Loftwork is...チームデザインのこれから
「選択肢を増やし、ポジティブを積み重ねる」これからのWell-beingな制作現場
ロフトワークの多様な“クリエイティビティ”を探索するインタビューシリーズ「Loftwork is…」は、これまでのリーダーインタビューから趣を変え、「ロフトワークの人たちが向き合う、 “○○のこれから”」にフォーカスする“2ndシーズン”をスタートしました。
創業23年を迎えたロフトワークは、デジタルクリエイティブからコミュニティデザイン、場づくり、イノベーション創出、社会課題の改善まで、幅広い領域でプロジェクトや事業に取り組んできました。「Loftwork is…」2ndシーズンでは、ロフトワークの「人と活動」に焦点を当てることで、私たちが発揮している“クリエイティビティ”の解像度を高めていきます。
今回のテーマは、「チームデザインのこれから」。
企業や教育機関、行政や地域の課題と向き合い、関わる人々と創造性を結集して新しい価値を生み出すプロジェクトに取り組んできた、ロフトワーク。
創業から23年で辿ってきた制作現場の変化を、「Loftwork.com」編集部の岩崎諒子さんと、シニアディレクターを経て、2022年10月からロフトワーク 京都ブランチ共同事業責任者に就任した上ノ薗正人さんは、以下のようにふり返ります。
岩崎 ロフトワークはこれまで、プロジェクトを通じてさまざまな制作に関わってきました。その中で、創業者の諏訪さんや林さんがずっとこだわってきたこととして、ロフトワークはクライアントにとってのパートナーという立場で仕事をする、というものがあります。「これをつくってください」と言われた通りの仕事をするのではなく、プロフェッショナルとしてお客さんと対話しながら仕事をしていく。23年の歴史の中で、時間をかけながら少しずつそのような関係をつくってきました。一方で、ディレクターのみなさんの様子を見ていると、制作現場の苦しさや大変さは変わらず残り続けている部分があるのかな、と思っています。
上ノ薗 少しずつ「共創」というフラットな方向に向かっていっているのは事実ですよね。クライアントも含めて関わる人たちみんなで、一緒に役割分担していこうとするスタンスにはなりつつあるけど、まだ完全ではないというのが現状かな。
制作現場の苦しさがまだ課題としてある、とした中で、どうしたらWell-beingなチームづくりをしていけるのか。その問いには、京都ブランチでクリエイティブディレクターを経て、現在は採用人事を担当する基真理子さんも関心を寄せていました。
今回は、プロジェクトマネジメントの専門家であることを証明する「PMP®︎」を取得し、京都では“アバさん”の愛称で親しまれる上ノ薗さんに、基さん、岩崎さんがお話を聞きました。
「数字の因果関係を明らかにする」
「見えづらいことを可視化する」
「選択肢を増やす」
パフォーマンスを高めながらWell-beingを実現していくチームデザインについて、上ノ薗さんからはたくさんのヒントが出てきました。
企画・取材・編集:くいしん
取材・執筆:小山内 彩希
撮影:小椋 雄太
長く働き続けるために、社会にもクリエティビティを求めていく
基 これからのチームデザインについて、アバさんに今一番に聞きたいのは、チームの指揮役であるディレクターはクリエイティブ業界でどうすれば長く働くことができるのか? ということ。
基 理由は、私自身が今の仕事にやりがいを感じながらも、ディレクターの楽しさややりがいも知っている中で、いつかはディレクターとして制作現場に戻りたいという思いがあるからです。
でもディレクターってやっぱり体力的に大変で。私は乳がんになったことをきっかけにディレクターを辞めて、今も治療をしながら働いている状況です。だから、本当に戻れるのか? ということを考えざるをえない。また京都ブランチとしても、今いるディレクターは、全員週5勤務のフルタイムメンバーです。週3や時短のメンバーは、現時点ではまだいないんですよね。
そういった中でディレクターは、仕事の楽しさ、大変さと、どう付き合っていけばいいのか聞きたいなと思って。
上ノ薗 今の僕たちの仕事のやり方では正直、体力的な理由から長く働いていくのは難しいんじゃないかと思います。そもそも、クリエイティブ業界の現在のディレクターの仕事のやり方というのは、僕らよりも上の世代から続いてきている流れで、上の世代の方々は週5勤務で残業、徹夜も当たり前だったし、かなり無理をしながら働いてきた人が僕の周りには何人もいます。
一方で考えたいのは、「週5勤務で残業は当たり前の人にしか、クリエイティビティの冠は与えられないのか?」ということ。この先の人生で長く働き続けることを見据えて考えていくのであれば、そうじゃない方向に向かう必要があるはず。
上ノ薗 僕たちは昨年から“We belive in CREATIVITY within all”というコーポレート・アイデンティを掲げてきました。それについて僕は、「クリエイティビティというのは人だけではなく、企業や社会などいろんなことにインストールされていい」と解釈しています。これからの社会のあり方や本当のクリエイティブを考えていこうとしたときに、社会単位で大きく目線を変えていかないといけないと思っているんです。
基 ディレクター個人単位ではなく、社会単位で?
