、それぞれが自身のスキルを掲示する一覧を作っています。どんなスキルを持っているかだけでなく、どんな機材を持ってるのか、金額感まで自己記入してもらい、一覧化してるので、必要に応じて社内発注ができるんです。スキルの客観的評価は役員が一通り行いますが、信頼して任せている部分も大きいです。一覧は誰でも見れるので、各メンバーが、それぞれの得意領域とか好きなことをなんとなく把握している。

 いいですね、何かやりたいと思ったときに気軽に仲間を募集しやすそう。一人の主体性が、周りの人を巻き込み、ポジティブなエネルギーを連鎖してる感じ。

サポートチーム、時には現場メンバーとして多様な役割を担う野上さんからは、徹底して相手を尊重する姿勢を感じた。

止まるか、動くかを分岐させる仕組みと空気

野上 他にも新規事業が4つ生まれました。たとえばキャンプ事業やコーヒーのロースター事業などです。メンバーが事業計画書を作って、役員にプレゼンして承認されたんです。アイデアで留まらず実現まで進めていくのを見て、本当に感心していました。

 そうでしょうね。変化を目の当たりにすると、周りも刺激を受けますね。

野上 それ以外にも、メンバーから生まれた改善やアイデアはたくさんあります。小さな変革は日常風景すぎて見慣れてしまっているくらい(笑)。例えば、掃除用のスプレーが使いづらいって思う、普通だったらそこで止まりがちです。でもBJのメンバーは「変える」という思考や行動に繋げる。日々の仕事の中で改善や工夫できる要素を見つけることと、行動にうつすことには大きな差があると思うんです。

 確かに。特に一般社員やアルバイトという立場の人が、既存プロセスを「変えられる」という意識を持つことが最初のハードルかもしれない。大なり小なりブレイクスルーへの最初の一歩を促すことが肝心ということですね。準備運動や助走がうまくいけば、だんだん自走できるようになる。

野上 そうそう。使いづらいで止まるか、行動にうつすかの差は「主体性」にあるんですよね。最初は「ここまでやっていいのかな」みたいな空気があったけど、最近は頻発している。「そこまでやってくれるんや!」って感謝してます(笑)。

メンバーの愛と誇りを感じるポジティブな空間。
ホステルの風景。各自が主体性を持ちながら、小さな変革を日々生み出している。

メンバーの主体性と全体品質のバランス

 メンバーに主体性や意思決定権を持たせる場合、不安になったりしないですか? 「任せきる」には勇気も必要ですよね。逆に細かく言いすぎると、モチベーションを下げてしまうし。

野上 そうですね。自由度とクオリティのバランスは意識しています。もともとBJは比較的トップダウンな組織でした。創業メンバーが拠点にも意見を出すことで、クオリティを保ってきたんです。だからこそ、メンバーに主体性を持たせる新制度を導入するのにあわせて、ガイドラインも設定しました。

 ルールを作ったということですか?

野上 そう。例えば、全体のブランディングやファイナンスに大きく関わる場合には、役員から助言が必須です。また「ここからは自由に変更できない」という線引きが設定されていたり、「何かを始める時はかんたんな収支計画を立てる」ことがルールになっています。これは、アルバイトも含め全てのメンバーに求められるプロセスです。そして、ルールだけでなく、フォローアップできる仕組みも用意しています。意思決定権は各自にあり自由度が高い分、踏むべきステップや超えるべきハードルも設計してクオリティを担保できるようになっているんです

主体性が持てない人はそれでもいい

 誰もが最初から主体性をもっているわけではないですよね。もともと声をあげるのが得意なメンバーもいれば、そうでないメンバーもいる。自己主張が苦手なメンバーをどう評価するのかって問題もありそう。

野上 それはありますね。ただ私たちのスタンスとしては、苦手ならそれはそれでいいかなと思ってます。仕事として最低限やらないといけないことはある、それを丁寧に進めることができるなら、それだけでもいい。

 むやみやたらに「主体性をもて」と強制するのではなく、それぞれが持っている丁寧なポイントとかこだわりを反映しやすい余白を設けるイメージですか?

