国際資格「PMP®︎」資格取得で確信した楽しむ余裕
グルーヴ重視型ディレクター 上ノ薗正人
ロフトワークでは20年近く前から、Webやクリエイティブの領域に、プロジェクトマネジメント(以下、PM)のグローバルな知識体系「PMBOK®︎」を積極的に取り入れることで、フレームワークを確立してきました。今ではWeb以外のあらゆる領域のプロジェクト(サービス開発・空間設計・新規事業支援など)でも使用するメインスキルとして、ロフトワークにとって欠かせないものとなっています。
米国のPMI(プロジェクトマネジメント協会)が認定する国際資格「PMP®︎(プロジェクトマネジメント・プロフェッショナル)」。PMBOK®︎ガイドの第7版が2021年の夏頃に出版することに先駆けて、PMP®︎の試験概要が更新され、2021年1月の試験から適用されました。従来のウォーターフォール型(予測型)プロジェクトだけを前提とした「プロセス」の切り口ではなく、「人・プロセス・ビジネス環境」を切り口にアジャイル型orハイブリッド型の問題も出題されることになったのです。
ロフトワークで改定された新試験によるPMP®︎の合格者第1号となったのは、京都でクリエイティブディレクターを務める上ノ薗 正人。自他共に認める「サーバント(支援型)リーダー」タイプの彼は、クライアントはもちろんプロジェクトメンバーの話にじっくり耳を傾け、共感するところからプロジェクトをスタートさせると言います。そんな権威主義とはかけ離れた彼が、PMP®︎に挑戦しようと考えたのは、なぜだったのでしょうか。上ノ薗のPM哲学に迫ります。
執筆:野本 纏花
企画・編集・写真:浦野 奈美
話す人
上ノ薗 正人 (クリエイティブディレクター)
大阪生まれ大阪育ち。九州大学芸術工学部環境設計学科卒業。大阪のデザイン事務所grafで丁稚として修行後、大学時代を過ごした福岡に再び移住。福岡の古ビル再生プロジェクト「紺屋2023」の設計、運営を行うno.d+a / TRAVEL FRONTでの勤務を通してデザイン、建築設計からイベント運営、アートプロジェクト等幅広い業務に携わる。 2014年に関西に戻り、グランフロント大阪ナレッジキャピタルの総合プロデュース室に所属。オーストリアのクリエイティブ文化機関アルスエレクトロニカとの協働プロジェクトや中高生を対象とした学びのプログラムの企画運営を担当。
2017年よりロフトワークに入社。web制作、コミュニティデザイン、空間プロデュースからデザインリサーチまで様々な領域のプロジェクトに携わり、2020年度の案件でサーキュラーエコノミーマップの制作に携わって以降、特に生態系や循環経済への興味を深めている。趣味は野球観戦と山登り。
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ロフトワークは、2002年という早い段階からWebとクリエイティブの領域に世界標準のプロジェクトマネジメントの知識体系「PMBOK®(ピンボック)」を導入し、Webプロジェクトのフレームワーク確立やリスクの軽減などに努めてきました。その過程で得た知識や経験を体系化、Webの制作現場につながるように編綴し、2008年に技術評論社より書籍『Webプロジェクトマネジメント標準』を出版。
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「属人的な得意技」を構造的に説明できるようになった
今回、PMP®︎の試験を受けた上ノ薗は、普段からPMBOK®︎をベースにしたフレームワークを使って仕事をしていたことで、自分が過去に経験したプロジェクトと照らし合わせながら、答え合わせするように問題を解き進められたと言います。
上ノ薗 「僕の仕事のスタイルは、昔から基本的に現場型・即興型なんです。どちらかというと、「ちゃんと計画を立てる」ことが正直苦手でした。実際に目の前に起こった問題や課題にチームと対話を通して対処していくことは得意でしたし、そこに喜びややりがいも感じる。でも、皆から『アバさん(上ノ薗のあだ名)らしい乗り切り方だね』とか『属人的な得意技だね』とか言われてしまうことが多くて、なかなか自分のセオリーを説明できなかった。