上ノ薗 働き方の変化を、ディレクター個人に求めていくのには限界があると思います。
たとえば、週3勤務でも回せる状態をつくろうとすると、進む方向は大きくわけてふたつ。ひとつは、相当高度なプロジェクトマネジメントのスキルを身につけるなど、個人が成長すること。もうひとつは、少ない勤務日数でも回る仕事の状態をクライアント含め社会が合意することです。
もちろん個人がスキルをつけることも大事だと思うけれども、個人の力だけで週5勤務のディレクターとほぼ実質的に同じ役割を担うのって、難しいと思います。だからこそ僕は、社会の側にも寛容性を求めていきたいし、「多様な人々が協働するからこそ生まれる価値がある」と信じたい。
自分が共同事業責任者という立場になったからこそ、会社だったり社会だったりから多様な選択肢をつくり出し、それを提示していくことを諦めたくないと思っています。
数字を集める過程で「因果関係」を明らかにする
岩崎 基さんが問題提起した体力的な辛さや苦しさの話があった上で、制作現場には「目標とされる数字を達成するには、それ相当の労力が求められる」という現実もあると思っています。制作現場だけでなく、あらゆるビジネス領域に通じる話だと思いますが、上ノ薗くんは数字というものにどのように向き合っていますか?
上ノ薗 そうですね。難しい問題ですが、僕自身は数字を脳内で景色に変換する、ということを意識的にやっています。
たとえば、Webサイトを制作する際にPV(ページビュー)という数字を追いかけるとしたら、その数字からまずは見る人の姿を想像して、その人たちにどんな顔をさせたいのか、どんな行動を取らせたいのかなど、人の表情や行動へと変換させるんです。そこまでやって初めて、「こういう施策をやりませんか?」「そもそもPVを数えるのって意味あるんですかね?」という次の話へと進んでいける。
岩崎 数字って「追いかけるもの」とされがちですし、苦しいものになりがち。だからこそ「景色に変換する」のように、数字という苦しいものに対してどうポジティブにマインドチェンジを起こしていくかが大切なのかも。
上ノ薗 Well-being的な観点からも、数字を追っている過程でどうやって気持ちいい時間を増やしていくかを考えたいですよね。そのために、計測する値自体を見直したり、数字と結果の因果関係を見つけるための実験をもっとやっていく必要があると思っています。
売上や商談数、テレアポ数、名刺交換数……世の中の仕事にはいろんな指標があります。その数えた数字がどんな因果関係を生んでいるのかをちゃんと検証できて、やっと指標を信じられて、数字を追う過程に気持ちよさが伴っていくんじゃないでしょうか。
岩崎 ある中小企業の社長さんが以前、「努力と工夫によって増やせないものをKPIに設定しない方がいい。リーダーは、努力と工夫によって増やせる数字をつないでいった結果、KGIへ辿り着く設計にしなくてはいけない」というお話をされていたんです。
今の上ノ薗くんの話と絡めて考えると、KPIを単なる数字として追いかけるのではなくて、そこに対する努力と工夫の景色が見えるのか、そして、それがしっかりKGIにつながるものか検証することまでが大切ということになるのかな。
リーダーの顔を使い分けながら、チームの「透明性」を上げる
基 ここまでの話は、アバさんが今までプロジェクトマネジメントの仕事の中で実践してきたことですが、こうしてWell-beingなチームをデザインするためにさまざまな工夫をすること自体がプロジェクトマネージャーのミッションのひとつであると思うんです。
そして、京都ブランチのリーダーを担うようになって、「組織」というもう少し広い範囲をマネジメントする立場になったのが、今ですよね。その上で、プロジェクトと組織の間に、チームデザインにおける考え方の違いや、あるいは共通するところがあるのかというのも聞いてみたい。
上ノ薗 シニアディレクターとしてチーム単位で動いていたときに学んだことは、今の立場でも共通して実践していけることが多いと思っています。
そのひとつが、リーダーシップについて。リーダーシップって、「自分についてこい」と号令をかけてみんなを引っ張っていくだけでなく、後ろから背中を押してくれるような支援型のリーダーシップもある。その上で僕は、自分の性格や資質がどうであるかは一旦置いておいて、両方のリーダーシップを自由自在に使い分けていくことが大切だと思っています。
基 私は自分がぐいぐい引っ張っていくよりかは後ろから支えるタイプの人間で、アバさんもどちらかというと、そうじゃないかと思ってきました。
