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後閑 裕太朗 2022.06.28

麹の可能性を手触りと味覚から学ぶ
KOJI THE KITCHEN Academy 体験レポート

「麹(こうじ)」の新しい可能性を探るべく、種麹製造の老舗、株式会社糀屋三左衛門とさまざまな業界・領域の専門家やクリエイターがコラボレーションする食文化探究プロジェクト「KOJI THE KITCHEN」。ロフトワークとFabCafeは本プロジェクトの企画・プロデュースを支援し、2021年11月には「KOJI THE KITCHEN vol.0 [KOJI MEETUP in Nagoya]」がFabCafe Nagoyaにて開催されました。

この「KOJI THE KITCHEN vol.0」に続く活動として、糀屋三左衛門が独自に実施したプログラム「KOJI THE KITCHEN Academy [美食と種麹]」が2022年4月に開催されました。

麹に関する自然科学、人文科学、社会科学の視点からのインプットとディスカッション、そして麹づくりや調理ワークショップを通して「麹の価値を五感で探求する」1泊2日のプログラム。麹や発酵に関心を持つ参加者が集い、麹の基礎的な知識から新たな可能性まで、自身の手と舌も使いながら学びました。

本記事では、そんなプログラムの様子をレポートします。

執筆:後閑 裕太朗(loftwork.com編集部)
編集:岩崎 諒子(loftwork.com編集部)

株式会社糀屋三左衛門について

株式会社糀屋三左衛門は、600年の歴史を持つ種麹製造会社。国内醸造メーカーに向けた、BtoBの種麹製造・販売を中心とし、そのほかにも甘酒、麹調味料の製造・販売も行う。昭和45年からは愛知県豊橋市を中心拠点として活動。
2021年より、様々な分野の知見を接続することで、麹体験に「美しさ」と「楽しさ」を求め、麹の新しい文化を創造するため「KOJI THE KITCHEN」を始動した。

>>糀屋三左衛門 Webサイト

KOJI THE KITCHEN Academy について

KOJI THE KITCHEN Academy」は、麹について自然科学や社会科学といった複眼的な視点から学ぶ、1泊2日のプログラムです。座学形式の講義だけでなく、麹を活用したディナーや調理ワークショップ、さらには麹づくりの体験も実施しています。

ポイントとなるのは、「セミナー」ではなく「アカデミー」であるということ。
「明日から役立つ麹の知識」を学ぶわけではなく、さまざまな立場から「麹」に関心を持った参加者たちが、糀屋三左衛門とともに麹の世界を探求することが大きな特徴です。麹の基礎知識のインプットにはじまり、文化的・科学的背景を学びながら手や舌でも麹を体感。参加者それぞれが五感を使って麹と向き合うことで、「食文化への想像力」を刺激する内容となっています。

糀屋三左衛門が目指す、「新しい麹の文化」とは

プログラムがスタートすると、まず株式会社糀屋三左衛門 29代当主・代表取締役社長である村井裕一郎さんが、プログラムの概要と目指すビジョンについて語ります。

講師役は、村井社長自身が担当。参加者と共に麹の可能性を考えるためのナビゲーターとして、解説と問いの投げかけを行いました。

一般的に、麹は日本酒や醤油を作るための醸造工程の一部に使用する原料として用いられています。この麹に新たな価値を生み出すためには、麹にまつわる体験に「アート」と「ホビー」の要素、つまり「美しさ」と「楽しさ」の2つの要素が必要だと村井社長は語ります。

今、国内外で「発酵」がブームとなっており、多角的な視点からその価値が再考されています。一方「麹」はというと、醤油・味噌などを作る上で日本の食文化に欠かせないものですが、麹そのものへの関心は、まだまだ発展の途中です。実際、筆者も「発酵に使う菌」「塩麹を使うと肉類が柔らかくなる」程度の断片的な知識しかなく、とても身近な存在とは言えませんでした。

村井社長はこうした状況を変えるために、発酵に関心はあるがまだ麹を知らない人、麹に関する知見の幅をさらに広げたい人の両方を対象に、麹にまつわる「新しくも楽しい知的体験を提供し、新たな麹文化の醸成を図る」という目的のもと「Academy」の実施に至ったといいます。

本プログラムが開催されたのは、愛知県豊橋市に開館した食文化の拠点「emCAMPUS」。糀屋三左衛門の拠点でもある東三河地域は、独自の発酵文化が栄えている地域です。

麹の基礎知識を学び、議論の土台を整える

2日間のプログラムは、以下の順序で進行していきました。

1日目

  • 種麹概論
  • 講義①「自然と人間」
  • 麹の手入れ体験①
  • 講義②「地球環境と地域文化と伝統」
  • ディナー 東三河×麹コース
  • 麹の手入れ体験②