同時に、以前はPMといったら綿密な計画とか管理というイメージがあって、PMP®︎も堅苦しいプロセスを知識として入れるだけのものだと思っていたんですよね。だからこそ、僕みたいな現場対応型の人間が資格を取ったら面白いな、くらいで試験を受けたんです(笑)でも実際受けてみると、むしろ逆。対話やチームワークを最大限に生かす力というのもPMに必要とされている大事な力で、一緒に仕事をする僕の大好きな人たちが、自由に楽しく創造的に振る舞える余地をたくさんつくるために、PMP®︎で学ぶ知識体系が役立つのです。なんとなく感覚的にはわかっていたんですが、試験勉強を通して自分が実践していたことを構造的に理解し直すことで、なぜ自分がそういう行動をとっていたのか、PMBOK®︎に則って説明できるようになりました。
また、試験勉強をしながら通常のプロジェクトの仕事があるので、実践しながら知識を検証し、身に付けていくこともできたのはよかったです。どちらかというと苦手だった計画や管理についても、いろいろな方法を試しながらかなり武器を増やせました(笑)」
テーラリングこそがアジャイル型のPMにおける究極の形
新しいPMP®︎の試験では、従来のウォーターフォール型(予測型)の問題だけではなく、アジャイル型orハイブリッド型の問題も多く出題されるようになりました。その点に関して、上ノ薗はどのように捉えているのでしょうか。
上ノ薗 「アジャイルの概念自体は20年前からあるものだし、PMBOK®︎ガイドでもアジャイルに関する言及は以前からありました。ウォーターフォールは水が上から下へ流れるように手順を追って進めていく一方、アジャイルは適応型なので、特定の型があるというよりも、状況に合わせてスライムのように型を変えていくものですよね。そういう意味では、アジャイルは手法というよりも思想であると考えています」
2001年に公開された「アジャイルソフトウェア開発宣言」には、以下の記載があります。これはまさにロフトワークのプロジェクトマネジメントの考え方と同じ。システム開発に限らず、幅広い領域のプロジェクトを扱っているため、これまでも時々のプロジェクトに応じて、適切なプロセスを採用してきました。
プロセスやツールよりも個人と対話を、
包括的なドキュメントよりも動くソフトウェアを、
契約交渉よりも顧客との協調を、
計画に従うことよりも変化への対応を、
価値とする。すなわち、左記のことがらに価値があることを認めながらも、私たちは右記のことがらにより価値をおく。
上ノ薗 「アジャイルも含めたプロジェクトマネジメントにおいて大事なのが“テーラリング”という考え方です。テーラリングを直訳すると、“洋服の仕立て”。つまり、オーダーメイドのスーツを仕立てるように、PMP®︎で学んだプロセスを取捨選択しながら使いこなしていこうという発想です。これがPMの究極形ではないでしょうか。その意味では、ウォーターフォールでもアジャイルでも、どちらでもいいんです。テーラリング力を身につけるために、今後も実践を重ね、知識を蓄えていくことが大切だと思っています」
サーバントリーダーとして大切にしたい“衝動と偏愛”
上ノ薗がPMを務めたものとして、FabCafe Kyotoが提供するプロジェクト・イン・レジデンスのプログラム「COUNTER POINT」があります。FabCafe Kyotoの施設機能やメンバーのスキル・ナレッジ、集まる人達のネットワークをシェアすることで、プロジェクトが育つ場づくりを目指した、このプログラム。COUNTER POINTで上ノ薗が最も大切にしたいと語っていたのは、個々人の“衝動と偏愛”です。上ノ薗は、この“衝動と偏愛”という言葉に、どんな思いを込めているのでしょうか。
上ノ薗 「僕はとにかく“混じりっけのない”感情が大好きなんです。衝動的に動くときって、自分の気持ちに混じりっけはないはずじゃないですか。偏愛もそう。ある物や人だけを愛する、自己中心的な感情だけれど、そこに嘘はないはずです。こんな嘘やフェイクにまみれた情報社会の中で、衝動や偏愛といった純粋な感情は、すごく尊い。
