渾沌を生き抜く勇者となれ。
KJ法はパンクだ!
人生は無明だ。あふれる不測事態と矛盾は、絶えず私を攻撃する。だから、私はこの渾沌とした世界が大嫌いだ。ボコボコにやられっぱなしの自分も大嫌いだ。それでも、私は今日も生きている。生きることをやめる勇気もないし、世界にサヨナラしきれるほど諦めきっていない。そして、どうせ生き続けるなら小さくてもいいから光を見つけていきたい。
そのためには切実感をもって動きつづけなければならない。停滞する水が腐るように、現実に唾棄しているだけでは生ける屍になってしまう。だからこそ私は、無明の人生を直視し、不恰好でも歪つでもいいから変化をおこし、光を生み出す勇者になりたい。
さて皆さん、こんにちは。
HRディレクターとして京都オフィスで働く基(モトイ)です。かなり唐突なイントロですが、私の人生観をまとめてみました。実はこれ、「KJ法」と呼ばれるデータ整理の手法によって言語化したものなんです。
KJ法と聞くと、一般的には学術研究やビジネスにおける「情報整理術」や「アイデア発想法」というイメージが強いかもしれません。しかし、私にとってKJ法はパンク精神や人間性そのもの。本記事では、私が思うその魅力をお伝えしたいと思います。
企画・執筆:基真理子
編集:岩崎 諒子、後閑 裕太朗
ボロボロの本から溢れ出すパッション
付箋を使って複数人でアイデアを出したり、情報整理したり……。KJ法を「仕事で使える有用な手法」と捉えている人が多いのではないでしょうか? 実際にロフトワークでも、付箋に書き出す行為は日常的なものですし、KJ法を考案した文化人類学者の川喜田二郎氏による指南書、『発想法』『続・発想法』は必読書として紹介されています。つまり、ロフトワークのメンバーにとってKJ法は身近な存在であり、コアスキルとして扱われているのです。
しかし、私はずっとKJ法が苦手でした。何度やっても、本を読んでも、正解がわからない。加えて、ベテランのディレクターにどうすれば上達するのかを聞いてみても明確な答えが返ってこない。とても近くにいるのに、モヤに包まれている正体不明の怪物。それが私にとってのKJ法でした。
でも、図書館で見つけた一冊の本によって、その恐怖心は一変します。その本の名は『問題解決学 KJ法ワークブック』。川喜田二郎氏が『発想法』や『続・発想法』の後に書いたものです。幾人の手を通し、擦り切れてボロボロになった50年前の本からは、KJ法、そして川喜田二郎氏の人間味溢れるエネルギーが爆発していて、人生にやられっぱなしの私の心は鷲掴みにされたのです。
一人でやりきるKJ法勉強会
KJ法は、ただの「仕事に役立つ情報整理術」ではない!この本で感じた人間味溢れるエネルギーこそ魅力であることを伝えたい!!
その衝動に突き動かされた私は、社内勉強会を企画。以前からファンだったサイボウズ・ラボの西尾泰和さんを外部講師としてお招きし、3時間半に渡る熱い勉強会を開催いただきました。西尾先生は、KJ法に関する記事を多数書かれ、講師として教育機関などでもKJ法の実践についてレクチャーされてきた方。また、先生の著作である『エンジニアの知的生産術』では、とてもわかりやすい言葉でKJ法を紹介されています。
勉強会の概要、企画段階の整理、当日の資料、そして振り返りまで、西尾先生が自身のWebサイトに詳しくまとめられています。貴重なナレッジの数々がオープンに共有されているので、ぜひじっくり目を通してみてください。
ロフトワークで開催した勉強会は、KJ法の理解を深める講義と、KJ法のライトver.と言える「花火」を使った個人ワーク。3時間半の超濃密な時間を過ごしました。痺れるような脳の疲労感と興奮は、まるで筋トレ後のよう。勉強会後の社内アンケートでも「KJ法が好きになった」「自分と向きあう時間がとれた」などポジティブな意見がたくさん出てました。
KJ法には人間性と生命力が溢れている
前提やバイアスを破壊するパンク精神
ここからは、私が思うKJ法の魅力をもう少し掘り下げたいと思います。
『発想法』が書かれたのは、高度経済成長終盤の1967年。当時の日本は大学紛争、公害問題、労働力不足など数々の困難な問題を抱えていました。そんな動乱の時代に、文化人類学者であった川喜田二郎氏が、創造的な問題解決手法として開発したのがKJ法です。『問題解決学 KJ法ワークブック』を読み、現実や未来と対峙し、変革を目指すエネルギーから、私はパンク精神を見出しました。KJ法は、私たちが無意識のうちに抱きがちな先入観やバイアスから脱却させてくれるアプローチです。わかりやすい例で言うと、KJ法では、個々の付箋をグルーピングする際に、時間軸や大きさといった、一般的なカテゴリでまとめることは推奨されていません。トップダウン、つまり私たちの社会や個々人の認識を支配している価値観から考える手法ではないのです。