野上 確かにそうですね、そこは個人の考えとか適正にかなり任せちゃっている。

 うんうん。強制されると辛くなる人もいますよね。

野上 ありますね。私たちの場合は強制もしなければ、あまり過保護にもならないように意識しています。主体性を持つのが苦手なメンバーに対して、一つ一つ丁寧に教えていくという育成スタイルでもない。どうしたいかも含めて本人の意思に任せて、現状に満足しているならそのままでいいし、つらくなったら離れてもいい、選択肢は本人に委ねています。私はサポートセンターとしてあえて少し離れた位置から見守り、各拠点のコーチが助けていくというイメージです。

監視塔でなく現場で見守る

 では、野上さんは離れ島から各国を見ているみたいな感じですかね? ついつい手を差し伸べたくなることってないですか?

野上 個人的にはあまりないですね。私の場合は、入社時から組織全体の制度や仕組みづくりを担当していたからかもしれません。ただ、私もイベント担当として拠点に入る時は、もどかしさを感じることもあります。一方で、プレーヤーとして介入しているからこそ、メンバーと同じ視点で解決方法を考えていくことができる。サポート役としての私だけでなく、現場に介入できる機会もあることがプラスなのかも。

 離れ島から監視するのではなく、片足を突っ込みながら、時には現場メンバーとしてチームを盛り上げていくということですね。

場への愛着を自然に促す

 Lenのメンバーさんは、全員が自然体でとても感じ良いですよね。このポジティブな空気は、職場がお洒落とか表面的なことだけでは維持できないと思う。接客業ってモチベーションを左右する感情の振れ幅も大きいだろうし……。その中で何がこの良い空気を育んでいると思いますか?

野上 一例として、1日1ドリンク無料で飲める「ファースト制度」というものがあります。創業初期、「仕事終わりに乾杯しようよ」という想いから生まれた制度で、メンバー同志はもちろん、お客さんといっしょに乾杯する。自然に愛を持つきっかけを促進できる仕組みがあることは大きいかも

 うんうん。相手の人柄が見える距離になると、ホスピタリティも変わってきますよね。人間って一番近い集団に愛着を抱くものだろうし。それ以外にブレイクスルーや変化が起こりやすくなる秘訣って何かありますか?

実感から生まれるコミュニティ意識

野上 トップダウンでなく、みんなの意見を元に会社を作るというスタンスをとったことで、「自分たちが作っている」という意識が生まれたことかな。メンバーから組織へのフィードバックも積極的にもらっています。それぞれが思う課題とか働きづらさとか、不満を聞き出して、声をあげられる機会を設ける。「Co-M」もまだ新しい制度なので、課題がどんどん出てくるんですよ。立場に関係なく集まってもらって、一緒に解決方法を考えますね。改善するってハードなことだし、通常業務の範疇を超えることだと思うんですけど、それでも変えたいと思ってくれるメンバーが声をあげてくれるんです。

 自分で作っていく実感こそが「コミュニティ意識」を生んでいるのかもしれないですね。

動物的・人間的欲求を共に満たす評価制度

野上 ただ、最初から良いことばかりでもありませんでした。「Co-M」を全社導入した3ヶ月後にコロナ感染が拡大、売り上げも下がり、社会環境によるストレスも重なって、メンバーの不安の声も増えたんです。その原因が新制度に対するものか、コロナ前のように働けないからか、その結果給与が上がらないからなのか、わからなくて……。制度の純粋な良し悪しが判断しづらい期間が2年ぐらい続きました。

 なんてタイミング……。なんか人間って辛いと防衛本能が働きますよね。動物的欲求が優位になって、目に見えるもの、お金や保証がほしくなる気がします。

野上 そうなんですよ。守られたいって感情が優位になってるのに、新制度は主体性を求めるからプレッシャーに悩んでしまう人も多かったんです。最近は状況が落ち着いてきたのもあって、制度に満足感をもってくれるメンバーも増えてきました。

見えないものも評価に反映していきたい

 評価制度はどのように作られているのですか?

野上 ちょうど最近ビジョン、ミッション、パーパスを見直したのですが、あわせて評価制度も変えました。これまでは主体性を重視し「メンバー同志がお互いを評価しあう」システムでしたが、各自へのプレッシャーが高すぎたり、評価側のリテラシーが育ちにくいという課題がありました。組織としては主体性や透明性を大事にしてきたのですが、それに喜ぶ人も入れば、納得いかない人も出ていました。そこで、ビジョンをブレイクダウンして評価指標に落とし込みました。例えば、ロジカルシンキングや、他者にリスペクトをもち信頼関係を築けているか、などの要素を言語化し、価値観を重視した項目にしています。