今の世の中には、しがらみがいっぱいあって、自分の本当の想いをストレートに表現するのは、難しいこと。他者との関係性を考えすぎて、動けなくなることもたくさんありますよね。だからこそ、僕は応援者になりたい。人の“衝動と偏愛”に真剣に耳を傾け、『それ、めっちゃいいじゃないですか!』と最初に言える人になりたいんです。そうすることで、少しでもその人の気持ちが軽くなるといいし、“多様であるほど豊かな世界”という僕の考えるゴールに近づけると信じています。」
上ノ薗は、まずは参加者の衝動や偏愛を丸ごと受け入れ、「3ヶ月というプロジェクトの期間内に、いかにインクリメント(増分)を生み出せるか」を徹底的に寄り添って考える。究極のゴールに一歩でも近づいたと実感できる手助けをしているのです。
このスタンスが、上ノ薗を「サーバント(支援型)リーダー」たらしめる所以。ブルドーザーのように強いリーダーシップで一本道を切り拓く「支配型リーダー」ではなく、観光バスのように多様な乗客を乗せて道中も楽しませながら目的地まで送り届ける「サーバント(支援型)リーダー」。このサーバントリーダーは、アジャイル型で進めるプロジェクトと非常に相性がいいのだと、上ノ薗は言います。
上ノ薗 「ゴールを共有した後は、縁の下の力持ちとしてチームに力を与えるのが、サーバントリーダーの役割。チームを鼓舞して、全員が成功にたどり着くための環境づくりに貢献するのです。その際、鍵になるのは、自己組織化チームをつくること。リーダーの一方的な指示に従うのではなく、チーム内での自分の役割をしっかり理解したうえで、そのために必要なことを自由にやってもらいます。メンバーひとりひとりがクリエイティビティを120%発揮できるよう、動きやすい場所を用意したり、必要な情報を提供したり、ステークホルダーとの関係性を築いたり。アプローチの仕方は人それぞれなので、その人らしさを大切にしたいですね」
プロジェクトを通じて、いろいろな人生と交差したい
そんな上ノ薗のディレクターとしてのやりがいはどこにあるのでしょうか。
上ノ薗 「それは間違いなく、クライアントとグルーヴ感を共有できたときですね。僕が担当したあるプロジェクトで、一緒にプロジェクトを進めてきたクライアントが、成果物について自らの言葉で熱く語れるようになっていたことがあって、それはもう感動しました。クライアントにも一緒に汗をかいていただいたからこそできたことなので。プロジェクトに愛着をもってもらえていたんだなあと改めて実感が湧きました。
僕はもともと旅をするのが好きで、旅先を通じて新しい人や景色との出会いを何よりも喜びを感じることのひとつです。プロジェクトを通じて多くの異分野の人と出逢うことは、僕とは全く違う環境を生きてきた人とコミュニケーションをとることができる一種の奇跡で、いわば違う人生と交差できる旅のようなものなんです。ロフトワークにいると、いろいろなジャンルの仕事が入ってくるので、たくさんの多彩な人たちと一緒にプロジェクトができます。生きている間に少しでも多くの人と出逢い、他の人生とクロスしてみたい僕にとって、ロフトワークは最高の環境ですね」
かつて現場主義だった上ノ薗がPMP®︎の知識を蓄えたことで、これからはどんなことにチャレンジしていくのでしょうか。
上ノ薗 「これまでアジャイルの文化がなかった人たちと一緒にプロジェクトをやってみたいですね。不確実性が高い今の時代だからこそ、やるべきことを積み重ねて改良していくというアジャイルの考え方は、システム開発以外の領域にも応用が効きやすくなっていると思います。
とはいえ、たぶん摩擦だらけで大変だとは思うのですが(笑)、“ENJOY NOISE(不測の事態を楽しむ)”のマインドでプロジェクトをやってみたい。僕のロフトワークで培ったPMの経験値と、クライアントが培ってきた特有の経験値を掛け合わせれば、きっと何か新しい物事を生み出せるじゃないかという期待を持っています。さらにプロジェクトを通じて『こんな世界があるんだ』と視界が開けたような感覚をクライアントに味わってもらえたら、僕にもこれまで感じたことのない喜びが生まれる気がしています」
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