川喜田二郎氏も、「独占的にトップダウンでグルーピングしていた人がいたので、バラバラにしてやった」というエピソードを残しています。またグルーピングしていく中で、どうしてもまとまらない付箋は「一匹狼(または離れ猿)」と呼ばれます。これを川喜田二郎氏は「まとめるな。孤立しているからこそ価値がある。新たなヒントや変化を生む可能性がある」というのです。既存概念に収まることなく脱構築し、新たな価値観を生みだす行為は、私にとってパンクそのもの。
タロット占いのように虚心でデータの声を聞く
「情念で考える」という川喜田二郎氏の言葉があります。KJ法に関するよくある誤解として、すべての情報をロジカルにまとめるべきだと思われがちです。しかし、川喜田二郎氏は理屈ではなく、データ(付箋)が語りかけてくる声を感じる、つまり先入観を無くした虚心で聞けというのです。実際にやってみると、これがとても難しい。それでも心や感覚を研ぎ澄ませ続けると、静寂が訪れはじめ、普段はキャッチできない音や匂いに気づいたりすることもあります。いかに世界をバイアスだらけで認識しているか気づくはずです。
もうひとつ、川喜田二郎氏が残した重要な言葉として『土の香りを残せ』があります。これは「抽象化しすぎるな」という意味ですが、つまりデータの「個性」を尊重しろと言ってるのです。もちろん「データが語りかける声」として何をキャッチアップできるかは人によって違うでしょう。正解もありません。しかし、いくら虚心になっても、自分のなかに残る「こうなんじゃないかと思う感覚」があるはずです。ロジックや既存の枠で説明はできないけれど、なんだか気になる。この部分にこそ、新たな視点を生み出すきっかけがあるのです。そして、これこそがKJ法の面白さ!
このデータの声を聞く行為は、実はタロット占いにも似ています。78枚のタロットカードには、それぞれ様々な意味があります。同じカードでも人によって解釈が異なるのです。カードを引いた後は、静かにカードを眺め、語りかける声に耳をすまし、自分なりの言葉として吐き出していきます。そこで出てくるのは唯一解ではありません。あくまでも目指すと良いとされる「方向性」を示すものなのです。ここもKJ法と占いの共通点といえるでしょう。
越境を繰り返し、新たな城を建てていく
KJ法のプロセスでは、使い手が様々なキャラクターに「化ける」ことが求められます。芸術家、科学者、実業家、宗教家、政治家など、まるで名優のように七変化するのです。別の表現を借りると、鳥の目と虫の目を行き来するとも言えるかもしれません。一見すると相反するような視点をも使い分け、織り交ぜていくことこそが重要なのです。川喜田二郎氏も“with warm heart, with cool brain”によって人間らしい変革が起こせると言っています。このようにミクロからマクロ、そして自身の内と外を行き来する探究的行為によって、徐々に問題解決の方向性が見えてきます。付箋をバラバラに配置して動かしたり、先入観なしにグルーピングを繰り返したり。試行錯誤するうちに、「思いがけずに繋がってくる感じ」を味わうはずです。バラバラに解体されたデータが形と意味をもち始め、まるで目の前に新たな城が建っていくような快感は、やみつきになるでしょう。
渾沌に希望の光をともす
つまりKJ法とは、自身の内と外を行き来する探究的行為といえます。吸って吐くという緩急のリズムは生きることそのもの。仕事はもちろん、人生に絶対解はありません。でも自分自身や「どうしたらいいかわからないこと」とじっくり向き合い、少しずつでも紐解くことをKJ法は助けてくれます。
無明の世界でもがく姿は、時に不格好だったり、歪つかもしれません。でも私はそういう姿にこそ美しさを感じるし、人間らしいと思います。ボロボロになりながらも、壁を壊し、新たな世界への執着を持ち続けたときこそ、創造性が発揮されるのではないでしょうか。人生とは、そのようなことの連続かもしれない。だからこそ、KJ法はどんな時でも役立つのです。仕事でのアイデア出しや、戦略構築はもちろん、引越しや旅行先を決める時、週末のディナー、パートナーへの不満をどう伝えるか迷っているときまで。使い方は自由。悶々とした時や、迷い、渾沌の中にこそ、変革の種が隠されているはず。
大事なのは正しいやり方ではない
最後に種明かしをすると、実はこの記事もKJ法を使ってつくりました。ただし厳格にはKJ法でも、勉強会でやった「花火」でもない方法です。いわば、MM法(Mariko Motoi法)。勉強会で学んだこと、そして自分の感覚を、思う存分に内部探検しながら書きました。あ〜楽しかった!
何より大事なのは、始めから終わりまでやりきる一仕事の達成感。正しいやり方に固執していては楽しめません。とはいえ、練習なしにいきなりスタイルはつくれない。「KJ法は実技だ」と川喜田二郎氏も言っています。皆さんもぜひ「花火」からはじめて、KJ法の快感を味わってください。
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