仕組みをリデザインし、新たなエコシステムを生んだ。
NANDA会受賞者インタビュー vol.5「SPROUT賞」受賞
『京都市観光協会WEBリニューアル』プロジェクト
2020年で創業20周年を迎えたロフトワーク。節目を迎え「ロフトワークのクリエイティブってなんなんだ」を考える「NANDA会」を、オンライン上で実施しました。今回は、全25プロジェクトがエントリー。そのうち受賞した6プロジェクトの実施担当者にインタビューし、クリエイティブを創るマインドと姿勢を探るシリーズです。
今回ご紹介するのは、「SPROUT賞」を受賞した京都市観光協会の訪日観光客向け多言語Webサイトリニューアルプロジェクトです。プロジェクトを担当した京都ブランチ事業責任者の寺井翔茉と、NANDA会にファシリテーターとして参加した加藤修平に話を聞きました。
聞き手:ロフトワーク シニアクリエイティブディレクター 高井 勇輝
ロフトワーク クリエイティブディレクター 長島 絵未
執筆: 北川 由依
編集:loftwork.com 編集部
作らなくていいものを作るのは、人類にとってエコじゃない
寺井:今日まず言いたいのは、「予算があるからという理由で作らなくてもよいものを作ることほど、エネルギーの無駄使いはない!」ということなんだよね。
高井:作ることが目的化しちゃうことってありますよね。それはディレクターにとっても辛いなって思います。
寺井:京都市観光協会と制作した訪日観光客向けのWebメディアは、すでに公開されている外部メディアの記事をキュレーションして、6ヵ国語に翻訳して載せる形にした。
少人数でかつ行政関係の運用チームが継続的に質の高い記事を作り続けることは厳しいし、数本作れたところで出せるインパクトは少ないよね。一方で、京都観光に関する素晴らしい記事はすでに沢山あるじゃない。京都での素敵な過ごし方を知りたいターゲットに質の高い情報を十分提供するっていうゴールに対して、僕たちはすでにある記事をキュレーションし提供するという戦略をとったんだ。
高井:記事の選定はどのようにして行ったんですか?
寺井:チームメンバー総出で100記事以上、候補は出したかな。そこからクライアントと一緒に絞り込んで、掲載記事を決めた。要件定義の段階でおこなったグローバルリサーチを踏まえ、ターゲットの価値観を参考に選んでる。
高井:掲載交渉は大変じゃなかったですか?
寺井:それは、もちろん大変!笑
「京都の良さを世界に伝えていくのにすごくいい記事だと思った。国内向けだけではもったいない、京都市観光協会と一緒に、世界へ届けませんか?」という提案にどこまで共感してもらえるか。各メディアにお話をしに行って、協力してもらうをひたすら繰り返したね。
高井:記事の精査と掲載交渉を通じて編集方針が形作られていったという印象です。
寺井:京都市は予算をかけて、伝統や工芸などさまざまな分野のWebメディアを立ち上げている。どれも素晴らしいクリエイターが関わっていて、本質を伝えようとする視点で作られているのに、事業が終了すると更新も止まり、いずれサイトごと消されてしまうわけ。この記事たちを資産として集約していきたいという狙いもあって。だから、新しいメディアが加わったとしても一貫性を保てるように、実はいろんなところで細かな設計をしてるんだよね。
高井:アクセス数は少ないけど、いい記事を載せているサイトってありますもんね。世界に発信されるなら、書いた人も報われそうです。
寺井:実際、すでにロフトワークの仕事は終わったけど、僕らを通さずとも、観光協会から直接メディアへの掲載依頼が進んでいる。素晴らしいことだよね。
担当者が変わっても続くエコシステムをつくる
加藤:NANDA会当日のディスカッションでは、「どんどん成長するプロジェクト」「制約に思える事柄を特徴や強みに消化させている」といったコメントが出ていました。
高井:実現すべき価値はなんだろうと本質に立ち返ったからこそ、作ることへの呪縛から解放され、すでにある価値を繋ぎ、新たな価値を生み出したことが伝わったんですね。
賞名に選ばれたのは「SPROUT賞」でしたが、他にも「ミッション体現しているで賞」などがありましたね。
加藤:今回、新しい記事をつくってほしい、というお題に対して、ロフトワークは違う解き方を提示したじゃないですか。それが最適解だったとしても、お題の変更が受容されるとは限らず、歯痒い思いをすることってありますよね。プロジェクトの裏側では、クライアントの組織でも意識変革がおきていたんじゃないかなと感じました。寺井さんがいかに変革をプロジェクトに組み込んでいったのか、気になります。
寺井:難しいね。PMBOK®︎には「計画段階から巻き込むことで、ステークホルダーのエンゲージメントが高まります。当事者意識が湧き、プロジェクトのクオリティが上がります」と書いてある。ロフトワークに求められる役割はそこじゃないかな?モチベーションや熱量、視座を継承していく仕組みや基盤をつくること。ただ素晴らしいレポートを渡すだけなら、従来のリサーチ会社と効果は変わらないから。
ただ、モチベーションや熱量、視座を継承するためにはどうしたらいいんだろうね。「デザイン経営」の導入はその答えの一つになるだろうけど僕もまだパリッとした答えは出ない。
高井:属人的なものではなく、組織に残っていくものがカルチャーなんでしょうね。大企業や行政の人って異動があるから短期間で担当が変わったり、上長が変わることでプロジェクト自体止まってしまうこともあります。
寺井:このWebメディアでは、人が入れ替わっても続けられるようにデザインをしてる。制作機能を持たないこと以外にも、記事のカテゴリも極力わかりやすく、迷わず分類しやすいような仕組みをつくってるよ。