上ノ薗 そうですね。僕は性格的にはサーバントタイプ(支援型)のリーダー。でもプロジェクトマネジメントで学んだことを社内で実践していくうちに、ときにはある種の強引さが必要なんじゃないかという想いを強めていきました。
たとえばシニアディレクターだった頃、僕がリーダーのチームでは1カ月ごとにプロジェクトをふり返る、リフレクションの時間を設けていました。僕のチームは若手が多かったんです。若手が自分に自信を持てるようになるために、「この交渉のメール文は私がつくって、快諾してもらったんです」のような小さなことでも、「自分の力でやりきった」と思えることを互いに発表し合うことをしました。
すると、僕自身が把握しきれていなかった素敵な仕事がなされていたことがわかったり、チームの中でもお互いの仕事にリスペクトを贈り合うようないいコミュニケーションが生まれたんです。
こういった動きを個人の自発性に任せて促すのは、特に毎日が忙しいと目の前の仕事しか見れないから難しい。だからこそ強制的にその時間を設定する人が必要なんだなと、リーダーシップの種類を使い分ける大切さを実感しました。
岩崎 そういう話を聞くと、号令をかけてみんなを引っ張るというリーダーの役割って、チームにとって欠かせないものなんだなと改めて感じます。
上ノ薗 自己肯定感やWell-beingという可視化しづらい部分にちょっとずつコミットする姿勢は、京都ブランチ全体としても少しずつ積み上がってきていると感じています。僕が率先してやっていきたいのも、数値として見えづらい部分を可視化して、チームや組織の透明性を高めていくこと。
そのためにはチームやプロジェクトの中で何が起こっているのか、どんな活動が生まれているのかをつぶさに観測していくための装置が必要だと感じています。今は、観測する装置がないからチームの中でお互いを知り得ていないという事態が発生してしまうし、仕事の中でも「自分の頑張りが認められていないんじゃないか」「チームメンバーやリーダーと意思疎通を図れない」など、負の側面が積み重なっているように感じてしまう。
装置がDXなのかAIなのか、まだ明確な答えを持ってはいないですけど、観測できていないことを可視化できるようになれば、もっとポジティブな積み上げがなされていくんじゃないかと考えています。
価値観を開示して、個人とチームに選択肢を増やす
岩崎 チームを構成する個々人に対しての働きかけのお話があった上で、上ノ薗さんはプロジェクトチームという集合体に対しては、どのような形でWell-beingとパフォーマンスを両立させてきましたか?
上ノ薗 そもそもプロジェクトというものを僕は、「理想とする未来の風景を描き、今この瞬間からその未来に向かって歩みをすすめること」と自分の中で定義しています。“project”の語源は「前方(未来)に向かって投げかけること」を意味するラテン語の「pro + ject」から来ており、それを僕なりに意訳しました。あらゆる「こうなればいいな」という理想の風景に対して、それを達成するために行うすべての出来事の総称がプロジェクトなのではないか、と解釈しているんです。
理想から現実へとステップを踏むためには、まずは自分も含めたチームのみんなの価値観をすり合わせることが大切だと考え、実践してきました。
プロジェクトを進めていく過程で、「なんで拒否されるんだ」「意図をわかってくれないんだ」のようなすれ違いは、チームの共通認識がしっかり取れていないことから生まれることが多いのだと思います。早い段階から、プロジェクトに参加している人同士がそれぞれの動機や価値観を認識できると、あとは各々が役割分担してやるべきことを進めていきやすくなるんです。
たとえば、僕が今の立場になる直前まで担当していた、海遊館のプロジェクト。
上ノ薗 このプロジェクトでは、クライアントもクリエイターも、みんなが関係を深めるためのチームビルディングができたことで、共創以上の“ド共創”という言葉をチームメンバーからもらえました。
共創ならではの困難もたくさんありましたが、このチームなら絶対にいいものができるとみんなが信じ合って、最後の最後まで粘ることができた。それもチームの共通認識がしっかりしていたからだと思っています。
基 信頼関係があったから「絶対にいいものができる」とみんなで信じられた感覚は、私もプロジェクトマネージャーとして関わった沖縄大学のプロジェクトを通じて抱いたことがあります。
私自身がブレイクスルーさせてもらったし、お客さんと家族みたいになれたプロジェクト。この経験があったから、ディレクターに戻りたいという気持ちが強くあります。
上ノ薗 ちょうど2022年末くらいに、いろんな企業さんを巻き込んだプロジェクトマネジメントのイベントを企画したんです。