 私たちも最近コーポレートメッセージを見直しました。あわせて、京都オフィスでは「採用の選考基準」を見直したところです。難しい作業ですよね。

野上 はい、大変ですね。言語化しなくてもいいといっていたところを、みんなが納得できるように項目化しているという感じです。でも単純にドリンクを何杯売ったかとかだけじゃなくて、見えないものが見えるようになって評価にも反映できるようにしていきたいと思っています。

 振り返ること、達成の可視化はモチベーションの維持につながりますもんね。成長意欲、学習意欲のような人間的欲求と、給与とか自分を守ろうとする動物的欲求を、ある種分けて見ていけると理想的なのかもしれないですね。

保湿クリームのようなマネジメント

 お話を聞いてると、野上さんをはじめ「サポートセンター」の方々は、メンバーを評価するより、いかにエンパワーできるかを重視している印象をうけました。

野上 そうですね、私自身も応援団長みたいに盛り上げることを一番意識してるかな。マネジメントっていう言葉もあまり使いたくないんです。私は社歴も長いし、誰にどうコミュニケーションしたら物事が進めやすいか、っていう情報は持ってると思うんですよ。サポートというより、最初に言った潤滑油みたいな表現がしっくりきますね。

 ふんふん、潤滑油もそうだけど保湿クリーム的な感じかも(笑)。あるべき姿に整形するのではなく、そのままの姿を守るために、野上さんが防護膜をはってくれてる感じ

野上 そうありたい(笑)。相手に対するオープネスとリスペクトは大事にしてますね。自分自身も相手に対してひらくし、お互いを受け入れあう関係性をつくりたい。自分と違う価値観でも、その人の意見として尊重するスタンスでいます。

 カフェやホステルという、価値観が異なる人が集う場で「心地よい空間」を作り続けてきたからこそ、その感覚が培われてきたのかもしれないですね。私も「心地いい環境」を作るために、前進していきます。目指せ保湿クリーム!!

今回の★JINJIN★ポイント

「人事」という硬めなテーマにも関わらず、笑顔が溢れる対談だった。穏やかな野上さんの言葉からは、私の問いかけを理解して受け止めてくれようとする姿勢、その上で自分の意見を述べる芯の強さを感じた。今回、私の心に響いた 3つのJINJINポイントはこちら。

1. 目に映る全てのことはメッセージ

私たちは「見えない」と思いこんでいることが多い。例えばスキル、主体性、価値観など。でもユーミンも言っている。私たちは「見えない」のではなく「見ようとしていない」だけ。可視化することでひらかれる創造性や主体性はあるのではないだろうか。

2. 助走のサポートに注力する

任せきることは、隅々までサポートするより難しいかもしれない。でも準備運動や助走しやすくなる、したくなるきっかけを作ることが大事。あとは少し離れた場所から見守っていれば、自走が始まり想像もできない場所まで導いてくれるのかも。

3. 保湿クリームのような防護膜をはる

鎧をはって強固に守ることや、あるべき姿に改造することがマネジメントではない。保湿クリームのように、薄く軽やかな防護膜をはり、ありのままの素材をいかすのもマネジメントである。

基 真理子

Author基 真理子(HRディレクター)

兵庫出身、京都在住。フリーター時代にWebの世界に魅了され独学を始める。その後、百貨店系クレジットカード会社のWeb担当者として、サイトのフルリニューアルなどを推進。書籍『Webプロジェクトマネジメント標準』との出会いをきっかけに、2018年ロフトワークへディレクターとして入社。教育機関や企業の大規模Webリニューアルから、イベントの企画運営など幅広い領域に携わる。また大学でのPM特別授業講師、KJ法勉強会など、多様な「学び」のデザインにも従事する。2021年に罹患した病をきっかけに「健やかに働くこと」をより深く考え、HRディレクターに就任。採用業務全般から、育成プログラム開発まで「人」に関わる業務を担っている。2024年米国PMI®認定PMP®,PMI-ACP®取得。合言葉はENJOY NOISE。アカハライモリと暮らす。

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取材協力

Len京都河原町
京都・河原町駅から徒歩8分の場所に位置するカフェバー併設のホステル。市街地へのアクセスがいい他、鴨川にもすぐ出ることができるので京都の山を眺めながらのんびりと過ごすこともできる。多種多様な人が行き交うラウンジのコンセプトは「あらゆる境界線を越えて、人々が集える場所を」

https://backpackersjapan.co.jp/kyotohostel/

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