高井:まさにエコシステムですね。新しいメディア運営の仕組みが整ったことで、「SPROUT賞」の賞名の通り、新芽が次々と出て、育っていくという感じがします。
破壊的イノベーションよりも民主的イノベーションを
寺井:10月に新しい期が始まるタイミングで、京都メンバーと何をしていきたいかって話をしていた。で、俺たちはたぶん破壊的イノベーションをしたいわけじゃないよねって。破壊は全然目指していなくて、もっと緩やかに、いつの間にか変わっちゃっている民主的イノベーションを目指している。それが僕らが言うエコシステム、根付かせること、しなやかさというものかなって。俺ずっと「イノベーション」って言葉に違和感があったんだけどさ。ようやく立ち位置がストンとしたかな。
バリッといけているクリエイティブも提供するけど、それよりも仕組みを作ったり意識変容を狙ったりさ、そういうことをやっているのが僕たちの仕事だよね。
高井:イノベーションを起こすぞと鼻息荒くするより、結果的にいい方向に変わっていくための土壌づくりや種まきをするスタンスの方が、ロフトワークらしい気がしますね。
寺井:美意識のある状態を作りたいよね。美しいものでもなく、正しい状態とも違う。何らかの美意識を持てている状態をキープできる仕組みがあると良いし、欲しているんじゃないのかな。
高井:美意識は誰かに与えられるのではなく、一人ひとりが育まないといけないものですよね。クライアントに良いレポートやサイトを作ったとわかってもらうためには、クライアントと一緒に美意識を育んでいくプロセスが必要だと思っています。同じ体験を通して育んだもの同士なら、通じ合えたり継承したりしていける種ができたりするのかな。
寺井:一緒に体験する人を少しでも増やせるスキームを作れると良いよね。一回こっきりのプロジェクトやイベントだけでは高井くんの言う種をつくるのは難しいから、継続性がありオープンであり続けることが可能な仕組みが必要だと思う。
高井:このインタビューで初めて、エコシステムってこういうことかなって一段深く腹落ちした感じがあります。
ロフトワークには健全に競い合える仲間がいる
高井:NANDA会で他のプロジェクトの発表を聞いて、改めて感じたロフトワークの良いところはありましたか?
寺井:すごい楽しかったし、みんなを見直した。
寺井:10年以上働いて、できることもたくさん増えて。ちょっとずつマンネリしていって、独立しないの?とも言われるわけだけど……。年に一度、みんなの工夫やクリエイティブを見れて、ワイワイやれる人たちが一緒にいるんだったら、それがロフトワークにいる意味じゃんって思えたよね。各々がそれぞれの仕事に忙しいし、僕の場合京都にいるから物理的な距離も離れていて、タイムラインも違うから普段はあまり見えない姿なんだけど、NANDA会の当日は、渋谷・京都・台湾と離れていても、ポジティブでクリエイティブな雰囲気を共有できた実感がある。そうした時間をたくさん味わえる組織なら素敵だなって。
高井:みんなポジティブだよね。プロジェクトの進め方や考え方とか、もちろん合う合わないはあるけれど、嫌な人はいないもんね。
寺井:美意識も流派も違うかもしれないけどね。
あと、NANDA会では、京都のプロジェクトをいかに受賞させるかにもがんばったよ。
高井:渋谷の若手メンバーも火をつけられていましたよ。
寺井:それはうれしい。競い合うって大事だなと思っていて。NANDA会での健全な競い合いを通して、ロフトワークメンバーの互いにリスペクトが生まれていくことを期待してるよ。
高井:たくさんのプロジェクトがあるから、それぞれ良いよねってのはあるけど、胸を張って「いいだろ」って言えるものを作るのは大事だと思います。
寺井:賞に選ばれなくて悔しい思いをした人もいると思う。だからNANDA会はぜひ続けてほしい。今度は言葉の壁を越えて、台湾チームにも参戦してもらいたな。
高井:続けるからにはアップデートしたい。来年はどういうかたちが良いか、チームでも悩んでいるところです。
消費欲よりも創造欲を刺激するクリエイティブ
高井:寺井さんは、今後やりたいことってありますか?
寺井:僕たちの街をちょっとでも楽しくできるよいいよね。イノベーティブにするとか、よくするとかじゃなくて、街がおもろくなればいいよねって。京都をつまんなくて、ダサい状態にはしたくない。
今やりたいのはね、街頭緑化。京都のまちはコンクリだらけで暑いからさ、何とか緑化できないかなって勝手にね。誰に頼まれたわけでもないけど。あとは潰れたホテルをどうするかとか、町の中にちょっと集まれる庭をどうやったら作れるかなとか考えていて。やりたいことをみんなの欲求と掛け合わせながら、いろんな人とチームを作ってやっています。
高井:いいなー、羨ましい。
寺井:本当はさ、渋谷でもやれちゃうはずなんだよ。
東京の生きる難しさは“無限に消費できる”ことなんだろうな。足りてないって状況じゃないのは、ある分野の創造性を生まない状態ではあると思っていて。ちょっと足りないとか消費の制限があるとかって時に、「じゃあどう作る?」って発想になるから、京都は絶妙な場所だなと。
高井:全部足りているから、欲しいものがなくなっちゃうんですよね(苦笑)。
寺井:消費欲を唆るのではなく、いかに創造欲を唆るかのフィールドに変わってきているから。消費のロジックからいかに抜け出すかだよね。京都市観光協会のプロジェクトも、創造し続ける仕組みをどう作るかって考えたところがポイントだったというところで、オチはどうでしょうか。
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