そのときに、プロジェクトマネジメントの最先端を学べるデンマークのビジネスデザインスクール「KAOSPILOT(カオスパイロット)」を視察した、COPILOTの八木翔太郎さんが来てくださり、「プロジェクトにおいては、その手前にある「プリジェクト(Preject)」という概念がとても大切」ということを話されていました。
プリジェクトという言葉は、プロジェクトの手前にあるものを指す造語。プロジェクトという目的に向かっていく前段階に、美味しいご飯を食べながらみんなの価値観をすり合わせ、大きなバリューを共有していくような時間をつくれるかどうかで、プロジェクトの成功率がまったく変わってくるという内容でした。
上ノ薗 ここからは僕の私見も入りますが、価値観をすり合わせるということは、その過程の中で、必ず自分とは違った価値観に出会います。それらを排除してひとつの価値観に揃えたり、もしくは同じ価値観の人だけでプロジェクトを進めていくという話ではまったくないんです。異なる価値観とどう共存するかを考え、あらゆるやり方で実践していくことが多様性を受け容れるということであり、そこから新しい考え方や文化、豊かさが生まれるはずなので。
同時に、ディレクターとしてプロジェクトチームの多様性に向き合うには、多様性の中にある自分自身がどんな存在なのかを客観的に把握しておく必要があります。そのために大切なのは、自分の中の「まだ発見できていなかった可能性や選択肢」を顕在化させることです。
具体的なやり方としては、自分をよく理解している先輩やチームメンバーと対話しながら自身の魅力を紐解いてもらい、外側から可能性を可視化してもらうというやり方が有効なんじゃないかと思います。逆にいうと、リーダーである僕の役割は、社内のメンバーに「実は、あなたにはこんな可能性や選択肢があると思う」と働きかけていくことだと思ってやってきました。結局、僕のWell-beingに対するひとつの解答は、選択肢を増やすことなんだと思います。
基 アバさん自身が、選択肢を増やすことを大切だと思うようになっていったのにはどんな背景が?
上ノ薗 一番は、大学生の頃に恩人に出会ったことですね。僕は大学を卒業して新卒のキャリアを挟んだあと、福岡の建築事務所で働くことになるのですけど、その福岡の事務所のボスが、大学生の頃に出会った人。野球好きという共通点から話が盛り上がり、その人のいる事務所に通うようになりました。
僕は建築の学科にいたけれどデッサンが苦手で、転学科も考えていたのですけど、その人からは装飾だけではない、余白のデザインといった考え方、おすすめの建築の本など、建築、デザインのことをたくさん教えてもらいました。それから、現代アートの面白さや社会の読み解き方についてまで教えていただき、まさに、その人から提示された選択肢によって自分の世界が広がっていくという体験をしました。
自分がそういう体験をしたからこそ、今度は僕自身が誰かの選択肢を増やしていく側になりたいと思ってきました。
岩崎 選択肢が増えるというのは、プロジェクト単位の話だけでなく、働くすべての人にもたらされてほしい。振り返れば私も、ロフトワークに入って現代アートに関心を持ったりなど、視点が増え、世界が広がったなと思いました。
基 これからもっと選択肢が増えていくことを実感し続けられる会社になりたいし、選択肢を増やす起点をつくることが、プロジェクトや組織のリーダーにこれから求められることかもしれないないですね。
おわりに
上ノ薗さんにお話を聞いた基さんは、「アバさんは、福利厚生を整えるとか会社をクリーンにするのではなく、会社という組織を“楽しくするリーダー”であると思うし、そうあってほしい」と想いを語りました。
「選択肢を増やす」とは、楽しみの幅を広げることでもあるのではないでしょうか。
Well-beingの要素として考えられることはきっと、人それぞれ。残業がないこととする人もいれば、対人関係でストレスがないこととする人もいるでしょう。様々なネガティブ要素を減らしていくのは、正解だと思います。
でも、「〇〇がないこと」を考えるだけでなく、「〇〇があること」を考えていくのは、個人だけでなくチームや組織という集団においても、Well-beingを実現するために重要なこと。ネガティブな要素を減らすと同時に、いいことを増やす。
そのヒントが、「選択肢を増やす」「ポジティブを積み重ねる」という上ノ薗さんの言葉にあるのだと思いました。
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