2日目

  • 講義③「麹菌の未来とテクノロジー」
  • 麹の手入れ体験③
  • ランチワークショップ・ゲスト講話
  • デザートワークショップ・ゲスト講話
  • リフレクション

まず初めに取り組んだ「種麹概論」では、「そもそも種麹とは何なのか」といった疑問をはじめ、「発酵・腐敗・醸造の違い」「麹菌の定義」など、なかなか知る機会がない麹の基礎知識を学びます。

今回、筆者のように麹についてあまり知識のない人も参加していれば、普段から自主的に麹づくりを行っている方、醸造メーカーに勤めている方など、幅広い層のメンバーが参加しています。まずは概論を通して、麹に関する知識の足並みをそろえていきました。

用語解説:麹と種麹

ここで、本記事でも使用している用語である「麹」と「種麹」について少しご紹介します。

…米や麦、豆などの穀物を中心とした原料に対して麹菌を培養したもの。麹によって、発酵に必要な酵素と栄養分が生産される。麹を作るには、まず米などの原料を浸漬(水につける)・蒸煮(蒸す)など適切に下処理し、種切(種麹を散布する)をし、環境を整えながら麹菌を培養する必要がある。

種麹…その名の通り麹の「種」であり、麹を作る際に麹菌を散布する目的で蒸した米などに撒くもの。形状は散布されやすい粒状か粉状ものが多く、また目的に応じて複数の菌の配合や比率調整が行われている。

 

麹菌ひとつをとっても、黄麹菌・黒麹菌・白麹菌などいくつも種類があり、用途や特徴、さらには麹にした時の味わいが異なるなど、今まで触れたことのなかった麹の知識に新鮮さを感じました。

なかでも印象的だったのは、麹について語るうえで「自然と人工」という視点が欠かせないということ。とりわけ「種麹」の開発は、醸造に必要な菌の生産・管理を食品製造と分業化したことで、微生物を工業的な商品として流通させた、という意味で大きな意義があると言います。

そして、この「種麹とは、一般のイメージ以上に、人工的・工業的価値観の強い製品である」という前提が、プログラム全体を通しての大きな問いとなってくるのです。

自然と文化の2つの視点から、麹の奥深さと課題を知る

麹に関する基礎知識を学んだあとは、より踏み込んだ講義として、「自然」「地域文化」「テクノロジー」などのマクロな切り口から麹の特徴を解説。また、各講義の後半には、講義内で村井社長が問いとして投げかけた「麹の社会的な存在意義」や「麹業界が抱える課題」について、少人数のグループに分かれてのディスカッションを行いました。糀屋三左衛門の社員の方も交えながら、積極的な議論が交わされました。

なかでも特に興味深かったのが「地域文化と麹の関係性」についてのお話です。
種麹の製造業者は、全国の醸造家からの多様なニーズに応えるための技術開発に挑み続け、種麹製造の安定化と、目的の醸造食品に対して適切な麹菌の品種改良を実現しました。このように、醸造と種麹製造ははっきりと分業化され、産業用途に適した種麹を全国に配送することで、産業としての安定性や画一性、生産性が担保されています。しかし、それと引き換えに、麹菌には製造地域ごとの特性や差異が生まれづらい産業構造になったといえます。一方、海外では、ワインに象徴的なように製造に関わるあらゆる要素が地域性を持つことで、製品の固有性につながるという「テロワール」の価値観があります。昨今では、国内外を問わず、このテロワールの価値観がブランディングにおいても重視されている状況です。

「地域性とブランディング」という点で意外な特性を持つ麹。参加者の中からも「味噌や醤油の販売はこのままではマーケット全体として縮小傾向にある」とリアルな声があげられ、今後も産業として持続していくために必要なこととは何なのか、議論も白熱しました。

麹を五感で感じる、体験ワークショップとディナー

講義形式の座学だけでなく、実際に手と舌で麹を体験する体験ワークショップも行いました。

麹づくり体験では、麹の製造工程の一部である「種切」を体験。蒸された米に種麹を散布する作業をはじめ、手入れの方法や家庭で行ううえでのポイントを自分たちの手を動かしながら学びます。

一番驚いたのは、麹の繁殖状態が変化するにつれて、その印象が変わっていくことです。今回使用した種麹は、少し緑がかった粉末状の見た目で、米に種麹をまぶす行為も、いわば調理や調合に近い印象なのですが、麹菌が繁殖して触り心地の変化や温度上昇を肌で感じると、段々と生命感が生まれてきます。温度や水分量など繊細な管理が求められることもあり、自分で育てた麹に愛着が湧く方も少なくないとのこと。

普段の生活の中では、麹以前に、そもそも「菌と触れ合う」ことを実感する機会自体が少ないのではないでしょうか。菌は目に見えない、日常生活のなかでは敬遠されがちな存在ではありますが、手で触って「生きている」ということを実感すると、何だか不思議な気分になりました。

また、食文化の探求のためには、実際に自分たちの舌で試すことも欠かせません。講義を終えた初日の夜は、ホテルアークリッシュ豊橋 総料理長 今里武さんによる、麹を使ったスペシャルコースに舌鼓。海外でも注目される「麹×ガストロノミー」をダイレクトに体感しました。

そして、実際に私たちのキッチンに麹を活用していくためのヒントを得るため、フードクリエイターの鈴木ゆうたさん、べっぴんプラス株式会社代表/CHIE’S KITCHEN主宰の廣瀬ちえさんが、それぞれワークショップを実施。

鈴木ゆうたさん
廣瀬ちえさん

鈴木さんは、KOJI THE KITCHENのプロジェクトで、糀屋三左衛門の関連会社である株式会社ビオックの技術開発者と行った「キヌア麹」の共同開発のプロセスを紹介。また、実は黄麹菌・黒麹菌など「麹菌の種類」によっても風味が異なることを紹介しながら、それぞれの味わいを生かしたドレッシングのレシピを解説しました。

続く廣瀬さんのレクチャーとワークショップでは、「麹の裾野を広げるために、いかに食卓に調和させていくか」という視点のもと、豆麹や野菜麹など、さまざまな麹を活用したレシピを数多く紹介。

それぞれ、活かし方を工夫することで、食卓に「麹」という選択肢が増えることをリアルに実感できました。

 

ワークでは鈴木さんと廣瀬さんが紹介したレシピを実食。それぞれ、麹を使った3種のドレッシングと、さつまいも麹を使ったモンブランや麹を使った生チョコを試食しました。

麹の未来と、私たちの関わり方を語り合う

麹にまつわる知見や課題を整理し、麹を自らの手で活かしていく実践方法も学んだ今回のプログラム。その中でも最も注目するべきテーマが「麹文化の未来」です。

2日目には「麹菌の未来とテクノロジー」というテーマでの講義が行われました。美食(ガストロノミー)領域での可能性に加えて、アート領域・フードテックにおける麹の先進的な事例を紹介するなか、村井社長がポイントとして語ったのが、「日本と海外、それぞれの麹の解釈の相互作用を模索していくこと」でした。

本プログラムの副題でもある「美食と麹」。この掛け合わせへの関心は、海外を中心に広がりつつあります。一方で、日本の伝統食としての「麹」は海外では浸透しておらず、文脈としてはエンジニアリングやフードサイエンスの手法の一つとして解釈されている現状があります。

しかし、こうした海外での動きを好機と捉えることで、従来の種麹や麹の製造工程に縛られず、海外流の新たな麹の原料や生産方法についても模索していく。日本国内の高い技術や生産性の高さを活かし、実験的な取り組みを流通までつなげる道筋があるかもしれない、と語っていたのが印象的でした。

今回、筆者は麹の知識に関してほぼゼロの状態からの参加でしたが、自分の手や舌で直接麹の世界に触れ、それぞれの立場から意見を交換しあうことで、麹に対する自分なりの考えやアプローチを見出すことができたと思います。

個人的には、編集者の立場から麹菌という目に見えない存在をいかに可視化していくのか、ということに非常に興味を持ちました。醤油や味噌という製品は私たちの生活に欠かせないものであるのに、その道中で麹がどのように機能しているのか、ということもなかなか認識できない。しかし、その洗練された製造プロセスには「菌類を有効に活かす」ための技術が詰まっています。

新型コロナウイルスの感染拡大以降、人々と菌類の関係性は、いっそう縁遠いものになりました。しかし、麹をはじめとする菌類を有効活用することは、食料や医療など、あらゆる分野の課題を解決するためにも欠かせない視点です。菌類のイメージや価値をアップデートするためのヒントは、麹菌に対して人々が行ってきた工夫の歴史にこそあるのかもしれません。

参加者それぞれが、それぞれの立場から「麹」に対する更なるお題を抱きつつ、2日間のプログラムを修了しました。

KOJI THE KITCHEN Academyは、今後も開催される予定です。

麹にまつわる幅広い知見を学び、活用へ向けたアプローチを体感できる本プログラム。「麹活用の道筋を探りたい」「日常生活に麹を取り入れたい」「発酵のアプローチから自分の制作のヒントを得たい」など、動機を問わずとも「麹」について学んでみたいという方は、ぜひ参加してみてはいかがでしょうか。

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